第二十二話 ミルクの香り
*´꒳`ฅジェルダンの衝撃を和らげる
箸休め的な会パート2になるぞ
香りっていいよなあ。
「リアが作ってくれたコリンパイ……、むちゃんこ美味ぇぞ!」
「マイコー、それ聞くの、もう五回目」
リアノンの膝に陣取り、一口ずつ噛み締めながらコリンパイをいただくマイコール。
その度に、尻尾が嬉しそうにふわふわ揺れる。
右手にスプーンを掲げつつ、瞳をキラキラ輝かせながら振り返ると、少し困ったような、それでいてどこか優しいげなリアノンがいて、マイコールの頭を撫で続けてくれる。
二人を見守るエルーナは頬杖をつき、こぼれる微笑みを抑えきれない様子だ。
バルカンは無言のまま、ただひたすらに晩御飯をガツガツと掻き込んでいた。
和やかな時間は流れ、マイコールは名残惜しそうに最後のコリンパイを口へと運ぶ。
「……これで最後かあ」
スプーンをペロペロと舐めとり、切なげに呟いた。
「そのうち、また作りましょう。ねっ、リアちゃん」
「今度はもっと美味しくなるよう、がんばる」
両手を握り締め、リアノンはふんすと意気込んでいた。
エルーナは精霊にお願いをしながら、食器を洗っていた。
空中でふわふわ漂う水球に、順番待ちの皿が一枚入っては、小さな渦が生まれる。
そうして出来上がるのはピッカピカの皿だ。
「そういやあ、リアノンに頼まれてたもん。一通り手に入れてきたぞ」
「ホントに?」
「色が出せる木の実、太さが異なる絵筆が何本か……、あとは紙だな」
「大変だった?」
「絵筆だけがちょっとなあ。リアの手に合うものを考えてたら、ちょうど良さそうなのが見つからなくてよう……。結局、ブラスのおっちゃんに手作りしてもらったんだ」
「ブラスのおっちゃん?」
聞き覚えのない名前に、リアノンが首を傾げる。
「鍛冶屋で働くドワーフだな。仲良くなったんだ」
「ドワーフ……。おひげモジャモジャ……。やっぱりかたいのかな」
「んー、触ってねえから、なんともだけど……。強そうなヒゲだったぞ」
「おともだち増えて、良かったね。絵筆、ありがと」
ぎゅぎゅっとリアノンが身体を抱きしめてくる。
「絵筆の先端はなんと……、オイラの毛なんだっ! おっちゃんにも、すげえ素材だって褒めてもらったんだ」
「マイコーの毛? なるほど。だから背中の一部分が少し短いんだ」
「おお、さすがリア……。わかるんだな?」
「大切なモフモフの違和感。わたしが見落とすわけがない」
リアノンは誇らしげに言ってのける。
「絵筆、ますます楽しみ」
リアノンは穏やかに微笑み、マイコールの背中を撫でた。彼女の指が毛並みに沈み込む。
「……いつものモフモフに、ふわっと感がある」
「にゃはっ! 一生懸命に洗ったからな」
「このあたりのフニフニかつモフモフかつ、ふわっとするところ……、クセになる」
「うにゃん! く、くすぐってえよう!」
マイコールの横っ腹に手を添えて、リアノンはもふもふと撫でまわす。
「アニキ、念願かなって良かったじゃねえか」
バルカンが満腹になった腹をさすりながら言った。
「……あ、ルナの髪と同じ香りがする」
「どんな匂いだ?」
「少し甘い花の香りかな。おひさまの下で、お花を見つけたみたい……」
「なるほど。甘い匂いってのも重要なんだな。……だけどなんだろ? 自分でかいでみても、なんかピンとこねえなあ」
マイコールは尻尾を鼻に寄せてみた。
ふんふんと嗅いでみるが、どうにも香りが自分の匂いと混じっており、よくわからなかった。
そんなマイコールの様子を見ていたリアノンが、エルーナへと視線を滑らせる。そしてぽつりと一言、
「ルナの髪の匂いと同じ。かがせてもらえば、わかるかも」
「えっ?」
リアノンの提案を受けて、エルーナが振り返った。
「リアも同じ洗髪剤を借りてるんじゃないのか?」
