表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/64

第五十八話 逃亡

「くそっ、わらわら追いかけて来やがって!」


 バルカンから少し遅れる形で走りながら、エルーナは背後を横目で確認した。


 そこにいるのは人の形を模した炎。

 見た目は人間とは似つかない、ゆらゆらと揺れる火の塊だ。


 動きは決して速くはない。

 エルーナの足でも少しずつ距離を稼げるぐらいだ。

 しかし、少しでも足を止めればあっという間に追いついてくる。

 疲れ知らずの炎人形は、足を止めることもない。


 こちらは分岐ごとに考えながら動いている。

 その時間の浪費が、相手に優位性を傾けていた。

 数はハッキリわからないが、徐々に背後で見かける数が増えていた。


 多数の分かれ道が絡み合う地下通路だ。

 それでも後続まで含めて迷いがない。


 こちらを真っすぐに追ってきている? 


 知性があるようには見えない。

 相手に視界があるかはわからないが、双方が相手を確認出来るだろう距離でも、炎人形は同じ速度で、しかし確実に前に進むだけだった。


「もう一回、ぶん殴ってやろうかっ!」


 バルカンが拳を強く握る。


「それはいけないわ。さっき同じことをしたら消滅する前に爆発したでしょう?」

「でも、うまくやりゃあ通路を潰して、追ってこれねえようにできるかもしれねえぞ」


 バルカンの提案に、エルーナは一瞬考えた。

 地下通路の構造。さきほど爆発した時の衝撃の度合い。


「それなりに強度はあるはずだけれど、どのくらいの衝撃で崩れるか保証はできないわ。敵が迫ってくる通路だけが塞がればいいけれど……。衝撃が思い通りにいかなくて、真上や逃げ道が崩れたら、かなり辛いわね。でも、少し試してみようかしら」


 エルーナは土の精霊へと訴えかける。


「閉じてっ!」


 精霊の反応は早い。

 エルーナの言葉と共に土壁が盛り上がるが、厚くするには時間がわずかに掛かる。


 直後に炎人形が触れた土壁が爆発。

 地面が揺れて、天井からパラパラと土がこぼれる。

 炎人形の突撃で土壁は壊れ、また次々と炎人形が押し寄せてくる。


「てめえらっ、仲間同士は爆発の影響がねえのは反則だろっ!」

「バルカンさんっ!」

「くそったれ!」


 すでに逃走に頭を切り替えていたエルーナが、バルカンの横を通り過ぎながら彼の手をとる。

 バルカンもすぐさま撤退を開始した。


 エルーナの左手に、抱えているユキマルの震えが伝わってくる。何か恐ろしいことが迫っていると、わかっているようだった。


 少しでも安心させようと、わずかに力を込める。


 やはり障害物を置いたり、攻撃で爆発させるのは危険だ。

 繰り返せば崩落へと進み続け、いつかは必ずそこに至る。

 かといって地下通路で逃げ切ろうにも限界がある。

 まだ通路の長さには余力があるが、無限ではない。

 土の精霊による新しい通路を作るには、相手が早すぎて時間がない。


 では、地上に飛び出すか?


 いや、それが一番危ない気がする。

 それはジェルダンという男が、もっとも自由になる選択だ。

 どうする? どうしたらいい?


 あの炎人形がこの切迫した状況を作り出しているには違いない。そこに突破口はないだろうか?


「なんつーかよぉ! 魔術とか精霊術とかってこんなに便利すぎるもんだったか? いくらなんでも、こんなたくさんを自在に操るなんて、俺なら頭がいかれちまうぜっ!」


 息を荒げながらも、苛立たしげな言葉が出るあたり、バルカンにはまだ余裕がありそうだ。


 火に関わる何かがこの力の軸には違いない。

 やったことはないが、精霊術だと火の精霊を頼れば、似たような炎の形を生み出せそうだ。

 いたずら好きな精霊なら、喜んで追いかけ回すかもしれない。


 だけどこれは精霊ではない。

 エルーナだからこそ断言できる。


 ならば、魔術だろうか。

 でも魔術は使い手のマナから生まれる以上、魔術師から見えもしないのに自由に動き回るなど不可能なはず。

 あくまでも、使い手の思考で動かされるか、何か単純な条件が加えられただけか。


 炎人形。それがどのような仕組みになっているのか。


 わかっていることは、多くはない。

 対象に触れるか衝撃を与えると爆発する。

 バルカン曰く触れても熱くはないが、身体を強化せずにいたらもっと痛かっただろうとのこと。

 知性はなさそうなのに、追いかけてくる。


「追いかけてこれるのは、なぜかしら」


 ふと過ぎった疑問を、ぽつりと言葉でこぼす。

 瞬間、つい先ほど記憶に焼き付けられた場面が、エルーナの頭の中を走りぬけた。


「最初の一撃……」


 光の槍。地上からは見えなかったはず。

 なのにどうしてあんな正確に、バルカンを狙えたの?


 次によぎったのは、大森林の奥にある家へ届いた赤毛の女。

 そうして一つの答えにたどり着く。


 何らかの方法でバルカンの位置が把握されている。

 それは、今、この瞬間にも。

 ふいに、バルカンの足音が一歩だけ遅れた。


「なあ、エルーナ。もしかして……だけどよ。俺……か?」


 その途切れる言葉の意味を察してしまい、エルーナはハッとして、バルカンを見た。


 目が合ってしまう。


「ああ、くそ……。敵をエルーナの家に呼んじまったのも、こうやって逃げ切れねえのも、全部俺のせいかよ」


 わずかに表情を沈ませながら、バルカンは言った。

 ほとんど同じタイミングで、彼もまた、その結論に至ってしまった。


 なんということだろう。

 せっかくたどり着いた答えは、底なしの沼に足を入れてしまったことを、ようやく気づかせるだけのものだった。


 逃げ切れない。

 どうあがいたとしても、追跡は終わらない。それがわかってしまった。


「おい、エルーナ」


 バルカンの固い声。

 彼の瞳には力強い輝きがあった。それは覚悟を決めた者の眼だ。

 その揺るがない意志が次に放つ言葉を、エルーナは知っている。


「それはいけないわ。一緒に、どうすればいいか考えましょう!」


 エルーナは懇願する。

 必死だった。彼をどうにか引き留めたかった。


「あれこれ言ってる暇はねえ」

「バルカンさんっ!」

「俺が次の通路で引きつける。お前は別の道に行け。精霊に穴でも作ってもらって、隠れてろ。こんだけ広い森のなかだ。あのクソ金髪に見つかるはずもねえ。そうやってりゃ、アニキは必ずお前を迎えにくる」

「ダメ……、それだけは……、あなたを犠牲にして逃げ延びるなんて……」


 過去が再び追ってくる。

 陽だまりの優しさを覆い潰すような、暗いものがやってくる。


 苦しい。行かないで。

 大切な人たちを、もう二度と失いたくないのに。

 エルーナは思わず泣きそうになってしまう。


 バルカンが目を瞬かせる。


「アニキとリア嬢ちゃん以外でもよ、そういう隙だらけなとこ、たまには見せてくれんだなあ」


 そう言ってから、バルカンがニカッと笑みを見せた。


「心配すんなっ! めちゃくちゃに逃げ回って時間稼ぎ終わったら、俺もトンズラすっからよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