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第三十一話 生まれた明日

 民たちを弔うために燃やした霊樹は、もう森を突き抜ける影を残していなかった。


 だが、その代わりというように――。

 いつの間にか、二本の霊樹が寄り添うように芽吹き、空を目指して伸びていた。

 そんな二本の霊樹の根元に、二つの小さな石が並んでいた。

 石に名前を刻んだだけの簡素な墓標だ。


 エルーナは膝をついて、墓標となる石に優しく触れた。


「……久しぶりね」


 かつて絵本を読んであげた時のように、やわらかな声で話しかける。

 返事はない。それが少しだけ寂しく感じられる。


「この前は、どこまで伝えたかしら」


 定期的に墓前をおとずれ、エルーナは近況を話すようにしていた。


 ライオネル獣王国が滅んで、すぐに平和が訪れるわけではない。国の民や、共感してくれた国の重鎮だった人たちは協力的だった。エルーナも国を立て直す一人として、努力を続けた。

 同じ過ちを繰り返さないために、必死な人たち。一歩一歩だが、良い国を目指していると感じられるものがあった。


 おかげで主導者が変わった新たな国――グランファルド獣王国は、新興国としては驚くべきほど安定していたといえよう。

 しかし、周囲の国々を含めると問題は多かった。


 ライオネル獣王国が存在した頃は、力で周辺国を押さえつけていた。ゆえに解放されたあとの反発は凄まじかった。

 だが、周辺国の村や街から統合して欲しいと望む声も増えていった。周辺国ですら、新しい獣王国は今までと別物と気づくようになった。


 少しずつ理解を得ていき、グランファルド連合国と名乗るまでになった。

 争いはようやく終えた。


「少しずつ、良い方向に向かっているわ」


 ぽつりぽつりと、思い出したものを独白していく。


「少なくとも、仕方ないからって子供を切り捨てる声は減ったと思う」


 統合された国では、少し前まで敵対していた獣人同士が、同じ天幕で品物を並べることも普通にある。言葉のなまりも、耳の形も、誰も気にしていない。


 通りを歩いていると、違う国で生活していたはずの子供たちが、仲良く一緒に駆けていく姿をみかける。そんな子供を、大人たちは笑顔で眺めていた。


 ミナがいたら、なんと言っただろうか。

 カイなら、どんな顔をしただろうか。


 ふわりと風が吹いて、エルーナの髪を撫でた。二人に頑張ったね、と言われた気がした。


「そろそろね……、私の役目も終わりだと思うの」


 二本の霊樹。それぞれの幹に手を添えながら、ぽつりと呟く。


 国を生まれ変わらせた責任を取るべく、振り返らずに突き進んできた。

 そして、やりきったように思える。

 欲を言えば、足りないものはたくさんある。

 だけど天狐族の村を支えてくれていた霊樹のように、軸となるものは揃っただろう。

 あとは皆で枝葉を丁寧に伸ばしていくだけ。


 自分を除いた皆で。


「国を守り続ける役目は……、私じゃなくていい。……森に戻るわ。静かな場所で、生きていこうと思う」


 エルーナは二本の霊樹を見上げた。


「最初はこの近くでの生活も考えたのだけど……、グランファルドには私のことを知っている人たちも多いから……」


 二人の眠る場所から、少し離れてしまうけれど、大切なのは距離ではない。


 エルーナは右手を胸に当てて、ふと目を閉じた。

 いつだって二人との思い出は……、二人がくれた温かいものは、ここにある。


「時間は空いてしまうかもしれないけれど……、必ずまた来るわ」


 風が静かに吹き抜けて、霊樹の葉がかすかに音を立てた。

 それを見届けてからエルーナは踵を返した。

 森の奥へと続く道を、ゆっくりと歩んでいく。

 まだ名もない、これからの居場所へ向かって。



 エルーナの家の裏手から、木々を少し抜けた場所に、並べられた二つの石がある。

 花が添えられており、明らかに人の手が加えられていた。

 名前が刻まれているわけでもない石。

 その前にエルーナは腰を下ろし、摘んできたばかりの花を添えた。


「そんなわけで、ついにリアちゃんと、マイコールさんは、蜘蛛の魔物さんの心を開いたのよ。可愛らしい名前も考えてくれてね――」


 誰かに聞いてもらうかのように、語りかける。

 もちろん返事はなかったけれど、話すことはやめなかった。


 少し前までは、今日の紅茶も美味しかったとか……、天気が良いから洗濯物が乾きやすいとか……。

 変わりない日常しか話せることはなかったけれど。


 マイコールとリアノンが来てから、話題に困ることがないくらい、色々なことが起きている。

 それをエルーナは静かな声で伝えていた。


「あとは……、マイコールさんの特訓がすごいのよ。見ているこちらのほうが、息切れしてしまいそうなぐらいで――」

「オイラのこと呼んだか?」


 背後の茂みが、がさりと揺れる。

 振り返ればマイコールがそこにいた。


「ルナ、誰かとお話してた?」


 少し遅れて、リアノンも姿を現した。


「うにゃ? 誰の臭いもしねえけど……。邪魔しちまったんなら、悪かったなあ」


 マイコールは鼻をヒクヒクと動かしてから、わずかに首を傾げている。


「いいえ、気にしないで。独り言……、みたいなものだから」

「ルナの声、なんか楽しそうだった」

「あら、そんな風に聞こえていたの」

「うん」


 リアノンが小さく頷いた。

