魔の森へいらっしゃいって素敵やん
「いよいよ森に入るぞ」
キーケちゃんが嬉しそうに言う。
ザクフォードが言っていたように警備の姿は見られない。
「この森に放たれた魔物に余程の自身があるのかね、それとも警備も立てないくらい危険なのかね」
森の入り口を見て俺は思った事を言う。
「前にも言ったと思うが魔物避けの特殊な術式具があるからそれを持たせれば警備には立てる。が、敢えてそれをせぬのは」
「放たれた魔物にそれだけの自身を持っていると」
「そう言う事だ」
キーケちゃんの言葉にザクフォードが答えた。
森の中に入ると空気が変わったのがわかる。
「むう、わかるか?」
ザクフォードが小さな声で言う。
「ああ、急に涼しくなったみたいに思えるよ」
「それくらいかね?私は精神安定化の術式具を持っているから良いが、それでも肌にピリピリと焼けつくようなものを感じるよ」
俺は温度が下がり空気がしんと静まったように感じたが、リスクセンサーは人によって様々のようだ。
「確認しておくが、私は状況が不利になったら退散させてもらうよ」
「今帰っても構わないんだよ」
「それじゃあ、ここまでついて来た甲斐がないではないか。一等席で楽しませて貰うよ」
「ほうれ、最初の客じゃ」
キーケちゃんはそう言って魔導車を停めた。
うわっ、まるで夏にデパートの前を通った時みたいに強い冷気が吹き付けて来た。
俺は咄嗟に車を降りる。
目の前の樹の張り出した枝に、背中に羽の生やした猿のような魔物が座ってこちらを見ている。
その目はなんの感情も感じられない真っ黒な目だった。
「トモよ」
「わかってる」
俺はキーケちゃんに答える。油断するな、とそう言いたいんだろう。俺はやっぱり甘い所があるからな、できるだけ相手を殺さず、人なら無力化、魔物なら撃退を目的として戦っている。
だが、目の前の相手にはそんな雑味はなさそうだ。
殺気すらない。相手を殺す事に躊躇はおろか、怒りや興奮すら覚えない、獣の資質すら持ち合わせていない存在。そんな風に俺は感じたのだった。
要はビビってるんだな俺は。
「シュッ」
俺は溜めた空気を短く発すると樹上の魔物に向かってゲイルダッシュする。
魔物は避ける事もなくそのままの態勢。
右手に力を込め全力で魔物にパンチをぶち込む。
俺の拳は木にぶち当たり粉砕する。
後ろの首筋に冷たいものを感じる。
魔物が一瞬のうちに飛び俺の背後を捕らえたのだろう。
やつは勝利を確信していたに違いない。
一枚上を言った気分だったろう。
だがお前は戦闘前に俺に情報を与え過ぎた。
只者じゃない雰囲気を出し過ぎていた。
『ゴブブブブブブブブ』
頭のすぐ後ろで泣き声なのか肉がよじれる音なのか、それとも両方が合わさった音なのかとにかく薄気味の悪い音がした。
俺はゆっくりと振り返る。
地面に落ちて行く魔物は奇妙に曲がった顔で砕け散った歯を見せ目を丸くしていた。
「何が起きたんだね」
魔導車近くに戻った俺にザクフォードが尋ねた。
「ヌシをもってしても見えなんだか」
キーケちゃんが面白そうに言う。
「なにか首の後ろで空気が歪んだように見えたが」
「それが俺の仕掛けた罠さ」
「罠?」
「ああ。山賊を撃退した時の術、覚えてるかい?」
「君が良く使うあれ、空雷弾といったか?」
「そっちじゃないよ」
「それでは…あ!なるほどなるほど、あれはそんな使い方もできるのか。わかったぞ、あの小さな竜巻。あれを首の後ろに仕掛けておいたのか」
「正解」
俺は得意顔のザクフォードにネタばらししてやる。
風魔法のミニ竜巻は遠すぎなければ任意の場所に発生させる事ができる。更に以前、光魔法の円月輪を身体の近くに回転させる技を使った事があるが、同じ要領でミニ竜巻も身体の近くに纏わせることに成功しているのだ。
