第二十八話 犠牲と希望と
ミナの亡骸を抱えたエルーナがここに来るまでに、幾人もすれ違ったが、誰ひとり声をかけてはこなかった。
エルーナの腕の中にあるものから目を背けるか、哀れみの視線を向けてくるか。
ライオネル三世自らが案内をしてくれた城にある奥の一室。
陽が入るのはわずかで、石畳の冷たさが、今日だけはとてもありがたかった。
呼び寄せた王直属の小間使いに手伝ってもらいながら、床に横たえたミナの身なりを整えていく。
血を拭い、髪を整えて、白い服へと着替えさせていく。
ミナの表情はエルーナに向けられた時のまま、穏やかそうなことだけが救いだった。
まるで眠っているだけのように見えた。
小間使いが分厚い扉を閉めて退室する。
ライオネル三世と二人きり。
エルーナはミナに寄り添い、優しく髪を撫で続けた。
ライオネル三世は椅子に腰をかけ、堂々と腕を組んだまま一言も発しなかった。
分厚い壁に囲まれた部屋に、外の喧騒は一切届かない。
そんな世界から隔絶されたような空間に色が戻ったのは、控えめに扉を叩く音が響いた時だった。
ライオネル三世の入室許可がおりると、一人の兵隊が入室してきた。
「村に関する報告を――」
王にだけ届くよう配慮された囁きだったが、「村」という単語を耳が自然と拾い上げてしまう。
「……村は、どうなりましたか」
感情のこもらないエルーナの言葉に、部屋の空気がわずかに張り詰める。兵の喉が鳴る音が響いた。
ライオネル三世は目配せで、情報を語るように促す。
「……夜襲による被害は大きく、霊樹そのものには被害がありませんが、建物はほとんどが焼かれておりました。祠そのものも無残に破壊されており、村としての復興には多大な時間を要すると思われます」
兵はそこで言葉を切った。
「…………生存者は……」
エルーナの問いかけに、兵の視線がわずかに揺れる。
「現状で確認されたという報告は……、受けておりません」
「……そう」
エルーナは、それ以上を求めなかった。
わかっていたことだ。
都合よく誰かが生きていましたなんて、そんな奇跡が許されるのはおとぎ話のなかだけだ。
命はあっけなく失われる。
ミナも、……そしてカイも。
天の巫女。
国を導く存在。祈られ、頼られ、ただひたすらに救うためだけに歩んできた。
だけど、手が届く人たちを誰も救えない。そんなものに、一体何の意味があるというのか。
……疲れた。
そんな言葉が、心の中に形を持った。
生きていれば天の巫女として扱われる。その先に、何があるというのか。
エルーナは、ミナの額にそっと触れた。
冷たくなった身体。
もう二度と彼女の笑顔をみることはできない。
自分のせいで、ミナは死んでしまった。
天の巫女というものが国を救うばかりで、身近な大切な人を守れないのだとしたら。
天の巫女になんて、なりたくなかった。
◇
スープを数口だけ飲み、ミナのそばに寄り添いながら眠る。
そんな淡々とした日々が続いていた。
いつまでもミナと離れたくない。
しかし、時間の流れは残酷だった。
それは叶わない願いだと考えてしまう自分の冷静さが恨めしい。
ミナを安心させてあげなければならない。
そう考えたエルーナは、部屋の外へと出ていた。
当然のことながら、正当な手続きは必要になる。ミナを埋葬するための許しを得るために、王の執務室へと向かっていた。
とはいえ、王の執務室の場所をエルーナは知らない。
だから城内の守備兵や、すれ違う文官などに話を聞く。
天の巫女として顔を知られているおかげで、皆の物腰は丁寧であった。
何度かの質問を経て、執務室までもう少しと思われる場所にたどり着く。
廊下の角を曲がった、その先に執務室はあるとのことだが、
「天の巫女様といえど、この先は許可なくお通しはできません」
屈強な兵士に止められてしまう。
それは王を守るために配属された近衛兵の一人だった。
エルーナはどうにか交渉しようとして、しかし口をつぐんだ。
近衛兵の言い分は、もっともだ。
ライオネル獣王国で一番尊きお方である陛下に、簡単に会えるものではない。
いくら王城内とはいえ、よからぬことを企む人が侵入しないとも限らない。
幸いなことにライオネル三世はわずかな時間だが、毎日のようにエルーナの様子を見に来てくれる。ミナの埋葬については、その時に相談しよう。
そう考えて、来た道を戻ろうとしたところで――。
制限をかけられている執務室側の廊下。角を曲がって姿を現した女性がいた。
「……あら」
聞き覚えのある柔らかい声――王妃ピュナが二人の侍女を連れて、通りかかるところへ出くわした。
