第四十四話 イヤなこと
朝食が済んだマイコールたちは、借りた部屋に集まっていた。
旅を共にしている四人。
そのうちエルーナとバルカンは、わずかな緊張の中で見守るのみだった。
すん……すんすん……。
リアノンの表情は職人そのもの。
毛の一本一本を丁寧に確認するかのように、マイコールのいたるところを嗅ぎ回る。
ブラスのおっちゃんが剣を打つ姿に、劣らないものがある。
マイコールは普段はゆるい弧を描く背を、今だけは緊張でピンとさせる。
身動き一つせず裁定を待っていた。
耳の先まで念入りに確認をされてから。
リアノンは膝にマイコールをのせた。
背後からギュッと抱きついてくる感覚。
マイコールの後頭部に顔をうずめたリアノンが、一度大きく息を吸う。
「……マイコー」
「ど、どうだった?」
マイコールは問いかける。
胸のなかで跳ねる音が、うるさいほどだった。
「……とりあえず、ごーかく」
「うにゃあ……、よかったあ……」
彼女の言葉に力が抜け、マイコールの身体がふにゃんと溶けてしまう。
「昨日はヤダって言って、ごめんね」
「オイラこそ、すまんかった。あんな臭いじゃ、寝れるわけないもんなあ」
マイコールはリアノンへと向き直った。
お互いが手に力をこめて、ぎゅぎゅっと抱きしめあう。
「許してもらえる香りにはなったけど、とりあえず、だもんな……」
「おひさまを、いっぱい浴びるといい」
「癒しのモフモフは一日にしてならず……、今日からまた頑張るぞっ」
そんな二人の様子を見て、エルーナはふふっと微笑み、バルカンは安堵のため息を盛大にこぼしていた。
◇
孤児院の外でリアノンは、ふと空を見上げた。
もう少しモフ感があると良さげな、綿毛みたいな雲が浮かんでいる。
数はそれほどなくて、おひさまを隠しそうにもない。
この天気なら今日の夜には、陽光をたくさん吸い上げたモフモフに戻っているだろう。
「アニキー、また後でなっ!」
「エルーナお姉さまー、いつでも泊まりに来てくださいですの!」
「おねえちゃーん、またえほん、よんでねー!」
そんな見送りを受けながら、リアノンたちは孤児院を後にした。
マイコールを抱えたリアノンは、エルーナと並んで大通りまで戻って来ていた。
ユキマルへのお土産を買おうと、お店を探すためだ。
ちなみにバルカンは孤児院の外壁掃除を、急遽することになったらしく、後で冒険者ギルドで合流することになっていた。
マリアの様子といい、マイコールの件といい、リアノンが夢の世界にいる間に色々とあったようだ。
気にはなる。
でも、それについてはまたいつか聞いてみよう。
今はもっふるもっふると、マイコールを堪能するのが最優先だ。
「ユキマルが喜ぶものって、なんだろな?」
「もちろん、絵本」
リアノンは即答する。
「そりゃあ、そうなんだけど……、もうたくさんあるからなあ……」
「絵本は候補にあげておきましょう。けれど、せっかくだしユキマルさんの新しい一面を、皆で考えてみるのはどうかしら」
「うん。とってもいいと思う」
人が行き交う大通りの流れに、ゆっくりと身を委ねながら、三人は並んで歩く。
話し合い、店先をのぞいて回った。
「……綺麗な色」
とある店で、ふと目に入った一枚の布。
おひさまが沈む時に、わずかな時間だけ見られる色。
夕焼け色。そう呼びたくなる色だった。
店の中へと吸い込まれるように、ふらりと足を向けた。
その布を迷いなく手に取る。
指先に触れた感触は柔らかく、ユキマルの首元に巻いても大丈夫そうだ。
「お嬢ちゃん、その布が気に入ったのかい?」
奥から現れたのは、少し背の曲がった初老の女店主だ。
彼女はにこにことした商売顔で話しかけてくる。
「うん。……刺繍とかもお願いできる?」
「もちろん出来る。どの糸で、名前を――」
「リア、なんか思いついたのかあ?」
遅れて店内へ顔を出したマイコールは、尻尾をゆらゆらとさせていた。
女店主の視線がマイコールへと向けられる。
尻尾から耳まで、何かを確かめるように眺めていく。
一緒に入ってきたエルーナには、見向きもしない。
「虎猫族……、このあたりじゃあ珍しいね……。あんたもしかして、マイコール、という名前じゃないかい?」
女店主の表情から商売用の笑みが消え、言葉も丁寧さが少し薄まる。
「ああ、そーだぞ」
「そして、お嬢ちゃんはその連れ……と」
「うん」
「……悪いね、その布は売れない」
「えっ?」
リアノンは首をかしげた。
「さっきは、いいって……」
「あんたの噂……、聞いてるよ。人に迷惑をかける危ないやつなんだって? そういう人に……、うちの品物は使って欲しくない……」
わずかに怯えながらも、ハッキリと拒絶した。
噂?
