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第五十二話 陽だまりの庭で

 陽が照らす庭は今日も暖かい。


「一九八六……、一九八七……」


 モフモフにお日様を吸わせながら、地面に着けた尻尾で、身体を宙に浮かせるマイコール。

 尻尾筋だけで、身体を上下させた回数を数え続ける。


「なにやってるんだか」


 赤毛の女の呟きが、後ろの方から聞こえてくる。

 最初から彼女の気配はきちんと捉えてるので、驚くこともない。


 あれから大分たち、赤毛の女は普通に動けるようになりつつあった。


 家の入り口側の壁に、赤毛の女は背を預けている。

 マイコールが横目で見ていたことに気づき、ふいっと視線をそらす。


「マイコールさん、どうかしたの?」

「うんにゃ、大丈夫だ」


 隣には地面に腰を下ろしたエルーナがいる。


 ロングスカートの切れ込みから、ちらりとすべすべそうな足が見える。

 なるほど、とマイコールは思った。


 長いスカートでも切れ込みがあると、咄嗟に動きやすいだけでなく、座るのも楽になるようだ。


「ふんぬっ、ぬぬぬぬぬぬぬっ!」


 獣の唸り声のような気合い。何度聞いても耳に慣れなくて、マイコールは思わず振り返った。


 エルーナの家の前。

 自然と人の世界のちょうど境界線に並ぶ木々に、一際目立つ樹木がある。

 明らかに他よりも背が突出していて、数人が手をつないでようやく一回り出来る太さだ。


 そんな大木にバルカンが抱きついていた。

 熱烈な抱擁のまま、必死な顔をして踏ん張っている。

 わずかにすら揺れないが、変なやつがいると枝に止まっていた鳥たちが羽ばたいていった。


「クソがっ! 何百回挑んでもびくともしねえっ!」


 大木を仰ぐように見上げるバルカンは、そんな悪態をついていた。

 どうやらあれを引っこ抜きたいようなのだが。


「ふんっ、バカみたい」


 赤毛の女が吐き捨てるように言う。

 どうやらバルカンの様子を眺めていたようだ。


「おいおい、そりゃ言い過ぎだろー」


 尻尾トレーニングを終えて、赤毛の女へとマイコールは振り返る。


「うっさいわね。じゃあ、あんたはあれが出来ると思ってんの?」

「そりゃ、今はまだなあ」

「ほらみなさい。間違ったことなんて、言ってないじゃない」


 マイコールの見立てではバルカンの馬鹿力に、強化術を上乗せしても、まだまだ厳しそうだった。

 それは彼も分かってはいるようだった。

 他にも木はあるのに段階を踏まず、一番でかいからと、あの大木を選んだのがバルカンらしい。


 ――つい先日、バルカンが言っていた。

『俺は馬鹿だからよ。本当に強いってのが、どういうことなのかは、まだわからねえ。

 だけどな、紅蓮鹿の話を聞いて、色んな強さの形があるってのは感じた。

 そんでもって武器になりそうな強さは、あれこれ持ってりゃ、困ることはねえってな。

 だからよ、俺はこれからパワー以外に、この歯も鍛えることにしたぜっ!』


 最後の一言にはずっこけそうになったマイコールである。


 どうやら本人の中では、尻尾の代わりになりそうなのが、顎と歯であるらしい。

 満面の笑みでニカッと歯を見せつけるバルカンをみたら、それもまた一つなのかなと思えてくるから不思議だ。

 まあ誰かに言われたことよりも、自分で見つけたものの方が夢中になれる。


 それを知ってるから、マイコールは何も言わなかった。


「ほーんと、バカね」


 赤毛の女の言葉で、マイコールは我に返った。


「意味のない努力ばっかして……」


 吐き捨てるように言うと、赤毛の女は森の方へと歩いて行った。


「おーい、あんまり遠くにいくなよー。なんかあったらすぐにさけぶんだぞー」

