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第五十七話 追跡

 王都まで続く街道には大きく二種類あるようだった。

 大森林に沿っていく最短ルートと、湖を迂回していく遠回りのルート。


 マイコールは、馬車の窓越しに外を眺めた。

 一見すると、代わり映えのない木々が後ろへと流れていくだけの光景。しかし、マイコールにはわかる。


 あそこの木はかなり年季があり、足場にしたら折れてしまいそうだとか。

 あの枝は踏み込んだらよくしなり、勢いがつきそうだとか。

 見た目も全て異なれば、その中身も完全に同じものなんて探す方が難しい。


「見て、マイコー。あの二本の木、形が可愛い」

「どれどれ。おお、ホントだなあ。微妙に寄り添ってるとことか、いいなあ」


 リアノンと木について話しながら、馬車に揺られていく。


 しばらくして、森が夜に沈んだ頃。

 空気が冷えて、木の匂いが薄まっていく。


「今日はあそこの街で、一晩明かしますよ」


 御者のおっちゃんから声が飛んできた。


 たどり着いたのは冒険都市よりも二回りくらい小さな街。

 見上げた宿屋も庶民的な感じの建物で、寝ぼけてベッドを爪で傷つけてもどうにかなりそうだ。


 それにどの部屋にも窓がある。

 壁は厚めの木材。容易に突き破ることも出来るだろう。

 森も近いし逃走経路は無限にある。


「リア、いつもよりぎゅぎゅっと抱きしめて眠ってくれよな」

「もちろん。マイコーと必ず一緒」


 そう言いながら早速、マイコールの身体を抱えてくれる。

 そんなリアノンに身体を任せながら、マイコールは鼻を引くつかせた。


 都市を出てから、ずっとついてくる香りが複数ある。

 森に入って隠れながら追ってきたみたいだが、むしろ自然に混じりこんだ怪しい匂いだった。

 つまりは全ては仕組まれた出来事だと、教えてくれているようなもの。


 ふとジェルダンの姿が脳裏を過ぎる。


 真っ先に浮かんだ相手は、しかし確信には至れない。

 それでもマイコールは思う。

 まだ誰かの手のひらの上だろうが、必ずそこから飛び出してやる、と。


 マイコールは空を見上げた。

 瞬いている星々がそっと輝いていた。なんとなくエルーナの髪が思い浮かぶ。


「エルーナたち、元気にしてっかなあ」



 マイコールの穴倉。

 土の精霊たちにより部屋を増やし、逃走のための複数の入り乱れた通路が作り上げられていた。


 土の精霊たちの力があれば、崩れる心配もない部屋や通路を作るのは容易い。

 その表面は磨かれたかのように美しさすらある。


 しかし、マイコールが最初に作り上げた部屋は多少の強化こそ行ったが、壁のデコボコにはほとんど手を加えていない。


「マイコールさんたち、無事に進めているかしら」


 土壁に残された肉球跡にそっと触れながら、エルーナはぽつりと言葉を落とす。

 その温もりが残っている気がして、指を離せなかった。


 マイコールとリアノンは見た目こそ子供っぽい。

 しかし、その容姿から想像できないほど、生きる力に溢れている。

 たぶん、彼らならこの世の果てでも、それなりに楽しくやっていけてしまうのだろう。


 積み上げられた信頼は強い。

 けれど、それでもまったく気にしないのは、やはり無理だった。

 ジェルダン。あの男の顔がチラつく。


 確証はないのに、今回の件に関わっている気がしてしまう。

 かつてエルーナの全てを壊したきっかけ。

 その一因となった国王。

 ジェルダンは、あの人とどこか似ている。


 国王自体を恐れるわけではない。

 でも、小さな波紋となって、どうしても記憶が呼び起こされてしまうのだ。


 カイとミナを失った記憶が。


 ジェルダンが首謀者だと感じてしまう。

 だからこそ怖いと感じてしまう。

 マイコールやリアノンが、同じように動かなくなってしまう未来が見えてしまう気がして。


 一緒に行きたかった。手の届くところにいて欲しかった。


「エルーナ。飯、食わねえのか?」


 土のテーブルで食事をかき込んでいるバルカンが尋ねてくる。

 拡張したそれぞれの寝室で一夜を明かし、起床してから二度目の食事。

 穴倉でも暇があれば身体を動かしているとはいえ、よくもまあそこまで食べられるものだ。


「私は遠慮しておくわ」

「そりゃ食わねえのも自由だけどよ。そんなんだといざって時に、力が入らねえぞ」


 口に含みながら、話を止めないバルカンがいる。


 言いたいことはわかるが、どうにも気分がのらない。

 口にしてなくとも、重い空気でお腹が満たされているような感じだ。


 平然としているのはバルカンだけだった。

 ユキマルは部屋の隅でぽつんと動かない。

 いつもと違う雰囲気に、すっかり萎縮しているようだった。


 試しに名前を呼んでみても、ピクリともしない。

 リアノンがここにいたら、ユキマルの様子もまた違ったのではないか。

 答えを見ることは叶わないが、なんとなくそんな気がする。


「食べ過ぎには注意してね」

「ああ、気をつけるぜ」


 しかし、バルカンの勢いは収まる様子がない。

 もしかすると、バルカンもまた落ち着かない気持ちを、食べることで誤魔化してるのかもしれない。


 皆の心が揺れていた。

 強くあろうとしても、それ自体が誤魔化しにしかならない。


 そこでふと思った。

 マイコールもこういう時に不安になるのだろうか?


