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第四十一話 孤児院とバルカン

 冒険都市の中央にあるダンジョンを後にして、三人は並んで歩いていた。


 宿を探そうということで、大通りから離れた方向へと進む。

 もちろん大通りに宿屋はあるが、値段も高い。

 マイコール的には高価なベッドは遠慮したいとのことだ。


 爪でベッドを引っ掻いたらと思うと、気が休まらないらしい。

 なんとも彼らしい理由だと思い、エルーナは笑みをこぼしてしまった。


 そんなわけで中心区域から外れ、宿屋が多いという南門近くにエルーナたちは向かっていた。

 大通りとは異なり、馬車がかろうじて通れるほどの道幅。


 陽は沈みつつあり、西の空が赤く焼けていた。

 店の明かりが頼りになる時間帯。

 道行く人たちの会話も、ひと仕事終え、安らぎを求めるものになる。


 宿屋もいくつかある。

 これならすぐにでも寝床が決まるだろう。


 そう思ったのだが。


「……すまねえな。今夜は、ちょっと満室でよ」


 そう言いながら、宿屋の主人の視線が、マイコールから外れなかった。


 店の外へ出て、他の宿屋を眺めながら歩いてみる。

 そうこうしてると、先程断られた宿屋に、冒険者らしい人たちが吸い込まれていくのを、偶然にもエルーナは目撃をしてしまった。


 そして出てくる気配はなかった。


「さてと、どこにすっかなあ」


 その辺にいくつでもある宿屋。しかし、マイコールは何かに迷っている様子がある。

 ふとリアノンが顔を上げた。


「ねえ、マイコー」

「どしたー?」

「さっき話してた……、例の噂話って、なに?」


 エルーナも、同じことを考えていた。


 ダンジョンの中で耳にした言葉。

 それに魔物を引き連れて現れた男たちの会話。あの状況だったので曖昧なところもあるが、マイコールが悪いことをしてるから押し付けても良い、というような話もしていた。


「にゃ~……、あれなあ……」


 マイコールが、耳のつけ根をぽりぽりとかいた。


「まあ、その話は今夜の寝床を見つけてから――」

「ハゲオヤジー!」


 甲高い声が、通りの奥から飛んできた。さらに湧き上がる子供たちの笑い声。そして、


「だれが、ハゲオヤジだー! そんなこと言うと、食っちまうぞー!」


 聞き覚えのある声、そして一度聞いたら耳から離れない呼び名。エルーナの狐耳がぴくぴくと反応してしまう。


 声のした方へ、三人は揃って視線を向ける。

 路地の奥まで伸びる通路の先。

 石造りの建物の前には、裏路地にしては珍しく広い、子供が走り回れるくらいの空間があった。


「ほーら、捕まえたぜっ! 悪いことを言う奴は、くすぐりの刑だっ!」

「きゃははははははっ!」


 声に引き寄せられるように建物に近づくと、


「バルバル?」

「あん? 誰だ……って……。うげえっ!? アニキたち!? なんでこんなとこに、いんだよっ!」



「おねーさんのかみ、とってもきれー! おほしさまみたい!」

「ふふっ、ありがとう」

「さわってもいーい?」

「もちろんいいわよ」


 孤児院の中でも一番広い部屋。

 皆で食べ物を囲う部屋には、横長のテーブルが中央に鎮座している。


 部屋の隅で、足を崩しているエルーナ。

 その膝にちょこんと座っている女の子は、胸元まで流れているエルーナの髪を、物珍しそうに触っていた。


 テーブルの周りでは、それぞれが子供たちを相手にしている。


「ハゲオヤジー! うてにぶらさがりたいっ」

「おらよっ! しっかり掴まれやっ!」

「おねえちゃん! こんどは、このほん、よんでっ!」

「いいよ」

「きゃー、ネコさんから、にげろー」

「にゃっほーい! ゆっくりしてると、つかまえちまうぞっ」


 わいわいにゃんにゃん。

 子供たちの楽しそうな声が、室内を満たしていた。


 エルーナは、子供たちの輪の中心にいる小さな虎猫を見つめていた。

 強いのに、誰も怖がらない。むしろ皆、安心した顔をしている。


 そんなところへ、扉をくぐって女性が入ってきた。


 紺色のワンピースは目立ちにくいが、ところどころ縫い直し、袖が肘までまくられていた。


 ベール下には緩いウェーブの掛かったブロンドの髪。

 彼女が歩く度に、背中まで伸びている髪が元気よく跳ねる。

 部屋を見回して何を思ったのか、腰に両手を添えて、大きく息を吸い込む。


「もー、あなたたちっ! 少しは落ち着きなさいですわ!」


 怒っているはずなのに、マリアの口元は少しだけ笑っていた。


 彼女の声はよく通る。子供たちが一斉に振り返り、わずかな沈黙がおとずれた。