「ふんっ……」


 振り返ることなく行ってしまう。

 まあ、匂い的にこの前みたいな危険なやつはいなさそうだし、エルーナの風の精霊も見張ってくれている。


 逃げ出そうとしても、すぐにマイコールに追いつかれるのは身をもって何度も体験したから、もうしないだろう。


「エルーナ、どう思う? この前聞いた時は、偶然たどり着いたって話だったけどよ」

「……どうかしらね。あなたたちのこともあるし、ありえないとも言い切れないのだけれど」


 エルーナは、森へと消えていった女の背中を、しばらく目で追っていた。


「ただ――」


 小さく、言葉を選ぶように続ける。


「少し出来すぎている気はするわ」

「んにゃ。オイラも、そんな気はしてる」


 マイコールは尻尾でトンっと地面を叩いた。

 

 偶然でないとすれば、どうやってこの場所を知ったのか。

 いや、すでに知られているのだから、そこは問題ではないか。


 ジェルダンの顔がちらつく。

 何を考えているのか、マイコールにとってはいまいち掴めない相手である。


「マイコー。ちょっといい?」


 たたたっと駆け寄ってくるリアノン。

 頭にはユキマルを乗せている。

 余程楽しかったのか、二人とも土で薄っすら汚れていた。


「んにゃ? リア、どうしたんだあ? でっかい虫でも捕れたのかあ?」


 さっきまで森のすぐ近くで、かくれんぼだの虫取りだのをして遊んでいたはずだ。

 もっとも、かくれんぼと言っても、リアノンが隠れて、ユキマルがひたすらリアノンの頭を目指すだけの遊びだが。


「モフモフほっぺを、ちょっと貸して欲しい」

「オイラのほっぺ? かまわねーけど、何に使うんだ?」

「えっと……。これを見てほしい。ユキマル――」


 リアノンが小さな石を、えいっと空高く投げる。その石へとリアノンは指を向け、


「発射」

「にゃんと!?」


 ユキマルの口から糸が飛び出して、見事に空中の石へと付着していた。


 前に見たときより、精度も理解も良くなっている。

 これなら小さな虫が自在に飛んでいても、あっさり捕まえられるだろう。

 しかし、悲しいことに強度が足りず、引き寄せ切る前に糸は切れてしまっていた。


「すっごいなあ、ユキマル、リア」

「二人の息が素敵なくらい合っていたわね」


 エルーナとマイコールは、パチパチプニプニと拍手をする。

 しかし、リアノンは満足せず、首を横に振っていた。


「ユキマルの糸。触ってわかった。色々とあるの。粘ったり、伸び縮みしやすかったり……」

「にゃるほど」


 珍しく多弁なリアノンに、マイコールは相槌をうつ。


「糸の強さとか伸び縮みとか、上手く伝えたい。だけど、今は難しい。でも、いっこ思いついた」


 リアノンが人差し指をピンと立てている。


「マイコーのほっぺ、借りるよ」

「うにゃ?」


 途中まで理解したはずなのに、いきなりわからなくなる。


「ユキマル、よく見て。ほら、のびーる……」


 リアノンの手がマイコールの両頬をのびびーんとさせる。

 ユキマルは大きな両目で、マイコールの顔をじっと見つめていた。


「切れない、しかも戻る」

「うにゃん!?」


 リアノンが手を離すと、マイコールの頬が勢いよく元の形へ戻った。

「り、リア〜、びっくりしたぞ」

「ごめん。でも、もう一回」

「にゃにゃにゃ!? もう……、仕方ねえなあ」


 伸びたり戻ったり、伸びたり戻ったり。

 マイコールの頬は型崩れすることなく、もてあそばれる。


「どう?」


 ひとしきり見せたあと、リアノンがユキマルに声を掛けていた。ユキマルの口元がもぞもぞと動いてるような気がした。


 えっ、今ので何か伝わったのか?

