第十九話 光剣のジェルダン
地下へ降りる石段は、いつもより長く感じた。
冒険者ギルドの地下にある修練場。いつもなら初心者や昇格試験であふれている。
地下修練場に足を踏み入れると、中央には大きな正方形の闘技場があった。
床の材質は石であり、幾度となく繰り返された冒険者たちの生き様が、床への傷跡となって刻まれていた。
冒険者ギルドにいた面々のほとんどが、戦闘見学にやってきたのだろう。闘技場の周りが賑わっていた。
「なんか、やっかいなことになったなあ……」
にゃふう、と溜息を漏らす。
どっちが強いとか、正直どうでも良い。断りたかったぐらいだ。でも、なぜか戦いを拒否できる間がなかったように思える。
「アニキの戦いみるのは、グレイウルフ以来だな」
毛がチリチリしそうなほど、熱い眼差しを向けてくるバルカン。
てっきりシェリルと言い争いを続けるかと思えば、交流試合が決定してからは、お互い大人しいものだった。
「ん……、いねえのか……」
そもそもパッと見た感じ、シェリルの姿が見当たらない。あの騒ぎようだと、真っ先に見学へ来そうなものだが。
「アニキの戦いっぷり、しっかり見させてもらうなっ」
バルカンの声援を背に、ジェルダンの待つ闘技場の中央へと進む。
「武器らしいものが見当たらないが、もし必要なら用意するのを待とうか?」
「うんにゃ、問題ねーよ。オイラの武器はこの肉球と爪だからなあ。ジェルダンこそ、いいのか?」
相変わらず、武器らしいものは見当たらない。
「試合が始まってからの、お楽しみとしておこうか。それにしても肉球が武器? 随分と愉快な言い回しだね」
観客たちの期待と興奮で、闘技場が熱気を帯びていく。
ここまでくれば面倒という感情は一度捨て去り、相手にだけ集中をする。
交流試合とはいえ、油断は禁物だ。
万が一にでも自分が死ねば、誰がリアノンに寄り添えるというのか。
マイコールは軽く身体をほぐす。
最後に四つ這いとなり、お尻を高く上げて背筋を伸ばした。
準備運動を終えたところで、わずかに腰を落としジェルダンに対して半身の構えを取る。
ジェルダンは自然体で立ち、視線だけはこちらへ向けていた。
決着は降参、場外、戦闘続行になった時。
開始を告げる金貨が、ギルド職員の指に弾かれ宙を舞う。
――床で跳ねる刹那。
マイコールが選択したのは、不可視ともいえる速攻。
金貨が鳴った。
そう認識する思考の揺らぎ。
石床で跳ねる音が観衆の耳に届くよりも疾く。
柔らかな毛並みの猛獣が、ひとっ飛びで間合いを喰らい尽くした。
空中で足を一閃。相手に驚く間すら与えず、顎先を打ち抜く。
意識を刈り取る、それが叶わなくてもよろけさせれば、その隙につけこみ次の一手を繰り出せるはずだった。
マイコールの狙いは、しかし――。
ジェルダンは、動かない。
互いの呼吸音さえ聞こえる距離で、戦意を失わない彼の瞳がマイコールを鋭く捉えた。
生み出されるはずだった隙など、砂の一粒ほどもない。
むしろ隙だらけなのは、未だ地面が遠いこちらのほうだ。
ジェルダンが瞬時に手を振り上げる。
天高く掲げられたジェルダンの両手に、渦巻いた光が質量となって集約していく。
それは――光剣。
マイコールの足が石床に着くよりも速く、無慈悲に振り下ろされる。
脳天をかち割る軌道だ。
爪を強化して弾く? いや、爪で受けられる硬さなのか?
