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第十五話 ふわふわ研究

「助かったぜ、エルーナ」


 しばらくして、バルカンが自力で起き上がり、あぐらをかけるまでに戻った。


「オイラからも言わせてもらうぞ。ありがとうな」

「精霊たちのおかげよ。私は何もしてないわ」


 エルーナが目を伏せて、ゆるりと首を振った。


 宙に手を添えて、いつものように精霊たちに感謝の言葉を届けている。何か面白いことをされたのか、小さく微笑み、次の瞬間に風が吹いた。


 風でふわりとしそうなスカートを、エルーナがそっと抑える。ふわふわ尻尾が風に揺れていた。


「まあ……、イタズラ好きなんだから……。今度は風の精霊さんにも、お願いするわね」


 くすりと笑うエルーナ。そんな彼女の尻尾を見つめながら、マイコールは少しだけ迷った。


 聞いていいのか。いや、聞かなきゃ前に進めない。


 マイコールはまっすぐとエルーナを見上げた。


「エルーナのふわふわは、何をしたらそんなに……、リアを幸せに出来るふわふわになるんだ?」


 純粋な想いをのせた言葉。エルーナは視線をそらさず、真っ向から受け止めてくれる。


「どうしてかしらね……」

「エルーナにもわからないのか?」

「丁寧に洗って、櫛で梳かして……。特別なことをしているつもりは、ないのだけれど……」


 エルーナは指先で自分の尻尾の毛先をすくい取り、柔らかく揺らしてみせた。


「きっとその答えは、触れた人の中にあるのではないかしら」

 そう言って、ゆるやかに腰を下ろす。

 差し出された黄金色の尻尾から、目が離せない。


「試してみる?」


 目尻がやわらかく下がる。


 からかいではない。拒まれることも、求められることも、どちらも受け止める余裕の笑み。


 怖い。


 もしここで、積み重ねが足りないと、突きつけられたら。今までリアを癒してきたモフモフが、ただの思い込みだったとしたら。

 そう思うと、手が伸ばせない。


 でも……。


 リアノンの笑顔の理由を、知りたい。そのためなら、どう転んでも前に進むしかない。


 肉球が、そっと尻尾に触れた。


 力を入れてないのに、優しく包まれる。気づけば彼女の尻尾に、吸い寄せられていく。


 ふわふわに抗えずに、頭を預けてしまう。自然と力が抜けていき、意識を手放しそうになり……。


「……うにゃあ……、これ……、すごく……ね……む……」

「マイコールさん」


 エルーナの静かな声。ハッとして、マイコールは顔を上げた。


「このふわふわすごいなあ……、こんなに心地いいのは初めてだぞ」


 喉がごくりと鳴る。なんという凄まじい尻尾なのか。


 リアノンと過ごしてきた夜を思い出す。抱き枕として、安心させてきた日々。

 けれど、一瞬で彼女が眠りに落ちたことはない。それだけでも、どれほど特別なふわふわなのか、わかるというものだ。


 エルーナの言う通り、これは見ているだけではわからない。


 ふわふわの秘密が、そこにある。

 何がどうなってるのか、もっと知りたい。


「……なあ、エルーナ、少し調べてもいいか?」

「ふふ……、リアノンちゃんのためだものね。ゆっくりと気が済むまで調べていいわよ」


 エルーナは膝の上で尻尾を撫で、毛流れを整えると、マイコールの前にふわりと横たえた。

 黄金色の毛が光を受け、波のようにゆらめく。


「でも……、優しくしてね」

「もちろんだぞ」


 マイコールは慎重に手を伸ばす。外毛に触れた瞬間、ぴたりと動きを止めた。


「……軽い」


 確かに触れている。だが、圧を受け止める抵抗がない。

 まるで空気の層を撫でているようだ。

 よく見れば毛の一本一本が異様に細い。それでいて密度が高い。


 ごくり、と唾を飲み込む。


 毛を少しずつ広げ、内側に指を入れていく。


「外側はさらっとしてるのに、内側は……、温度が違うな。空気を抱き込んでる。人肌に近くて、心地いい……」

「そう、かしら……?」


 エルーナは穏やかに返すが、視線はどこか落ち着かない。


 マイコールはさらに観察を進める。角度を変え、毛流れを逆に撫で、根元から先端まで指を滑らせる。


 そして、気づく。


「……均一だ」

「え?」

「根元も、途中も、先も。太さも、柔らかさも、全部同じだ。普通はな、それぞれの毛に個性がでちまう。なのに……」