変わらぬ美しさ。
変わらぬ微笑み。
今日も彼女は、美の頂点を保ち続けていた。
「どうかしたのかしら?」
ピュナが歩み寄ってくる。
王妃からの問いかけに、近衛兵が背筋を伸ばして応じた。
「エルーナ様がライオネル様の執務室へ伺いたいとのことでしたので、それは難しいとお話をさせていただいてました」
「陛下にお会いしたい、と?」
ピュナはわずかに考える素振りをすると、近衛兵へと向き直った。
「いいでしょう」
「し、しかし、ライオネル様より、今は誰も――」
「わたくしが『良い』、と許可を出しているのです」
ぴしゃりと言い切るピュナを前にすると、屈強な身体のはずの近衛兵も小さく見えてしまった。
「こちらは王の執務室へ続く道。普通なら通すことなど許されません。しかし、天の巫女たるエルーナ様ならば、陛下も快く迎え入れてくれるでしょう」
エルーナへと話しかけるピュナ。
その口元には薄く微笑みを浮かべている。
「それよりも……、大変な目に遭われたと聞いておりましたが……、こんなに疲れきってしまって、おかわいそうに」
心配しているような口調で話しかけてくる。
「あとでこちらの者に、気持ちが落ち着く異国のお茶を届けさせましょう。ぜひ、お飲みになって」
「……お気遣い、ありがとうございます」
感謝を述べてから、ピュナと視線が交わった。
彼女の表情は穏やかなまま、しかし瞳の奥には探るような光があった。
「陛下の執務室でしたら、この廊下の先にある角を左に曲がって、少し行ったところにありますわ」
「……ありがとうございます」
エルーナは礼を言ってから、ピュナの脇を通り過ぎようとした。
「エルーナ様」
名を呼ぶ声に、エルーナは立ち止まる。
「ご無理をなさらずに。……今は、痛みがはっきりしている分、まだ幸せなのですから」
その言葉の意味を掴むことはできない。
ただ、なぜか胸の奥に冷たいものだけが残された。
エルーナは静かに頭を下げると、今度こそピュナは離れていく。その背中が角を曲がり、見えなくなるまでエルーナはたたずんでいた。
執務室へ続く廊下を、エルーナはひとりで進んでいく。
やがて他の扉よりも装飾がなされた扉にたどりつく。
ここが王の執務室なのだろう。
途中までは廊下を行き来する人たちがいたのに、近衛兵の横を過ぎてからは、人の気配がまるでない。
王の執務室近くなので、出入りが制限されているのは当然だ。
おかげで外界と切り離されたかのように静寂が漂っている。
扉を叩いて入室の許可をもらおうとして、はたと手を止める。
……声?
重厚な扉は閉ざされている。
だが、廊下に満ちた静寂の助けもあって、床と扉のわずかな隙間から漏れ聞こえてくる。
はっきりとはわからないが、扉の向こうで、ライオネル三世は誰かとやりとりをしているようだった。
エルーナは思わず口元に手を添えた。
「――天狐族の村――――予定通りの襲撃――、こちらの損失も大きく――」
「――――を手に入れる――必要な犠牲――」
断片的な言葉が耳を打つ。
予定通りの襲撃?
必要な犠牲?
扉の向こうの二人は、何を話しているのか。
なにかの聞き間違いだろうか?
足元が急におぼつかなくなる。
空気の上を歩いているかのような、頼りなさがある。
「全てを失わせてから囲い込む。我のためとはいえ、あやつもよく考えたものよな」
言葉の途中で、今までよりも声が弾んでいた。
確かな愉悦の混じったその声は、聞き間違えるはずもなく、ライオネル三世のものだった。
想いを乗せた声は扉を抜け、エルーナを強く叩いた。
後ろへとよろめいてしまう。
だが、ここで倒れてはいけない。
音を立て、聞いていたことがバレてしまえば、どのような扱いを受けるかわからない。
エルーナは、その場から静かに離れた。
……全ては偶然ではなかった。
国が意思を持って全てを押し流したのだ。
そう理解した。
だけど、一体、どうすれば良いというのだろう。
誰も信用することができない。味方はどこにもいない。
そこで、ふと一つの考えがよぎる。
城に来てから教えられてきた情報は、どこまでが真実だったのだろう?
本当に生存者はいないのだろうか?
霊樹に寄り添う村は、確かに一つの入口しかなかった。
表面的には。
しかし、他の誰も知らない裏道をあの子だけは知っていた。
幼さはあるけれど、誰よりも賢い子。
――あの子は、まだ。
エルーナの胸の奥で、かすかな希望が灯った。
*´꒳`ฅ読んでくれてありがとな。
この先のエルーナが気になるよなあ。
良かったらまた明日も読みに来てくれよな。




