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第十八話 S級冒険者

「今日の昼過ぎには、絵筆が出来るんだよな。にゃふふ、楽しみだなあ」


 マイコールは頭の後ろに手を組んで、ギルドを目指していた。


 盛り上がった、ブラスのおっちゃんとの話し合い。

 寡黙だが真剣なおっちゃんと、あれやこれやと盛り上がった。


「バルカンと合流して、飯食って……、おっちゃんの店に行く流れかなあ」


 道行く人たちの隙間を、するすると抜けるマイコールの足取りは軽い。

 リズムよく揺れる尻尾からは、ルンルンと聞こえてきそうだ。

 周囲の人たちが、優しい眼差しを向けてくる。


「にゃ? なんか、人が集まってんな」


 ギルドの建物が見えてきたところで、冒険者たちが目に付いた。扉の外から、屋内の様子を伺っているようだ。


 耳に意識を集めてみれば、にわかに喧騒が聞こえてくる。


「なあなあ、こんなところで、どうしたんだ?」

「あっ、マイコールさん! ちょうど良かった! ギルド内が大変なんですっ」


 動揺している男の横をするっと抜けて、中の様子を覗き込んでみる。


「だからっ! ちゃんと並べって言ってるだけだろ?」

「ジェルダン様を待たせようっての? バカじゃない? あんたらとは時間の価値が違うんだから、譲れって言ってるのよっ!」


 見慣れた面々が対峙して、揉めているようだった。


 片方はバルカンを始めとした、筋肉隆々の面々だ。

 宿屋の飲みでも見かけた数人の冒険者もいて、バルカンの訴えにうなずいていた。


 もう片方は……、おっちゃんの店で見かけた赤毛の女だ。

 今日は仲間連れらしく、四人の女冒険者と、妙に目立つ男を連れていた。


 一言で表現するなら『輝いている男』だろうか。


 金髪だけでなく、存在がキラキラしている。薄い緑色の瞳には、余裕が漂っていた。

 白銀の甲冑はシンプルでありながら風格があり、赤いマントをまとう姿は騎士団長とでも呼べそうだ。


 一つ気になるのは、武器らしいものが見当たらないことか。


「まーた、揉め事かあ? ミルク飲むと怒りにくくなるらしいぞ。オイラが奢ってやろうか?」

「アニキっ!」

「ああっ! あの時の駄猫っ!」


 ぽてぽてと歩いてバルカンの前に立つ。

 赤毛の女は穴でも開けそうな眼力で、こちらを睨みつけてきた。


「バルカン、なにがあったんだ?」


 振り返らずに尋ねる。


「こいつ、受付の列が出来てたとこにやってきて、先頭に割り込みやがったんだ。さすがにありえねえと思ってな。やめろって口出したんだよ」

「並んでないあなたには、関係ないでしょ? それなのに突っかかってくるなんて、性格悪いんじゃないの?」


 赤毛の女が鼻で笑う。


「ああんっ!? 見てると気分が悪いんだよっ!」


 二人の視線が交錯する。火花でも散りそうな雰囲気だ。


「そんなに急いでたのか? 腹が痛いとか……」


 マイコールが顎に肉球を当て、首を傾げる。


「な……。体調は万全よっ!」


 赤毛の女が目を剥いて反論してくる。


「そしたら、少し待てばよくないか? こんぐらいなら、すぐに回って来そうだけどな……」

「だ、だからっ、あなたたちとジェルダン様の時間の価値は違うのよっ! 順番がすぐに来るっていうなら、それこそ譲りなさいよっ」


 ジェルダンと名前を呼ぶとき、背後にいた男の様子を伺うように、赤毛の女はちらりと視線を送った。


「もしかして……、そこにいるのが、ねえちゃんが『強くて偉い』って言ってた、にいちゃんかあ?」

「そうよっ。あちらにいる方はね――」


 赤毛の女は胸を張り、仰々しく手を差し伸べて言った。


「S級冒険者『光剣のジェルダン様』なのよっ」


 女の声が高らかに響く。

 ギルド内がざわついた。


「S級だって!?」

「実在したのかよ……」


 だが、その熱はすぐに揺らぐ。

 互いに目配せし、肩をすくめる冒険者もいる。


「な、なんなのよっ! S級よ? もっと驚きなさいよっ」

「いや……」

「S級なら、ここにもう一人いるしな」


 ざくり、とバルカンの視線が刺さる。


「おーい、バルカン……。そりゃ……さすがに……」


 マイコールが目を細めて、抗議の視線を送る。


 気安く人の情報を話すなと暗に伝えたのだが、すでに意味のないことだった。視線は嫌というほど向けられていた。


「と、虎猫族が?」

「なんかの間違いだろ?」


 おまけにマイコールの反応で、察する者が他にも現れる。


「ま、まさか……。あんたみたいなチンチクリンの駄猫が……、S級だって言うの?」

「あー……、まあ……、一応そうなんだよなあ」

「「「えええええっ!?」」」


 最近良く同じ反応をされるなあと、マイコールは苦笑する。

