第五十六話 マイコールの穴蔵
翌日、バルカンを家に残して、エルーナとリアノンを案内したのは大森林のとある一角だった。
草木の間の地面にひっそりと開けられた入り口。
バルカンが小さくなってどうにか通れるサイズの土の通路。
そこを抜けると、一部屋分の空間がある。
「すごい……、マイコーが掘ったの?」
「昨日、ちょっと頑張ってみたんだ」
あっさりと言うマイコールに、きょとんとしたリアノンが天井や地面を見回した。
土の壁は尻尾で平らになるように調整したが、それでもところどころ肉球っぽい形がある。
ただ掘っただけでなく、決して崩れないように頑張って押し固めた。
ベッドも食卓もない。
あるのは申し訳なさげに作られた土のテーブルのみだった。
これら全て、もちろんマイコールの手作りである。
決して美しくはない。
それでも作り手として、ここで過ごす人のことを想って完成させた。
「にゃは……、まあ途中でエルーナなら土の精霊に頼んで一瞬だなって気づいちまったけどな」
マイコールは照れくさくて、耳の付け根をかいた。
「あとでさ、他の部屋を増やしたり、逃げられる出口を増やしたり、この部屋も変なとこあれば直してくれよな」
「逃げ道は大切。アリみたいに、あちこちに繋げるといい」
「にゃるほど。複雑な通路ってのはいい考えだな」
思いついたと人差し指を立てるリアノンに、マイコールがそう言った。
エルーナは、壁を静かに見つめている。
彼女はそっと壁に残った肉球跡を、指でなぞる。
その指先が、ほんの少しだけ長くそこに留まった。
瞳を閉じて、口元を緩めていた。
しばらく動かないエルーナを、マイコールは見守っていた。
「この場の守りを強くする話しを、詰めましょう。マイコールさんと、リアちゃんが安心して出掛けて……、また帰ってこれる場所になるように」
エルーナの言葉に、マイコールは一度だけ深くうなずいた。
お互いの役割をちゃんと受け取った、という合図だと思った。
「最初に思いついたのは、オイラたちが初めてエルーナの家に来たときのあれだ」
「私の魅了と、精霊による人避けの結界ね」
「どっちもいけるか?」
「ハッキリ言うと、魅了での守りは難しいわ。あの使い方は私の放つ魅了の香りを、風の精霊で広めているの。とはいえ、余程の鼻の良さがなければ感じとれない。無臭に近いから、家の近くまで来た人たちは気付かずに吸い続けて魅了されるわ」
「にゃるほど。ってことは、対象を選べねえ。そーいうことだな」
「私一人で籠るならありだけれど、バルカンさんとユキマルも一緒だと、良くないでしょう?」
エルーナの話はもっともだった。
魅了を受けていては、自分の判断で動けない。
「バルカンが、バルカンじゃなくなるのは困るよなあ」
バルカンだって立派な守りの一つだ。
どんなことが起こるかわからない以上、それを削る選択肢はない。
「それなら、惑わしだけ頼む」
「土と風、そして木の精霊に頼んで、少しずつ感覚を狂わせる。匂いや、草花や木の位置を少しずつズラしていくようにしてね」
エルーナが口元に手を触れて、いたずらっぽく微笑んだ。
「この外回りの空間とかも違和感ないように整えておいてくれな。後は入り口は塞げるか? ずっと閉じ込められてると、だんだん息が苦しくなるだろ? その辺りって……、風の精霊に頼めるのか?」
「水も空気も問題ないわね。食べ物さえ持ち込めば、しばらくは籠っていられるわ」
「よーし。これだけあれば、すげー守りじゃねえか?」
「マイコーの穴倉。強いね」
強固な守りに、満足そうなリアノンがいた。
マイコールはその空間を改めて見渡した。
森の中に生まれた拠点。
こんなものがあるなんて、敵は想像もしないはずだ。
守りの場でありながら、敵を翻弄させていく攻撃の一面もある。
「リア。オイラたちも気合を入れて、王都に向かうぞ」
「うんっ」
◇
冒険都市の入り口へ戻ってきた猫が、シェリルを解放してから馬車に乗り込んだ。
馬車がゆっくりと遠ざかっていき、やがて街道の向こうへ消えていく。
その様子を、街道を見下ろす丘の上から眺める影があった。
金糸の混じる外套を、風がわずかに揺らす。
「なるほど……、シェリルを戻す……、そして二人か……」
低く、楽しげな声。
「君は、そういう選択をするわけだ」
指先で指輪を一度なぞった。
「ならば――こちらも、準備を進めようか」
その声音に、焦りはない。
ただ、すでに次の盤面を思い描いているだけだった。