「わたしが髪を洗うのは、エルーナの尻尾用のやつ――洗尾剤。そっちが合ってるらしい。ちょっと違う」
「尻尾と髪でも種類を変えてるのか。エルーナってば、すげえなあ」
確かに毛の質というのは、人によっても部位によっても異なる。そうなれば適応する道具も異なるのは、納得だ。彼女のフワフワは、そういう気遣いもあるのだろう。
「あと、わたしはまだ入浴してない。エルーナはさっき入ってた」
「そっかあ。洗いたての方が、香りやすいもんなあ」
たった今、リアノンが安らいでいた香りとは、果たしてどんなものか。これは成長のチャンスではなかろうか。
「わ、私の匂い……?」
「オイラ自身のだと、よくわかんなくてなあ。エルーナ……、試してみてもいいか?」
マイコールは期待をこめた眼差しでエルーナをみつめた。
「……ええと」
「あー、俺はちっとばかり涼んでくるわ」
そう言い残したバルカンが、家から出て行った。
「ちょっと待ってね」
エルーナが椅子へと腰をかけ、指先で髪を軽く整えた。どこか品がある仕草で、毛を整える参考にと魅入ってしまう。
姿勢を正して、膝の上に両手をやわらかく置く。
「……どうぞ」
そっと目を閉じるエルーナ。
「そんじゃ、ちょいと失礼して……。よっと……」
エルーナの髪へ顔を近づけた。
すんすん、と鼻をヒクつかせる。
「んっ!」
エルーナが短い悲鳴と共に、身体をわずかにこわばらせた。
「ごめんなあ、ヒゲが当たったよな?」
「い、いえ……。息が思ったよりもくすぐったくて……、少し驚いてしまったの。だ……、大丈夫よ……」
「そうかあ? じゃあ、続けるぞ」
ほわんと鼻をくすぐるのは森で咲く花々の匂い。何種類か混ぜているのだろうか。華やさと爽やかさが、ふんわりとやわらかく香る。
「リア、この香りかあ?」
「えっと……」
マイコーとは逆方向からリアノンが、エルーナへと近づく。
すんすんすん。リアノンが鼻を小さく鳴らしながら、確かめ始める。
「花のエキスが少なくとも二種類は混ぜられてるかなあ」
「わたしが伝えたかったのはこれに近い」
エルーナは両側から顔を寄せられて、固まってしまった。
「あなたたち……、そんなに嗅がないで……、くぅ……ん……」
「だけど……、なんだろう……すんすん……。甘い香りがもう一つある……すんすん……。さっきのマイコーよりも、すごいかも……」
「にゃんだって!? どれだ……すんすん……。どの匂いのことだ……すんすんすんすん……」
「むむっ。このあたり……、特にわかりやすい」
リアノンに導かれてたどり着いたのは、エルーナのうなじだった。
金の糸を思わせる繊細な髪。その隙間から覗けるのは、絹のようなしっとりとした肌である。
リアノンがそっと息を吸い込むと、ほっとした顔になっていた。
マイコールはゴクリと唾を飲み込み、意を決して鼻先を近づける。
ほのかに漂うのは、どこか懐かしい甘い匂い。
「ミルクみたいな……、赤ちゃんの匂いに似てる」
「うん。オイラの弟がちっちゃい頃に、こんな匂いだった気がする」
そこに先ほどの、ほのかに甘い香りも加わる。
ホットミルクに口をつけたら、鼻を抜けていく甘い気配。そんな光景が自然と浮かんできた。
なんだかあったかくて、安心する感覚に思わず身をゆだねたくなる。
「あ……う……」
エルーナは息を呑んだ。
二人の鼻先をかすかに感じるたび、エルーナの身体は揺れる。本来ならば透き通るように白い肌が、恥らいで薄く染まっていることにマイコーは気づかない。
それでもエルーナは逃れようとはせず、小さく息を整え、そのまま動かずにいた。
*´꒳`ฅにゃはっ!
読んでくれてるみんな。感謝だぞ。
楽しんでくれたら、ブックマークや感想を
もらえると嬉しいなあ。