わからない。
ゆえに避ける一択。しかし、足の踏み込みは間に合わない。
ならば――。
尻尾を横薙ぎに払った反動で、強引に身体をひねり上げた。毛の数本が光剣に焼き切られ、石床が抉られた。
大切な毛を傷つけられ文句の一つでも言ってやりたいが、そんな余裕はない。
「にゃっ、ほっ、はあっ!」
光剣が煌き、上下左右、あらゆる角度から襲いかかってくる。
考えている暇もない。獣のしなやかさでひたすら躱す。
跳んで、逆立ちして、地面に張り付いて。光剣の軌道を縫うようにして逃れていく。
反射の綱渡りに身体を託しながら、相手を俯瞰的に捉える。
光剣の間合いを、わずかな筋肉の起こりを、眼球の動きを、情報として溜め込んでいく。
――よしっ、ここだっ!
ジェルダンが右足を踏み込み、放たれる横薙ぎの一撃。
直後に必ず瞬きほどの身体の硬直が生まれる。
連続する光の奔流。そのわずかな隙間にマイコールは躊躇なく踏み込んだ。
ジェルダンの股下へと滑り込む。背後へ回り込みながら、尻尾を足に絡めて一気に引き寄せた。
ジェルダンは転倒せずに耐えた。前傾に傾きながらも身体の均衡を保っていた。
今だとばかりに、両手の肉球に強化術を発動させた。
プニモフ拳は、肌に叩き込む必要がある。
狙うは一点――肌が露出してる首筋のみ。
「うにゃあああっ!」
肉球連撃が炸裂する。
連続で押し付けられる癒しの感触に、ジェルダンは抵抗する様子もない。それどころか一言も発さなくて……。
違和感を覚える。反応がない? それはおかしい。強化した肉球を受ければ、気の抜けた声が漏れる。
それがプニモフ拳だ。
だが、なんの反応もない。
おもわず後方に大きく跳躍して、ジェルダンと距離を取る。
これまでのことを振り返る。
初撃においては、相手を叩いた感触が確実に残っていた。だというのに、全く意にも介さず冷静に対応をされた。今の肉球だって間違いなく肌を捉えていた。
「マイコール君の攻撃は、……軽いね」
ジェルダンが、フッと笑う。
「おめえが硬すぎるんだろ?」
プニモフによる一撃は、癒しの特異性が効かなければ、撫でているようなもの。
威力など望めるはずもなかった。
「どうかしたのかい?」
ジェルダンに一歩踏み出され、マイコールは自然と一歩下がった。
「もう……、終わりかい?」
「あー、ちょっとなあ。考え中だぞ」
ジェルダンには何かがある。だが、予想もつかない。闇雲に前に出て、どうにかなるのか。
肉球での制圧が困難となると、交流試合での決め手に欠ける。爪でも、傷をつけられるのかは謎だ。
「さて……」
ジェルダンが片手を軽く挙げると、宙に五つの光源が生み出される。一つ一つが形を構築し、瞬時に出来上がったのは、
「五個もつくれんのかあ……」
ジェルダンの光剣と、完全に同じものが宙に浮く。
「うにゃあ……、すっげえ面倒な予感がするなあ……」
ジェルダンが手を突き出す。指先をわずかに動かす。
同時に踊り掛かってきた五つの光剣。
ジェルダンの一撃には劣るが、連携がいやらしい。
避けても避けても、光剣の連撃は止まらない。指と糸で繋がっているかのように、洗練された連携で攻めてくる。
逃げの一手では、やがて毛先が削り取られる。モフモフ的に死活問題である。
マイコールの判断は早い。
マナを反射と硬さの強化として練りこむ。魔脈を通して、一気に両手の肉球へ押し込んだ。
迫り来る光剣の一本を見据え、軌道を見切ってから肉球を突き出す。
ぷにゅんっ!
光剣がジェルダンの意図せぬ方向へ弾かれていく。
反射肉球。黒竜の尻尾すら凌いだ肉球の弾力は健在である。
「……くっ」
ジェルダンの右手に力が入る。荒々しい光剣群がマイコールへ肉迫するが、
ぷにゅぷにゅぷにゅんっ!
