あれよあれよとって素敵やん
その後、俺は五回も同じ事を聞かれた。
いや、六回だったか?時間の感覚と共に色々な事が曖昧になってる。
気をつけないといけない。放っておかれてウトウトすると次の男が入って来て同じ事を尋ねる。
そんな事を繰り返されているから睡眠もとれない。
寝不足も相まって余計頭が回らなくなってくる。
良くない、これは良くない状況だ。
現在、放置されているので俺は深呼吸を繰り返す。
脳に酸素を供給してやらないとボーっとしちまう。
「疲れたでしょー?」
ニコニコした男が部屋に入って来て愛想良くそう言う。
「え?あ、はい」
今まで来た男達は事務的か高圧的だったので俺は拍子抜けしてしまう。
「そうだよねえー。ごめんね、こっちも仕事だからさ。細かく丁寧に調べないとあなたにとっても良くない事になりかねないでしょう?だから、きっちりと丁寧に調べる必要があるのよー。ご理解いただけますかあ?」
「あ、はい」
腰が低くフレンドリーな対応に俺は少しホッとする。
「というわけで、ご理解頂けたのならこれにサインして貰って良いですか?ほら、後で色々と問題になってもあれなんで」
ニコニコした男はそう言って三枚つづりの紙をテーブルの上に出した。
その紙には細かい字がびっしりと書き込まれている。
睡眠不足と緊張で披露した脳では目が滑って内容が入って来ない。
それでもなんとか頑張って字を追おうとする。
「ああ、ざっくりでいいよー。事情聴取に拷問等の違法性はありませんでした、後で訴えたりはしませんよーって感じの内容ですんで。三枚目にサインまたは親指の印を押して貰えればいいです。どちらにします?スタンプマットもありますよ」
男は柔和な口調でスタンプマットをテーブルに置いた。
「指についたインクはすぐに拭き取ればキレイになるタイプですよ」
「ああ、サインでお願いします」
「ではどうぞ」
男はそう言ってペンを俺に渡す。
俺は三枚目の余白にサインをした。
「ありがとうございます。もう、ここでお手を煩わす事はないと思いますからねー」
男は紙を手にすると笑顔でそう言い部屋を出ていった。
え?出てっちゃうの?まだ、ここにいなきゃいけないの?
でも、ここで煩わされる事はないと言ってたよな?
つー事は、無罪ってのが判明して出られるって事だよな?
俺は少しホッとする。
「はーい、お待たせしましたねー。もう出れますよー」
さっきの男が部屋に入って来る。
「あの、手錠は…」
「ああ、とりあえずそのままついて来て貰っていいですか?私はちょっと管轄が違うんで。ごめんなさいねー」
男は愛想良く言う。
「あ、はい」
俺は彼の言葉に従い手錠をされたまま部屋を出る。
男はゆっくりと詰め所内を歩き、すれ違う衛兵と軽口を叩いたりしている。
この妙に軽い空気は誤解が解けて釈放になったからか?
帰ったら心配したとケイトに怒られるだろうな。
クランケルとコラスは笑って出迎えるかな。
「どうぞ、こちらにお乗り下さい」
詰め所を出ると馬車が待機しており俺はそこに乗るように促される。
手錠は管轄が別だとか言ってたからな、手錠を外せる部署に案内されるのか?
「はい」
俺は短く答えて馬車に乗った。
馬車の中には武装した衛兵がふたり座っており物々しい雰囲気を発している。
「手を出して」
武装兵が短く言うので俺は言われた通りにする。
兵は手錠にフックのような物をかけた。
「座って良い」
短く言われて俺が席に座るとトビラが閉められ馬車が動き出した。
車内の空気が妙に重い。
兵たちからは緊張が伝わって来る。
どういうことだ?
「あの…」
「口を閉じていろ」
俺は兵に声をかけるが取り付く島もない。
けんもほろろと言う言葉が脳裏に浮かぶ。
よく考えるとけんもほろろってさっぱり意味がわからないよな。
けんってなによ?剣なのか?ほろろってなに?逆流するアマゾン川のやつか?
って、混乱と不安で変な事に思考が走って行く。
思い沈黙に支配されたまま馬車は進む。
さすがに疲れた。
単調な馬車の振動が眠気を誘う。
こんな状況でも眠くはなるんだな。
……。
「降りろ」
兵から声をかけられ意識が覚醒する。
どうやらうとうととしているうちに目的地に到着したようだ。
目的地って?
俺は兵に引っ張られるようにして馬車を降りる。
目の前に見えるのは大きな建物だった。
「ついて来い」
言われた通りに兵について行く。
建物の中に入ると狭い通路を通りつきあたりの部屋に通される。
部屋には所長室とプレートが貼られていた。
所長?
いったいここは何所なんだ?
