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第十七話 おっちゃんと絵筆

 太陽が真上に差し掛かるころに、冒険都市サヴァランへとたどり着いた。


 冒険都市へと入るため、門に並ぶ人々がいる。

 剣を腰に携えた冒険者、荷馬車と商人にその護衛、旅人風の者たち。

 先頭では門の通行に必要な身分証明を差し出している。


 膝に手をついて息を弾ませるバルカン。

 今にも身体を地面へ投げ出したいだろうに、耐えている。

 遠慮なんか水くせえとマッサージを申し出るも、即答で断られてしまった。


 ようやくマイコールの検問の番となり、冒険者ギルドカードを差し出す。特に問題もなく都市へ入ることができた。


 冒険都市というだけあり、行き交うのは武器や防具で身を飾っている人が多い。正門から続く冒険都市の本流の道は、呼び込みの声や鎧や剣が擦れ合う金属音であふれている。


「バルカン、よーく頑張ったな。途中で交代も覚悟してたけどよ、やりきるなんて大したもんだっ」

「何回も諦めかけたけどよ。アニキに近づくためには、やるしかねえと思ってな」


 呼吸こそ整ってきたが、疲労のあまりバルカンが老け込んで見えてしまう。


「バルカンは、まず仲間を探しにいくか?」

「それもあるし、……マリアんとこにも顔ださねえとなあ」

「まりあ?」

「いやっ、なんでもねえよ。とりあえずは一旦、別行動で頼むぜ」

「わかったぞ」

「それよりも、アニキはどうするんだ?」

「雑貨屋にいくかなあ。リアに頼まれたものを買わないと、がっかりさせちまう」

「そんじゃ明日の昼頃に、冒険者ギルドで落ち合うって感じでいいか?」

「よーし、そうするかあ」


 各々の目的のために一度離れることにする。木の実がつまった袋はバルカンが預かってくれるとのこと。


 バルカンが人ごみに紛れ、見えなくなるまで見送ってから、道行く冒険者に雑貨や道具の店について聞き込みを始めた。

 そうしてたどり着いたのは、大通りに面した道具屋だったのだが、


「たくさん絵筆があるけど……、これだっ! って感じにならねーんだよなあ」


 マイコールは耳の付け根をかいた。


 リアノンの手のサイズを思い出すと、置いてある筆はどれも少し大きい。かといって子供用だと毛質が良くない。

 大通りで二番目の店や、脇道を逸れたところにある店も回ってみるが、どれも似たり寄ったりだった。


「リアにピッタリとはならねーけど……。仕方ねーのかなあ……」


 マイコールは頭の後ろで手を組みつつ、細い路地をぽてぽて歩いていた。


「うにゃ? ここどこだっけ?」


 考え事をしながらうろついていたので、わからなくなってしまう。まあ賑やかな方へ進めば、どこかの通りに戻れるのは間違いない。


 両耳をピンと立てる。


 すると雑踏の音に紛れて、小さいが金属を叩く音も聞こえてきた。


「剣でも叩いてる音かあ? ……あっ、そっか」


 良い考えが思いついて、思わず肉球同士を叩き合わせる。


「欲しいと思える物がねーなら、作ればいいよなっ。鍛冶屋って木剣があるし、もしかしたら頼めるかもな」


 どこの鍛冶屋でお願いするか?

 この場で悩んでも仕方ないので、行動あるのみ。とりあえず金属の音がする方向へ行くことにした。


 たどり着いたのは路地の奥に、ひっそりと佇んでいる店だった。建物全体に年季を感じられ、店の看板も古すぎて文字が掠れている。


「はいるぞー」


 店内へ入ると煤けた木の匂いと、むわっとした空気がマイコールを包んだ。


 壁には武器が数本飾られている。だが、それ以外は大樽が数個あって、無造作に剣や槍や斧が詰め込まれていた。

 樽ごとに種類を分けることすらしていない。


 店舗と鍛冶は共用である。入口から見える炉の近くで、店主であろう人物がハンマーを振り下ろしていた。


 カンッ! カンッ!


 力強く燃える炎のそばで、赤く熱を帯びた剣を叩いている。その度に火花が散る。マイコールはしばらく目が離せなかった。


 店主はドワーフだった。

 ハンマーを下ろす合間に一瞥されたので、来客に気付いているはずだ。

 それでもまったく相手にしようとしない。


 ――おっちゃん、かっけえなあっ!


