楽しいスポーツ観戦って素敵やん
朝からちょっとばかりディープな話に花を咲かせてしまった俺達だったが、今日は親善試合当日だ。
昨日以上のトラブルが予想される。
気を引き締めて臨まなければなるまい。
警備担当だが、まずベンチの中に入るのはコラスとフーカさんに決まった。
ケイトも勿論ベンチ内に入るがそれは監督としてなのでひとまずは警備としてカウントはしない。
クランケルはヤスミーナさんと一緒にワイルドフェニックスのベンチ近くで待機する事となった。
これは、クランケルが相手チームに受けが良いという理由でだ。
クランケルがなぜ相手チームの選手に受けが良かったのかと言うと、これは消去法でだ。
まず、俺についてだが何かとトラブルの渦中にいるので相手チームの選手もさすがに妙だと思い始めているという事。中には今回の色々な騒動の原因は俺にあるのではないかと口にする生徒もいるそうで、そうなるとやはり俺が近くにいるのはよろしくないだろう。
そしてコラスだが、こいつはどうもニヤニヤしながらシニカルな事を口走る事が多いのでこれまた相手チームから良く思われていないときてる。
そんな訳で、ワイルドフェニックス側で支障なく警備できるのはクランケルという事になったのだった。
で、俺なのだが。
「クルースさんは基本、自由に動いていて下さって結構です。ただし、ワイルドフェニックスベンチには近づかないようお願いします」
とはヤスミーナさんの言葉。
つまるところ、厄介払いに近いのだった。
まあ、昨日一日であれだけトラブルに巻き込まれてたらそうなるのも不思議ではないよな。
今日一日、静かにしているか。
俺は試合直前の熱気高まる闘技場観客席でそんな事を考えていた。
ボルグスク円形闘技場は直径が約二百メートル、外壁の高さはおおよそ五十メートル、最大収容人数八万人という巨大コロシアムである。
バッグゼッドでのベリンボール人気はそれほど高くないという話だったが、今日の客の入りを見るとその情報は間違っていたのではないかと言いたくなる。
かなりの大盛況で客席はほとんど埋まっている様に見える。
両軍の近くには手練れが揃ってるし、闘技場内外には両校の警備班がガッチリ巡回している。
「こりゃ、今回ばかりは出る幕ねーかな」
俺は独り言ちる。
こりゃ、ビールで飲んでベリンボール観戦と洒落込むかな。
熱気に満ちる球場の雰囲気ってなやっぱ特別感があるね。別世界と言うのか非日常と言うのか。スポーツにはあまり関心がない俺でもウキウキしてくるものがある。
「すんません、ビールとナッツのセットひとつ」
俺は売り子さんを見つけて声をかける。
お代を渡してブツを受け取った俺は空席を探した。
マジで、空いてる席がねーぞ。こりゃ、立ち見か?
「席を探しているのかね?」
「ええ、どこか空いてますかねえ?」
声をかけられ振り返るとそこにいたのはハンドラー幹部ザクフォードだった。
「そんなに露骨に嫌な顔をしなくても良いだろう。今から探しても空いてる席は見つからないと思うよ」
「それじゃ一緒に立ち見するかい?」
余裕の笑みを見せるザクフォードに俺は嫌味を言ってやる。
「立ち見ではないが一緒に観戦するかね?」
ザクフォードはなんの痛痒も感じぬそぶりで俺に言う。ちぇ、腹立つな。
「いいのかい?俺と一緒にいるといらぬ火の粉を被る事になるかもよ?」
「君はどうやら火を消すのが得意なようだからね。一緒に居れば安心かな、とね」
「あんたに着いた火までは手が回らないかもよ?」
「その時は一緒に燃えれば良いさ。ちょうど今日の試合も熱気で燃え上がりそうだしねえ」
ザクフォードは上手い事を言ったみたいな顔をしてクックックと笑った。
なんも上手い事言ってないんですけど?
「まあ、席が空いてるってんなら甘えちゃおうかね」
ここは一発、俺も余裕を見せちゃうぞ?
どうよ?まさか了承するとは思わなかっただろ?
ん?どうするんだ?おい?
