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第四十話 転移ダンジョン

 ダンジョンとは。

 冒険者たちが経験、素材や宝物を求めて向かう場所と、エルーナは聞いたことがあった。

 階段を下りながら最深部を目指す。そこから連想されるダンジョンとは、土がむき出しの洞窟のようなものだと考えていた。


 しかし、エルーナたちが通された部屋は、神殿のようなたたずまい。

 中央にクリスタルが浮いている。

 人と同じくらいの大きさであるそれは、澄んだ青色であった。


 クリスタルの側にいる施設職員へ、マイコールとリアノンが冒険者カードを提示している。

 わずかに値踏みするような目線の相手に、いつもと同じほっこり顔のマイコール。


 歯牙にもかけていないようだ。


「ルナ、行くよ。手、しっかりと繋いで」


 手続きを終えたリアノンが戻ってきた。

 エルーナの手を引いて、クリスタルへと誘導してくれる。

 リアノンに抱えられたマイコールが、クリスタルへと手をかざした、次の瞬間――。


 わずかな浮遊感。視界がぐるりと切り替わる。

 エルーナの目に映ったもの。

 様々な情報が一気になだれ込んできて、わずかにくらっとしてしまう。

 雲一つない空、かすかな大地の香り、髪に小さな悪戯をするそよ風。見渡す限りの大草原。


「ようこそ。初めてのダンジョンへ」

 穏やかな瞳をしたリアノンが、エルーナへと微笑んだ。



「あらよっとっ!」 


 何もない空間が揺らめいて、エルーナにもはっきりわかる形で誕生した魔物たち。

 バトルボアの数は三匹。

 気づかれる前に背後から近づいて、マイコールがおしりを思いっきり蹴飛ばした。


 小さな体躯から繰り出される一撃とは思えない軌道で、バトルボアは大きな放物線を描いてから地面に叩きつけられた。


 残された二匹はマイコールを視界に捉えるや、恐れも知らずに猛進してくる。

 だが、マイコールはひるまず、ぱこーんぱこーん、と気軽に蹴り返している。

 末路は最初の一匹と同じだった。


「バルバルがいれば、色々持って帰れた。……残念」

「素材回収するつもりは、なかったからなあ。どうしても欲しいって素材だけ、持って帰ろーな」

「たとえば?」

「そりゃあ決まってる。うまそうな肉とかなっ」

「このお肉は……、今日、食べたね」


 倒れたバトルボアの前にしゃがみこんで、リアノンが指先でつついている。

 落下によるダメージなのか、もう動くことはなかった。

 一定の時間がくると倒された魔物は消えていく。


 素材として切り取った部位だけは、形として残る。

 ダンジョンとは、そういうものらしい。

 しばらく眺めていると、バトルボアが砂のように細かくなり、地面へと消えていく。


 ダンジョンとは、不思議な空間だとエルーナは思った。

 消失する魔物だけのことではない。

 本来なら、これだけ自然に溢れていれば、精霊の存在もあちこちに感じられるはず。

 だけど、景色に反して、その気配はまばらだった。


 ダンジョンに生息する魔物というのは、外で見かける魔物と姿形こそ似ていれど、生まれる仕組みや性質は大きく異なるそうだ。

 なかでも厄介なのが、ダンジョンは魔物を創造できるということ。


 冒険者がダンジョン内を探索していると、一定の距離内で魔物が生み出される。

 まさしく先ほどのバトルボアのような現象を、ダンジョンに来てからエルーナも何度か目にしていた。


 そして魔物は容赦なく、冒険者目掛けて、攻撃を仕掛けてくるのだった。


 マイコールによれば、ダンジョン内外の魔物は全くの別物と教えてくれた。


 ダンジョン外の魔物には心がある。