 仕事の邪魔をしてはいけない。

 喉元まで出掛かった言葉を、心の中で叫んでおく。


 仕事に一心に向かい合うドワーフの後ろ姿に、山のような力強さを感じる。

 これが職人というやつなのだろう。


 ずっと見続けていたいが、当初の目的を忘れてはいけない。


「おっちゃん、武器を見せてもらうな」


 声掛けは最低限に止めておく。


 ドワーフは返答をしなかった。しかし、拒絶もしなかった。

 問題があれば声が掛かるだろうと思い、店内を物色させてもらうことにする。


 筆の作成をお願いする前に、木剣を眺めたかった。

 そうすれば木の加工技術がわかるかもしれない。


 大樽に所狭しと突っ込まれた武器の数々。

 どれも刀身の輝きや武器の曲線の滑らかさに目を奪われる。それは店主の技量の高さを表していた。


 そんな中から、一本だけ木剣を見つけることができた。


「うにゃあ……、すげえなあ」


 一見すると、ありふれた木を削って作られたように思える。

 しかし、おそらくは違う。剣に触れた時の強度が、生半可な材質ではないと訴えかけてくる。

 木そのものに命が宿っているかのような気配。


 この感覚は過去に体験したことがある気がした。


「……霊樹、か?」


 カンッ…………。


 わずかも途切れることのなかった、ハンマーの音色が聞こえなくなった。


 振り返ると、ドワーフと視線が交錯した。ゆっくりと立ち上がり、マイコールのすぐ側まで近づいてきた。


「ボウズ、それがなんだか、わかんのか?」

「お、おお? むかし触ったことがある霊樹って木に、触り心地が似てるなあーって……。おっちゃん、あってる?」


 ドワーフはもっふるした髭を撫でながら、何かを考えているようだった。


「話ぐらいはきいてやる。どんな用件だ?」


 表情の変化も乏しく、言葉少なめのドワーフに、どこかリアノンの影が見えて、可愛いなあと思ってしまう。


「オイラ、大事なやつに絵筆をプレゼントしたくてさ……。あちこち見て回ったんだけど、いいのがなかったんだ。そしたら作ればいいかなーって考えて、おっちゃんの店にたどり着いたんだ」

「鍛冶屋のワシに、絵筆を作れと?」

「やっぱ、ムリか?」

「ワシは鍛冶以外の技術も学ぶべきと考えた時期があった。ゆえに知識も方法もわかっている」

「じゃ、じゃあ!」

「だが断る。学んだのは技術として知るためだ。鍛冶屋の仕事として受けるためじゃねえ」


 ドワーフは、力強く、淡々と話す。

 腕を組んだまま動かないドワーフは、絶対に首を縦に振らないだろう。


「そーだよな……。おっちゃんの言うことは最もだ……。よーし、絵筆を作ってる職人のところへ行ってみるか。そこでお願いするのが筋ってもんだよなっ! おっちゃん、話を聞いてくれてありがとなっ」


 気を取り直して、次の目標に向かって突き進む。意気揚々と店から出ようとするマイコールは――。


 ドカンっ!


