走りのキーケちゃんって素敵やん
「どこまで行くのかね?」
「すぐそこだよ、ほれ、そこに停めてあるだろ?」
キーケちゃんが言った先に見えたのは白い魔導車だった。
「これは、君がプラチナムマイヤーから脱出する時に使った例のあれかね?」
ザクフォードが俺を見る。
「あの時のとは違うけど、これは…」
俺は近くに寄ってまじまじと見る。一件、なんの変哲もない普通の4ドアセダンだが妙に大きなリアスポイラーといい、戦闘機を彷彿とさせるフロントマスクの精悍さといい走りに特化した雰囲気がビンビン伝わって来る。
「くっくっく、トモにはわかるのか?こいつのヤバさが」
キーケちゃんがニマァっと笑って言う。キーケちゃんはスピードの出るもの好きだからなあ。
「なんとなく、ね」
「こいつは凄いぞ、フーカのやつが最新の魔導技術をぶち込んで製造した走るために生まれた魔物よ。左右対称レイアウトによる理想的な重量バランス、低重心化により得られる抜群の安定感、パワーロスを極限まで抑え四輪全てに力を与える駆動システム。地味な見てくれに騙されると痛い目にあうぞ」
キーケちゃんは怖い笑みを浮かべ運転席へ入って行った。
「大丈夫なのか?」
ザクフォードが不安そうな顔をして俺を見た。
「多分」
俺は短く答えて助手席に座る。
ザクフォードも俺の真似をしてドアを開けリアシートに座った。
「ベルトがあるからそいつを装着してくれ。やり方がわからなかったらトモに聞け」
キーケちゃんはそう言って運転席のシートベルトを締める。ベルトはなんと、両肩両腰で締める四点式ベルトだ。
手こずっているザクフォードに締め方を教えてやっている間、キーケちゃんはアクセルを空ぶかしする。
もの凄い勢いで魔導エンジンが回転しているのが伝わってくる非常にレーシーなエンジン音だ。
「で?とりあえずどこに向かったら良いのだ?」
「マサライズの街はわかるかね?」
「ああ、わかる」
「ではひとまずマサライズ離宮恩賜公園に向かって貰おうか」
キーケちゃんにザクフォードが言う。離宮恩賜公園ってのは元々皇族の別荘地だったものが下賜されて公園になったものだ。
「了解」
キーケちゃんは短く答えると派手にアクセルターンをかまし急発進した。
「うっ」
後ろでザクフォードが短く唸り声を上げる。
キーケちゃんは上機嫌で鼻歌交じりにハンドルを握っている。
発進時にかなりのGがかかる。タイヤの空転もほとんどなくこの急加速!こりゃ、まじでできの良い四駆システムだな!
しかも市街地なのに容赦のない速度!
円形闘技場を遠めに眺めながら、石造りの街中を狂気じみた速度で飛ばすこの姿はまるで前世で見たスパイアクション映画だぜ。
「ちょ、ちょっと速度を出し過ぎじゃないか?うわっ!今、壁にぶつかりそうになったぞ!」
「ひっひっひ、気を付けないと舌をかむぞ。それから、今のはわざとギリギリ寄せたのだ。匠の技よ、のう?トモよ」
ザクフォードは生きた心地がしないだろうな。
俺も生きた心地しないけど。
「ひっひっひ、今日は道がすいとるのう」
「みんな、んぐっ、学祭を見に、おうふっ、行ってるんだろうね。ひゅ~、ぎっりぎりぃ~」
コーナーを曲がる時に街路樹までの隙間が指一本分あるかないかぐらいだったよ。
「この調子じゃあすぐについてしまうなあ。つまらんなあ。もっと遠くなら良かったのに」
「ぐっ、やっぱり列車の方が良かったんじゃないか?なんなら一等席の料金私が出す、うおっ、ごほんごほん。出すぞ」
「何を言っとる。それでも秘密組織の長か。そんな事で世界征服など片腹痛いわ」
「それとこれとは、んぐっ、おおおっ!今のは本気でヤバかった!木にぶつかる寸前だった!」
「あっはっは!冗談は顔だけにせい。あんなもん、まだまだ余裕があるわい。次はもっと寄せてやろうか?」
「ひ、勘弁して、ひいぃ、くれ」
ザクフォードの声が途切れ途切れになる。俺はウィンドウ上のアシストグリップをしっかりと握る。
「クッ、クルース君だけズルいではないか」
「後ろの席にもあるでしょ」
「これか、ううむ。これを握っていれば少しはマシになるか」
ザクフォードがアシストグリップを握って言う。
さて、どうかな。
「うっ、ぬおっ」
リアシートでザクフォードは唸り声を上げる。
前の席は身体をしっかりホールドするタイプのシートだが、リアシートはおうとつはあるものの普通のベンチシートだもん。くっくっく。俺は心の中で意地悪な笑みを浮かべた。
リアシートに座った時点で君の負けは決まっていたのだよ。
「ふう、む?まさか、ムンドール峠を通るつもりかね?」
外の景色を見たザクフォードが言う。
「いかにも」
ハンドルを握ったキーケちゃんが答える。
「さすがにそれはマズイぞ。別の道を行った方が良い」
「なんでよ?こっちのが近道なんじゃないの?」
俺はザクフォードに尋ねる。
「知らないのかね?この峠は出るんだよ」
「何が?」
「山賊だよ」
「なんだ、脅かすなってーの」
低いトーンで言うもんだからお化けでも出るのかと思ったじゃないかよ。
峠に出没し速い車を追って来る幽霊なんてゾッとしないよ。
「脅かしているんだよ。この魔導車はボンパドゥの試作品だろ?傷つけたくはあるまい」
「くっくっく、あたしのスピードについて来れるかねえ?」
「いや、どれだけ速くても待ち伏せされていたら一緒だろう」
「こいつの装甲を甘く見るなよ?対物対魔術式が施してあるからちょっとやそっとでは壊れんぞ」
「本当だろうね。何かあっても私は加勢せんぞ」
「構わん構わん。何かあればこいつは上が開くからな」
キーケちゃんはそう言ってハンドルについているスイッチを押す。
『ウイィィィィン』
微かに音がして前席上のルーフが開く。
おお、サンルーフか!いいねー。前世ではこっちに来る前にはあまり見かけなくなっていたが、俺が若かった頃は結構色々な車種にオプションでついていたもんだ。
「こりゃいーねー!ひゃっほーー!飛ばせ飛ばせ!レッドにブッコんだれーー!」
「きっひっひっひ、振り落とされんなよーー!