 そんな思いで、マイコールはごくりと唾を飲み込んだ。


 ……何も起きない。

 代わりにユキマルは、こてんと首をかしげていた。


「そっか。じゃあ、次の遊びをしよ」


 マイコールは頬を撫でながら、リアノンを見送った。

 彼女はバルカンへと駆け寄っていく。


「バルバル、なにしてるの?」


 紐でくくった頭サイズの岩。紐の部分を咥えて、口を開け締めしているバルカンがいる。

 リアノンとユキマルは、特訓するバルカンをじっと見つめていた。


「リアちゃんとユキマル、元気いっぱいで何よりね」

「ほんと、仲良くなったよなあ。たくさん遊べる相手がいて、オイラも嬉しいよ」


 バルカンは相変わらず、紐の岩を咥えたまま黙々と顎を動かしている。

 リアノンはその岩を指先でツンツンと触れていた。

 マイコールは、その光景を一度だけ確かめてから、エルーナへと視線を戻した。


「なあ、エルーナ。ちょっとだけ、話しておきたいことがある。リアの……、その……、例の件でな」


 マイコールは周囲の匂いをかいで、赤毛の女が近くにないことを確認した。

 エルーナは言葉を返さず、そっと立ち上がる。


「風の精霊さん、音を遮って」


 エルーナの指先がわずかに動くと、風が庭を一巡した。


「音を外へ抜けなくしたわ」

「そんなこともできんのかあ。ありがとな、風の精霊」

「ふふっ、風の精霊たちも、嬉しそうよ。マイコールさんの手を回っているわ」


 マイコールには見えないが、側にいると信じて手を振っておく。


「それでな、不老不死について、ちょっと話してもいいか?」


 エルーナが小さく笑みをこぼし、マイコールの言葉を受け止めてくれる。


「オイラもわからねえことは多い。けど、知ってる範囲で伝える。覚えてくれると助かるぞ」

「わかったわ」


 そう言って、エルーナが座り直す。


「不老不死っていうけど、実際は死なないわけじゃねえんだ。死んじまったら、しばらく時間が掛かるけど息を吹き返す。たぶん、そういう感じの力なんだと思う」

「しばらく……、どのくらいの時間なのかしら?」

「傷の具合次第だなあ。傷が少なければわりとすぐだ。大怪我だと……、一日目以上を覚まさないことがあった」


 マイコールは尻尾の先を地面にとん、と落とした。


「傷も死ぬまで、治らない」

「それはつまり……、傷を受けたところが、自然治癒することがないってこと?」

「ああ……。不死とはいっても、怪我は簡単になおらねえし、痛いし苦しいし……、本当に死なないってだけなんだ」


 エルーナが胸元に添えていた手を、きゅっと握る。


「それは辛いわね……」

「死ぬ痛みを、下手すりゃ何度も経験ができちまうんだ。……一応、オイラが一緒になってから死んじまったことは、そう多くはないけどな」


 それに事情を知っていても、息を吹き返すまでは怖い。

 戻ってくる……はず。

 そう考えながら待つ時間は、何度経験しても慣れるものではなかった。


「……だからな」


 マイコールはぽつりと続けた。

「もしもオイラが近くにいない時に、リアが無茶をしそうになってたら、止めてやってくれ。改めて……、それを頼みたいんだ」


 マイコールはエルーナへと頭を下げた。


「ええ、もちろんよ」


 エルーナの声は穏やかだった。それだけで十分だった。

 マイコールは、肩の力を抜いた。


 とても重い話だと思う。

 それをずっと一人で背負ってきたが、まさか誰かと共有する日が来るとは。

 出会いというものは、わからないもんだなとマイコールは思った。


 バルカンとの関係だって、最初は絡まれたのだ。

 懐かしさに、ふとバルカンへ視線を戻した。

 すると、リアノンがこちらへ小走りでやってきた。


「マイコー。バルバルが大変」


 バルカンが岩を結んだ紐を咥えたまま、固まっていた。


「バルカンが、どーかしたのか?」

「顎から、ガキンって音がした」


 その一言で、マイコールは嫌な予感しかしなかった。

 リアノンと一緒にバルカンの側へ向かう。


「あ~、こりゃあ……」


 バルカンは動かない。いや、動けない。

 あまりの痛さと驚きに、瞳に涙を浮かべ、ぷるぷると震えるばかりだった。


「あご、外れてんなあ」


 少しだけ冷たい風が、庭を吹き抜けた。


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