 怯えたり、意思がなんとなく通じ合ったり、仲間のために挑んできたり……。

 とにかく、個性がみられる。


 しかし、ダンジョン産の魔物は、血は出ないし、冒険者をみかければ即時攻撃するし、魔物同士での殺し合いはしない。

 侵入者しか相手にしないらしい。


 しかも、生みだされた魔物は、倒されない限り、消えることはないとか。

 だからこそ、マイコールは躊躇いなく蹴り倒しているのだろう。


「ねえ、ルナ」


 リアノンがエルーナの袖を引いた。


「なにかしら?」

「ダンジョン、面白いでしょ」

「そうね。こういう世界も、あるのね……」


 今日は本当に色々なことに触れてきた。

 ダンジョンのことだけではない。

 マイコールの頼りになる姿も、リアノンの優しい強さにも。

 そのどれもが、心を温かくしてくれる気がした。


「……んにゃ?」


 マイコールが足を止め、鼻をひくつかせた。


「いやーな臭いがするなあ」


 マイコールが顔を右へと向けた。

 リアノンに連れられ、エルーナもマイコールの背にぴたりとついた。


 彼の視線が向かう先を、エルーナも追ってみる。

 草原は見通しが良いはずだが、危険らしいものは伺えない。

 しかし――。


「……地響き? マイコー」


 リアノンの端的な言葉。


「二十よりたくさん、だな。二人とも、そっから一歩も動くなよ~」


 初めは遠くから、しかし徐々にエルーナですら感じ取れるまで、揺れる地面がハッキリと近づいて来る。


「誰かいないかっ、助けてくれーっ!」


 草原を転がるようにして駆ける、四人の冒険者の姿がみえた。


 背後から迫りくる魔物の群れ。

 冒険者との距離は、それほど余裕はない。

 全力疾走なら冒険者の方が速いが、息を整えるために立ち止まって深呼吸を三回もすれば、あっという間に飲み込まれてしまうだろう。


「あっ! おーいっ!」


 遮蔽物がない場所で、こちらから確認できるなら、それは相手からも同じである。

 四人の塊が二手にわかれる。

 必死に走る方向を変えた二人。魔物の群れは残りの二人に託しつつ、大きく手を振りながら向かってくる。


「あ、あんたたち三人か! はぁはぁ……。よしっ、これだけいりゃあ協力してなんとかっ」

「はぁはぁ……。お、おい、ちょっと待て……。そいつ、虎猫族だぞっ」

「あん? まさかお前……、噂のマイコールって奴か?」

「あんたが考えてる噂ってのがなんなのか、知らねーけど。オイラはマイコールだぞ」


 ヒゲを撫でながら平然と答えるマイコールに、表情を険しくした二人の男は半歩下がる。

 しかし、次の瞬間、お互いの顔を見合わせると悪い顔をしてうなずきあった。


「だったら、いいよな」

「めっちゃ悪いことやってんだろ? そのツケってことでさ」

「懲らしめるって意味で、俺たちは正しいってわけだっ」

「おーいっ! お前らっ、こっちだ!」


 ぶんぶんと手を振る男たち。

 魔物から逃げている二人にこっちへ来いと合図を送り、魔物の集団ごと方向を変えて突っ込んでくる。

 遅れてやってきた残りの二人へ、男の一人が言葉を投げつける。


「そのまま駆け抜けろっ!」

「え、でも?」

「いいんだよっ!」


 マイコールに敵意をむき出しの男らも再び走り出し、四人が離脱していく。


「あの魔物たち、ぜーんぶ、てめえにくれてやらあっ!」


 引きつった笑みを浮かべて、捨て台詞を残していく。


 なんということだろうか。

 エルーナはその信じられない行動に、驚きやら悲しみやら悔しさやら、感情がごちゃごちゃになる。


 危険な魔物を他人に押し付け、さらには自分たちが正しいと叫んでいく。

 これが人のやることだろうか?

 命の危険があると、想像ができないのだろうか?