 虎猫族というのは、余程弱々しく見えるらしい。


「一応、自己紹介しとくかあ。S級冒険者で……、えーと? ラッコのマイコールだっけ?」


 光剣のなんちゃらと紹介をしていたので、同じ流れにしてみたが、いまいち思い出せない。


「アニキ……。雷虎だろ?」


 バルカンが気を利かせて、そっと囁いてくれる。


「オイラ、雷虎のマイコールって言うらしいぞ。よろしくなあ」


 勝手にギルドから通り名をつけられたのだが、なんだかパッとしない呼び名だ。

 いっそのこと、モフモフのマイコールなら覚えられるのに。


 驚きで声が出ないのに、ぱくぱくと口を動かす女の姿は、魚が餌を食べているのにソックリだ。


「まあ、話を戻すけどよ……、あんまり生き急いでもしょーがねえだろ? のんびり待つのもいいもんだぞ」

「同じS級でもねっ、あんたと違って忙しいのよ! ジェルダン様は――」

「シェリル、もういいじゃないか」


 赤毛の女はシェリルと呼ばれ、ビクリと身体を震わせた。


 輝いている男――ジェルダンが赤いマントをたなびかせて歩く。洗練された動きでシェリルへと歩み寄り、ふわりと抱きしめた。


 受付嬢の方から「きゃあ~」と黄色い歓声があがる。


「僕のために一生懸命な君は、とても愛おしく思うよ。いつも、ありがとう」


 爽やかな風のように、よく通る声だった。


 淀んでいた空気が流され、その場にいた者たちの耳を傾けさせる。

 空気がわずかにやわらぐ。


「だけど、S級冒険者とは、他の冒険者の模範となるべき存在だ。たとえ一刻を争う状況だろうと、無理を押し通そうとしてはいけない」

「……は、はい。わ、わかりました、ジェルダン様」


 シェリルは顔を伏せてから、返事をしていた。


 さっきまでの勢いが、すとんと落ちた。さっきまでの赤毛の女と、本当に同じだろうかと思えてしまう。


「みんな、騒がせてすまなかった。妻の一人が体調を崩していて、少しでも早く顔を見に行ってやりたかったんだ」


 華麗に振り返ると、赤いマントがたなびく。思わず目を引かれる。


「それを知っていたシェリルが、僕のためを思って行動をしてくれたんだ」


 ジェルダンは穏やかな笑みを浮かべ、そう言った。

 その声音には一片の嘘も感じさせない、誠実さがあった。


「しかし、命に関わる状況ではないのは確かだ。僕らも冷静な対応をすべきだった。先頭にいた君にも、改めて謝罪しよう」


 手を胸に、そっと添えて。


「不快な思いをさせて申し訳なかった」


 ジェルダンは流れるように、お辞儀をしてみせた。 


「そんな事情があるなら、まあ……」


 一番の被害者だった、列の先頭にいた冒険者がそう呟いた。

 今までの雰囲気が、ひっくり返る。

 よどんだ空気が、一気に清涼なものへ傾いた。


「……当事者が納得すんなら、俺だって文句はねえよ」


 バルカンも怒りの矛先を収めていく。


「っていうか、聞き間違いじゃなけりゃ、妻の一人って言わなかったか?」


 バルカンの問い掛けに、ジェルダンが爽やかに頷く。


「僕には六人の妻がいる。この子達四人、そしてシェリルもその内の一人さ」


 ジェルダンの紹介に合わせて、シェリルを含む五人が丁寧なお辞儀をしてみせた。


「マジかよっ! 一人じゃなくて六人と重婚だとぉ!?」

「これがS級の力ってことかっ」


 なぜか恥ずかしそうに、こそこそと話している冒険者たち。


「あの娘が一番だな」

「いや、俺はあっちのほうが……」

「気の強そうな赤毛……いいよな⋯いいよな……」


 女っ気のない冒険者からすれば、羨望の的なのは間違いない。


 笑みを深めているジェルダンが、マイコールの視界に映る。

 しばらく眺めていると、相手も視線を送ってきた。


 ジェルダンは薄く綺麗に微笑んだ。


「随分と綺麗な面子じゃねえの。羨ましいことで」


 毒気の抜かれたバルカンが、いつもの調子を取り戻す。


 ジェルダンの妻の話題が広がっている中で、バルカンが話しを振ってくる。


「アニキもS級なんだし、これぐらいモテるんじゃね?」

「いやあ。オイラは無理だろ~。モテるのはS級云々じゃなくて、ジェルダンが格好いいからだろ?」

「俺が女でどっちか選べって言われたら、間違いなくアニキを選んでるぜ」

「バルカンが女か……。バル子ってとこか?」

「ぎゃははっ! なんだよそれっ」

「にゃはは、バル子からの熱い想いをありがとよっ」


 妻とは関係ない話で盛り上がる二人。


「まあ……、ムカつくほど顔が整ってんのは間違いねえな。どっかの王子って言われても違和感ねえぜ」

「王子様に憧れる女子は多そうだなあ……」


 受付嬢たちからジェルダンへ向けられる視線は、どこか熱を帯びていた。


「王子とは、過分な評価で恐れ多いことだよ」


 颯爽と歩み寄ってきたジェルダンが、微笑みを向けてくる。

