第五十五話 霧に潜む敵
「王都の冒険者ギルドに呼び出されたから、行くことになっちまった」
夜のご飯時になってようやく家にたどり着いたマイコールは、開口一番で三人に伝えた。
マイコールが落とした言葉で、食卓の空気が変わる。
エルーナは運んでいた食事を持ったまま、立ち止まる。
リアノンは椅子に座ったまま、瞬きを何度かしながらマイコールを見た。
「王都のギルド? なんでそんなとこから声が掛かんだよ?」
バルカンは腕を組んで、きょとんとしている。
マイコールは三人の言葉を待つ間に、自分の身体を見下ろした。爪や毛に土がついてしまっている。
大急ぎだったとはいえ、ちょっとやりすぎてしまったようだ。
「マイコー、汚れてる。どうしたの?」
「ん、ああ。それについては後でなあ。……あいつは?」
食卓には赤毛の女の姿がない。
匂いは家の中からするから、どこかにはいるのだろうが。
「赤毛の人なら、疲れたから寝る。そう言ってた」
リアノンからの返答に、マイコールはうなずいた。
この話は彼女がいない方が、よい気もする。
「エルーナ、念のため風の精霊に頼めるかあ?」
「ええ、もちろんよ。――風の精霊」
マイコールたちを包み込む、薄い空気の膜が生まれる。
「王都へ行くのは、もう決定事項なのね?」
「どうやら正式な呼び出しみたいでな。断りきれなくて……、一応はそうなっちまったんだ」
「……そう」
エルーナの声は短く、落ち着いてはいた。
しかし、わずかに張り詰めたものを感じさせる。
「行かない……、そう言ったらどうなるの?」
リアノンが静かに問いかける。
「あまり良くはなさそうだったなあ。……なんか、ギルド長からギルドの掟みたいな、難しい内容を見せられたんだけどよ。正式な呼び出しを拒否すると、カードを剥奪されることもあるとか、なんとか」
「それなら、実際に剥奪された奴をみたことあるぜ。まあそいつは悪いことして、呼び出しくらって、それでも逃げ回ってたんだけどよ」
バルカンのぼつりとこぼれた言葉が、沈黙を広げた。
「……マイコー、悪いことしてない」
リアノンの声が、わずかに硬い。
「そりゃなあ」
「呼ばれる理由がない」
「王都なんて行ったことないからなあ。声が掛かる意味がわからねえ」
マイコールは腕を組んだまま、尻尾で床を軽く叩いた。
「……イヤな感じがする」
「街での噂のこと……、不思議な来訪者……。そして今回の呼び出し……。私も、そう思うわ」
リアノンとエルーナが、わずかにうつむいた。
「なあ、ちょっといいか?」
バルカンが控えめに挙手をする。
「王都の冒険者ギルドに呼び出されたのが、なんつーか……、良くないみたいな空気だけどよ。アニキは悪いことしてねえんだろ?」
バルカンが首を捻って、尋ねてくる。
「そっか。バルカンには、そこから話さねえとダメだったな。そしたらギルド長とのやりとりから、その辺りも加えて話してくぞ」
「マイコールさん、良かったら座って。お疲れでしょう?」
「でも、汚れちまうぞ?」
「いいのよ。後で綺麗にするだけのことだもの。遠慮はいらないわ」
エルーナが椅子を運んでくれて、マイコールはぽすんと腰を下ろした。
三人の注目が集まる中、マイコールは腕を組みながら話した。
ギルド長とのやりとり。
部屋に通されたあと、王都の冒険者ギルドに向かって欲しいと言われたこと。
マイコールがしぶしぶ了承すると、ギルド長は早速部屋を出て行った。
すぐに王都のギルドに連絡するとのことだった。
どうやって? と考えて、一つ思い当たることがあった。
とても希少だが、他人との連絡をとれる魔道具がある。
各冒険者ギルドには、その魔道具が置かれていると聞いたことがあった。
それを使うのだろうと、その時は思った。
ギルド長が戻って来た時には、全てが決められていた。
二日後の出発、移動の馬車の準備、そして王都冒険者ギルドでの会談が五日後であること。
「すっげぇ手回しがいいな。王都のギルド長はよっぽど忙しいのか?」
バルカンがそう思うのも無理はない。
これだけの情報だけなら、マイコールも単純に考えていたところだ。
しかし、とある情報を加えると何者かの気配が感じられる気もする。
その情報とは、マイコールへの謎の悪評が冒険都市で散らばってること。
あれは明らかに誰かの作為的なものだ。
それを話すとバルカンは自分事のように怒ってくれた。
「噂の出どころが誰だか知らねえが、とっちめてやるっ!」
今にも家から飛び出して行きそうな彼を落ち着かせながら、いい奴だなぁとマイコールは顔をほころばせる。
「バルカン、ありがとな」
拳を振り上げたままの彼を見て、そう言った。
「でもなあ、噂の出どころも曖昧なんだ。どこに行くんだ?」
「そんなもん……」
バルカンは少しだけ考えてから言った。
「ジェルダンの野郎とかじゃねえのか?」
「なんで、ジェルダンなんだ?」
「あいつ、アニキのこと気に入ってなかっただろ? それに、一緒にいた赤毛の女も、ここに来てるしよ……」
その言葉に、エルーナがゆっくりと目を伏せる。
少しだけ考えるような間を置いてから、静かに首を横に振った。
「可能性はあるわ。でも、それだけで断定するのは危険ね」