そういえば、聞きそびれていたけど、昨日もそんなことを耳にした。
タイミングが悪くて話が流れてしまったけど。
横目でマイコールをちらりとみる。
にゃはは……と元気のない笑み。耳が力なく前に垂れていた。
「……わかった」
リアノンは手にしていた布を棚に戻して、マイコールの手を引く。
店を出ると、昼の通りは相変わらず賑やかだった。
しかし、先ほどより少しだけ音が遠い気がする。
周囲を見回せば、どことなく空気がおかしい。
明らかな旅人や、冒険都市の入り口から作られる人の流れに乗っている人たちは、とくに気にならない。
しかし、生活が都市に根付いてるであろう人たちは違う。
特に店を構えている者たち。
視線をこちらへ向けてくる。
こちらへ……、リアノンのわずかに隣へ……。
その先にいるのは、いつもより小さくみえるマイコールだった。
「店はたくさんあるよ」
「にゃ……、おうっ、そうだなっ!」
リアノンとマイコールは並んで歩き、わずかに後ろからエルーナが穏やかについてくる。
だが、結果は変わらなかった。
「ムリだな、あんたらにゃあ売れねーよ」
「申し訳ないが、他をあたってくんな」
「……ちょっと、うちではねえ」
反応はどこも似たようなものだった。
店の扉が閉まるたびに、少しずつ心が冷えていく。
そうしているうちに、マイコールが足を止めた。
わずかに背中を丸めて、地面に視線を落していた。
やがてパッと顔を上げて、にこやかに言う。
「ごめんなあ! なんか、オイラがユキマルの土産選びの邪魔になっちまってさ!」
「マイコールさん……」
マイコールの模造された明るさに、エルーナがぽつりと呟く。
「思ったんだけどさっ! オイラがついて行かなきゃ、すんなり買えると思うんだよ。なっ、いい考えだろ?」
マイコールが、明るい声で提案してきた。
「ダメ」
リアノンは即答した。
「三人で買うの」
その声は静かだったが、言葉は決して揺れなかった。
「だけど……、もう、わかってんだろ? 最近さ、オイラの変な噂があるんだ。そのせいでリアの足を引っ張ってる……」
マイコールがふいっと目を逸らす。
だが、決して逃さない。
「……マイコーは何がイヤなの。噂? 断られること?」
マイコールの両脇を抱えて、じっと見つめた。
「そりゃあ、どーでもいいよ。誰がなに言っても、好きにすりゃあいいじゃねーか。だけど……」
尻尾を力無く垂らしたマイコールが、
「リアたちに、迷惑かけんのは嫌だなあ……」
ぽつりとこぼした言葉が染みていく。
街中の賑やかさの中で、マイコールだけが遠いところにいるようだった。
リアノンはマイコールを降ろした。
マイコールの瞳が、不安気に揺れていた。
エルーナの視線が、二人を行き来する。
「マイコー」
「……リア」
リアノンはマイコールの頬へと両手を触れさせ。
「えいっ」
「にゃ!?」
フワッとほっぺを、左右へ引っ張った。
少し驚き顔のマイコール。その頬がよく伸びる。
「わたしが、イヤなのは――」
視線を逸らすことなく、言ってのける。
「お土産選びに、マイコーがいないこと」
リアノンが両手を離すと、ふよんっとマイコールの頬が元通りになる。
マイコールは両頬に手を添えながら、きょとんとした。それもわずかの事。
「……わかった」
マイコールは小さくうなずいた。
「そういうこと。次、行こ」