 彼女もまた気になったのか、きょろきょろと周囲を見回し、視線が並べられた石へと向けられる。


「花……。誰かのお墓?」

「すっごく綺麗に手入れされてるなあ」

「とても大切に扱われてる」


 何かを察したらしいリアノンが、石の前にしゃがみこんで両手で頬杖をついた。

 そんな彼女の隣で、マイコールも興味深そうに眺めていた。


「お墓みたいなもの、かしら……。二人が眠っているところは、ここから離れているけれど……」

「そっか」


 リアノンが短く返す。


「おかしいわよね……。亡くなっている人に話しかけているなんて……」


 苦笑交じりに言うと、リアノンがぷるぷると首を横に振る。


「変なことは一つもない。たくさん話してあげて。そうしたら、喜ぶ」


 言葉を選んだ様子もない自然な返答。

 エルーナはゆっくりと息を吐いてから言った。


「……ありがとう」


 エルーナは胸の奥に、温かいものが広がっていくのを感じた。


「お花……、わたしも摘んできていい?」

「ええ。そうしてくれると嬉しいわ」

「マイコー、行こう」

「おうっ! 素敵な花を探そーなっ」


 二人は並んで歩き出し、草を踏む音が少しずつ遠ざかっていった。


 静かだった。

 さっきまでの賑やかさが嘘のように、森は穏やかだった。


「……似ているの」


 二つの石へと視線を落として、ぽつりと呟いた。


「一緒にいると、心が温かくなるところとか……。取り繕わなくていいところとか……」


 言葉にすると少しだけ胸の奥が締め付けられるけど、不思議と痛みだけではないものがある。

 もう二度と、こんな風に感じられることはない。そう思っていたのだけれど……。


 がさり。草木をかき分けて、再び近寄ってくる気配がある。


「……あら、マイコールさん、戻ってきたの? リアちゃんは?」

「あっちのほうで花を摘んでるぞ」

「ふふっ……、一人にして良かったのかしら?」


 リアノン第一主義のマイコールに、少しだけ悪戯っぽく笑いかけてみる。


「周りに危ない臭いがしないか、ちゃーんと確認しといたからなあ。リアにも、忘れもんしちまったからって、言っといたし……」


 マイコールは耳の付け根を少しだけ掻いて、


「なあ、座ってもいいか?」


 マイコールがまっすぐな瞳で問いかけてくる。


「ええ、もちろんよ。どうぞ」

「そんじゃ、お言葉にあまえて。にゃっこらせっと」

「あら?」


 膝の上に、すとんと重みがくる。

 何が起きたのか、すぐには理解できなかった。


 重くはない。彼の温もりが服越しに伝わってくる。

 白い麻布シャツと黒いズボン。その先端から、伸びている手足のモフモフ。エルーナの足をふわりとくすぐった。


「……」

「……」


 互いが口を閉じていた。

 鳥の鳴き声が遠くから聞こえてくる。

 不思議と居心地が良いものだった。


 少しでも動けば溶けて消えてしまいそうな空間だけれど、尋ねないわけにもいかず、エルーナは口を開く。


「どうしたのかしら?」

「あー……、なんていうかさ。そーいう気分かなって、思ったんだよなあ」

「……そういう?」

「誰かの温もりに触れたい時……、あるだろ?」


 マイコールが背を向けたまま言った。

 どんな顔をしているか、わからない。だが、彼の声音はもふもふの毛のように、柔らかいものがあった。


 ――気遣ってくれてありがとう。大丈夫よ。


 いつもなら自然と伝える言葉は、どうしてだろうか。

 喉に詰まってしまい、形にはならなかった。


 人肌に触れて心が休まる。

 そんな風に誰かに甘えた記憶は、少なくとも二人を失ってから一瞬たりともなかった。


「リアが言ってたんだけどなあ。オイラの匂いを嗅ぐと、心が落ち着くらしいぞ」

「……そうなの?」

「まあ、リアが言うことだから、みんなに効くかは知らねーけどなあ……。でもまあ……、エルーナも試してみりゃいいんじゃねえか?」


 マイコールの冗談めかした声。


 マイコールの後頭部から目が離せない。

 モフモフが風に揺れて、ふわりと香りを運んできた。

 見るからに柔らかそうな毛並みが、エルーナを誘ってくる。


 マイコールはそれ以上、何も語らなかった。

 エルーナはわずかに迷ってから目を閉じて――


 そっと顔をうずめた。


 ……あたたかい。


 深く吸い込むことはしない。

 確かめるように、ほんの少しだけ。

 鼻腔をくすぐるのは、わずかに甘い果実の香り。そしてたくさんお日様を浴びた日向の匂い。


 花畑を駆けているリアノンとマイコールが、不思議と思い浮かんだ。

 ゆっくりと何かがほどけていく感覚。繰り返し息を吸ってしまう。

 気づかぬうちに、マイコールの身体に手を回していた。満足そうにマイコールの尻尾が揺れていた。


 寄り添ってくれる人たちがここにいる。

 新しい温もりはこの瞬間、確かにこの手にあった。


 ミナとカイ。


 二人の優しい声が聞こえた気がした。


*´꒳`ฅにゃはっ!

   読んでくれてありがとな。


   エルーナの過去⋯⋯

   そしてこっからは未来に繋がるぞ

   次からは『小さな一歩』編だな


   気に入ってくれたら、

   次も一緒に旅してくれたら嬉しいぞ。


   ブックマークしてもらえたり、

   感想をもらえたら、もっと嬉しいな。

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