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第三十三話 陽だまりの匂い

 何をユキマルに伝えたらいいか、わかりやすい絵はどんなものがいいか。一通り相談を終えてから、


「そしたらエルーナにも言わねーと。……そういや、エルーナはどこにいるんだ?」

「お洗濯。外に行ってる」


 リアノンの視線が窓の外へ向けられる。


「洗濯? 一人でやってるのは珍しくねーか?」


 お菓子づくりだけでなく、なにかとエルーナと行動が増えてるリアノンは、洗濯や掃除などのスキルも徐々に上達していた。


「いつも手伝ってる……。けど、今日は精霊とやっておくって……」

「精霊と洗濯って、前に一回見せてもらったあれかあ」


 大きな水球に洗濯物を入れる。水球内に大きな流れを作る。

 すると、あら不思議!

 あっという間に洗濯物の汚れが取れていくのだ。


 ちなみに汚れものを精霊に綺麗にさせるのは、エルーナとしては気が引けるらしい。

 だけど、役に立ちたいと集まってくる精霊たちは、むしろ仕事を任せない方が悲しそうにしているとか。


 リアノンが手伝うのは、洗いたての洋服のシワを伸ばす、そして干すところだった。

 そこも精霊とやろうと思えば、まあ出来そうな気もするが。


「でも、時間が掛かってる」

「にゃんかあったのかもな?」


 マイコールはリアノンと二人で外に出た。

 柔らかな風がヒゲを撫でていった。


 エルーナの家は、木々が避けて育ったかのような楕円形の小さな広場に、ぽつんと建てられている。

 地面は適度に固められて歩きやすく、雑草があるけど荒れているのとは違う。


 自然と共存している家。

 精霊の力を借りて、お願いする人の思いが形になった景色。マイコールにはそう感じられた。


「いつもは、こっちでやってる」


 リアノンに連れられ、耕された畑の横を通り過ぎる。

 洗濯物を干すロープがあって、その近くに浮かんだ水球とエルーナの後ろ姿があった。


 金色の尻尾が静かに揺れている。

 相変わらず立ち姿は、思わず目が奪われるほどに綺麗だ。

 透け感のある袖とロングスカートが風でそよぐと、布の合間から脚がちらりと見え隠れする。


 マイコールは決して見逃さない。

 そんなエルーナの尻尾に、リアノンからの熱い視線が注がれていることを。


 ……今は、まだ仕方ない。

 だけど、あの尻尾をいつの日か超えてみせる。


 マイコールは固く誓う。


「とりあえず事件とかじゃなさそーだ」


 洗濯物ロープには、いくつかの服がすでに干されていた。

 ほとんど終わっているようにも思えるのだが。


 それでも近づいてみると、エルーナは背を向けたまま、何かを両手で持って考え込んでいた。


「ルナ? どうしたの?」


 リアノンの声に反応して、エルーナの耳がぴくりと跳ねた。

 振り返りはしないが、わずかな驚きが背中越しにも伝わってくる。


「なにを持って――、うにゃ? オイラのシャツだなあ」


 横から覗き込む。


 目に入ったのは、ズボンとは違って破れやすい麻布シャツ。

 何枚かあるうちの、一枚のようだった。


 あと一枚を干したら終わりなのだろうか。だけど、シャツが濡れている感じはしない。

 洗おうとして、何かに気づいた。そんなところだろうか。


「二人とも……、どうしたのかしら?」


 エルーナが少しだけ固い笑顔で尋ねてくる。


「エルーナに話したいことがあるんだ。んで、あんまりにも戻りが遅いからさ……。なんかあったのか? シャツに穴でも空いてたか?」

「そう……、なの。気になって、少し調べていたのよ」

「そっかあ……。オイラが無茶するからなあ。せっかくリアが選んでくれたのに、ごめんなあ」


 マイコールの尻尾が、力なくしょんぼりしてしまう。


 リアノンは何を思ったのか、白いシャツとエルーナへ、ゆっくりと視線を行き来させた。

 リアノンの視線を受けると、エルーナはハッとして目をそらした。


「匂い……」


 リアノンがぽそっと呟く。

 エルーナの耳がピクっと揺れた。


「……脱ぎたて」


 ピクピクッ!


「一番」


 ビクッ!


