新人研修って素敵やん
「おいマードックよう?大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫大丈夫、クルースちゃんはなーんも心配しなくていいからさ。後はこのマードック様にどーーんと任せて」
バザの元から離れたマードックはそう言って胸を叩いて見せる。
本当に大丈夫かこいつ?
「スラップの経験は?」
「聞いた事もないよ」
俺は答える。
「まあ、いい。単純な遊びだからすぐ理解できるさ。まずお互い向かい合って立つだろ、そうそう、手が届くぐらいの距離でな」
マードックは俺を向かいに立たせて説明し始める。
「足は肩幅くらいに広げてくれ。そうそうそんな感じ。それで合図とともにお互いの手のひらを押して相手のバランスを崩すんだ。足が動いたら負けだ。後、相手の手のひらを押す以外、相手の身体を触ってはいけない、つかんだり殴ったりは反則だ。わかったか?」
なるほどルールを聞いてりゃこれは押し相撲じゃねーか。
懐かしいなあ、子供の頃、良くやったよ。
「ああ、よくわかった」
俺は答える。
押し相撲なら負けた記憶がないよ。
「よーしよしよし。それじゃ、早速行くぞ」
マードックはそう言うと運動場の隅でたむろしている男達に近付いた。
「よーし新人を連れて来たぞー!例の奴、いっちょ行くか!」
マードックが言うとたむろっていた中の中からひとり、ひょろっとしたノッポが歩み出た。
「俺が相手だ」
ノッポはそう言うと俺を細い目で睨みつけた。
「やっちまえガビー」
「ここの恐ろしさを教えてやれ!」
「今日はどこまで飛ばしてくれるんだガビー!」
ノッポがポジションについてウォーミングアップのように手足を動かすと、作業していた囚人たちが集まり歓声を浴びせ始めた。
さすがに看守が止めるんじゃないかと思ったが、見張りの看守たちはニヤニヤして見ているだけだった。
もうどうなってんだここの看守は。
しかし、それにしてもガビーって奴の手足の長い事!まるで蜘蛛みたいな奴だ。
「ルールはわかってるな?」
ひとりの囚人が俺をポジションにつかせて言う。
「ああ、わかってる」
「よし。じゃあ位置につけ」
俺は男に言われて肩と首を回し手を腰のあたりでキープする。
「用意、始め!」
『バッチィィィィン』
始めの合図とともに腰のあたりでプラプラさせていた手に凄い衝撃が走る。
焦った俺は肩の力を抜いてその衝撃を逃がす。
嘘だろ?あの体勢からこの勢いで届くのかよ?
「よく堪えたな。だが、これからもっと早く強くなる」
ガビーは不敵に笑うと長い腕をくねくねと動かしだした。
まるで前世で見たカンフーの達人みたいだ。
「しゅっ」
息を吐く短い音と共に俺の手に衝撃が走る。
上体がぐらつく。
「おおおーー!!」
「死ね死ね!」
「倒れろ!」
「堪えやがったーー!」
「んだよ!」
「ああーー」
「惜しい!」
安心した声が一割、残念そうな声が九割って所か。
こりゃマードックが言ってたように、運動場での一件はまだ広まってないのか、それとも腕相撲とは勝手が違うと思われてるのか。なんにしても九割は俺の負けに賭けてるって事だ。
だったらその予想をひっくり返してやる。
俺は肩を回し、手のひらを向こうに向けたままゆっくりと動かす。
「ふん、それで駆け引きのつもりか?」
「そのつもり、さっ!」
俺は体重をかけて攻め込むふりをする。
攻撃するふりをして相手に構えさせ、テンポをずらして攻撃する技だ。
「そんなものに引っかかるか!」
ガビーは笑って言い俺のテンポをずらした攻撃に合わせて手を出してくる。
引っかかったな。
テンポをずらした攻撃に見せかけ、俺は手を後ろに下げガニーの攻撃をスカす。
ガビーの目に驚愕の色が映る。
俺は下っ腹に力を入れて崩れた体制を立て直す。
ガビーの顔が近付きそのまま俺の腹にぶつかる。
俺はガビーの肩を支えて受け止めてやる。
「おおーー!」
「嘘だろ!」
「マジかよ!!」
「何がどうなったんだ?」
「早すぎて見えなかったぞ!」
「俺は見た!野郎、二回もフェイクかけやがった!」
「うっそだろ!」
「俺も見たぜ!」
集まった囚人たちが盛り上がる。
俺はしなだれかかったガビーをクイっと押し、元の態勢に戻してやる。
「負けたよ、完敗だ」
ガビーが握手を求めてくるので俺はそれに応える。
ふと見るとマードックはニコニコしながらバザと何かを話し合い握手をしていた。
あいつはあいつで上手くやったみたいだ。
「よし!作業に戻れ!」
看守が手を叩きながら大声で言う。
「やったやった!いやー、さすがクルースちゃんだ。ふひひひ、笑いが止まらないぜ」
小走りでやってきたマードックが何とも言えない笑みを浮かべて俺に言った。
上手くやったどころじゃないみたいだなマードック。
「おい、幾ら儲けたんだ?」
「幾らってよ、そんな小銭じゃないぜ」
「おいそこ!早く作業に戻れ!」
看守が俺たちに向かって強い口調で言う。
「へいへーい!ただいま戻りやす」
マードックはそう言うと俺の肩に手をやり作業机に連れて行く。
「まあ、とにかく作業やっちまおうぜ、後でゆっくりと教えてやるからさ」
イスに座ったマードックは言う。
「ほれ、早く座んなよ。またどやされるぞ」
「ああ」
俺は答えながら隣りに座る。
「なーに、簡単な作業さ。退屈しのぎに丁度良いさ」
机の上に置いてある箱を揺らしながら言うマードック。
なんて幸せそうな顔をしてるんだこいつは。
ここが監獄だって事、忘れちまいそうなスマイルだよ。