 そして――。


 口を大きく開けて笑い始めた。


「マリアねーちゃんがきたぞー。みんなにげろー!」

「にゃー! よくわからんけど、逃げろー!」

「って、こら! もっと騒いじゃ駄目ですのっ! ほらっ、そこっ!  転んだらどうするんですの!」


 けたけたと笑いながら、クモの巣を散らすように離れていく子供たち。

 なぜかマイコールまで子供たちに溶け込んでいる。


「まったく、元気すぎなのですわ……。エルーナさん、ありがとうですの。皆様に、相手をしていただいて、子供たちも喜んでますわ」


 マリアがエルーナの元へとおとずれた。

 彼女の視線が子供を腕にぶら下げているバルカンへと向けられた。

 わずかに微笑むと、ハッとしてエルーナへと戻す。

 修道女というと祈る人の印象がある。


 だけど、彼女はどこかずれているように思えた。

 わずかにあがっている目尻。

 瞳には力強さがある。

 祈る前に行動しそうな、勢いを感じさせた。


 若そうに見える。

 少女から大人の女性へきり替わって、少しといったところだろうか。


 どうやらこの孤児院で生活している大人は、彼女を含めて数人だけのようだった。


「いえ……、こちらこそ寝床と食事まで用意していただいて、ありがとうございます」


 エルーナは丁寧に頭を下げた。


「気になさる必要はないですの。これだけ多いと、数人増えたところで、準備は変わらないのですわ」


 そうは言っても、元の人数からして大変なのだろう。

 マリアは小さなため息をつくと、エルーナの隣に腰を下ろした。

 少しだけ間を置いて、マリアがちらりと視線を向けてきた。


「皆さん、初めてお会いするのですが……。バルさんのお友達ですの? 岩石団の一員とか?」

「岩石団というと……、バルカンさんが入っている冒険者パーティーの名前ね? それは違う」

「でしたら……、あなたは……、いえ……、皆さんはバルさんと、どのようなご関係ですの?」


 問いかける声は丁寧だったが、最後の言葉がわずかに揺れていた。


「それはマイコールさんと、バルカンさんの関係ということかしら?」

「あ……、その……、はい、ですの……」


 はっきりしない質問ではあったが、エルーナは答えを探すことにする。


「ええと……、なんと言えばいいのかしら」


 そもそもエルーナも、二人の関係をそれほど知っているわけではない。


「とりあえず、アニキと呼ぶ関係のようだけれど」

「なるほどですの。猫さんが、バルさんの弟分ですのね……」

「その逆なのよ。あの体格差なのだから、そう思うのも無理はないけれど……」


 眼を見開いているマリアに、エルーナはくすりと笑う。


 エルーナはマリアの視線を追って、マイコールたちを眺めた。

 マイコールとバルカンはいつの間にか、子供たちの輪に囲まれていた。

 バルカンが子供を抱えて高く上げると、きゃっきゃっと喜ぶ声がする。


「ハゲオヤジー! つぎは、おれのばんだぞー」

「そのつぎは、わたしー」

「ぼくもー」

「てめえら、次から次へと容赦ねえな……」


 一人ずつは軽くても、積もればそれなりの労力だろう。

 同じことをせがむ子供の群れが、無慈悲にバルカンへと襲いかかっている。


「バルカンだけじゃ大変だろ。よーし、オイラも手伝うぞ」

「あんなこと言ってますわよ。……止めなくて大丈夫ですの?」


 飛んできたマイコールの声に、聞き耳を立てていたマリアが、エルーナをちらちらと見てくる。


「マイコールさんなら、問題ないわ」


 どうやるのかはエルーナも予想出来ないが、疑う余地もなくそう言い切れる自分がいた。


「えー、ネコさんじゃ、たかくないもん。つまらないよー」

「そんなことねーぞ。ほら、ちょっと試してみなー」


 近くにいた男の子を肩車して、マイコールは眼を閉じる。


「にゃにゃにゃ……、うにゃっ」

「ええーっ!」

「すごいっ! たかいっ!」

「あははっ、ハゲオヤジのツルツルてっぺんが、よくみえるっ!」


 子供を抱えたマイコールが、膝を曲げる予備動作もなく、その場でぽよーんぽよーんと繰り返し跳ねている。


「あ、アニキっ! それ、どうやってんだ!?」

「んにゃ? これはな、足の肉球の弾力に――」

「ネコさん、わたしもわたしもっ!」

「おれもー!」

「ああ、こらっ、クソガキどもっ! 大事なこと聞いてんだっ! おめえら、邪魔すんなっ」


 叫ぶバルカンは、力及ばず子供に押しのけられ、マイコールから引き離されていく。


「随分とその……、不思議な猫さんですのね」


 マリアがどうにも変な顔をしている。


「ふふっ、……私もそう思うわ」