両手の肉球に伝わるのは軽く弾く感触のみ。
光剣の軌道を正確に読み、肉球への入射角を微調整して弾き飛ばす。そして次に迫る光剣の軌道に衝突。
経験の蓄積が、加速度的に精度を向上していく。
ジェルダンのこめかみに流れる一筋の汗。
五つの光剣を制御することに集中している。
そこにさらなる負荷をかける。
マイコールは前へ踏み込んだ。
あえて光剣との距離を潰す。
光剣を叩き、蹴り飛ばし、肉球の弾力にて四方八方へ蹴散らす。
美しさすらあった光剣の隊列は、今や見る影もない。
作り出した隙の糸。
刹那、マイコールは身体を弓のように反らせ――縦回転の勢いを尻尾へ集約。
しなる一撃が轟音をたずさえ石床を破壊し、
いくつかの石片をはね上げる。
吹っ飛ばすのに程よい高さ、手数としても程よい量。
狙いを定める。
肉球にしなやかな弾力を宿し、石片の一つ一つに狙いを定め、正拳突きを解き放つ。
勢いと弾力の相乗効果。拳大の石片が空気を引き裂く。
一つや二つではない。
暴力の移動砲台と化したマイコールが、矢継ぎ早に連射していた。それも微細な回転まで加えて。
生き物のように暴れまわる石々が、我先にとジェルダンへ迫る。
ただの石がジェルダンに効くとは思っていない。
剣の技量からするに粉砕されるだろう。
しかし、数は力である。
これだけの量の石が粉々になって舞えば十分嫌がらせになる。躱せばその隙を狙える。
だが、その予想は、ことごとく外れていた。
ジェルダンの選択は迎撃ではない。
かといって回避行動でもない。
瞳を閉じ、石のつぶての雨あられに晒されるジェルダン。光剣を腰の位置に構え直し、膝を曲げて重心を落とす。
大地に根を張る、大樹を連想させる姿。
ジェルダンの狙いを見抜くため、マイコールは観察を続けた。
両足で石床を踏みしめ、身体を固定している。素早く接近するには向かない構え。
腰に構えた光剣から放たれる輝きが、徐々に強まっていく。
不動の構えで溜め込んだエネルギーを、一気に爆発させるための動作に違いなかった。
どでかい圧を感じ、マイコールの背中の毛がぶわっと逆立つ。
初見では威力の想像もつかない。
避けるしかないのだが。
ジェルダンの口角がわずかにつり上がったのを、マイコールは見逃さなかった。
何を狙ってる? ジェルダンの瞳に宿るのは、獲物を狙う狩人の気配……、こちらを見て……、いや、見ていない?