「……リアちゃん?」


 エルーナの声が少しだけ硬い。そんな彼女の視線を受けても、リアノンは目をそらさない。柔らかい目尻のまま、じっとシャツを眺める。


「これからだった?」


 リアノンの問いかけに、わずかな間を空けて、エルーナがこくりとうなずく。


「シャツにはシャツの良さがある」


 マイコールには意味がよくわからなかった。

 なぜか堂々としているリアノンも……、どこからしくないエルーナのことも……。


 だが、リアノンは何かを伝えようとしている。それを邪魔してはいけない。マイコールは口を閉じていた。


「ルナ、……したいなら、するといい」

「え……、でも……。そんなこと、本当にいいのかしら……」

「それとも、マイコーに頼む?」

「そ、そんなこと――」


 エルーナがマイコールへと視線を動かす。だが、それも本当に一瞬のこと。すぐに顔を背けられてしまう。


「……できません」

「だけど、この前はしてた」

「あれは……、その……、自然な流れでそうなったから……」

「ルナは恥ずかしがり屋さん?」

「そういうことではなくて……」

「でも、強制はダメ……。ふーむ」


 ぷにっとした頬に指を当てて、なにやら考え込むリアノン。

 エルーナが持っているシャツに、リアノンの視線が向けられた。


「なら、シャツしかない……」

「リアちゃん、私は大丈夫なのよ。だから――」

「一度体験したら、やめられない」

「そ、そういうものかしら?」

「今はいいと思っても、あとで反動がくる」

「……反動?」

「ずっと欲しくなる」

「ずっと……」

「夢でも見る」

「……」

「それでも我慢すると……」


 リアノンが一拍おいて、


「限界がきて、ぼっかんっ! 爆発しちゃう」

「そ、それは困ってしまうわね」


 大きく手を広げて、爆発する様子を表現しているリアノン。

 なんだか不穏な空気を感じてマイコールは、思わず口を挟んでしまう。


「うにゃ? エルーナがどうして爆発するんだ?」

「マイコー。今はダメ……」


 口元に指を当てたリアノンに、静かにするように諭された。

 両手の肉球で、反射的に口を覆い隠した。


 リアノンが目を閉じて考え込む。それをエルーナとマイコールが固唾を飲み込んで見守る。

 そんな謎の空間が生まれていた。

 やがてリアノンの瞳がゆっくりと開かれる。


 彼女の真剣な双眸がマイコールをとらえた。

 自然と背筋が伸びるマイコール。


「シャツに穴がある。近づいて、よく確認した方がいい」


 わずかに下がっているリアノンの目尻。

 それが彼女のとろんとした雰囲気を生み出している。

 ……だが、この瞬間だけは、瞳の奥に力を感じる。


 歴戦の魔物に向き合っている。そんな緊張感があった。


「マイコー、そうだよね?」

「お、おお……。そーだなあ」


 思わず首を縦に振るしかないマイコールであった。

 よしよし、と満足そうにリアノンがうなずく。


「許可はとれた」

「え……」


 シャツを持つエルーナの手に力が入る。


「マイコー、おいで」

「おー、だっこか? リアは甘えん坊さんだなあ」


 リアノンが両手を広げるので、マイコールは迷わず彼女の腕の中へ、飛び込んだ。リアノンがマイコールの後頭部に手を添えた。

 

 ぎゅぎゅぎゅーっと抱きしめられる。いつもより強い圧迫感。息はできるが、ちょっと苦しい感じもする。


「こっちは任せる」

「そうは言っても……」


 真っ暗な視界。

 聴き慣れたリアノンの鼓動、エルーナの戸惑う声だけが、今のマイコールにとって全てだった。


「チャンスは一瞬。……遠い。もっと、近づけて、――うん、それでいい」


 静寂に響いてくるのは、すーすーと誰かが息を吸う音。

 どれくらい、そうしていただろうか。


 やがてリアノンの包容が緩んで、マイコールは顔をあげて大きく息を吸った。


「リア~、そんなにモフモフが欲しかったのかあ? ……んにゃ? どーしたエルーナ。なんか顔が赤くねーか?」

「……お日様を長く浴びすぎたのかしら」


 顔を横に向けたエルーナは、手のひらでパタパタと風を送っていた。


 マイコールは何も言わずに洗濯物を眺めた。

 理由はよくわからないが、空気が少し柔らかくなった気がした。


*´꒳`ฅにゃはっ!

   読んでくれてありがとな。


   気に入ってくれたら、

   次も一緒に旅してくれたら嬉しいぞ。


   ブックマークしてもらえたり、

   感想をもらえたら、もっと嬉しいな。

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