 一毛の乱れもなく、完璧に、完全に、均一なのだ。マイコールは戦慄した。どうすればそんなことが可能なのか。


「え……、ウソだろ?」


 場所を変え、何度も確認する。何度触っても、同じ結論に辿り着く。

 そのたびに、エルーナの喉から小さな息が漏れる。


「ん……」

「ご、ごめんな。痛いか?」

「いえ……痛くはないのよ。ただ……」

「ただ?」


 真顔で見上げられて、エルーナは言葉を飲み込む。


「なんでもないの」


 手の甲を口元に当てる。その仕草は、余裕の仮面をかぶるためのものだ。

 マイコールはうなずく。


「嫌だったら、言ってくれよな」

「ええ……」


 再び尻尾に向き合う。さきほどよりも慎重に、だが分析の熱は増していく。


「毛の根元まで水分が行き届いてる。栄養の循環が止まってねえ証拠だ。しかも過剰じゃない。均整が取れてる……どうやってるんだ」


 マイコールはさらに深層へ指を入れる。根元近く、毛に隠れた肌へ。


「木にとっての大地……。毛の根元が、鍵に違いねえ」

「ちょ、ちょっと……」


 声がわずかに震える。


「やっぱり痛いか?」

「痛くは……ないのだけれど……っ」


 そっぽを向いて口元に手を添えているエルーナの声は辛そうだった。心なしか頬がうっすら赤い気がする。


 エルーナは優しいので我慢してくれているのかも。

 痛みを我慢してまで協力してくれる彼女のためにも、少しでも丁寧に、かつ素早く終わらせるべきだ。


 そこで、思考がひらめく。


 ――肉球強化。


 疲れたリアノンの身体を幾度となく癒してきた肉球強化なら、痛みが出ようはずもない。


「肉球の強化で、エルーナの負担を減らすぞ」

「え?」


 一度離れ、姿勢を正す。

 目を閉じ、意識をへそ上へ集中させる。マナが練られ、肉球へ集まる。


「ま、マイコールさん? に、肉球の強化って……」

「あ、アニキ……、それは逆にまずいんじゃ……」

「止めるな、バルカン。オイラの覚悟が足らなかった。本気でいく」


 柔らかくした肉球が、再び尻尾の根元へ触れる。


「……っ!」


 エルーナの身体が跳ねる。


「……これなら負担はねえはずだ」


 滑らせる。ゆっくりと、毛を分け、肌をなぞる。


「ん……んんっ……」


 声が変わる。

 だがマイコールは分析を止めない。


「やっぱりだ。皮膚の状態が整ってるから毛が均一になる。外側じゃねえ。土台だ。つまりここからの栄養……。いや、洗尾剤で洗ったリアノンの髪がしっとりしてたな。つまり外と内側から……」

「はぅ……それ以上は……」

「まだ検証が――」


 ぐい、とさらに深く触れた瞬間。


「こらっ、マイコー!」

「うにゃん!?」


 ぺしん、と後頭部に衝撃。

 振り向けば、頬を膨らませたリアノン。


「エルーナさん、苦しそう」


 地面に座り込んだエルーナは、呼吸を整えながら尻尾を抱えている。頬は赤く、目は潤んでいる。


「やっぱり痛かったのか!?」

「痛くは……ないわ……」

「じゃあ何が――」

「加減!」


 リアノンが言い切る。


「思いだして。わたしの時も似たようなことがあった。マイコーの肉球は至福そのもの。だけど、やりすぎはダメ。相手に合わせて、加減が必要。そういう話になった」

「そういやあ、そうだったな……」

「マイコー、真面目になると周りが見えなくなる。メッだよ」


 マイコールははっとする。


「……オイラ、やりすぎたか」


 肉球を見つめる。癒したいだけなのに、どうしてこうなるのか。

 ぺたんと地面に座り込み、頭を下げる。


「すまん、エルーナ。調べんのに夢中になりすぎた」


 エルーナは小さく笑った。


「あなたは、本当に真剣なのね」


 その声には、少しだけ余韻が残っていた。


「でも……次は、もっとゆっくりね」


 マイコールは力強くうなずく。


「アニキ……。その研究するときゃ、なんつーか、こんな真昼間に外でしねえほうがいい気がするぜ。見てるこっちがヒヤヒヤしちまう」


 バルカンの一言に、マイコールとリアノンは仲良く首をかしげた。


「夜にやれってことかあ? それはちょっとなあ……」

「バルバル、夜はしっかり寝ないと大きくなれない」

「リアの言うとおりだよな」


 大真面目でそう返すと、


「確かに夜ってのも、それはそれでまずいか」


 バルカンが苦笑していた。


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