俺がベルトを外しサンルーフから身体を乗り出すとキーケちゃんは嬉しそうにアクセルを踏んだ。
「どうも君達にはついて行けない時があるな」
後ろの席でザクフォードがぽつりと言った。
「君ねえ、仮にも世界征服を狙う悪の組織の幹部だろう?もうちょっと、ノリ良くできないかねえ」
「ノリは関係あるまい。それにもうちょっと言い方ってものがあるだろ。それじゃあまるで、何と言うか」
ザクフォードが言い淀む。
「アホみたいってかい?」
「むう、遠慮がないな」
キーケちゃんにズバリ言われてザクフォードが顔をしかめる。
「かっかっかっか!」
大笑いするキーケちゃん。楽しそうでなによりだ。俺は元の位置に戻りベルトをつけた。
「それじゃ、いっちょ気合を入れて行くか」
キーケちゃんが袖をまくる。
窓の外の風景からは徐々に人家が消え、峠入口の看板を過ぎると本格的な峠道に入る。
道幅は馬車が二台すれ違える程度、そしてやはりと言うかなんというかのワインディングロード。
『ガルロォォォォギョパパパパパッ!』
鋭いエンジン音と待機を切り裂くようなスキール音。
こりゃ近くに民家があったら怒られるレベルだな。
「ううむ、しかし、あれだね。慣れるものだね」
ザクフォードが普通に話ができるようになっとるぞ。さすが悪の組織幹部。それを言うと石でも噛んだような顔をするから言わないけど。
「しかし、バッグゼッドは凄いよね。こんな山道でも舗装されてんだから」
「ほう?そう思うかね?金の無駄な使い方とは思わぬかね?地元貴族の気まぐれか、狩りにでも使う道なのかとにかくそれほど利用されぬ道に金をかけるのは如何なものかねえ」
「まあ、そういう見方もあるかも知れないけどさ。道の整備ってのはさ、国民の生活を支える大切な基盤でもあるからね。道がきちんと整備されれば人と物の流れがスムーズになる。それは経済力を高めるための大事なポイントだからね」
「ほう、それほど大切なものなのかね?」
「そうだね、道の整備は社会の基盤だからね」
「では改めて強い力を持つ国の条件とはなんだと思う?」
「そうだねえ、まず最初に経済力と技術力だね。国内で盛んな商取引がされ、高い生産力を持つ事。で他国に対して貿易なんかで主導権を持ってる事だな」
「軍事力は?」
「それも当然大事だな。自国や同盟国を守れる力がないとまず話にならないからね。それがなくちゃ国際的な信用もなにもないもん。だからそれができるだけの防衛力と迅速に展開できる機動力が求められるわな。後、地味に求められるのが地理的な要因ね。海に面してる事は大事だね。そして安全に貿易できるルートが確保できている事。これが揃ってないと厳しい事になるだろうな」
「なるほどな。他にはどんな条件があるかな?」
「そうだね、国際的な立ち位置も大きなポイントだな。世界に対して発言力がないと自国に不利なルールを作られちゃうからね。そして何気に大きいのが文化的な魅力だな」
「文化的な魅力と言うと?」
「その国の学問や芸術に魅力があって他国から憧れや共感を得られるようなら、沢山の人がその国にやって来るからね。そうなればその国に対する理解が深まるでしょ?人は理解できないものを恐れ忌避するからね。互いに理解し合う事ってのは本当に難しいからねえ」
「面白い、実に面白い。君の言っている事は深い意味でのコントロール術に流用できる事ばかりだ。どうすればうちに来てくれるのかね?」
ザクフォードは愉快そうな顔をして言う。
「きっひっひ、お客さんのお出ましだぞい」
キーケちゃんが嬉しそうに言う。前方に狼煙が上がってるのが見える。
ザクフォードがスーツの襟を正す。
せっかく興が乗って来たのに残念だよ。




