第六十二話 相棒
王都にある建物はそれなりの雰囲気を求められるのだろうか。
目の前にあるのは冒険者ギルドのはず。
すっかり日も落ちて、入り口を照らすのは高価そうな魔導具。
華美ではないが、清潔感とわずかな装飾がなされた扉。
わざわざ開けてくれる扉番みたいな男が、マイコールたちを招き入れてくれる。
夜でも賑やかな冒険者ギルド。
どうやら軽食などが取れるように食事処が併設されていたり、魔物の素材の査定などが活発なようだった。
リアノンと手を繋いだまま、受付へと進む。
ちらちらと向けられる視線。
興味がそこそこ、訝しげなものがまずまず、ここまでついてきた奴らの嫌な臭いが、ちょっとだけ混じってる。そんな感じだった。
「いるぞ」
マイコールの一言に、
「うん」
リアノンの返事はそれだけ。
ぱっと見でも、強そうなのが何人もいる。
視線を向けてこない余裕や、筋肉のバランスなど。そりゃあ国一番の冒険者ギルドなんだから、当然ではある。
「おーい、受付のねえちゃん。ちょっといいかあ?」
「どのようなご用件でしょうか」
リアノンの両腕に抱えられ視線を高くしてもらったマイコールが、カウンターの向こう側へと話しかける。
眼鏡を掛けた受付嬢は、淡々と尋ねてくる。
虎猫族だからと、侮る気配はなかった。
「明日、ギルド長と面会する予定のマイコールってもんだけど。ついさっき王都に到着したから、いちおーの報告に来たぞ」
「少々お待ちください」
受付嬢は裏へ一度姿を消して、紙をめくりながら戻ってくる。
「申し訳ありませんが、もう一度名前をお願いしてもよろしいですか」
「マイコール・ニャルコフだぞ。ギルドカードも出すか?」
「はい、お願いいたします」
ぺら……ぺら……。
丁寧にめくる紙の音。マイコールはリアノンの腕の中で、そんな様子をじーっと見上げていた。
やがて、受付嬢は近くの職員話し始める。
一通り終えると一度短く息を吐いて、マイコールへ視線を落とした。
「お約束は見当たりません」
受付嬢の丁寧な返答。マイコールを抱えるリアノンが、わずかに力を込めた。
「時間帯のお間違えはありませんか? もしくはこちらの不備の可能性もあるので、もう少々お時間をいただければ、詳しくお調べいたしますが……」
「にゃるほど、にゃるほど。いや……、とりあえず、オイラたちの間違いがねーか、ちょっと確認してみるぞ。受付のねえちゃん、ありがとなっ!」
手をフリフリするマイコールに、受付嬢は身体の前で手を合わせてから、深いお辞儀をしてくれた。
マイコールはリアノンの手を引いて、ギルドの壁際に移動した。
「あの槍持ち……、そっちの斧使い……。一緒にいる数人もそうだな」
マイコールは見逃さない。
冒険者の一部が、ゆっくりと目立たないように、移動していた。入り口の脇に立った槍使い。身体の一部みたいに馴染んだ槍に、小さな殺気を載せている。
そこらの冒険者に紛れて囲う配置の奴ら。豪快な斧を担ぎ、視線もそらさず向かってくる男。
ギルド内の冒険者の流れ。淀みがなかったそれが、石でも置いていくように、少しずつ乱れていく。
「ギルドを狩り場にしやがったのか」
「王都の入り口も閉まってる」
「そうだな。城壁もなんか面倒だったし、王都に閉じ込めるってのもあるな。よっぽどオイラたちを、出したくないんだな」
リアノンとそんな会話をしていると、
「おい、マイコールさんよ」
ニヤニヤした斧使いが、不躾に話しかけてくる。
「おう、斧のあんちゃん。オイラになんか用かあ?」
久しぶり、とでも言う気安さでマイコールは片手をあげた。
まあ実際のところ、ずっと追いかけてきた一人なのだから、久しぶりでもある。
斧使いは眉根を寄せた。マイコールの態度が、気に食わなかったのかもしれない。
「はんっ、ずいぶんとお気楽だな。ここまでおびき寄せられたのに、気付いてもないのか? 虎猫族は頭が悪いんだな」
「なに言ってるの? マイコールの頭は、まん丸で可愛い。これが悪いなんて、目がおかしい」
「なんだと? このガキ……。生意気な口をききやがって」
斧使いの視線を真っ向から受けるも、怯まないリアノン。ぼーっと見返したままだ。
「まあいい。どうせ、この後すぐに、泣きわめくことになるんだからな」
「なあなあ、用件があんのはオイラの方だろ?」
マイコールが一歩前に進むと、斧使いはようやくこっちを見てくれた。
「覚えてるか? 冒険都市でも、あんたが悪い奴って、散々広まってたろ?」
「そんなことも、あったなあ」
「同じことをやってやる。色んな奴があんたの悪評を、一気に広める手筈は整ってんだ。王都の兵士や騎士団、金目当ての腕利き、A級の冒険者グループが、一斉にあんたを狙うようになるぜ」
「ふーん、そーなのか」
自信に満ち溢れてる斧使いを前に、耳の付け根をかくマイコール。
「余裕のつもりか? S級だろうが、所詮、虎猫族だろ? 足手まといがいりゃあ、イチコロよ」
「んにゃ? 足手まとい? 誰のことだ?」
「はんっ! そのガキのことだ。今さら他人だってのは、通用しねえからなっ!」
ごつい指で、リアノンを指差す斧使い。
マイコールとリアノンが顔を見合わせて、キョトンとしてしまう。
「リアが……?」
「わたし、足手まとい?」
「うんにゃ、そりゃありえねーよ」
マイコールは首をふるふると横に振った。
「……けっ、死ぬまですっとぼけてな」
斧使いが持っていた武器を構えた。
「リア、いつでもいいぞ」
「えいっ」
マイコールの背中に、リアノンがもふんと乗ってきた。
背負った感覚を確かめるように、マイコールは何度か軽く跳びはねる。
「……は?」
斧使いが一瞬、間の抜けた声を出した。
マイコールは感覚に身を預ける。周囲の声が少しずつ遠のいていく。
背中の重み。足手まといなんかではない。いつまでも一緒にいると誓った、頼れる半身。
共に歩き、共に笑い、共に眠る。これからも、ずっと。
感覚が鋭くなっていく。
背中にあるものが溶けていき、呼吸と鼓動が一つになるような錯覚。
目に映る世界が、徐々に遅くなっていく。
マイコールの肉球が着地しかけた瞬間。斧使いの表情が、バカにしようと変わりかけた――その刹那。
雷が鋭く跳ねた。
肉球が、音もなく床を弾く。
身体を反転させ、天井が足場へ。
そして壁は、続けて踏むためにある。
わずか三つの跳躍。それを一瞬ですませる。
斧使いは、未だ目の前から姿が消えたと、認識が追いつかない。
マイコールはギルドの入り口で振り返る。わずかに遅れて、突風が入口に向かって吹き荒れた。
入り口の脇に立っていた槍使いや、その仲間たち。逃げ道を塞ぐつもりだったその配置が、今は意味を失っている。
その誰もが突如生まれた風で、ようやく目標の姿が消えていたことを知る。
「よしっ、壁も天井も壊れてねーな」
自分の肉球が触れたところを確認して、マイコールは夜の王都へ飛び出した。




