第三十九話 しのびよる悪意
マイコールは入り組んだ路地に迷いながらも、匂いや記憶を頼りに、どうにか目的地までたどり着いた。
ドワーフのおっちゃんの工房。
リアノンが絵筆のお礼をしたいからと、あらかじめ予定に入れていた場所である。
当初の話通り、用事を済ませに向かったバルカンの姿はない。
彼ですらそんな工房があると知らなかったあたり、マイコールがたどり着いたのは運が良かったと言えるだろう。
仕事をしてるかもしれない。
邪魔にならないよう、そろりそろりと、扉を開ける。
「あつい……、マイコー。家が燃えてない?」
リアノンがわずかに後ずさった。室内に充満してた熱気と鉄の匂いが、外を目掛けて流れてくる。
「すごいわ……。火の精霊たちが、こんなに喜んでるなんて……」
エルーナが口元を緩め、楽しそうに宙を眺めていた。
「静かにな。おっちゃんが一息つくまで、待とう」
マイコールが口元に肉球を添えると、エルーナとリアノンも素直に真似てくれる。
炉の中は、目が痛くなるほどに赤い。生物のように揺れる炎に、おっちゃんが鉄をくわせてる最中だった。
そうして今度は響き始める――鉄を武器へと育てる音。
三人は入り口に立ったまま身じろぎ一つしない。
マイコールは横目で、ふとエルーナをのぞき見た。
いつものように周囲への気配りをする様子もなく、一心に見つめていた。そんな彼女の姿は、なぜか昔を思い出させた。
小さな弟。
逆立ち見せてやると「あんちゃんすげ~」と瞳を輝かせてた。随分会ってないけど、元気にしてるだろうか。
「風の流れが少しかわったと思えば……、虎猫のにいちゃんかい」
こちらを一瞥したかと思えば、おっちゃんが手を止めてくれる。
「あー、ごめんなあ。まだ仕事の途中だろ? オイラたちは静かにしてるから、気にしないでくれ」
「いや、かまわん。……ちょうどキリがいいところだ」
炉の炎をおさえ、首に掛けた布で汗を拭いながら、マイコールへと近づいてきた。
「嬢ちゃんが、リアノンか」
迷うことなくリアノンへと言葉をかける。
「うん。どうしてわかったの」
リアノンがわずかに眼を見開いた。
「虎猫のにいちゃんから、嫌というほど聞かされたからな。みりゃわかる」
むすっとした様子のおっちゃん。
リアノンも表情が薄いが、おっちゃんはそれに輪をかけてわかりにくい。
リアノンが一歩前に出て、頭を下げた。
「絵筆、ありがとう。大事に使ってる」
「大事にする以上に、たくさん使ってやれ」
そう言ったおっちゃんが、ゴツゴツした手で、リアノンの手を取り、じっくりと眺めた。
職人の眼。
リアノンは抵抗せずに、なすがままだった。
「……まあ、余計なお世話だったかもな。壊れたら持ってこい。直してやる」
「うんっ!」
リアノンは嬉しそうに、うなずいていた。
「あとこれ、お酒を買ってきた。選んだのはバルバルだけど」
「ほう……、後で頂くとしよう。ありがとうな」
おっちゃんの手が、リアノンの頭をわしわしと撫でる。
「こっちの嬢ちゃんは……」
おっちゃんの視線がエルーナへと流れた。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。エルーナ、と申します」
丁寧な言動のエルーナに、おっちゃんは訝しげな様子だ。
「随分と身体が痒くなる話し方だな。本当に虎猫のにいちゃんの知り合いか?」
「おう。家にとめてかくれたり、いつも良くしてくれるんだ」
「そうか」
おっちゃんがエルーナを眺める。
エルーナは静かにたたずんでいた。
「……あんた、何か見えてるな?」
「えっ?」
エルーナの口から小さな驚きがこぼれる。
「ワシに向けられた視線が、かすかに揺らぐ瞬間がある。……いや、別に答えが欲しいわけじゃねえ。そう思っただけだ」
「あー、おっちゃん……。エルーナは……、えっとだな」
マイコールが間に入ろうとするも、良い伝え方が思いつなくて、言葉に詰まってしまう。
「マイコールさん、ありがとう。その気持ちだけで、十分だわ」
