第五十四話 伝言の虎猫
森はどこでもマイコールの遊び場みたいなものだ。
大森林に入った瞬間、マイコールは地面を蹴った。
走る、というより、弾かれる。
肉球に込めた強化が、地面と枝をしならせる。
返ってくる反発を受け取り、次の一歩へと変える。木々は障害ではなく、進むための支点だった。
ぷにんという着地音は、ほとんど残らない。
定期的な街への顔出し。
ハッキリ言えば、マリアの様子見と、岩石団への安否報告。
それはバルカンがいつもしていることだった。
しかし、今日は速さを最優先にしている。
だからマイコールだけで森を跳ねる。
森と街道の境界線。
マイコールは最後の跳躍のまま、大森林をすぽーんと抜けた。
街道を走り抜け、たどり着いた冒険都市。
検問所はさすがに大人しく並ぶ。
まだ陽が真上に昇る途中だったので、それほど混んでもいなかった。そうして冒険都市内にある目的の建物へ到着する。
「マリアー、いるかあ」
「あっ、猫のにいちゃんだっ!」
「今日もモフモフだねー」
「おー、みんな元気にしてたか? にゃはっ! くすぐってーぞ。ほらっ、並ぶんだぞ。モフモフは四人ずつだからな~」
わらわら集まってくる子供たちを、一人ずつ肉球でプニプニと頭を撫でる。
「あっ、猫さん、お久しぶりですの」
奥の方から小走りで現れたマリアは、きょろきょろとあたりを見回している。
「あら? エルーナお姉さまは、一緒ではないですの?」
「色々あって、今回はオイラだけだぞ。バルカンが『元気にやってるか? 困ったことはねえか?』ってさ。買い出しとか、他のことでも、バルカンの代わりをオイラがするぞ」
マリアと話しながらも、マイコールは尻尾を子供たちの前でわざと自在に動かす。
集まった子供たちへの挑発だ。
何人かが尻尾を掴もうと、躍起になりはじめるが、ひょいひょい尻尾は避けていく。
「バルさん……。いつも気にかけてくれて、ありがたいですの」
優しげに微笑んでいるマリアがいる。
「猫さん。バルさんに『わたしは、元気ですわ。バルさんも体調には気をつけてくださいですの』と伝えていただけたら嬉しいですの」
「わかったぞー」
「猫さんに頼めるお使いとかは、今のところないですの。岩石団の人たちもちょくちょく顔を出してくれて、今日も買い出しに行ってくれてますわ。なので、そのあたりは大丈夫ですの。……あの、ちなみに言伝はそれだけですの?」
「んにゃ? バルカンからの話は、そんくらいだぞ」
「バルさんではなくて……、その……、エルーナお姉さまからは?」
指先をもじもじさせて、マリアが尋ねてくる。
「ああ、エルーナかあ。そーいえば、『今回はお会い出来なくてごめんなさい。またバルカンさんのお話とかしましょうね』って言ってたぞ」
「っ! お姉さまっ! なんてもったいないお言葉ですの」
身をよじらせて頬を赤らめるマリアに、「おねえちゃん、だいじょーぶ?」と女の子が聞いている。
しかし、自分の世界に浸ってるマリアには、どうやら届いてかないようだ。
「猫さん、エルーナお姉さまにお伝えください。『いつでもお待ちしてますわ。必ずマリアに会いに来てくださいでませ』と」
「おー、わかったぞ」
「忘れないでくださいませ。絶対! ですのよ」
「お、おお? 絶対に伝えるぞ」
妙な迫力にマイコールも子供たちも、わずかに身体を引いてしまう。
そんな様子にマリアも気づき、こほんと咳払いを一つ
「そういえば猫さん。岩石団の人たちから言われたのですが……。猫さんを見かけたら、教えて欲しいとのことでしたの」
「岩石団が? バルカンのことかあ?」
「そのあたりは、わたしも聞いてなくて……。そろそろ戻ってくると思うので、待っていて欲しいですの」
その時、外の方が少しだけ騒がしくなった。
扉が開くと、子供の一人が「あっ」と指を差す。
「おーい、マリアちゃん。買い出しは終わったぞー」
重量のある足音が近づいてくる。
そして、がさりと荷を下ろす音。
岩石団の三人は、今日もたくましい筋肉であった。
そのうちリーダーである剣士風の男が、子供に群がられてるマイコールに気づいた。
「おっ、マイコールさん!」
「久しぶりだなあ」
「ありゃ? バルカンの野郎は、一緒じゃないんですか?」
「今日はバルカンを置いてきたんだ。『ちと野暮用で顔出しにいけねえ、悪いな』って、言ってたぞ」
「生きてりゃ何でもいいっすわ。まあ、その点はマイコールさんの近くにいりゃ、街よりも安全だから心配してはないんですがね」
リーダーは破顔して、はっはっはっと笑っている。
「まあ、それはさておき、マイコールさんのことをギルド長が探してましたよ」
「ギルド長が? ……うーん。オイラ、なんか悪いことしたかなあ?」
耳の付け根をぽりぽりとかきながら、マイコールは考える。
「冒険者ギルドで、見かけたら顔を出すように伝えてくれって、お達しがあっただけですんで……。ただ、怒っているとか、そういうことではなさそうでしたけど」
「わかった。教えてくれて、ありがとなー」
やることは全部済ませたはずだった。さっさと帰ろうと考えていたのだが。
そうもいかないらしい。




