相手を呑む交渉術って素敵やん
「どういう事なんだ?一体、何をどうすればこんな事になるんだ?私には理解できない。マルギシャスはこんな事であそこまでダメージを負うような奴ではない。それに、なんなんだ?あの要求は?ファルブリングカレッジへの不当な介入を抗議しに行くと言ってなかったか?何をどうすれば団体の過去の悪行を謝罪しろという話になるんだ?」
魔導車に乗ったザクフォードが心底不思議そうにそう言った。
「現在の悪行もな」
俺は助手席から言ってやる。
「いずれにしても不可解だ。あんなおかしな論理がなぜ通るのだ?あんなものはほぼ言いがかりだ」
「そうだね、言いがかり、難くせ、いちゃもんだよ」
俺は答える。
「なぜ、そんなものが通ったんだ?しかも、あの性悪マルギシャスに」
「かっかっか。おぬし、本当に悪の組織の大幹部様なのか?そんなに真っ当で大丈夫なのか?心配になるぞ」
「いや、私の所属する組織は確かに世界のコントロールを目論見、そのためには手段を問わないやり方をしているが、悪の組織とは標榜してはいないのだが」
笑って言うキーケちゃんに真面目に答えるザクフォード。
「それよザクフォード。お前らは貴族はな、人脈や金の力を用いたいわゆる権謀術数には長けとるが、事、裸一貫でのぶつかり合いにはなれとらんのだよ」
「裸一貫のぶつかり合い?」
ザクフォードが首をひねる。
「そうだ。金もなくコネもなく地位もなく、身体ひとつで勝負する勝負強さよ。トモの奴にはそれがある」
「むう、裸一貫の勝負強さ……」
「いやまあ、そんな大したもんじゃないよ」
キーケちゃんの言葉に感心したようなザクフォードに俺は言う。
「これはさ、ちょっとした交渉術だよ。それもその筋の方が使うような、ね」
「その筋の方とは?」
「暴力組織に所属するような人だよ」
「は?街のチンピラの交渉術だと?そんなものがなんの役に立つ?」
ザクフォードは呆れたように言う。
「それがバカにできないんだなあ~。ああした人にとって交渉ってのは命がけの戦いなのね。毎回毎回、暴力装置を使ってばかりもいられないし、使えない時だってあるでしょ?だからといって引けない局面だってある。そして交渉事ってのはこっちに有利な時ばかりとは限らない。むしろこっちに負い目がある事の方が多い。それでもこちらに有利に話を運ぶのがその筋の人の交渉術さ」
「むう、なんと。例えばどういうやり方があるのだね?」
「そりゃ色々だよ。例えば、最後に俺が、また来るって言ったの覚えてる?」
「ああ、覚えているよ。律儀なもんだと思ったが」
「もう顔なんて出さないよ。それでも帰り際に、また来るとかまた連絡するとか言っておくと相手にとって
プレッシャーになるでしょ?他にも俺がやつに要求した内容について覚えてる?」
「ああ、覚えているとも。過去の行いまで謝罪せよとは随分無茶な要求をしたもんだ」
「あんなのも守れるとは思っちゃいないよ。最初にデカイ要求をしておけば次の要求はのみやすいだろ?」
「しかし、次の要求などしなかったではないか?」
「それもひとつの手さ。奴はこっちが何を望んでいるのか知ってたはずだ。そしてそれはファルブリングとフルポアの学生にちょっかいをかけるのはやめろって事だと思ってたはずだ。ああ、俺自身に対するちょっかいの停止も含まれてるかな。それがわかっていてわざわざ俺の口からその要求を出そうとしたでしょ?それは奴の交渉術って訳だ。相手の交渉術に乗らないのも技術のひとつだ。それから、次の要求をしなかった件ね。これをしない事で奴の中で想像が膨らむでしょ?どこまですれば、現在の状況を打開できるのか。どこまでの人脈や金を使えば俺を懐柔できるのか。そうやってこっちが明確な解決策を提示しない事で不安や恐れに飲み込まれてしまう。もうあいつ自身、客観的な判断などできなくなってるよ。実際のところ、俺なんて奴ほどの金脈人脈があれば恐れるに値しないし、こっちは弱点だって沢山あるんだよ。でも、もう、そんな事には考えは及ばない。あいつは俺の事、何かバケモノのように感じてるんじゃない?勿論、三人でいってこちらの武と人脈を見せつけたってのも大きいよ。あいつはあんたの事もわかってたはずだ」
「まあ、そうだろうな。私の事を良く見ていたし」
「だがあんたは何も口を挟まなかった」
「それは、私が君にそこまで肩入れしていないからだ」
「奴はそうは思ってないよ、きっと。圧倒的な武力を持つキーケちゃんや大きな組織の大幹部であるあんたが俺の発言に口を挟まない、つまり俺に発言権を一任していると考えたろうね」
「あたしは一任しとるぞ」
「ありがと、キーケちゃん。キーケちゃんが普通に一任してくれていたってのも、あんたがそれに同意しているように思わせる要因だったかもね。とにかく奴はそうした場の雰囲気に呑まれてしまった。だから正常な判断ができなくなってしまった。もうこちらにちょっかいをかけるどころの話じゃなくなってるだろうね」
「くっくっく、どうだザクフォードよ?恐れ入ったか」
キーケちゃんが言う。
「ううむ、驚いたよ。知れば知るほど、うちに欲しい人材だ」
「おたくさんとこもその筋の団体は抱えてるでしょ?そこの人に話を聞けばこれぐらいの事は教えてくれるよ」
「実際の格闘術にもそれくらいの駆け引きができるようになれば、一皮むけるんだがなあ」
俺の言葉にキーケちゃんが笑う。
俺はテヘヘと頭に手をやり愛想笑いをして誤魔化すが、マジバナだぞ更に釘を刺されてしまうのだった。
キーケちゃんの運転は来た時以上に鋭さを増し、ザクフォードの表情は終始ひきつっていたが闘技場に到着するのは早かった。
『ギィィィィン』
凄まじい音が場外まで響いて来る。
「お?あれを見よ」
車から降りたキーケちゃんが指さす先に見えたのはベリンボールの球であった。
「嘘っ?場外ホームランかよ!」
この円形闘技場は普通のベリンボールグラウンドよりも広いし観客席も幅がある。
それを場外って、どんなだよ。
「早く行こう」
俺は走る。
「おうおう、元気だのう」
「マルギシャスよりこっちの方が心配なのか。やれやれだな」
キーケちゃんとザクフォードの声が後ろから聞こえるが、気になるものは仕方がない。
今の打球はどっちの打球なんだ?