エルーナがそっと前に出る。
「おじさまの周りに、火の精霊たちがいます」
「……なるほどな。精霊使いか」
「良き鍛冶師は、たくさんの火の精霊を連れていると聞いたことがありましたが、これほど楽しそうな様子は初めて拝見いたしました」
「……丁寧過ぎる言葉ってのは、慣れねえ」
おっちゃんは首元を、ボリボリとかいていた。
◇
リアノンとエルーナが店内を見て回る間、マイコールはブラスのおっちゃんと話すことにした。
おっちゃんは片手に木製のジョッキを持っている。
中身はリアノンが差し入れた酒だ。
カウンターとして生まれたはずのテーブルに、腰を掛けたマイコールは足をぷらぷらさせている。
というのも、このカウンター。
物が置かれ放題で、売り買いする時に使われてるとは到底思えなかった。
まあこんな路地裏に、ひっそりと店を出すぐらいである。
おっちゃんの腕前を、なんらかの伝手で知らない限り、客が来ることもないのかもしれない。
「それで、今日の用事はこれだけか?」
カウンターを支えにして、頰杖をついたおっちゃんが尋ねてくる。
「ああ、リアノンが直接会って、感謝の言葉を伝えたいってさ」
「そうか」
「武器作りに忙しいだろうに、時間もらっちまって……。すまねえなあ」
マイコールは両手をあわせて、おっちゃんに軽く頭を下げた。
「……忙しい、か。まあ、注文はそれなりだがな」
ヒゲを撫でながら、重々しく呟いた。
マイコールはおっちゃんを見返す。
「……素材がな、入ってこねえ」
「えっ……、それじゃあ大好きな鍛冶ができねえってことか?」
「……大好き。……まあ、……それはいい。完全に止められてるわけじゃない。だが、明らかに、横槍を入れてる奴がいる」
告げられた事実に、マイコールは唾を飲み込んだ。
素材がこないのは、なぜだろう?
誰かが邪魔をしている、とか?
「ワシが受注しないことが、余程勘に触ったんだろう」
「ジェルダンの仲間とかいう、あの時の女か?」
「断言はせんがな……」
おっちゃんがジョッキを勢いよくあおった。
ふわりと酒の匂いが鼻をつく。
「虎猫のにいちゃんの噂が、広がっている」
「ふーん。どんな話だ?」
「虎猫族なのにS級になれたのは、裏で悪事を働いているから、ということらしい」
「そりゃまあ、なんつーか……」
どこから湧き上がってきたのやら。
あまりにも身に覚えがなさすぎる。
「バカバカしいと思うだろう。だがな、それに対して被害にあったと名乗り出るものがいる。それも数人。最初はただの噂話だとしても、信じる者が増えていけば、大衆にとっての真実と成り得ることもある」
おっちゃんの眼は、真剣だった。
「虎猫のにいちゃんだけなら、どんな相手でも問題ないだろう。だが、お前は一人じゃないだろう?」
おっちゃんが顎でしゃくった方向には、リアノンたちがいた。
誰よりも大切なリアノン。
そして森で出会い、一緒に過ごすようになったエルーナ。
「守ってやれ……。そういうことだよな」
決意のような言葉を、マイコールは口にする。
だが、おっちゃんは首を横に振る。
「半分正解だ」
「うにゃにゃ!? うそっ! オイラ、間違えたのかっ?」
びっくりしすぎて、思わずカウンターからずり落ちそうになり、おっちゃんに首根っこを掴まれる。
「もちろん、守ってやるのも大切だ。しかし、一人でやれることには、おのずと限界がある」
首根っこが伸びたままの宙ぶらりんマイコールを、おっちゃんがカウンターへと戻してくれた。
「誰かに頼る。その選択肢を、忘れるな」
「頼る……」
おっちゃんは重々しくうなずいた。
「今回の件を主導している相手は狡猾だ。世論を操作して、何をしてくるかわからない。だからこそ、だ」
おっちゃんの言葉を、マイコールは静かに噛み締めた。
「つまらない話だったな。……虎猫のにいちゃんも、一杯やるか?」
おっちゃんがジョッキをわずかに傾ける。
「いい考えだなあ。ミルクはあるか?」
「……次来るときまでには、用意しておこう」




