第三十六話 ハゲオヤジ
都市へたどり着くと入り口の検問所には、長蛇の列が出来ていた。
冒険者らしい奴ら、使い込まれた服装を身にまとう旅人たち、儲けを求める商人とその馬車。
少しずつ消化されていく列に並び、マイコールたちは自分たちの番を待ち続けていた。
「本当に大丈夫かしら。私、自分を証明できるものを持っていないのだけれど……」
不安げなエルーナがぽつりと呟く。
ある程度の規模を誇る街なら、ほとんど設置されている検問所。
怪しい人たちを中へと入れないための防衛線だ。
とはいえ、それほど仰々しいものではない。
ギルドに所属していれば、身分証明のカードが発行されているため、提示すれば良いだけ。
他にも証明するアイテムはいくつかあるが、基本的には証明にまつわる物があれば、あっさりと通してもらえることが多い。
だが、エルーナは長年、森にこもっていたわけで、自身を証明するものがない。
もうすぐ自分たちの番が近づいている。
エルーナが落ち着かなくなるのも無理はなかった。
「エルーナ、だいじょーぶだぞ。カードとかもってない奴でも、中に入る方法はちゃーんとあるんだ」
マイコールはなるべく穏やかな声で、エルーナへと話しかける。
「身分証明できる仲間がいりゃあ、銀貨一枚を渡せばいい。一人だったとしても、銀貨三枚を渡す方法もある。エルーナには、オイラたちがついてるじゃねーか」
そうすることで都市や街ごとに発行されている、刻印コインと交換してもらえる。
刻印コインが、滞在許可代わりになるというわけだ。
ちなみにこの刻印コイン。
街を出るときには再び銀貨一枚と交換してもらえる。
万が一紛失すると、銀貨三枚を徴収される罰金刑という仕組みだ。
「アニキの言う通りだ。それに今日の検問所にいる奴らなら、問題ねえ」
「すっげえ自信だなあ」
「ガキの頃から面倒みてやった奴だからなっ」
親指を立て、俺に任せとけと言わんばかりのバルカン。
そんな頼もしい姿に、マイコールは期待の眼差しを向ける。
冒険都市で長年過ごしてきたのは、きちんと身になっているようだ。
「はい、次の方、どうぞ」
衛兵の一人が視線を下に向けたまま、何かを記載している。
そんな相手に、バルカンがノッシノッシと歩み寄る。
「おうおう、ボーズ共、元気にしてたかっ?」
腕を組んだバルカンが、堂々と挨拶をする。
「おおっ、誰かと思えばっ」
衛兵の片割れが顔を上げ、バルカンを認識すると、
「ハゲオヤジさんじゃないかっ!」
衛兵は悪気もなく、大声で応じた。
マイコールとリアノンは二人揃って眼をぱちくりさせた。
ローブを羽織ったエルーナ。
その奥に見える表情は、きょとんとしているようだった。
「はげ?」
「おやじ?」
マイコールとリアノンが言葉をなぞる。
衝撃的な呼び名。
聞き間違えかと思いつつ、二人は仲良く顔を見合わせた。
腕を組んだまま固まっているバルカンに、なおも衛兵は言葉を浴びせ続ける。
もう一人の衛兵が、慌てて止めようとしているが、聞く耳を持たない。
「最近見かけないと思ってたけど、その頭のツルツル具合をみて安心したっ! 今日も良い輝きだなっ!」
その衛兵に悪意はなく、ただなんというか、とても気安い関係なのだなあとマイコールは思った。
くすくすと笑いを堪える気配が広がっていく。
馬車の御者が咳払いをし、並んでいる冒険者が顔を背けて肩を揺らしている。
誰も馬鹿にした様子はない。面白いやりとりに出くわした。
そんな空気だった。
「……おい」
「なんだよハゲオヤ――、いってえっ!」
鈍い音がひとつ。衛兵の頭にバルカンの拳骨が落とされていた。
「なにすんだよっ!」
「こんな場で言う呼び方じゃねえだろうがっ! もう一発おみまいしてやろーか!」
「うっわあ! 悪かったって、バルさん!」
「真面目に仕事しろっての! ったく!」
そんなバルカンたちのやりとりを見て、ふふっと堪えきれない笑いが漏れる。
どことなく品のある声。
ふと見れば、エルーナが口元に手を添えていた。
そんな彼女は先程よりも、固さが取れたように見えた。
「ほら、さっさと通ってよバルさん。また拳骨もらったら、嫌だからさ」
衛兵がぞんざいに手を振ると、バルカンは何か言いたげだったが、大人しく進んでいた。
「次の方。身分証を――」
「その三人は俺の連れだ。ローブの人だけ刻印コイン頼むぜ。ほらよっ」
バルカンの指から弾かれた銀貨が、放物線を描いて衛兵の手の中へ収まる。
「はいはい。えーっと、冒険者のリアノン……、はい、通っていいよ。次のあなたは刻印コイン発行、と」
仕事人の顔に戻った衛兵が、視線をエルーナへと向けた。
「一応の確認なんで、ローブを少し外してもらっていいですか?」
エルーナは一瞬だけ躊躇ったが、それから小さく頷いた。
フードを外し、留め具を緩める。
息を呑む音。
それは誰か一人のものではなかった。
透き通るような白い肌。
陽光を受けて輝く金色の髪と狐耳。
優しさもにじみ出る整った顔立ちが、性別を問わずに皆の意識を引き寄せていた。
「……あ」
衛兵の口からこぼれ落ちた声。
ようやく我に返った衛兵は、咳払いをして目をそらす。
「も、問題ありません。どうぞお通りください」
「ありがとうございます」
エルーナは静かにローブを戻してから、やわらかな会釈をした。
「おーい、そろそろオイラの相手をしてくれ。バルカンとリアを、ずっと待たせてるんだよ」
エルーナに視線を奪われたままの衛兵を、マイコールの声が引き戻す。
「次の方……、冒険者のマイコール……。ん? 虎猫族のマイコール?」
なにか含みのある言い方。衛兵はマイコールへと視線を走らせた。足元から頭までじっくりと、何かを確認するように。
「あんたが、噂の……」
「噂? なんのことだ?」
よくわからなくて、マイコールは首をかしげた。
「とぼけてるのか? あんたは――」
「おーいっ、アニキたちっ! なにやってんだよっ。置いてっちまうぞっ」
とっくに都市内に入っているバルカンが手を振って、こちらを呼んでいる。
「……アニキ? バルさんに、そう呼ばれてるのか?」
「勝手にそう呼ぶんだよ、あいつ。やめろって言ってんだがなあ」
衛兵がちらりとバルカンを見た。
「……まあいいや。通っていいぞ」
「いいのか?」
「構わないよ。ただ一つ言っとく。……バルさんに迷惑かけんなよ」
それだけ言い残し、衛兵は自分の職務に戻っていった。
マイコールは引っかかるものがあったが、検問所を抜けていった。
あと一歩で城壁の内側へ踏み込む。
そんなところでエルーナとリアノンが並んで立っていた。
「わざわざ待っててくれたのか?」
「リアちゃんの思いつきで、せっかくだから、一緒に街へ入れたらって」
「マイコー、手を繋ごう」
「おうよっ」
リアノンを真ん中にして、三人は冒険都市サヴァランへと足を踏み入れた。
*´꒳`ฅにゃはっ!
読んでくれてありがとな。
気に入ってくれたら、
次も一緒に旅してくれたら嬉しいぞ。
ブックマークしてもらえたり、
感想をもらえたら、もっと嬉しいな。




