第三十五話 四人旅
大森林を抜けて街道を進もうかというところで、マイコールは一度立ち止まった。
遠くに都市を守る城壁がうっすら見えた。
目的地までの距離はかなりあるはずだが、目視できるほどの高さで、都市と外部の境界線を主張している。
マイコールに続き、他の面々も歩みを止める。
荷物を背負ってくれているバルカン、エルーナと手をつないでいるリアノン。
二人はそれぞれローブを身に纏っている。
リアノンは愛用の旅用ローブ。歩くたびに揺れる飾りの猫耳が可愛らしい。服装は暗めにまとめてあるが、おかげで白銀の髪と肌が良く映えている。
エルーナは頭から足元まですっぽり隠れるローブ。
周囲の視線を寄せ付けない風貌だ。
しかし、それでも目を引く雰囲気を隠しきれていない。
マイコールにはそんな風に見えた。
マイコールは大森林へと振り返る。
「ユキマル、うまくやれてっかなあ」
「ご飯も、留守番もできてた」
「でもなあ……。練習では出来ても、本当に誰もいないとなあ……」
マイコールの心配そうな声が、森へと吸い込まれていく。
「そうだっ! オイラが本気を出せば、夜の間に家まで行って、帰ってこれるぞ! そーいうのはどーだ?」
「マイコー……、それはメッ! だよ」
リアノンが空いている手でマイコールを脇に抱え込んだ。
「ユキマルも、皆も頑張った。あとは、信じる」
「うにゃあ……」
リアノンに抱えられたまま、だらんと力が抜けてしまうマイコール。
リアノンに叱られて、気持ちはしょんぼりだ。
でも、リアノンの言うことが正しいとも思うのだ。
過保護すぎてはいけない。
やりすぎれば、相手の成長を妨げる毒になってしまう。
「……リア、止めてくれてありがとうな」
「わかってくれて、嬉しい」
気合を入れ直したマイコールは、シャキっとして大地に立つ。
「今のやり取りみてるとよ、リア嬢ちゃんはなんとなく、良い母親になりそうだよなあ」
「奇遇ね。私もそう思うわ」
バルカンとエルーナがなにやら話している。
エルーナは自分の右手――リアノンに握られた方へと視線を落としていた。
マイコールは知っている。
明け方にエルーナの家を出発してから、二人はずっと手を繋いでいることを。
再び歩き始めた四人組。
リアノンがわずかに前を歩き、エルーナがついていく。
さらにそんな二人の後ろを、マイコールとバルカンは歩いていた。
「それにしても」
バルカンが口を開く。
「精霊術ってのはすげえな。まさか森に道まで作っちまうとは……」
「あれが普通の精霊術だと思うのはちげーぞ。エルーナの精霊術は、オイラもびっくりするほどなんだ」
バルカンと二人きりで街へ向かった前回は、ほとんど走り通しだった。
森の中の道なき道を突き進むわけだから、バルカンが疲れるのも無理はなかった。
しかし、今回はエルーナが進もうとすれば、森が意思をもったかのように形を変えた。
木々は避け、地面は平らになり、草は道を譲ってくれる。
通り過ぎると、あっという間に元通り。
再び、人を阻む森となっていた。
それを呼吸をするかのように、平然とこなしていた。
全てはエルーナが精霊術にお願いしたおかげ。
「オイラたちが走るときは風の精霊まで助けてくれる。むちゃんこ精霊に愛されてるよなあ」
マイコールがそう言うと、バルカンがツルッとした頭をかいた。
「確か、力の源は魅了なんだっけか? あんだけ綺麗なら、精霊がメロメロになんのも仕方ねえ気がするわな」
「にゃはっ、そーいえばバルカンが初めてエルーナを見た時、鼻の下をすっげえ伸ばしてたな」
にゃはにゃはと笑うマイコール。
「しゃ、しゃーねーだろ? 男ってのは綺麗な女に弱いんだっ! しかも、エルーナはさらに別格だろ?」
バルカンが恥ずかしそうにそっぽを向く。
綺麗に剃られて頭が、ピカっと光を反射する。
「確かに、エルーナの姿勢は綺麗だもんなあ」
「いや、アニキ……、そうじゃなくて……。顔の方だっての」
バルカンが違う、と手を横に振る。
「顔?」
「ぶっちゃけるとな。普通の美人は、少しずつ見慣れてくるんだ。でも、エルーナはちげえ。今も美人って感じるんだ」
バルカンの力説に、マイコールは斜め前を歩くエルーナの横顔を眺めた。
目鼻立ちは整ってるし、白い肌も透き通るようだ。
「そーだな。エルーナは素敵な顔立ちをしてるな」
「なんだろうな? いまいち熱量が伴ってねえ気がするぜ……」
「そうか?」
「正直、今までの美人が普通としか感じられなくなってる俺がいるんだわ。……これって、例の魅了と関係ねーよな?」
「そんな匂いはないぞ」
「まあそうだよな……」
バルカンがぼそりとつぶやいた。
わずかな間を空けて、バルカンはマイコールを見つめてきた。
「バルカン? どうした?」
「いや……。アニキ、ちょっと……」
少しだけ歩調を落としたバルカンが、ちょいちょいと手招きをしてくる。前にいるエルーナとリアノンには、声が届かない距離。
バルカンに抱え上げられ、肩に乗せられる。
声を張らずとも、やりとりできる距離。
「……なあ、アニキ」
「んにゃ?」
「……エルーナの尻尾や匂いを調べてた時から、感じてたことがあんだけどよ。……変なことを聞いていいか?」
「いいぞー」
「えっと、だな……」
尋ねてきたのはバルカンのはずだが、うーんと唸り始める。
「……女ってのはさ。アニキにとって、どういう存在だ?」
「どういう?」
「男と女って、違うだろ? 色々とさ」
バルカンが話していることは要領が掴めない。
マイコールは首を傾げるばかりだ。
「匂いとか? バルカンはたくましい匂いだし、エルーナはミルクみたいな落ち着く匂いだなあ」
「まあ……、そういうのもあるけどよ……」
「あとは毛並みか? バルカンの胸毛はゴワゴワ、エルーナの尻尾はフワフワ、とか」
「うーん……」
バルカンが腕を組んだ、そのまま考え込んでしまう。
理由はよくわからない。だけど、かつてないほど悩んでいるバルカンがいる。
「じゃあよ」
バルカンは少し間を置いてから言った。
「子供ってのは、どうやって出来るか知ってるか?」
「うにゃ?」
突拍子もない質問。マイコールは素直に答える。
「オイラがちっちゃい頃に、かーちゃんに聞いたことがあるぞ」
「なんて言ってたんだ?」
「とーちゃんとかーちゃんが仲良くしてると、神様が授けてくれるんだってさ」
そう言うと、バルカンが黙り込んだ。
表情がそのまま固まっている。
「……仲良く」
「よくわかんねーけど、これでいいか?」
「ああ……」
どんな意味があったのか、マイコールにはよくわからない。
バルカンには、何か考えがあったのだろうけども。
「……アニキ、夜に――」
「どーした?」
バルカンは口を開きかけて、前を歩くリアノンたちを見つめた。
「いや……、今はいい。また後で話すわ」
そう言って、バルカンは前を向いた。
それきり、話の続きをすることはなかったけど、バルカンの視線がちらちらと向けられる気配がしばらくあった。




