表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/64

第四十五話 幸せのかたち

 大通りの中でも一際賑わっている空間にたどり着いた。


 太くて、縦に伸びていた道から、円形の広い場所へと形をかえていく。

 ここが冒険都市の中心部。

 そう感じさせるだけの圧があった。

 並んでいる建物の格が、あきらかに違う。


 外壁は明るく磨かれ、窓には透き通ったガラスがはめられている。

 色も、光も、構造も、選び抜かれたものばかりに違いない。

 成功者の中でも一握だけが、店を構えることが許されるのだろう。


「あそこに服とか、布とかはありそ―だけどな」


 マイコールの言葉に、リアノンは心を動かされなかった。


 布はあるかもしれない。

 けれどガラス越しにみえる衣服は、華美に仕立てられたものばかり。

 ユキマルに渡したい布は、そういうものじゃない。


 首に触れても邪魔にならないもの。

 身につけたら安心できるもの。

 ここにある特別と、ユキマルにあげたい特別。

 それはまったく異なるものだ。


「ここじゃない……」


 リアノンは足を止めずに、この場所を離れようとする。

 その時、人の流れがわずかに揺れた。


 円形の広場に満ちていたざわめきが、徐々に質を変えていく。

 あるものは黄色い声をあげ、あるものは格の違いに感嘆のため息をもらす。


 その人は場の空気を支配しながら現れた。

 金色の髪に、長身の体躯を白銀の鎧でまとっている。

 光そのものであるように、雰囲気が輝いている男。

 ジェルダン、と名乗っていた男だ。


「おや……、これは奇遇だね。このようなところで、マイコール君たちと会うことになるとは」


 ジェルダンがマイコールへ言葉を掛ける。


 ジェルダンを先頭にして、六人の女性は相変わらず付き従っている。


 彼の視線がマイコールからリアノンへ、そしてエルーナを捉えた。

 露骨ではないが、どこか品定めをしているような目。

 側にいたリアノンにしか聞こえないほど小さく、エルーナが息を吐いた。


「また会えたね、お嬢さん。このようなところで再び巡り合えるなんて、運命を感じてしまうな」

「偶然じゃないかしら」


 エルーナにしては珍しく、気持ちのこもっていない声だった。


「相変わらず、手厳しいお嬢さんだ」


 ジェルダンが軽く肩をすくめる。


「二度では、君がそう思うのもムリはないかもしれない。しかし、偶然が三度ならどうだろうか? それはもはや必然だと、僕は思うがね」


 ジェルダンが整った顔で、甘い言葉を囁く。


「もう会うことはないわね」


 エルーナは静かに拒絶する。


「僕に対してハッキリと断る姿……、とても好ましいね」


 しかし、ジェルダンは気にした様子もなく、ほんのわずかに口角をあげた。


「だが、人の気持ちというものは変わるもの。僕のもとに来たくなれば、いつでも歓迎しよう。それでは……、また……」


 エルーナへと向けて、念を押すようにジェルダンは言った。


 その言葉を最後に、ジェルダンはそれ以上踏み込まなかった。

 執着も、怒りも見せない。

 彼はゆるやかに踵を返す。


 その歩みの先にあるのは、先ほどリアノンたちが目にしていた店だった。

 外壁は淡く光を反射し、看板には権威を誇示する雰囲気がある。「選ばれた者だけが入れる店」だと語っているようだった。


 ジェルダンが一度だけ立ち止まる。


 連れている六人の女性。その先頭にいるの赤毛の彼女に向けて、何かを囁やきかけている。


 赤毛の女は、一度だけうなずいていた。


 それを最後に、ジェルダンの姿は店の中へと消えていった。

 視線で追うものがいなくなり、広場が賑やかさを段々と取り戻す中で。


「あなた、考えなおした方がいいわよ?」


 赤毛の女が一歩だけ前に出て、周囲の注目を集める。彼女の視線は、真っ直ぐエルーナへ。


「なんのことかしら」

「一緒にいる者は、選びなさいって言ってるのよ」


 赤毛の女は腕を組みながら言う。


