ボスを楽しませるって素敵やん
「何という事でしょう!!かつてこんな戦いがあったでしょうか!これこそまさに男と男の戦い!なんとすがすがしい戦いだろうか!!」
審判の男が叫び場内は歓声に沸く。
「さっすがクルースちゃんだぜ、大衆の心をわかってるよ」
ニコニコ顔で近づいて来たマードック。
「まいったよ、もう。こんなんばっかりじゃないかよー。勘弁してくれよ、もう」
「まあ、そう言うなって」
俺の肩をポンポンと叩いて言うマードック。
「これで最後のひとりの顔役も安心なんだろ?どこにいるんだ?最後のひとりは」
「ああ、それなら違うぞ。今回のはその件とは関係ないんだ」
「は?」
まったく悪びれる事なく言うマードックに俺は虚をつかれる。
「だから、今回のはまた別件なんだって」
「おいおいおいおい!聞いてないぞ!じゃじゃじゃじゃじゃじゃあ、何のためにやったんだよ!」
さすがに語気が荒くなる。
なんだ?じゃあ、こいつの儲けのために無駄に戦わされたってのかよ?ふざけんなよ?
「まあまあまあまあ。そんなに興奮しないでくれよ」
マードックは俺の肩に手を回し顔を近づける。
「別に無駄にやったわけじゃないのよクルースちゃーん。事情を話すからちょっとこっち来てよ」
肩を組んだまま俺を食堂の端に連れて行くマードック。
騒いでいた囚人たちはどけていたテーブルとイスを元の位置に戻し始める。
俺とマードックは邪魔にならない場所へと移動した。
「どういう事だよ?」
俺はマードックにキツイ口調で尋ねる。
中途半端な理由だったらとっちめるぞ。
「まず残りの顔役、バンゲル・ロッタだが直接会う事はできねーんだわ……」
マードックは難しい顔をして説明を始める。
三人目の顔役、バンゲル・ロッタ。
馬を主たる移動手段にするホースギャング集団、ブルータルハンマーの幹部。
全身に入れたタトゥーは頭にも及び、舌の先端を二股に裂くスプリットタンの持つ主であるのは以前も聞いたのだが、その風体通りのイカレタ男で誰彼構わずけんかを売るトラブルメイカーなのだと言う。
しかも質の悪いことに痛みを快楽に感じる体質のため、看守にボコボコにされてもまったく懲りる事はな
そのため、特殊な独房に閉じ込められている状況なのだと言う。
「特殊な独房?」
「ああ、奴のためにあつらえられた独房でそこにたどり着くためには幾つものセキュリティーを潜り抜けねばならない厳重な場所なんだ。しかも話によると設備は高級ホテル並みらしいんだ」
ううむ、前世のエンタメ作品でそういう特別な囚人ってのは見た事あるけど実際にいるとはな。
「じゃあ、どうするんだよ?残ったひとりの顔役にゃ会えないってんじゃどうやって貢ぎ物すんだよ?それとも最後のひとりは放っておけってか?」
「そう結論を急ぎなさんな、それで今回の件が効いてくるって話。まあ、俺に任せてくれりゃあなんも問題ないからよ。とりあえず房に戻ろうぜ」
マードックはそう言って俺の肩をポンポン叩く。
こいつ、こうやっていつも肝心な所はぼやかすよなあ。もったいぶってんのか、めんどくさがってんのかわからないが、現状ではこいつに頼るしかないからな。
俺は渋々マードックについて行く。
俺たちの房まであと少しと言うその時。
「兄さん、ちょっといいかい?」
両手にびっしりとタトゥーの入ったイカツ目の男ふたりが突然話しかけて来た。
「あ、はいはいブルータルハンマーの皆さんですよね?私、彼と同房のマードックと言いますです」
「あん?」
イカツ目男がジロリとマードックを睨む。
「いやー、彼はここに来たばかりでここのルールをまったくわかってないもんでしてねえ。わたくしめが間に入って色々と調整をしているのでございまして、はい」
まったく怯まないマードック。
「調整?ふうん?そうか、わかった。そういうことなら一緒に来い」
「あざーっす。んじゃ、ご一緒させて頂きやすです、はい。ほらっ、クルースちゃん!行きましょ行きましょ!」
軽い調子で俺の背中を押すマードック。
これがこいつの言ってた任せろの成果か。
さっきの食堂でのファイトが最後の顔役の目に留まったって事なのか。
こいつ、相当この刑務所の事、心得てるみたいだな。
楽しそうな顔をしてブルータルハンマーのふたりについて行くマードック。
改めてこいつに任せて大丈夫なのかと不安になるが、ここまで来たら腹をくくるしかない。
ブルータルハンマーのふたりは人気のない通路を通り、階段をひたすら降りて行った。
随分深くまで降りているように思える。
薄暗い明かりに照らされた階段をひたすら降りるとトビラに突き当たる。
「入れ」
ブルータルハンマーの男に言われて俺とマードックはトビラを開けて向こう側に入る。
トビラの向こう側は広い空間だった。
天井の高さといい広さといい体育館の中のようだ。
『ブイイイン』
部屋の壁上部から音がする。
どうやらなんらかのギミックにより壁が上にスライドしているようだ。
「ようこそクルース君」
スライドした壁の向こうから声がする。
見るとそこは部屋になっているようで快適そうなイスに座った男がグラスを傾けていた。
「と、もうひとりは同房の男だそうだね」
「あ!これはこれはロッタさん!いつもお世話になってやす、はい」
男を見たマードックがペコペコする。
こいつが最後の顔役か。
高みからこちらを見ているその男は酷薄な笑みを浮かべグラスの酒をなめるように飲んでいた。
「お前を世話した覚えはないけどな。まあ、いい。今日、私を楽しませてくれるのはそっちのクルース君だからね。そうだろクルース君?」
「自分は呼ばれたので来ただけで、何をするのかは聞かされてないんです」
「バカ!黙ってろって!えっへっへっへ、どーもすいません、とにかくここのルールを知らないものでして、はい。そう言う訳で、どうかわたくし目に言いつけ下さいませ」
マードックは俺を制してロッタに言う。
「ここのルールは簡単だ。私を楽しませる事、それだけだ」
「へい、勿論、そうさせて頂きますです」
冷たく言い放つロッタにマードックはもみ手で答える。
こいつ、前世に生きてたら出世したろうな。
「いい心がけだ。それじゃあ、早速、行ってみようか」
ロッタはそう言うと指をパチンと鳴らす。
『ゴガガガガガガガガガガ』
重い音がして部屋の壁が上にスライドする。
「グルルルルルルルル」
スライドした壁の向こうから獣の唸り声のようなものが聞えてくる。
「さあ!楽しませてくれよーー!!」
ロッタの楽しそうな声が部屋に響く。
こりゃ、ろくでもない事になりそうだぞ。