 ――心配すんな、オイラがついてるぞっ!


 そんな声が聞こえた気がして、ハッと振り返る。


 幻聴だった。陽だまりの温かさをもつ彼の姿は、ない。


 だけど、きっと彼だったらそう言う。

 強がりじゃない。

 小さな身体で色々と悩んで考え抜いても、最後は本気で大丈夫だと胸を張ってくれる。


 そう言われても、ただ任せるつもりはない。

 だけど、彼が側にいるだけで安心して前に進める。

 そう。一緒にいてくれるだけでいい。


 瞳を閉じて蘇るのは、いつかあったジェルダンとの遭遇。

 嫌な記憶に触れてしまい動けなくなったあの時。


 ――オイラの連れに、なんか用かあ?


 たったそれだけのこと。相手を威嚇するわけでもない。

 ただそこにあり続けて、普通の会話を相手と始めただけ。


 あの時、追いかけてきた過去よりも、今を共に過ごす小さな虎猫に心を満たされた。


「そうよね……。あなたがついてくれてる」


 穴倉を見渡して、そう思った。

 決して全てを振り切れたわけではないけど、エルーナは少しだけ空腹を感じることが出来た。



 そして、その時がやってきた。

 違和感は小さく、しかし徐々に膨れ上がっていく。


 精霊が人を惑わすために、広がっている地上の空間。

 その一角で、風の子たちが遊んでいる声が、ほんの少しだけ、ざわめいた気がした。

 それは遠くから、確実に近くへ。


「バルカンさん……」

「どうした、エルーナ。……まさか」


 バルカンが土の天井を睨みつける。

 エルーナは音を出さないように、ユキマルに近づいてから優しく抱え込んだ。


 もはや風の子たちだけではない。

 手伝ってくれてる全ての精霊が、間違いなく警告を発してくれている。


 草むらをかき分け、枝を踏み割る音が次第に近づいてくる。

 足音こそ聞こえないが、何かの気配は確かにエルーナたちの真上で止まった。


 次の瞬間。


「うおっ!?」


 土の厚みをものともせず、差し込まれたのは光る鋭い何か。

 バルカンが咄嗟に身を捻る。


 バルカンの頬を伝う一筋の血。

 避けなければ、間違いなく脳天を貫いていた。


 バルカンは悪態をつくことも忘れ、鋭いそれと距離をとる。


 それは『光っているような槍』ではない。

 輝きそのものを凝縮した――光槍。


 瞬きをする間に、光が自在に変化する。

 刃へと生まれ変わり、土壁など無意味と蹂躙し始める。


「エルーナっ!」


 バルカンに引き寄せられ、エルーナはかろうじて回避する。

 崩れ落ちる天井。そして視界を奪う土煙。


「こほっ……」

「無事か?」

「ええ……、あなたのおかげでね」


 二人は最大限の警戒のまま、じりじりと逃走用通路へと下がる。お互いがすぐにそこへ飛び込まなかった理由は一つだった。


 潜んでいた敵。

 それを想像ではなく、ハッキリさせるため。

 パチ……パチ……と、誰かが拍手をする音が響く。


「ただの雑魚かと思えば、なかなかやるものだね」

「やっぱり、こんなくだらねえことすんのは、てめえかっ! ジェルダン!」


 土煙がゆっくりと落ち着いた先に、二人はいた。


 衣服に薄い光をまとわせたジェルダンと、その少し後ろに控えるシェリル。


 踏み荒らされた地面の上で、彼らだけが最初からそこにいたかのように、微動だにせず立っている。

 白銀の甲冑に赤いマントという以前のジェルダンとは、その見た目が大きく変わっていた。

 薄っすらと光の膜に包まれてはいるが、それでもよくわかる。


 黒い礼装だった。


 光を吸い込むような布地。

 胸元や袖口などには金の糸が走っているが、およそ祝いの雰囲気は皆無だ。

 その上から羽織られたマントも同じ色ではあるが、なぜかより深い闇を連想させる。


 そのマントの留め金だけが、妙に目についた。


 丁寧に磨かれ、壊れないことを前提に作られている。

 それが、ひどく嫌な感じがした。


「さあ、迎えに来たよ。愛しの君よ」


 ジェルダンが口元を大きく歪ませながら、エルーナを見つめる。そして、両手を広げた。


「逃げるぞ」


 次の瞬間、エルーナの視界が跳ねる。

 バルカンが迷いなく彼女を抱え上げ、地を蹴った。

 逃走のための通路へ、エルーナたちは飛び込んでいく。

 


 さて――。

 逃げる君を、じっくりと味わうか。

 それとも、すぐに終わらせてしまうか。

 ジェルダンは唇を浅く舐めた。


「ジェルダン様。そのお洋服は、光の膜で汚れないとはいえ……、大事なお召し物ですわ」


 そう言って、シェリルが一歩前に出る。


「まずは、私に任せてください」


 なるほど。その気遣いが、気に入った。


「いいだろう、シェリル。やってみたまえ」


 口元が、自然と緩む。

 これは戦いではない。

 最初から、勝ちの決まった追いかけっこだ。


 シェリルが両手を広げる。

 揺らめく炎が形を取り、人の姿へと変わっていく。

 命を持たぬ、追跡のためだけの人形たち。


「行きなさい」


 命令と同時に、炎の人形が走り出した。

 愛しの君が逃げて行った通路へ、次々と飛び込んでいく。

 そして人形たちは今も生まれ続けている。

 さあ。

 どれほど足掻いてくれるかな――。


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