「ジェルダン様に、お声を掛けられるなんて、女として名誉なことなのよ? 力も、名誉もあるお方……。その意味がわからないほど、子供じゃないわよね?」


 諭すような言葉は、どこか甘く粘っている。


「もう一度、言うけれど――」


 赤毛の女はジェルダンが姿を消した建物へ、視線を送った。


「美しい容姿に、権力も財力も武力もあり、社会的な地位もあるお方と――」


 今度はマイコールを見下ろしてくる。


「戦う力はあっても、貧乏そうな服装で、チビの丸顔の毛むくじゃら。そんな駄猫――」


 そこまで言って、彼女は言葉を切った。

 うなずく一般女性たち。

 建物へと向けられる羨望の眼差し。


 赤毛の女は口角を歪めた。

 序列はすでに明らかであり、この小さな世界が彼女を肯定をしていた。


「……ねえ」


 だからこそ、赤毛の女は、ぽつりと届いた反論に声に耳を疑った。


「マイコーの、どこかダメネコなの?」


 リアノンにはわからない。

 今の話のどこに、いけないことがあるのか。

 赤毛の女が、初めてリアノンへと向きなおった。


「ダメネコじゃなくて、駄猫よ。小さい子供にはわからないでしょうけど、女を幸せにするには――」

「マイコーは小さいけど、だから抱きしめやすい」


 もともと、リアノンの声は小さい。


「服も、気にかけてくれる。困ったことはない。食べ物も、わたしのために、色々考えてくれる」


 けれど、どうしてか。

 その声は、よく通った。


「なによりモフモフは、とっても心が落ち着く」


 リアノンは胸元に手を添えた。

 いつも優しく包んでくれる毛並みを思い出して、自然と微笑みがこぼれてしまう。


「ふ、ふん……。話している次元が違うのよ」


 赤毛の女が、わずかに苛立ちをにじませる。


「それは子供の依存。大人としての幸せは、もっと別なところにあるのよ」


 そんな言葉にうなずく観衆があちこちにいて、赤毛の女は満足そうだ。けれど、リアノンにとってはどうでも良いことだった。

 リアノンは思うことだけを口にする。


「男とか、女とか……、大人とか、子供とか……」


 リアノンは少し考えてから、首を振った。


「それは、よくわからないけど……」


 そっと、マイコールを抱きしめる。


「わたしは、幸せだよ」


 静寂にリアノンの言葉が響く。

 その静けさのなかで。

 ぱち、ぱち、と小さな音が生まれた。


「……素敵ね」


 エルーナだけが、微笑んで手を叩いていた。


「ず、随分と、おめでたい頭をしてるみたいね。だけど、あなただって駄猫の噂話を聞いたら、そんなこと言ってられないわよ」

「噂話?」

「ただの噂じゃないわ。あちこちで、被害を受けたって人がいるんだからっ!」


 少しだけ焦りを滲ませる赤毛の女。

 なりふり構わない女の語気は荒い。


「その駄猫は――」

「それ、どうでもいいこと」


 リアノンはマイコールの毛並みを指で感じながら、静かに続けた。


「マイコーのことは、わたしが一番知ってるから」


 誰よりも彼を、身近で見続けてきた。

 強くて、優しくて。

 モフモフで、プニプニで。

 明るくて、元気で。

 ちょっと寂しがり屋なこともあって。 


「本当のマイコーに、少しでも触れたら――わかる」


 リアノンはいつものマイコールを思い浮かべながら、言葉を紡いでいく。


「そんな噂……風の前の埃みたいなもの」


 赤毛の女は再び、言い返す言葉を探しているようだが、思いつかないようだった。

 そんな彼女を眺めながら、リアノンは少しだけ勿体ないと思った。


 マイコールのモフモフを知らないからこそ、あんなことを言えるのだ。

 間違いなく人生を損している。


 そこで、リアノンに一つの考えが思い浮かぶ。

 そうなのだ。知ってもらえればいいのだ。


「行こう」


 短く言って、リアノンは踵を返した。

 もちろんマイコールを抱えて、エルーナの手を取ることを忘れない。


「リアちゃん?」

「良いことを思いついた」


 リアノンは最初におとずれた店へと走り出す。



 店に足を踏み入れた瞬間は、また来たのかと女店主も迷惑そうな顔をしていた。

 

