第四十話 転移ダンジョン
ダンジョンとは。
冒険者たちが経験、素材や宝物を求めて向かう場所と、エルーナは聞いたことがあった。
階段を下りながら最深部を目指す。そこから連想されるダンジョンとは、土がむき出しの洞窟のようなものだと考えていた。
しかし、エルーナたちが通された部屋は、神殿のようなたたずまい。
中央にクリスタルが浮いている。
人と同じくらいの大きさであるそれは、澄んだ青色であった。
クリスタルの側にいる施設職員へ、マイコールとリアノンが冒険者カードを提示している。
わずかに値踏みするような目線の相手に、いつもと同じほっこり顔のマイコール。
歯牙にもかけていないようだ。
「ルナ、行くよ。手、しっかりと繋いで」
手続きを終えたリアノンが戻ってきた。
エルーナの手を引いて、クリスタルへと誘導してくれる。
リアノンに抱えられたマイコールが、クリスタルへと手をかざした、次の瞬間――。
わずかな浮遊感。視界がぐるりと切り替わる。
エルーナの目に映ったもの。
様々な情報が一気になだれ込んできて、わずかにくらっとしてしまう。
雲一つない空、かすかな大地の香り、髪に小さな悪戯をするそよ風。見渡す限りの大草原。
「ようこそ。初めてのダンジョンへ」
穏やかな瞳をしたリアノンが、エルーナへと微笑んだ。
◇
「あらよっとっ!」
何もない空間が揺らめいて、エルーナにもはっきりわかる形で誕生した魔物たち。
バトルボアの数は三匹。
気づかれる前に背後から近づいて、マイコールがおしりを思いっきり蹴飛ばした。
小さな体躯から繰り出される一撃とは思えない軌道で、バトルボアは大きな放物線を描いてから地面に叩きつけられた。
残された二匹はマイコールを視界に捉えるや、恐れも知らずに猛進してくる。
だが、マイコールはひるまず、ぱこーんぱこーん、と気軽に蹴り返している。
末路は最初の一匹と同じだった。
「バルバルがいれば、色々持って帰れた。……残念」
「素材回収するつもりは、なかったからなあ。どうしても欲しいって素材だけ、持って帰ろーな」
「たとえば?」
「そりゃあ決まってる。うまそうな肉とかなっ」
「このお肉は……、今日、食べたね」
倒れたバトルボアの前にしゃがみこんで、リアノンが指先でつついている。
落下によるダメージなのか、もう動くことはなかった。
一定の時間がくると倒された魔物は消えていく。
素材として切り取った部位だけは、形として残る。
ダンジョンとは、そういうものらしい。
しばらく眺めていると、バトルボアが砂のように細かくなり、地面へと消えていく。
ダンジョンとは、不思議な空間だとエルーナは思った。
消失する魔物だけのことではない。
本来なら、これだけ自然に溢れていれば、精霊の存在もあちこちに感じられるはず。
だけど、景色に反して、その気配はまばらだった。
ダンジョンに生息する魔物というのは、外で見かける魔物と姿形こそ似ていれど、生まれる仕組みや性質は大きく異なるそうだ。
なかでも厄介なのが、ダンジョンは魔物を創造できるということ。
冒険者がダンジョン内を探索していると、一定の距離内で魔物が生み出される。
まさしく先ほどのバトルボアのような現象を、ダンジョンに来てからエルーナも何度か目にしていた。
そして魔物は容赦なく、冒険者目掛けて、攻撃を仕掛けてくるのだった。
マイコールによれば、ダンジョン内外の魔物は全くの別物と教えてくれた。
ダンジョン外の魔物には心がある。
怯えたり、意思がなんとなく通じ合ったり、仲間のために挑んできたり……。