かすかな違和感。彼の視線はマイコールよりも遠くを見据えており――。
「おいおい……、あいつ、性格わりーぞ……」
マイコールの背後。その直線上にバルカンがいた。マイコールを押していた他の冒険者たちも、そこで観戦している。
「シャイニング――」
光が渦巻く剣は、
「あ、くそっ!」
「スラッシュッ!」
バルカンたちに離れろと叫ぶ寸前に、解き放たれる。
横薙ぎに振り抜かれた光剣。
考えるよりも早く、マイコールは床を蹴った。
飛ぶ斬撃の軌道に身体をねじ込む。そうでもしなければ、何も出来ずにバルカンらが餌食になっていた。
弧を描く閃光が、視界を塗りつぶすまでの一瞬。
全身の毛、その末端まで一気に強化をぶっこむ。しなやかなのに強靭な硬さを宿すという矛盾。それも一本や二本ではない。密集した毛により、衝撃をどっしりと受け止める。
準備は刹那に整った。
モフ防壁が、閃光を迎え撃つ。
「もってくれよっ、オイラのモフモフッ!」
必殺として放たれた斬撃は、マイコールの上半身の服を吹き飛ばす。
だが、モフモフは切り裂けない。
どんなすごい技も、注ぎ込んだマナを使い切れば消滅する。
威力と硬さ。軍配はモフ防壁にあがっていた。
だが、強い想いを込めても、止められない。空中で受けることを、強いられたから。
マイコールを狙ったと偽装し、かつ絶妙な高さの斬撃。
凄まじい技量であり、これほど効果的な嫌がらせもない。
足爪を床に引っ掛けられれば、斬撃を押さえ込み、散らすことも出来たのだが。
飛ぶ斬撃に、身体が押し流されていく。ジェルダンが薄く嗤っているのが眼に付いた。
だが、マイコールとて無策で突っ込んだつもりはない。
空中で自由が効かないのは想定内。確かに自分だけではどうにもならないが――。
「オイラを掴めっ、バルカンッ!」
斬撃がバルカンを通過しようとするならば、その軌道を見極めさえすれば、必然たどり着く。
あまりの展開に呆然としていたバルカンであったが、マイコールの声で我を取り戻し、眼を見開いた。
バルカンの豪腕がマイコール越しに斬撃を受け止める。
土煙を撒き散らしながら地面を滑っていくが、バルカンは姿勢を崩さない。
おかげでモフモフが光撃を散らす条件が整った。
「うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
二人の咆哮が重なり合い、そして――。
力を使い果たした閃光は、輝く塵となって霧散した。
「はぁっはぁっ!」
バルカンは全身汗でびっしょりだった。
「にゃふう……。助かったぞ、バルカン……」
マイコールはバルカンの手から飛び降りる。
緊張感を振り払うべく、首から尻尾までをプルプルっと震わせた。
一連の攻防は、皆からすれば驚愕の連続だったらしい。唖然と立ち尽くしていた。
しかし、ようやく決着がついたのだから、早く勝敗を明確にしてもらいたい。
「おーい、審判係のにいちゃん。もう終わりだぞ」
「は……、え……?」
「オイラのいる場所……、よく見てくれ」
審判役のギルド職員が締まりのない顔で、マイコールの足元を眺めた。闘技場の外にいることを確認して、ハッとする。
そうしてジェルダンへと手を掲げた。
「……場外によりマイコールさんは負けとなります。勝者・光剣のジェルダン」
何人かの冒険者が腑に落ちた顔をする。
歓声が上がるわけでもなく、誰かがなんとなく始めた拍手が、パチ……パチ……と虚しく響くだけだった。
「ジェルダンさんが勝ったな……」
「そうだな。確かに勝敗はついたけど……」
「なんつーか、勝ち負け以上のもんがあったな」
そんな感想のやり取りが、ぽつりぽつりと始まっている。
勝者であるジェルダンは闘技場の上で、だらりと垂らした手に光剣を握りながら、こちらへと視線を向けていた。
一見すると戦い疲れたようにも見えるが、刺すような闘志が衰えてない。
「バルカン、さっさとこっから逃げよう」
バルカンの肩へと飛び乗るマイコール。
「逃げるってなんだよ?」
「また何を言われるかわかんねーもん。ほらほらっ」
バルカンに肩車をしてもらいながら、尻尾でぺしぺし背中を叩く。
「大事なもん回収したら、リアのところへ戻るぞ。それ出発だっ!」
「こらっ、アニキっ! 尻尾で叩くなっ! 俺は馬じゃねえぞっ!?」
文句を言いながらも、バルカンは力強く駆けていく。
「絵筆を回収して全力で戻れば、夜には家に着くだろ。きっとリアが寂しがってるからな~、大喜びで迎えてくれるぞ」
ぎゅっと抱きしめてくれるリアノンを想像すると、マイコールの尻尾は自然と揺れるのであった。
*´꒳`ฅにゃはっ、たまには後書きに出てみるぞ。
物語もついに20話分だなあ。
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