克服じゃない肯定ですって素敵やん
「…これがホントの朝飯前って奴だよ」
朝食をとりながら俺はコラス、ケイト、クランケル、そしてなぜだかちゃっかりまだいるフーカさんに事のあらましを説明した。
「しっかし、ちょっと幾らなんでも目立ち過ぎだよね~」
俺の話を聞いたコラスが笑って言う。
「俺が?そうかな?」
「クルポンじゃないよ~、その手の団体の事だよ~」
「待ち人教会ですか」
コラスの言葉にクランケルが落ち着いたトーンで答える。
「待ち人だけじゃあないですよね。確かに最近あちこちでそうした団体の名前を耳にしますね。それも、あまり良くない事で」
フーカさんが真剣な表情で言う。
「確かにそうですね。学園内でも家族間や友人間のトラブル相談でそうした団体の名前が出てくるパターンは増えているように感じます」
ケイトが神妙な顔をして言う。
「国が乱れる時そうした組織が大きく力をつけるとは聞いた事がありますが、今のバッグゼッドは飢饉もなくそこまで目に見えて腐敗が進んでいるようにも思えない。衛兵が袖の下を要求するような事もないし、場所にもよりますが街中は女性でも安心して夜に独り歩きできる状態です。なのになぜ?」
クランケルは腕を組み顎の下をつかみながら言う。いい男がやると様になるね、もう。
「なぜだと思います?」
フーカさんが好奇心に目を光らせながら俺を見る。
「そうだな、確かにクランケルが言うようにバッグゼッド帝国は魔学の進歩により多くの国民が食べるのに苦労しない社会になってるよな。でも、だからこそとも言えるな」
「どういう事です?」
クランケルも興味をそそられたようだ。
「生きる事に精一杯の世の中で亡くなった事で、多くの人に余裕ができた。余裕があると人は色々な事を考え始めるもんだ。人生の意味とか幸福とはなんなのか、とか」
「それはわかります。魔学の進歩も人々の生活に余裕ができた事により加速したのだとは良く言われる事ですからね」
フーカさんが頷きながら言う。
「急激に豊かな社会になる事で起きる弊害も、ああした団体が急成長する要因のひとつと言えるな」
「弊害?」
コラスが聞く。
「ああ。魔学が進歩し社会が豊かになると人が都市部に集まる。するとそれまで農村部であったような濃いコミュニティが崩壊する。つまり多くの人が孤立し孤独を感じて生きているような状況が出来上がっている事になる。ああした団体ってのはとにかく濃いコミュニティだからね」
「あ~それは確かにあるね~。ちょっと人が一か所に集まり過ぎだよね~。で、そういうとこって隣近所の付き合いとかないもんね~。何か事件があっても隣りにどんな人が住んでたか知らないなんて話も良く聞くもんね~」
俺の話にコラスが言う。
「新しく越して来た人を狙い撃ちしているフシもありますね」
「うそ~、それはえげつないねえ」
「ああした団体はやるよねそういう事。身近な人が亡くなったとか、事故にあったとかそういう人がいると寄って来るよね。組織的にそれを推奨してるとこもあるって聞くよ」
ケイトの話に答えたコラスに俺は言ってやる。
「うわ~、えげつな~」
コラスが笑顔で言う。
「そんなんまだまだ序の口よ。とにかくそういう団体は人の恐怖心を煽るからね。気を付けた方が良いポイントのひとつに強い終末思想があるんだけどね」
「世界が終わる、自分達以外は全て滅びるって奴ですね」
クランケルが言う。
「そうそう。でもってその中でも特にヤバいのが終末を特定してくる団体ね。もっともらしい事言って年代計算とかしてくるところは要注意だよ」
「なぜ要注意なんです?」
ケイトが俺を見る。
「だってさ、いついつまでに世界が終わるなんて言って終わらんかったらどうする?」
「え~?そ~だね~、だったら無理矢理終わらせちゃう?」
「そういう発想の団体もいるよ。それで信者集めて集団自殺したり、国相手に一戦交えようとしたりね。だけどまあ、そんなのはさ滅多にないしそんな事すればそこで団体は消滅だからね、最悪の手な訳よ」
「じゃ、どういう手を打つわけ?」
「まあ、だいたいは解釈の変更からの再計算だね」
「なにそれ~?結局外れたから誤魔化してるだけじゃ~ん。そんなんじゃみんなすぐ嘘だってわかって辞めちゃうでしょ~」
「ところがどっこい、そうでもないんだよね~」
俺はコラスに笑って言う。
「え~?なんで~?」
