第六十四話 大脱出
王都正門前の監視塔。
そこにいるのは昼から夜まで働き続けている兵士たち。そのうちの一人が屋上にて、周囲の警戒を続けていた
そろそろ交代の時間で、帰路につくことが出来る。
しかし、ようやく解放される、という気分は微塵もない。
その兵士は王都の平和を守る、正門周囲の監視員という職場に誇りをもっていた。
今までに一度も、破られたこともなく、不法な侵入を許したこともない歴史がある。
今までに積み上げてきた経歴を、自分もまた担うために全力をつくす。それが家族と王都の人たちの安全を作り上げている。
兵士は生真面目といわれようと、常に周囲への警戒を怠らない。
特に今日の王都の夜は、騒々しい。
誰かを探しているようで、憧れの王都騎士団も監視塔へやってきた。
――虎猫族と少女を見かけたら、報告せよ。
そうお達しがあった。
虎猫族という単語に、兵士はふと思い出した。
城壁を照らしている、等間隔に配置された魔導具。
そのうちの一つで、薄っすら照らされている城壁へ、と目をやる。
昼間、城壁の近くで、何やらもぞもぞしていた虎猫がいた。記憶のなかでは隣に少女もいた。
二人組、という点では合っている。
ただ、騎士団に追われるとなると、相応に悪いことをしなければ、そうならないだろう。
虎猫は愛嬌があり、少し眠そうな眼の少女は穏やかそうで、どちらも悪事を働くようには見えなかった。どこに行っても、手を繋いでそうな二人。
だが、不思議だった。
どちらか一人だけを思い出そうとすると、もう一人まで浮かんでしまう。
壁を見上げていても、兵士に咎められていても、ばいばいと言ってくれた時も、ずっと二人はその手を離さなかった。
だから印象で残ってしまったのかもしれない。
……きっと、追われてるのは別の虎猫族に違いない。
兵士はそう結論付けて、視線を戻した。
仕事中にぼんやりしてはいけないと、自らを戒める。
今の失態を取り返そうと、警戒を強めた。だからこそ、最初に気づけたのかもしれない。
何かが風を鋭く切り裂く音。そして、直後。
ずがんっ!
監視塔を揺るがす振動が、鳴り響いた。
「な、なんだ……!?」
足元が一瞬浮いたような感覚に、兵士は思わず身を低くする。
次いで、きぃ、と軋む音。屋上の石床が、わずかに震えていた。
同僚たち数人が慌てふためく中、兵士は身を乗り出して音の源を探す。
その視界に、あり得ないものが映った。
――槍だ。
監視塔の外壁に、一本の槍が突き刺さっている。
穂先から半ばまで、深く。まるで、柔らかい土にでも打ち込まれたかのように。
「……は?」
一拍遅れて、理解が追いつく。
監視塔に、槍?
戦場で、巨大な投擲兵器が城壁に矢を突き立てる。
そんな話なら、聞いたことはある。兵器の発射力というのは、想像以上に威力があるのだろう。
だが、ここにあるのはただの槍。しかも王都の中だ。そんな強力な兵器など持ち込めるはずもない。
兵士は反射的に、身を乗り出して槍の柄へと手を伸ばした。よくはわからない。だが、危険なものは、取り除かなければならない一心だった。
「ぬっ……!」
力を込めて引く。だが、びくともしない。もう一度。両腕にありったけを込めて、引こうとする。
それでも、槍は微動だにしなかった。
ただ、刺さっているのではない。深いところまで、食い込んでいる。
どんな力が加わったら、こんな風になるのか?
兵士の背筋を、冷たいものが走った瞬間。
「いくぞっ、リアっ! いつもより高く跳ぶから、しっかり掴まっとけっ!」
「うんっ!」
そんな声が耳に届いた。聞き覚えのある声。
兵士は思わず視線を向ける。
正門前の大通り。魔導具が灯された一角で、影がチラついた、気がした。
そしてその影は、確かにあったのだと知る。
夜空から声と一緒に降ってくる、陽気な虎猫のおかげで。
「おー、あん時の兵士のおっちゃん!」
刺さった槍、その先端。
曲芸のように着地した虎猫と少女。
重みで槍が限界までしなるわずかな時間で、確かに二人の言葉が耳に届いた。
「変なとこから出てくけど、ホントごめんなあー」
「ばいばーい」
これ以上は無理だと、槍が反発する。その勢いに乗って、虎猫は一瞬で夜空に見えなくなった。
目尻がとろんとした少女が、最後まで手を振っているのが印象的だった。
王都の城壁。
建造されてからネズミ一匹通さなかったはずの歴史は。
虎猫と少女によって、軽々と飛び越えられてしまった。




