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第四十四話 イヤなこと

 朝食が済んだマイコールたちは、借りた部屋に集まっていた。


 旅を共にしている四人。

 そのうちエルーナとバルカンは、わずかな緊張の中で見守るのみだった。


 すん……すんすん……。


 リアノンの表情は職人そのもの。

 毛の一本一本を丁寧に確認するかのように、マイコールのいたるところを嗅ぎ回る。

 ブラスのおっちゃんが剣を打つ姿に、劣らないものがある。


 マイコールは普段はゆるい弧を描く背を、今だけは緊張でピンとさせる。

 身動き一つせず裁定を待っていた。

 耳の先まで念入りに確認をされてから。

 リアノンは膝にマイコールをのせた。

 背後からギュッと抱きついてくる感覚。


 マイコールの後頭部に顔をうずめたリアノンが、一度大きく息を吸う。


「……マイコー」

「ど、どうだった?」


 マイコールは問いかける。

 胸のなかで跳ねる音が、うるさいほどだった。


「……とりあえず、ごーかく」

「うにゃあ……、よかったあ……」


 彼女の言葉に力が抜け、マイコールの身体がふにゃんと溶けてしまう。


「昨日はヤダって言って、ごめんね」

「オイラこそ、すまんかった。あんな臭いじゃ、寝れるわけないもんなあ」


 マイコールはリアノンへと向き直った。

 お互いが手に力をこめて、ぎゅぎゅっと抱きしめあう。


「許してもらえる香りにはなったけど、とりあえず、だもんな……」

「おひさまを、いっぱい浴びるといい」

「癒しのモフモフは一日にしてならず……、今日からまた頑張るぞっ」


 そんな二人の様子を見て、エルーナはふふっと微笑み、バルカンは安堵のため息を盛大にこぼしていた。

 


 孤児院の外でリアノンは、ふと空を見上げた。

 もう少しモフ感があると良さげな、綿毛みたいな雲が浮かんでいる。

 数はそれほどなくて、おひさまを隠しそうにもない。

 この天気なら今日の夜には、陽光をたくさん吸い上げたモフモフに戻っているだろう。


「アニキー、また後でなっ!」

「エルーナお姉さまー、いつでも泊まりに来てくださいですの!」

「おねえちゃーん、またえほん、よんでねー!」


 そんな見送りを受けながら、リアノンたちは孤児院を後にした。

 