 誰に放った言葉かと思えば、彼の眼差しはマイコールへと向けられていた。


「マイコール君、だったね? 同じS級冒険者同士、よろしく頼む」

「お~、よろしくなあ」


 マイコールは握手のために手を差し出した。


 一瞬の沈黙。


 ジェルダンは微笑みを崩さぬまま、すっと右手を差し出してきた。

 肉球には硬い握力が伝わってくる。そしてすぐに手を離した。


「六人も奥さんがいるんだろ? ジェルダンはすげえなあ」

「幸いなことにね。美しい彼女らが尽くしてくれることに、感謝しなければならないね」

「ありがとうって気持ちは大事だよなっ。それにしても、確かに綺麗なねーちゃんばっかりだな」


 マイコールの言葉に、バルカンが妻たちを一瞥して、最後にシェリルへ目を留めた。


「この中では、あのシェリルってのが一歩リードって感じか。確かに美人だとは俺も思うぜ。ただなあ……」

「ただ? どうしたバルカン?」

「さすがにエルーナには敵わねえっつーか……」


 シェリルから興味を失ったバルカンが言う。


「あのなあ、バルカン。見た目で優劣を勝手につけるのは、あんま良い趣味じゃねーと思うぞ」

「だけど、アニキだってそう思うだろ? ぶっちゃけ、エルーナで眼が肥えちまって、娼館の女たちに、いまいちピンってこなくなっちまった……」

「しょうかん?」


 聞きなれない言葉に、マイコールは首をかしげる。


「ああ……、なんでもねえよ。ははは……」

「まあ、エルーナがすげえ美人ってのは、確かにそーだな。だけどオイラにとって一番可愛いのはリアだからなっ! これだけは、ぜったいに変わらないぞっ」


 マイコールの言葉に、バルカンが顎を撫でながら考える。


「確かに、リア嬢ちゃんも存在感あるな。可愛さなら、そこらの女にも負けねえな」

「にゃはは~、バルカンもだいぶわかってきたなっ」


 くだらない話でバルカンと盛り上がっていると、一瞬だがひやりと冷たいものを感じた。振り返ってみても、柔らかな笑みのジェルダンが目に入るだけ。


「アニキ、どうした?」

「いや? なんだろ、カゼでも引いたんかな?」

「熱でもあんのか? ……モフモフがもとから温かくて、よくわかんねえや」

「うーん……」


 マイコールは鼻をこすってみるが、鼻水の一滴すら出てこない。


「君の仲間にも素敵なお嬢さんたちがいるようだね。それは何よりなことだ」


 ジェルダンが話に踏み込んでくる。


「まあなあ……」

「どうだい、マイコール君。今度、互いのパーティー同士で交流をしてみるのはどうだろうか?」

「交流?」

「S級同士の僕らでしか、分かり合えないことを語り合い、女性同士も親しくなる。素晴らしい夜になると思うんだ」

「そーだなあ……、機会があればなあ」


 リアノンに女友達が増えるのはいいかも、と考えがよぎる。

 しかし、手放しで話に乗る気分にはなれなかった。


 ジェルダンは人当たりが良く、思わず距離を縮めたくなる雰囲気がある。整った顔立ちで、わずかに浮かぶ笑みのおかげだろうか。


 でも、どうしてだろう。


 その瞳は、どこか無機質な感じがした。


「なあ……どっちが強いんだ?」


 誰かの素朴な一言が、火種になった。

 視線が一斉にS級二人へ向き、ざわめきが「勝負」の形を取りはじめる。


「そりゃ光剣だろ」

「いや、雷虎だ」


 あっという間に、空気が見世物へ寄った。


「そんなものジェルダン様に決まってるじゃないっ!」

「当然、アニキに決まってるだろっ!」


 シェリルとバルカンが、がうがうと噛み合う。

 周りは止める気もなく、どこか楽しそうに見ている。


「二人とも、落ち着きたまえよ」


 ジェルダンの声が落ちた。

 それだけで、吠え合っていた二人の喉が止まる。


「強さは一つじゃない。相性もある。場所もある。体調もある」


 穏やかな口調。けれど、誰も口を挟めない。


「だから、言い争っても答えは出ないよ」


 そう言ってから、ふっと笑う。


「……もっとも。言葉だけで収まるなら、君たちも冒険者をしていないだろうね」


 視線が、マイコールに刺さる。

 笑みは柔らかいのに、瞳が笑っていない。


「僕自身も、君が気になる。どうだろう、マイコール君」


 ギルドの空気が、期待に傾く。


「交流試合という形で、互いの研鑽を高めよう。皆の学びにもなる」


 小さな興奮が波になって広がっていく。


 面倒だなあ、と言える隙がない。


 さっきまで足元にあった床が、すっと消えた気がした。

 皆が「決まりだ」と笑うほど、マイコールの背中だけが冷える。


 交流試合――その言葉が、もう決定事項みたいに転がっていく。


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