「うにゃん!?」


 無遠慮に開かれた扉に突き飛ばされ、床をコロコロと転がされる。壁に背中が当たったところでようやく止まった。


「ブラス、いるんでしょ?」

「また来やがったのか」


 視界が真っ逆さまな先で、おっちゃんが立ち上がり、厳しい表情をしていた。


「ジェルダン様が望んでいるの。あなたが頷くまで、何回でもやってくるわ」


 ずかずかと入り込んできたのは、赤毛の若い女だった。


 黒い魔女帽子にタイトなスカート。豊満な胸を強調するように白い肌の谷間がみえている。

 ひと目で魔術士とわかる風貌の女は、唇に厚く塗ってある鮮やかな赤と同色の宝石を、杖の先端に装着していた。


「何度頼まれても、お前らのために剣は打たん」

「勘違いしないで。頼んでない。命令してるのよ。剣を作れってね」

「……」

「バカでも頷きやすいように、分からせてあげましょうか? その燃えやすそうな髭に火をつけるとか」

「やってみろ。憲兵につき出すぞ」

「ははっ、やってみればいいじゃない。S級冒険者の仲間である私と、偏屈なジジイの言い分……。どちらの方が信用されるかしらね?」


 三歩ぐらいの距離で対峙する二人。


 剣呑な雰囲気が店内に漂う。

 赤毛の女はニンマリと笑みを浮かべ、ドワーフは怒気を宿した瞳で睨みつけていた。


 マイコールがひょいと起き上がった。


「髭は大事なんだぞ。火なんてつけたら可哀想だろ~」


 張り詰めた空気を爪でちょんと突くように、マイコールは二人の間に踏み込む。


「虎猫族……? どうしてこんなところに……」


 赤毛の女の笑みが消えた。他にも人がいた事に、初めて気づいたらしい。


「……あんた誰よ? いえ、誰でもいいわ。私はブラスと話してんのよ。さっさと消えなさい」

「髭に放火するってのが話し合いかあ? 随分と乱暴だなあ」


 マイコールはヒゲの一本を撫でながら、赤毛の女へ歩み寄っていく。


「おい」


 ドワーフが制止しようとするが、マイコールは構わず前に出る。


「話し合いしたいなら、オイラ聞いてるから、十分にしろよな。そんかわり、おっちゃんの髭の一本にでも火つけたら、オイラも憲兵に言ってやるからな」

「なによそれ、私に喧嘩を売ってるの?」


 赤毛の女のこめかみがピクリと反応した。


「……なんでちょっとでも意に沿わねえと、皆すぐに喧嘩っていうのかなあ。オイラは話し合いするなら、口を挟まねえよ」


 にゃふうと呆れたため息が漏れ出る。


「ふんっ。好きにするといいわ。ジジイに虎猫族ごときが味方したところで、変わんないわよ。S級であるジェルダン様に仕える私のほうが、信用されるに決まってるわ」


 赤毛の女はわずかに身体を反らせ、右手を胸に当てながら堂々と語る。


「ふ~ん。ねえちゃん、S級冒険者の仲間なんだ」

「そうよっ! いまさら謝っても遅いわ。あなたは私の機嫌を損ねたのよ」

「強い仲間がいるってのは、わかったよ。でもさ、なんでねえちゃんが偉そうになれるんだ?」

「あなた、何を――」

「仲間が強いと、ねえちゃんも偉くなるのか?」


 マイコールは耳の後ろをポリポリと掻いた。


「ねえちゃんが強いんだったら、オイラもすげ~って言えるよ。だけど、仲間が強いんだろ? ねえちゃんにすげ~って言えねえよ」

「こ、この駄猫……っ!」

「そもそも強いと偉いのか? オイラからすると鍛冶屋のおっちゃんも、強い剣が打てるからすげえって思うし、こんだけ頑張ってんだから偉いなあって思うぞ」

「ごちゃごちゃ煩いっ!」


 女の怒りが限界を迎えて爆発する。

 マイコールの足を目掛けて、思いっきり蹴飛ばそうとしてきた。


「足癖わりいなあ」


 半歩退けば届かない。ついでに空振った足の勢いを助けるように、軽く払っておく。


「きゃ、きゃああっ! いたっ!」


 自らの足の勢いでバランスを崩して、赤毛の女は尻餅をついた。


「こ、このおっ! っ……、いたたたた……」


 赤毛の女が尻をさすりながら立ち上がった。それでも瞳に宿る敵意は衰えない。

 杖を構え、今にも魔術を使用しそうな気配を漂わせた。


 そんな彼女を、マイコールは少し冷めた目で見つめる。この距離なら発動よりも、プニる方が早い。


「く、くくく……」


 ドワーフのこらえきれない笑いが漏れ出した。


「……もうやめておけ。ワシは何をされても、あんたらの剣は打たんと決めた。家を燃やされようが、ヒゲを燃やされようがな」

「本気で言ってるの?」


 女は信じられないものを見たような顔をする。


「絶対に、打たん。あんたの大事なジェルダン様とやらにも、そう伝えておけ。二度とツラを見せるなと」

「後悔するんじゃないわよ」

「あんたらこそ、また姿を現すなら覚悟しておけ。こんなところで鍛冶屋をしていても、色々なツテはある。一矢報いることぐらいは出来るぞ」


 どしんと構えた山は決して動かせない。ドワーフから決意がにじみ出ていた。


「……覚えてなさいよっ! 特にそこの駄猫っ! 絶対に許さないんだからっ!」


 フシャーとでも言いたげな威嚇の眼差しのまま、赤毛の女は店内から出て行った。


 嵐が去ったあとは、静寂が訪れる。

 ドワーフがヒゲを撫でながら、口を開いた。


「助かった。そんな小柄でも、相当に強いな。熟練の戦士の動きを見た」

「いやあ、オイラはなんもしてねえよ」


 苦笑しながら、手を横に振る。


「それより、おっちゃんのヒゲが守れて良かったぞ。ヒゲは大事だからなっ」


 にゃはっと笑いながら、マイコールは自分のヒゲを撫でる。


「そんじゃ、オイラも帰るな。筆を作ってもらうところを探さねーとな」

「……そうか」


 ドワーフは炉に戻るかと思いきや、しばし黙ってから口を開いた。


「さっきの絵筆の話だが……、受けてやってもいい」

「ええっ、ほんとか、おっちゃん!」

「ああ。面白いものを見せてもらった礼だ」

「にゃっほーう! これでリアに渡す筆が手に入るぞっ」


 嬉しさのあまり、自然と尻尾が左右に揺れてしまう。


「そのリアというのが使う絵筆なんだな? そいつの特徴を詳しく教えてくれ。身長、手の大きさや柔らかさ、性格などだな。あとは素材だな。軸は霊樹、口金は一角獣の角を使うとしよう」

「霊樹も一角獣の角も、結構珍しいだろ? 使っちまっていいのかあ?」

「素材は使うためにある。ワシが決めれば、それが全てだ。だが……、毛については用意してこい。うちにはない」

「なあなあ、毛のことなんだけどさ。オイラの毛じゃダメか」

「ふざけて……、いるわけじゃなさそうだな。どれ――」


 ドワーフがマイコールの毛を指先でつまむ。わずかばかり目を見開いた。


「柔らかさと力強さが凝縮されている。希少な魔物よりも上だな」

「そんなホメるなよっ! すげ~嬉しくなっちまうぞ」


 ドワーフとマイコールはどんな絵筆にするか、しばらく語り合った。


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