 マイコールを抱えたリアノンは、エルーナと並んで大通りまで戻って来ていた。

 ユキマルへのお土産を買おうと、お店を探すためだ。


 ちなみにバルカンは孤児院の外壁掃除を、急遽することになったらしく、後で冒険者ギルドで合流することになっていた。


 マリアの様子といい、マイコールの件といい、リアノンが夢の世界にいる間に色々とあったようだ。

 気にはなる。

 でも、それについてはまたいつか聞いてみよう。


 今はもっふるもっふると、マイコールを堪能するのが最優先だ。


「ユキマルが喜ぶものって、なんだろな?」

「もちろん、絵本」


 リアノンは即答する。


「そりゃあ、そうなんだけど……、もうたくさんあるからなあ……」

「絵本は候補にあげておきましょう。けれど、せっかくだしユキマルさんの新しい一面を、皆で考えてみるのはどうかしら」

「うん。とってもいいと思う」


 人が行き交う大通りの流れに、ゆっくりと身を委ねながら、三人は並んで歩く。

 話し合い、店先をのぞいて回った。


「……綺麗な色」


 とある店で、ふと目に入った一枚の布。

 おひさまが沈む時に、わずかな時間だけ見られる色。

 夕焼け色。そう呼びたくなる色だった。


 店の中へと吸い込まれるように、ふらりと足を向けた。


 その布を迷いなく手に取る。

 指先に触れた感触は柔らかく、ユキマルの首元に巻いても大丈夫そうだ。


「お嬢ちゃん、その布が気に入ったのかい?」


 奥から現れたのは、少し背の曲がった初老の女店主だ。

 彼女はにこにことした商売顔で話しかけてくる。


「うん。……刺繍とかもお願いできる?」

「もちろん出来る。どの糸で、名前を――」

「リア、なんか思いついたのかあ?」


 遅れて店内へ顔を出したマイコールは、尻尾をゆらゆらとさせていた。


 女店主の視線がマイコールへと向けられる。

 尻尾から耳まで、何かを確かめるように眺めていく。

 一緒に入ってきたエルーナには、見向きもしない。


「虎猫族……、このあたりじゃあ珍しいね……。あんたもしかして、マイコール、という名前じゃないかい?」


 女店主の表情から商売用の笑みが消え、言葉も丁寧さが少し薄まる。


「ああ、そーだぞ」

「そして、お嬢ちゃんはその連れ……と」

「うん」

「……悪いね、その布は売れない」

「えっ?」


 リアノンは首をかしげた。


「さっきは、いいって……」

「あんたの噂……、聞いてるよ。人に迷惑をかける危ないやつなんだって? そういう人に……、うちの品物は使って欲しくない……」


 わずかに怯えながらも、ハッキリと拒絶した。


 噂?

 そういえば、聞きそびれていたけど、昨日もそんなことを耳にした。

 タイミングが悪くて話が流れてしまったけど。


 横目でマイコールをちらりとみる。

 にゃはは……と元気のない笑み。耳が力なく前に垂れていた。


「……わかった」


 リアノンは手にしていた布を棚に戻して、マイコールの手を引く。


 店を出ると、昼の通りは相変わらず賑やかだった。

 しかし、先ほどより少しだけ音が遠い気がする。

 周囲を見回せば、どことなく空気がおかしい。

 明らかな旅人や、冒険都市の入り口から作られる人の流れに乗っている人たちは、とくに気にならない。


 しかし、生活が都市に根付いてるであろう人たちは違う。

 特に店を構えている者たち。

 視線をこちらへ向けてくる。

 こちらへ……、リアノンのわずかに隣へ……。


 その先にいるのは、いつもより小さくみえるマイコールだった。


「店はたくさんあるよ」

「にゃ……、おうっ、そうだなっ!」


 リアノンとマイコールは並んで歩き、わずかに後ろからエルーナが穏やかについてくる。

 だが、結果は変わらなかった。


「ムリだな、あんたらにゃあ売れねーよ」

「申し訳ないが、他をあたってくんな」

「……ちょっと、うちではねえ」


 反応はどこも似たようなものだった。

 店の扉が閉まるたびに、少しずつ心が冷えていく。


 そうしているうちに、マイコールが足を止めた。

 わずかに背中を丸めて、地面に視線を落していた。


 やがてパッと顔を上げて、にこやかに言う。


「ごめんなあ! なんか、オイラがユキマルの土産選びの邪魔になっちまってさ!」

「マイコールさん……」


 マイコールの模造された明るさに、エルーナがぽつりと呟く。


「思ったんだけどさっ! オイラがついて行かなきゃ、すんなり買えると思うんだよ。なっ、いい考えだろ?」


 マイコールが、明るい声で提案してきた。


「ダメ」


 リアノンは即答した。


「三人で買うの」


 その声は静かだったが、言葉は決して揺れなかった。


「だけど……、もう、わかってんだろ? 最近さ、オイラの変な噂があるんだ。そのせいでリアの足を引っ張ってる……」


 マイコールがふいっと目を逸らす。

 だが、決して逃さない。


「……マイコーは何がイヤなの。噂? 断られること?」


 マイコールの両脇を抱えて、じっと見つめた。


「そりゃあ、どーでもいいよ。誰がなに言っても、好きにすりゃあいいじゃねーか。だけど……」


 尻尾を力無く垂らしたマイコールが、


「リアたちに、迷惑かけんのは嫌だなあ……」


 ぽつりとこぼした言葉が染みていく。

 街中の賑やかさの中で、マイコールだけが遠いところにいるようだった。

 リアノンはマイコールを降ろした。

 マイコールの瞳が、不安気に揺れていた。


 エルーナの視線が、二人を行き来する。


「マイコー」

「……リア」


 リアノンはマイコールの頬へと両手を触れさせ。


「えいっ」

「にゃ!?」


 フワッとほっぺを、左右へ引っ張った。

 少し驚き顔のマイコール。その頬がよく伸びる。


「わたしが、イヤなのは――」


 視線を逸らすことなく、言ってのける。


「お土産選びに、マイコーがいないこと」


 リアノンが両手を離すと、ふよんっとマイコールの頬が元通りになる。

 マイコールは両頬に手を添えながら、きょとんとした。それもわずかの事。


「……わかった」


 マイコールは小さくうなずいた。


「そういうこと。次、行こ」


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