「所長、連れてきました」
「ご苦労」
兵の声に部屋の奥に立って窓の外を見ていた男が反応する。
くるりと振り返った男は小太りで口髭を生やしていた。
「トモ・クルースだな?」
小太りの男はこちらに近付きながらそう問うた。
「はい」
俺は短く答える。
「今からお前はその名前では呼ばれない。たった今からお前の名前は246だ」
「え?」
妙な事を言われて俺は困惑する。
「なんだ!その態度は!」
小太りの男は急に激高し手に持った鞭で俺の頬を張った。
痺れるような痛みが顔面に走る。
「うぐう」
「なめた態度を取るな!ここでは我々が絶対だ!貴様は立場をわきまえろ!」
小太りの男が大きな声で言う。
「いや、でも、状況が把握できないのですが」
俺は頬を押えて言う。
まったく理解ができない。
「ではしっかり覚えて置け!ここはラウフェンネッツ刑務所、私は所長のエリクス・ローズキャスト、貴様は囚人番号246番!ふくしょう!」
「えっ?あ…」
色々と意味が理解できず俺は困惑の声を上げる。
「復唱だ!!」
小太り男ローズキャスト所長はそう怒鳴って俺を鞭打つ。
復唱って言ったのか。
「ここはラウフェンネッツ刑務所、あなたはエリクス・ローズキャスト所長、私は246番です!」
「あなただと!!あなた様と言え!!」
「あなた様です!」
再び鞭打たれ大きな声で答える俺。
「良し。最初に言っておくがこの刑務所は元々魔力が薄い場所に建っている上に、建築素材は魔力吸収阻害の材質を使っておる。さらにこれから着替えて貰う囚人服は魔力封じの術式が施されている。それがどういう事かわかるか!!」
「…」
「わかるかと聞いているのだ!」
ローズキャスト所長は怒鳴って鞭を振るう。
「わかりません!!」
俺は大きな声で返す。こんな鞭打ち怒鳴りクイズ、ぱっと答え出ないよ。
「貴様は術式を使用せずに魔術を操ると聞くがここではそれは使えない、つまり脱走などは決してできぬという事だ!!わかったか!!」
「はい、わかりました!!」
俺は答える。
「わかればよろしい。では246番、くれぐれもトラブルは起こさないように」
ローズキャスト所長はそう言うとアゴをクイッと動かした。
「おい、行くぞ」
ここに連れて来た兵が腰につけた警棒で俺を小突く。
俺は雰囲気に押されてイラつきすら覚える事はなく従った。
所長室を出ると別の部屋に連れていかれた。そこで手錠を外された俺は服を脱がされ全身をくまなく探られる。本当に全身をくまなくだ。
囚人は初日にぞんざいに扱われ人としての尊厳をへし折られるという話は聞いた事があったが、まさに今、俺はその洗礼を受けていた。
俺はこの先、どうなってしまうんだ?
不安に心が重くなる。
「早くこいつに着替えろ!素早くだ!」
警棒を持った男に強く言われ、俺は用意された囚人服を着る。
くすんだ灰色の囚人服を着ると、捕らわれ人になってしまった事を忘れるなと言われているような気持ちになる。
「ついて来い」
強い調子で兵に言われて俺はその部屋を出る。
兵士が待機している検問所のような場所を複数通り過ぎるとゴツイ鉄格子に突き当たる。
俺を連行している兵が腰につけた鍵束からひとつの鍵を選び鉄格子の鍵穴に差し入れる。
『ガチン』
重い音がしてロックが解除される。
「入れ」
兵に言われ鉄格子の向こう側に行くとそこはどうやら囚人たちが寝起きする房のようだった。
中心部が大きな吹き抜けになったフロア。
「新入りのご登場~~」
「ひゅ~~カワイ子ちゃん、こっち向いてくれよ」
「ひっひっひっひ、またひとりこの穴倉に落ちて来た」
「美味そうじゃねーか!味見させてくれよ!」
「いつまでもつかな今度の奴は」
「うおっ!うおっ!うおっ!!」
「殺せ!殺せ!殺せ!」
「テメー!どこの組織だ!」
「おい!小僧!何やった?」
「こっち見てくれよー!うっひっひっひっひ!」
「相手にするな」
気力がそがれるような歓迎の言葉がシャワーのように浴びせられるが、俺を連れている兵は顔色一つ変えることなく冷静だった。
まるで発情期のサル山に放り込まれたような気分になるが、こんなの新人が入る度に行われてるのか?それが許されてるってどういう事なんだ?
「ここがお前の寝床だ。詳しい事はルームメイトに聞くんだな」
個室の鉄格子を開けた兵は、俺を押し込むようにして中に入れるとそう言い放ち格子を閉じて鍵を閉めた。
え?それだけ?なんの説明もなし?
部屋には小さな机と仕切りも無い便所、そして壁際に二段ベッドがある。
「新入りか?ベッドの上は俺が使ってるが構わないよな?」
二段ベッドの上から愛想の良さそうな顔をした男がひょっこりと顔を出す。
男はニコニコしながら俺を見ている。
「あ、ああ。構わないけど」
「ところで兄ちゃん、タバコ持ってないか?」
男は笑顔のままベッドを降りると俺の肩に手を回しそう言った。
「いや、持ってないけど」
「じゃ、金は?」
「持ってない。何も持ってない」
「おいおいおいおい、死にに来たのかお前は?アホなのか?」
男は汚い物に触れたかのように俺から離れると呆れたような顔でそう言った。
マジで本当に俺はどうなっちまうんだよ。