とにかく、個性がみられる。
しかし、ダンジョン産の魔物は、血は出ないし、冒険者をみかければ即時攻撃するし、魔物同士での殺し合いはしない。
侵入者しか相手にしないらしい。
しかも、生みだされた魔物は、倒されない限り、消えることはないとか。
だからこそ、マイコールは躊躇いなく蹴り倒しているのだろう。
「ねえ、ルナ」
リアノンがエルーナの袖を引いた。
「なにかしら?」
「ダンジョン、面白いでしょ」
「そうね。こういう世界も、あるのね……」
今日は本当に色々なことに触れてきた。
ダンジョンのことだけではない。
マイコールの頼りになる姿も、リアノンの優しい強さにも。
そのどれもが、心を温かくしてくれる気がした。
「……んにゃ?」
マイコールが足を止め、鼻をひくつかせた。
「いやーな臭いがするなあ」
マイコールが顔を右へと向けた。
リアノンに連れられ、エルーナもマイコールの背にぴたりとついた。
彼の視線が向かう先を、エルーナも追ってみる。
草原は見通しが良いはずだが、危険らしいものは伺えない。
しかし――。
「……地響き? マイコー」
リアノンの端的な言葉。
「二十よりたくさん、だな。二人とも、そっから一歩も動くなよ~」
初めは遠くから、しかし徐々にエルーナですら感じ取れるまで、揺れる地面がハッキリと近づいて来る。
「誰かいないかっ、助けてくれーっ!」
草原を転がるようにして駆ける、四人の冒険者の姿がみえた。
背後から迫りくる魔物の群れ。
冒険者との距離は、それほど余裕はない。
全力疾走なら冒険者の方が速いが、息を整えるために立ち止まって深呼吸を三回もすれば、あっという間に飲み込まれてしまうだろう。
「あっ! おーいっ!」
遮蔽物がない場所で、こちらから確認できるなら、それは相手からも同じである。
四人の塊が二手にわかれる。
必死に走る方向を変えた二人。魔物の群れは残りの二人に託しつつ、大きく手を振りながら向かってくる。
「あ、あんたたち三人か! はぁはぁ……。よしっ、これだけいりゃあ協力してなんとかっ」
「はぁはぁ……。お、おい、ちょっと待て……。そいつ、虎猫族だぞっ」
「あん? まさかお前……、噂のマイコールって奴か?」
「あんたが考えてる噂ってのがなんなのか、知らねーけど。オイラはマイコールだぞ」
ヒゲを撫でながら平然と答えるマイコールに、表情を険しくした二人の男は半歩下がる。
しかし、次の瞬間、お互いの顔を見合わせると悪い顔をしてうなずきあった。
「だったら、いいよな」
「めっちゃ悪いことやってんだろ? そのツケってことでさ」
「懲らしめるって意味で、俺たちは正しいってわけだっ」
「おーいっ! お前らっ、こっちだ!」
ぶんぶんと手を振る男たち。
魔物から逃げている二人にこっちへ来いと合図を送り、魔物の集団ごと方向を変えて突っ込んでくる。
遅れてやってきた残りの二人へ、男の一人が言葉を投げつける。
「そのまま駆け抜けろっ!」
「え、でも?」
「いいんだよっ!」
マイコールに敵意をむき出しの男らも再び走り出し、四人が離脱していく。
「あの魔物たち、ぜーんぶ、てめえにくれてやらあっ!」
引きつった笑みを浮かべて、捨て台詞を残していく。
なんということだろうか。
エルーナはその信じられない行動に、驚きやら悲しみやら悔しさやら、感情がごちゃごちゃになる。
危険な魔物を他人に押し付け、さらには自分たちが正しいと叫んでいく。
これが人のやることだろうか?
命の危険があると、想像ができないのだろうか?