 マイコールが頼りになることは、エルーナもわかっている。

 だけど、あの数だとさすがに対応できないのでは……。


 身体が大きな一つ目の巨人、一息で刺し貫くであろう角をもつ獣、それ以外にも凶暴そうな魔物らが、目を血走らせて迫ってくる。


 マイコールの背中が、あの子の姿に重なった。


 少し前まで話していた人が。あっさりと死ぬ。

 眼前で失われた命の輝き。

 そのことを忘れたことなんて、一度もない。


「ダメなのよ。それだけは……」


 エルーナは呟いた。

 精霊が少ないこの場所で、どれほどの力が発揮できるかわからない。

 しかし、それはやらない理由にはならない。


「守らないと……。今度こそ、私が……」


 たとえ自身を犠牲にしたとしても。

 エルーナは一歩前に出ようとして、


「ルナ、大丈夫」


 リアノンの言葉に、エルーナは止まる。


「でも――」

「もう、終わってる」

「え?」


 エルーナが言葉をこぼした瞬間、マイコールの姿が消えた。


 空気を、稲妻が切り裂く。

 エルーナの視界に、無数の光の線が走った。

 縦横に、鋭角に、絡み合うように。

 けれど、それは瞬きをする間もなく消えてしまう。

 遅れて、いくつもの悲鳴が重なり、重いものが崩れ落ちる音が響く。


 エルーナが息を呑んだ時には、全ての魔物たちは倒れていた。


「まったく、困ったやつらだなあ」


 エルーナの背後から、のほほんとした声が届いた。


 思わず振り返ると、四人の冒険者が荷物のように重ねられ、その上にマイコールがちょこんと腰をかけていた。


「目が覚めたら、ごめんなさいをさせねーとな」


 足をぷらぷらさせながら、手の爪についた埃をぺろりと舐めとっている。


「マイコー、すごいでしょ?」


 少しだけ嬉しそうなリアノンの声に、エルーナは我に返った。


「何が起きてるのか、わからなかったわ……。なんというか、こう……、雷を見ているような……」

「そう。だから、雷虎――」

「雷虎……」

「……って、呼ばれることもある」



 しばらくして、ようやく四人目の冒険者が目を覚ました。


「よーし、起きたなあ」

「はい、ここに座る」

「えっ? あっ、はい……」


 最後の一人がリアノンに促されるまま、正座させられた冒険者の列に加わった。

 すでに目覚めていた者は、足が痺れているのか苦悶の表情を浮かべている。

「その……、そろそろ俺は足を崩しても……」

「ダメ。危ないことをしたから、おしおき。我慢して」


 むすっとしたリアノンに諭され、男は縮こまってしまう。


 エルーナはマイコールを眺めた。

 今回の事は、下手をすれば命を失う危険があった。


 果たして、マイコールはどんな思いで、彼らの前に立っているのだろう。

 エルーナが悪いことをしたわけではない。

 けれど、妙な緊張感を前に、少しだけ喉が渇いてくる。


「リアの言うとおりだ。おめえらがやった、魔物の押し付け。冒険者だったら、ぜったいやっちゃいけねーことだ。当然知ってるよな?」


 マイコールはヒゲを撫でながら、四人をみつめた。


「オイラじゃなきゃ、たぶん死人が出てたな」


 正座していた男の肩が、びくりと揺れた。

 誰も顔を上げない。

 四人の視線は、地面に落ちたままだった。


 しばらくの沈黙が落ちた後、


「……すんません」


 誰かがぽつりとこぼした。

 それにつられるように、次々と深く頭を下げる。


「……悪かった」

「俺たち、考えなしだった」


 絞り出したような声。決して、誰も言い訳をしなかった。

 エルーナは、そんなやりとりを黙って見ていた。


「ごめんなさいが出来て、なによりだ」


 深く頭をたれたまま、身じろぎしない四人を前にして、マイコールは声の調子をわずかに戻していた。


「うにゃ~っと。そんじゃ、もう行っていいぞー」


 手を地面につけて、背筋をのびーんとさせるマイコール。


「もう……、いいのか?」

「これで、許してもらえる……、ほんとに?」

「あんた……、マイコール、なんだよな」


 わずかなざわめきが広がる。


「……そういやあさ」


 誰に向けられた言葉でもなく、ぽつりと呟く声。


「例の噂話が流れてきた時、先輩が言ってた」


 言葉に含まれた違和感に、エルーナはふと男をみつめた。


「S級の虎猫は無茶を押し通す奴じゃない、って」

「俺も、受付の人から聞いたことがある。ギルドの壁を直してくれた、マイコール……さんの話」


 そのまま場が静かになる。

 だが、四人の頭の中では、色々と考えが巡っているようだった。


 やがて一人が、マイコールへ向き直った。

 それは最初に魔物を押し付けようと提案していた男だった。


「……本当に、助かりました」


 深々と頭を下げるのだった。


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