「お食事、とっても美味しかったわ」

「ありがとうですの。でも、人前に出すには、ちょっと恥ずかしいものばかりでしたわ」


 食べ終わると子供達とリアノンは寝るための部屋に吸い込まれていった。

 先程除いた時は、子供たちの真ん中でリアノンが静かに眠っていた。

 まだひと仕事残っているエルーナたちは、流し台で皿を洗っていた。


「こっちの皿も、もらっていくからなあ」


 洗い終えた皿を重ねて、マイコールが両手で運んでいく。

 エルーナの背後にあるテーブルにて、一枚ずつ丁寧に水気を拭ってくれていた。


 いつもなら精霊たちに、仕事をお願いするところである。しかし、マリアがいるところで、頼むわけにもいかない。


「お客様に手伝っていただくなんて、恐縮ですの」


「一緒に楽しいご飯を頂いたら、もうお客様という関係ではないと思うわ。それに皆で片付ける方が早く終わるでしょう」

「エルーナさんは、本当にお優しいですのね」


 孤児院の流し台。

 石をくり抜いた簡素なもので、井戸から組んで来た水を使うようになっている。

 使用された水は足元にある溝を伝って、外へと流れていく。


 黙々と皿を洗い続ける二人だったが、ふとマリアが手を止めた。

 どうしたのだろうと、エルーナがマリアを見つめていると、彼女は一度深呼吸をしていた。


「先程は上手く聞けませんでしたが、もうハッキリと聞かせていただきます」


 そして意を決したように、口を開いた。


「ま、マリアさん?」


 ただならぬ雰囲気に押されて、少しだけ身体を引いてしまうエルーナ。


「エルーナさんと、バルさんは……、その……、恋仲の関係ですのっ!?」

「私と、バルカンさんが?」


 恋仲。つまりは恋愛的な関係ということ。


 エルーナは眼をぱちくりさせたが、真剣なマリアの瞳が不安に揺れていることに気づいた。


「違うわね。バルカンさんは、そうね……。私にとって、この街を教えてくれる親切な人、……かしら」

「そ、そうですの。良かった……」


 詰め込んだ緊張が一気に抜けたのか、マリアがへたりこんでしまう。


「……マリアさん、大丈夫?」

「情けない姿を見せてしまいましたの」


 マリアが落ち着くのを待ってから、彼女の手を取った。

 彼女はエルーナの支えがないと椅子にたどり着けないほど、力が抜けていた。


 ようやくエルーナは悟った。

 子供達と遊んでいた時にバルカンとの関係を聞かれた、その意味を。


「バルカンさんのことを……、慕っているのね……」


 マリアは一度、唇を結び、ゆっくりと息を吐いた。


「……この話し方、少し変でしょう?」


 椅子に身体をあずけたまま、マリアがぽつりと言った。

 自分の口元に触れ、何かを確かめるように。


「昔は、もう少し……、ちゃんとしていましたの。修道院に入れられたばかりの頃は……。でも……、孤児院での役割を任されて、そこに顔を出すバルさんに、言われたことがあって……」

「……なんて、言われたの?」


 エルーナが尋ねると、マリアは困ったように笑った。


「『その喋り方、背中が痒くなる』……だそうですの」


 マリアはわずかに遠くへ視線を向けた。


「生まれてからずっと馴染んでいた生き方を変えるのは大変で……、話し方も、その一つでしたの。わたし、なんだか悔しくて……、どうにかバルさんに認めさせたくて……。なるべく『ですます』で話すようにしていたら、変に混ざってしまったのですわ。」


 マリアの少し怒ったような、懐かしがっているような声。


「笑われましたわ。……ひどいと思わないですの? 一生懸命に頑張ったのに……」


 エルーナは彼女の言葉の一つ一つに、耳をゆだねていた。


「でも……、最後に言ってくれましたの。『ちっとはマシな面構えになったな』って」


 彼女の中だけにある宝物を、こっそり覗き込んでいるかのような、小さな微笑みをこぼす。

 エルーナは何も言わず、ただ頷いた。


「本当に変な人なのですよ? あのツルツルの頭……、ハゲオヤジなんて酷いこと言われるのに、なんでわざわざ剃ってるか、聞いたことありますの?」


 マリアの表情が、ふっと柔らぐ。


「髪があると子供たちが怯えるから、ですのよ。笑ってしまいますわ」

「……優しい人ね」


 エルーナは、静かにそう言った。

 マリアは照れたように視線をそらした。


「……こんな話、今まで誰にもしたこと、ありませんでしたの」


 水の流れる音だけが、静かな台所に残っていた。

 エルーナは、胸の奥がわずかにあたたかくなるのを感じた。



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