マイコールが頼りになることは、エルーナもわかっている。
だけど、あの数だとさすがに対応できないのでは……。
身体が大きな一つ目の巨人、一息で刺し貫くであろう角をもつ獣、それ以外にも凶暴そうな魔物らが、目を血走らせて迫ってくる。
マイコールの背中が、あの子の姿に重なった。
少し前まで話していた人が。あっさりと死ぬ。
眼前で失われた命の輝き。
そのことを忘れたことなんて、一度もない。
「ダメなのよ。それだけは……」
エルーナは呟いた。
精霊が少ないこの場所で、どれほどの力が発揮できるかわからない。
しかし、それはやらない理由にはならない。
「守らないと……。今度こそ、私が……」
たとえ自身を犠牲にしたとしても。
エルーナは一歩前に出ようとして、
「ルナ、大丈夫」
リアノンの言葉に、エルーナは止まる。
「でも――」
「もう、終わってる」
「え?」
エルーナが言葉をこぼした瞬間、マイコールの姿が消えた。
空気を、稲妻が切り裂く。
エルーナの視界に、無数の光の線が走った。
縦横に、鋭角に、絡み合うように。
けれど、それは瞬きをする間もなく消えてしまう。
遅れて、いくつもの悲鳴が重なり、重いものが崩れ落ちる音が響く。
エルーナが息を呑んだ時には、全ての魔物たちは倒れていた。
「まったく、困ったやつらだなあ」
エルーナの背後から、のほほんとした声が届いた。
思わず振り返ると、四人の冒険者が荷物のように重ねられ、その上にマイコールがちょこんと腰をかけていた。
「目が覚めたら、ごめんなさいをさせねーとな」
足をぷらぷらさせながら、手の爪についた埃をぺろりと舐めとっている。
「マイコー、すごいでしょ?」
少しだけ嬉しそうなリアノンの声に、エルーナは我に返った。
「何が起きてるのか、わからなかったわ……。なんというか、こう……、雷を見ているような……」
「そう。だから、雷虎――」
「雷虎……」
「……って、呼ばれることもある」
◇
しばらくして、ようやく四人目の冒険者が目を覚ました。
「よーし、起きたなあ」
「はい、ここに座る」
「えっ? あっ、はい……」
最後の一人がリアノンに促されるまま、正座させられた冒険者の列に加わった。
すでに目覚めていた者は、足が痺れているのか苦悶の表情を浮かべている。
「その……、そろそろ俺は足を崩しても……」
「ダメ。危ないことをしたから、おしおき。我慢して」
むすっとしたリアノンに諭され、男は縮こまってしまう。
エルーナはマイコールを眺めた。
今回の事は、下手をすれば命を失う危険があった。
果たして、マイコールはどんな思いで、彼らの前に立っているのだろう。
エルーナが悪いことをしたわけではない。
けれど、妙な緊張感を前に、少しだけ喉が渇いてくる。
「リアの言うとおりだ。おめえらがやった、魔物の押し付け。冒険者だったら、ぜったいやっちゃいけねーことだ。当然知ってるよな?」
マイコールはヒゲを撫でながら、四人をみつめた。
「オイラじゃなきゃ、たぶん死人が出てたな」
正座していた男の肩が、びくりと揺れた。
誰も顔を上げない。
四人の視線は、地面に落ちたままだった。
しばらくの沈黙が落ちた後、
「……すんません」
誰かがぽつりとこぼした。
それにつられるように、次々と深く頭を下げる。
「……悪かった」
「俺たち、考えなしだった」
絞り出したような声。決して、誰も言い訳をしなかった。
エルーナは、そんなやりとりを黙って見ていた。
「ごめんなさいが出来て、なによりだ」
深く頭をたれたまま、身じろぎしない四人を前にして、マイコールは声の調子をわずかに戻していた。
「うにゃ~っと。そんじゃ、もう行っていいぞー」
手を地面につけて、背筋をのびーんとさせるマイコール。
「もう……、いいのか?」
「これで、許してもらえる……、ほんとに?」
「あんた……、マイコール、なんだよな」
わずかなざわめきが広がる。
「……そういやあさ」
誰に向けられた言葉でもなく、ぽつりと呟く声。
「例の噂話が流れてきた時、先輩が言ってた」
言葉に含まれた違和感に、エルーナはふと男をみつめた。
「S級の虎猫は無茶を押し通す奴じゃない、って」
「俺も、受付の人から聞いたことがある。ギルドの壁を直してくれた、マイコール……さんの話」
そのまま場が静かになる。
だが、四人の頭の中では、色々と考えが巡っているようだった。
やがて一人が、マイコールへ向き直った。
それは最初に魔物を押し付けようと提案していた男だった。
「……本当に、助かりました」
深々と頭を下げるのだった。