落ち着いた声だった。
感情を押し殺したような静けさに、拳を握りしめていたバルカンの肩がわずかに動く。
「……ちっ」
バルカンは舌打ちしつつも、腕を下ろした。
「噂を流した相手がいる、ってのは事実なのよね?」
エルーナが、静かに問いかける。
「ブラスのおっちゃんが耳にしたもんだと『S級になれたのは裏で手をまわしたとか』とか、『悪いことをしている』とか……」
「随分と雑ね」
即座に切り捨てる。
「でも、その噂に、『被害にあったって』声があちこちから重なってるみたいなんだ。そうやって積み重なっていくだけでも、真実は埋もれていっちまうもんなんだなあ。オイラ、勉強になったよ」
リアノンが、膝の上で手を組む。
「マイコーは、そんなことしない」
「にゃはは。ありがとうな」
「……でも」
リアノンは続けた。
「誰かが、マイコーを悪者にしたいのは、わかった」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ沈む。
「裏でコソコソしやがって。悪口言いてえなら、正々堂々と目の前で言えってんだ」
「なんというか、霧みてえな相手なんだよなあ。姿形がハッキリしねーけど、身体には纏わりついてくるし、どう対応すればいいのかわからねーし」
この呼び出しも誰かの誘導なのか、考えすぎなのかもわからない。
だから、マイコールは皆にも聞いてみることにしたのだった。
「姿を見せずに不安だけを置いていく。戦略的な嫌がらせ、と言ったところかしら」
「んにゃ……、なんかややこしいなあ」
エルーナの言葉にマイコールとリアノンは、揃って首を傾けた。
「戦争で軍師とか、賢い人が好む手法ね。様々な揺さぶりをかけ、相手を動かし、狙った罠にはめる」
「うにゃ……、霧の中で音にびっくりさせられ、慌てて逃げたらその先に落とし穴……、みたいなもんかあ?」
マイコールは考えたそのままを口にする。
「似たようなものかしら」
エルーナの肯定に、それならわかるとバルカンが繰り返しうなずいている。
「じゃあ、じっとしてればいいね」
名案とばかりにリアノンが人差し指をたてるが、エルーナは首を横に振った。
「残念だけど相手が動かなくても、自分が有利になるよう二重三重の意味を潜ませるのが、賢い人の嫌がらせなの。霧で例えると、逃げないなら罠を増やしていく。準備が万全になってから一気に叩く、とかもあるわ」
「本当に賢い奴ってのは、そこまで考えるのかあ」
マイコールは腕を組み、身体を傾けた。
想像の域を出ないが、仕掛けてきてるのはおそらく嫌らしい賢さをもつ相手。時間を与えるのは良くないだろう。
そうなると、動くしかない。
動けばこちらに合わせて、相手もまた考えるだろう。
そのどこかで、思惑から外れる歪みが生みだす。
そこから相手の尻尾を捕まえられるかもしれない。
「じっとしてても、ダメそう」
「リアもそう思うか」
マイコールとリアノンは視線を交わして、力強くうなずきあった。
俺の好みの方法だぜ、とバルカンも拳を握り締めていた。
「王都のギルドに行くのよね?」
エルーナからの問いかけに、マイコールは答える。
「敵の誘いなら、まず乗ってみて反応を見るしかねえもんな」
「そう、なるわよね」
ただ、エルーナだけが自身の右肘を掴み、唇を噛んでいた。
「私も……、あなたたちと一緒に行くわ。心配だもの」
エルーナは意を決したように言った。
「ルナも行く?」
「いや……、そりゃダメだ」
「え? マイコー、どうして?」
わずかに期待を膨らませていたリアノンが、抗議の視線を向けてくる。
「オイラ、リアと二人なら、どんな時でも逃げ切れる」
言葉を選びながら、マイコールは続ける。
「オイラたちはお互いを良く知ってるからな。速さも、逃げ方も、隠れ方も。どんな状況でも、逃げ切れる」
こくこくとリアノンが首を振る。
「でもよ、人数が増えると話は変わっちまう。オイラの身体は一つしかねえもん。どんなに速く動けても、二人から常に絶対に離れねえのはムリだ」
マイコールはそこで言葉を切った。
エルーナの返答を、静かに待つ。
エルーナは目を伏せた。しばらくして、小さく息を吐いた。
「……わかったわ」
どうにか絞り出した言葉だった。
「信じてくれて、ありがとなあ。この誘いが誰かの狙いなら、必ずなんかしら掴んでくるからなっ」
マイコールは安心させるように、笑顔で応じた。
「ただ、オイラたちが行くってことは、こっちは手薄になる。実を言うと、王都に行くしかねえって覚悟した時から、漠然と考えてたことがあったんだ。守りを固めてもいいのかもしれねえってな」
「守り?」
リアノンの問いかけに、マイコールは胸を張る。
「穴倉だ」
その言葉で、話は一区切りついた。
それから、マイコールは一つだけ付け足す。
「赤毛のあいつは……、街へ返すしかねえな。出発の日に、オイラとリアが送り届けるのがいいな」
理由は言わなかった。
それでも皆の思いが同じであるように、それぞれがうなずいた。
敵が作為的に送り込んできたのかはわからない。
だが、少なくとも味方と判断はできない。不確定の要素はここに置けない。
それだけで、十分だった。