 このままでは明らかに、目的の品を売ってもらえない。

 だが、状況は先ほど同じではない。

 リアノンには秘策があった。


 何をするかエルーナとマイコールには話していない。

 ただ事前に、任せて欲しいとだけ伝えてあり、二人はうなずいてくれたのだった。


「何度来ても、売らな――」

「モフモフしてみて」

「え……、もふ……、え……?」


 女店主は間の抜けた声をあげた。


「触ればわかる。はい」


 リアノンは自信に満ち溢れていた。

 マイコールの両脇を抱え、相手に向かって差し出した。


 マイコール当人はというと、にゃ? と情けない声を漏らしたまま固まっている。


「ちょ、ちょっと待て、リア……。オイラ、なにすりゃいいんだ?」

「何もしないで、モフられれば良い」

「わかった。オイラ、じっとしてるぞ」


 リアノンの言葉に、素直に返事をするマイコール。

 視線をさまよわせ途方にくれていた女店主に、リアノンは向き直る。


「さっき、あなたはマイコーに、危ないやつって言った」

「確かに、そんなことを言わせてもらったけど……」

「マイコーは危なくない。噛まない、引っかかない。モフモフすると幸せを運んでくる」


 リアノンは半歩踏み込んで、マイコールを女店主の胸元へ、そっと押し付けた。


 女店主は何か言おうと口を開きかけたが、リアノンはただひたすらに見つめ続けた。

 きっと触ってもらえれば、何かが伝わるはず。

 それだけを信じていた。


「……お嬢ちゃんの眼。……本気なんだね」

「うん」

「……少しだけだよ」


 女店主は観念したように息を吐いた。


「どうすりゃいいんだい?」

「マイコーを胸元で抱える。撫でてもいい、ぎゅっとしてもいい」

「こうでいいかい?」


 恐る恐るマイコールを受け取った女店主は、言われた通りに抱え込む。

 一度、二度、マイコールの毛を流れるように撫でた。


「……不思議だね」


 そう言って、また撫でる。

 今度は言われたからではなく、自分から求めるように、繰り返し指を動かしていた。


「……気分が落ち着く」


 女店主の口から、思わずそんな言葉がこぼれおちた。


「あんた、マイコールって言ったね。虎猫族ってのは、こんなに毛並みがいいのかい?」

「柔らかさは、みんなもあるな。でも、オイラはちょとだけ頑張ってるから、そのへんの虎猫族よりモフモフしてる自信があるぞ」

「頑張ってる……?」

「ああっ、毛並みを整えたり、傷まないように洗ったら乾かしたりな」


 女店主は呟き、それからリアノンとマイコールへ視線を巡らせた。


「……なるほど。お嬢ちゃんのためってわけか」

「そーだな」


 ほっこり笑顔で返答するマイコールを、女店主はもう一度だけ撫でた。

 しばらくして、彼女は短く息を吐く。


「……噂ってのはね、馬鹿にしたもんじゃない。商売をやっていく上で、生き死にに関わることだってある。少なくとも、あたしが聞いたいくつかの話を繋げると、それなりに信憑性があった。……そう思ったんだがね」


 女店主はマイコールをリアノンへと返した。


「だが、目の前にいるあんたは、耳にした話と随分違うじゃないか。……さて、どっちが正しいのやら」


 リアノンはマイコールを抱える手に、汗が滲んでいた。

 モフモフを受け入れてくれたように見えたけど、やっぱりダメなのだろうか?


「ははっ、お嬢ちゃん! そんなに心配するんじゃないよ」


 女店主はリアノンの頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。


「あたしが接したあんたたちを、信じることにしたからさ。布は売るよ。さあ好きなのを持ってきなっ」

「うんっ! ありがとうっ!」


 布を選び、糸を選び、それらを女店主に渡す。

 夕焼け色。その布に銀の糸で、ユキマルと刺繍をしてくれる。

 この店の中だけは、もう噂話は聞こえない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