「そうやって対処してる団体は結構あるけど、失望する信者よりもより熱心になる信者の方が多かったりするんだよね~」
「前に言っていたギャンブラーの心理ですね」
クランケルが言う。
「それもあるね。これまで費やして来た時間や労力を考えると引くに引けない気持ちになるって奴ね。他にも予言の成就のためにはもっともっと熱心に勧誘活動をする必要があると考える、そうやって外れた事実を正当化しようとするってのもあるね」
俺は説明する。
こいつは前世で読んだ話だ。
レオン・フェスティンガーという社会心理学者が終末予言を提唱するある団体に潜入し、その内部から事細かく観察した話なのだがこれが実に面白かった。
その団体の代表は明確な日時まで指定しており、多くの信者は職を辞し生活用品言を処分しその日に備えた。
そうして終わりの日に備える人達には、世界が終わるのだから何をしても無駄という虚無感、自分達は選ばれた存在なのだという特別感が入り混じり不安と高揚の波に翻弄されていたという。
そして運命の日、当然終わりなどはやって来なかった。
一部のメンバーは集団から離れた。
しかし多くのメンバーはその後にリーダーが放った言葉に更なる高揚を得たのだ。
その言葉とは、我々の信仰が終末を防いだのだ、というものだった。
まったく、運動会での校長の言葉みたいなもんだ。晴れていれば皆さんの普段の行いが良かったからとかんなとか言うし、曇ってればみんなの元気で吹き飛ばしましょうと言うだけの事だ。
運動会は良いとして、まともな判断力を持っていればそんな言葉に浮かれたりはしないのだが、その研究での考察によれば、人ってのは失ったものが多ければ多いほど、それを正当化するのだという。費やした資産、時間、人間関係が無駄だったとあっさり割り切れる程、人間とは強い生き物ではないのだ。
結果として多くの信者は以前よりもいっそう熱心に勧誘活動に励むようになったのだ。
人間の心理的防衛は時として人を非合理な行動に走らせる。
とても興味深いが同時にとても恐ろしい話しでもある。
俺はそれをこの世界風にアレンジしながら皆に聞かせた。
「ちょっと待ってよ、それじゃあもう無敵じゃん。なんか腹が立つんですけど?」
俺の話を聞いたコラスが口を尖らせる。コラスがムカつくのも理解できる。こいつはこいつで、長い時間を生きて、人の信頼を得るにはどうしたら良いのか、術ではなく心から人と繋がる事は出来るのか、そうした事を考え続け時に絶望したりして生きてきたんだ。それをこんないかがわしい団体が奇妙な裏技みたいなやり方で人を強固に、それも自主的に結び付けるようなやり方をしていると聞いては心中穏やかではいられないだろう。
「お前の気持ちもわかるが、こいつはあくまで人の弱さゆえの不合理な行動でありそれを行った本人において客観的に良好な状態とは言い難いものだ。つまり、ある種の術にかけられている状態に等しいとも言える」
「君が使う幻術のような?」
「まあ、そうだな。似た所はあるかもしれない。あれも対象の心にあるうしろめたさや不快感を利用して深みにはまらせるような所があるからね。つまるところ、人ってのはそんなに強くないんだよ。だから、ああした団体がはびこるわけだし、ハマる人は愚かだと簡単に切って捨てる事もできないんだよ」
俺はクランケルに答えた。
「非常に面白いですねその話は。信じている事が間違っていると気づいてしまった時、人がとる行動には幾つかパターンがあるが、一番合理的と思えるそこを去るという選択肢をとる人は少ない。対象の解釈を変え間違いを正当化したり、新たな支持者を増やす事で正当化したりする人の方が多いと。それまで払ったコストが大きければ大きいほど、取り組んでいた研究をそれが間違っていたとしても捨てる事が難しいのは私も良く理解できます。しかし、間違っていると気づいていながらそれを正当化するために新たなコストを払うのは、なんというかとても虚しい行為に思えますね」
フーカさんが俺に言う。実に研究者らしい考え方だ、そしてフーカさんらしいとも言える。
「そうした団体を嫌悪しながら信者に対してはどこかお人好しとも思える行動をする。君の行動が少し理解できた気がします」
クランケルが俺の目を見てそんな事を言った。
「とりあえず、ありがとうと言っておくよ」
俺は朝食をとりながらそう言うのだった。