「そのご慧眼を見込んでお聞きするけど、あれは何?普通の魔物じゃないでしょ?」
「ああ、そのようだな。高ランク魔物を放っていると聞いていたが、これはただの高ランク魔物ではなさそうだ。恐らく、昨晩のスライムと同様、人工的に合成された魔物だろうな」
ザクフォードは地面に横たわる羽猿を見て俺にそう言う。
「人工的、か。にしてもなんて言うのか、普通の攻撃性とは異質のものを感じたんたんだけど。こいつ、頭を齧るためにわざわざ駆け引きじみた事してきたよ」
羽猿は俺の攻撃に反応がついて行かなかったようなふりをして、俺の背後、それも頭をバックリ齧れる位置取りをしてきたんだ。普通じゃないよ。
「そりゃきっと、こいつの素体の性質だな。ある種の猿は高い知能と共に特殊な残虐性を持つと聞く」
「特殊な残虐性?」
ザクフォードがキーケちゃんに問う。
「ああ。例えば攻撃の際に執拗に目や耳を狙う、無抵抗になった相手の手や生殖器を引き千切る。ボス交代の際にボスの子供を食い殺す、などだな」
「それは酷いな」
ザクフォードが顔をしかめる。
確かにそりゃ酷い。が、そういう生き物は前世にも存在した。チンパンジーだ。
チンパンジーは非常に高い知能と社会性を持つ一方で、驚くような暴力性を持つ生き物として知られていた。共食い同種殺しは他の生き物にも見られるが、食べる目的以外で致命傷を負い動かなくなった相手に対して執拗な攻撃を加え、徹底的な破壊的ダメージを与えるのはチンパンジーくらいのものだった。
まあ、正確に言えば人間以外で、という但し書きはつくが。
確かチンパンの特殊な暴力性には他にも特徴があったはずだ。
「……あれは、どういう行動なのかね」
ザクフォードが凍り付いたように一点を見つめつばを飲み込んで言う。その視線の先に見えたのは、先ほどの羽猿の集団だった。
黒い目をして俺たちを囲むようにじりじりと迫って来る羽猿の群れ。
そうだ、もうひとつのチンパンの異常な暴力性を示す特徴、それは組織的な暴力だった。
群れで捕食する狩りではない、計画的に他者を襲う組織的な暴力。人以外の生き物がそれを行う異様さにザクフォードは気圧されていた。
「惑わされるな、情をかけるな」
キーケちゃんがそう言いながらゆっくりと魔導車を降りた。
じりじりと距離を詰める羽猿の奴らはフレーメン反応をする猫のように口角を上げていた。
まるで、これから始まる残酷ショーに喜びを隠せないといった感じに。
ちょー薄気味悪いんすけど。
「クソっ垂れが」
ザクフォードが業を煮やしたのか珍しく汚い言葉を使ってガトリングガンもどきを連射した。
羽猿共は素晴らしい反応速度で散開し、猿が居た場所の樹木が弾け飛んだ。
「うわぁぁぁぁぁ!!醜い猿共がぁぁぁぁぁぁ!!」
ザクフォードは叫びながらガトリングガンもどきを左右に振り連射する。
羽猿共は素早く避け、時にこちらをからかうように枝を投げてきたりしている。
「ザッケンナコラー!!畜生風情がーー!!!」
ガトリングもどきは弾か魔力が尽きたのか、シュイィィンと回転音を発するのみになった。
「まあ、落ち着け。ひとまず、そこらに座っておれ。トモよ、こいつの近くに居てやれ」
「うん、わかった」
キーケちゃんに言われて俺は、放心状態になっているザクフォードの肩に手をやり車の近くに座らせた。
ザクフォードは苦しそうに肩で息をしていた。
羽猿達は口角の上がった顔で俺とザクフォードを見つめている。
確かにこんな奴らに真面目に相対していたらどうにかなっちまいそうだな。