俺は半笑いでザクフォードを見る。
「ああ、そうしたまえ。スポーツ観戦はひとりじゃ味気ないからね」
ザクフォードの野郎、顔色一つ変えずそう言いやがった。
「ホントについてっちゃうぞ?」
「なんだい?本気じゃなかったのかい?」
ザクフォードは残念そうな顔をして顔をすくめた。
このやろ、大物ぶりやがって。
「本気だっちゅーの!だっちゅーの!」
俺は口を尖らせてそう言い、ザクフォードの後に続く。
「ならばついて来たまえ」
「ああ、ついて行くともよ」
そうして俺はザクフォードと一緒に試合観戦をする事と相成ったのだった。
ザクフォードに続いて行った先は個室、いわゆるビップ席だった。
「飲み物や食べ物はそこのバーで注文すれば用意してくれる。好きに注文したまえ」
なんと個室内にはカウンターバーが併設されておりバーテンさんが静かに一礼した。ビリヤードの台まであるとかどんだけビップやねん。
「ちぇ、ビール買うことなかったな」
俺は席に座って言う。
「ははは、資産家の割にはセコイ事を言うね」
「別に俺は資産家じゃないもんね。今だって貯金を切り崩してる身だしね」
「またまた。君が大陸に入ってから始めた事業の事は良く知っているよ。現在直接経営に携わっていないとしても権利関係だけでもかなりの額になる事はわかっている。もっというならそれすら君にとっては一部の収入源に過ぎない事もわかっているんだよ」
「買いかぶり過ぎだな。俺はちょっと貯金のあるただの学生だよ」
俺はナッツをつまみビールを喉に流し込んで答える。
「ふふふ、ただの学生がチョーズン派と右派を相手取ってケンカするかね?我々だってそんな事はしない」
「そりゃそうだ、あんた達の仲間がそれぞれに潜り込んでいるんだろ?自分の足を食うような真似はしないだろ?タコじゃないんだから」
俺は言ってやる。まあ、タコをシンボルマークにしそうな組織ではあるけどな。
「面白い事を言うねえ。我々組織がそんな温い所だと?仲良しこよしのままごとこグループだと言いたいのかね?」
「自分のトコの職員が出向してる先と揉めたがる商会はないだろう?」
「出向理由にもよるのではないかね?」
ザクフォードはカウンターで洒落たカクテルを受け取ると俺を見てそう言う。
「人材の育成、事業支援、グループ提携や商会間の交流、余剰人員の雇用調整、ざっと思い浮かぶのはこんな所かな。あなたのとこも、ここのどこかに当てはまるんじゃないですか?」
「内部から破壊する事が目的かも知れないだろ?」
ザクフォードが不敵な笑みを浮かべる。
「わざわざそんな無駄な事はしないでしょ。壊すだけならそんな事せんでももっと楽にできるでしょうよあんたんとこなら。それに、言ってたでしょ?あんたんとこはコントロールが目的だって」
「ふふふ、面白いねえ君は。やはり、うちに欲しい人員だよ」
ザクフォードは笑ってカクテルを飲んだ。
転職先が悪の秘密結社か、前世だったら心惹かれるものもあったけども現世じゃあなあ。
「今の仕事が気に入ってるんで。お誘いは嬉しいんですけどね」
俺はそう言ってナッツをほおばりビールを煽った。
「ふふふっ、こんなに楽しい酒は久しぶりだよ」
「管理職は大変だよな。今日は仕事の事は忘れてベリンボール観戦して憂さを晴らしたら?」
俺はカウンターのバーテンさんにビールとナッツの追加を頼んで答える。
ナッツはピスタチオだった。さすがはビップルーム、ナッツの種類もお高くていらっしゃる。
「そうできればいいんだがね。おっと、試合が始まるぞ」
ザクフォードの言葉に俺は窓際に身を乗り出す。
『ガッシュ!』
突然窓に小さな穴が開き俺の頭近くを何かかすった。
俺は咄嗟に身を伏せ窓の外を見る。
遠く、何か翼を持った生き物が飛び去って行くのが目に入る。
「追わないのかね?」
「ここからやったりますわ」
俺はそう答えてビリヤードのキューを構えた。
「何をするつもりだね?」
「静かに見ててちょーだいな」
俺はそう答えて呼吸を整える。
敵はもう米粒くらいのサイズにしか見えないが、俺は意識を目に集中させる。
米粒サイズの対象がくっきりと見えてくる。
大きなワシに乗った黒装束の人物が見えてくる。
余裕なのか飛行速度はそれほど早くなさそうだ。
深く静かに呼吸を吐く。
そのタイミングで練り上げた鉄鋼弾をビリヤードのキューに沿って撃ちだす。
『バシュッ!!』
窓にもうひとつ穴が開く。
向こうから撃たれた穴にはいかにも銃弾が撃ち込まれましたと言う感じのひびが入ったが、俺が射出した鉄鋼弾は窓にキレイな穴を開けた。
遠くの空で黒装束の男がのけぞり落下した。
「ほう」
ザクフォードが感嘆の声をあげる。
「殺したのかね?」
「いや、肩をかすめたくらいのもんでしょ。ほら、見て」
黒装束は糸の切れた凧のように大きく弧を描きながら落下している。必死で飛行術式を駆使しているんだろうな。
あの調子なら死にゃあしないだろうよ。
「情けをかけたのかね?」
「さあ、あいつにとってこれが情けになるかどうか」
落下地点周辺に向かってバッグゼッド飛行部隊の小型魔導飛行船が旋回している姿を見て俺は言う。
「ふむ、そう言う事にしておこうか。丁度良い試合開始の合図になったかな」
「プレイボール!って言ってる場合か」
俺は余裕の笑みを浮かべるザクフォードにそう返した。
まったく、先が思いやられるよ。




