見えないものの足音って素敵やん
しばらくそれぞれ歓談していた我々もシャワーを浴びて就寝ということになる。
俺、コラス、クランケルは交代で夜番をする事にした。
「最初は俺か」
くじで決めた順番は俺、クランケル、コラスの順。
俺は昼間の様相から一転、静まり返った闘技場内をひとり歩く。
「祭りの後って感じだな。いや、祭りの前なのか」
俺はひとり闘技場内を歩きながら独特の雰囲気に浸ってみる。
う~ん、なんかハードボイルドだぜ。
前世で辞めて久しいがタバコのひとつでもふかしたくなるシチュエーションだ。
「お疲れ様です」
「あ、お疲れ様でぇーす」
向かい側から歩いて来た警備班の女生徒に挨拶をされ俺はついにやけて返事してしまう。
つくづく俺ってカッコつかないよな~。
ちなみにだが、俺たちが夜警して回る事はヤスミーナさん経由で警備班に通達済みなので顔パスである。
まあ、夜間もこうやって警備班が巡回してるんだから敵さんもやたらな事は出来まい。
ある意味、昼間よりも夜の方が人がいない分、目立つからな。
とはいえこれまで相対して来た連中はプロに頼んで夜襲をかけてきたりしてたからな。今回の連中はそこまであからさまな事はしてこないと思うが、それでも一応、警戒するに越したことは無い。
よく耳を澄ますと泊まっている生徒達の談笑の声が微かに聞える。
遠くから聞こえる生活音。
これもまた独特の寂しさを感じさせるなあ。
なんて感傷に浸っている場合じゃないや。
冷たい石造りの通路の空気はひんやりとしていて気持ちが引きしまる。
さっきは始めたばかりでうっかりしちまったが、巡回している警備班のルートは聞いているのでとなるべくバッティングしないように歩く。
「ひたひたひたひた」
微かな足音が後方から聞こえる。
俺は足を止めて振り向く。
後方に感じていた足音もピタリととまる。
「誰かいるの?」
俺は恐る恐る聞くが当然答えは返ってこない。
どこかへ向かう途中とかなら走り出すところだが、今は警備の最中だそういう訳にも行かない。
俺は腹の底に力を込めて今来た道を引き返し角の向こうを見る。
当然、誰もいない。
ううう。
「気のせいか。気のせいだよな」
俺は自分を鼓舞するように独り言を言い先へ進む。
「ひたひたひたひた」
またもや後方から足音がする。
「お先にどうぞ」
俺は前世で聞いた言葉を発して見る。山などで後ろから足音がするが誰もいないという時、それは妖怪の仕業なのでこう声をかけると良いという話しを思い出したからだ。
藁にも縋るとはこういう事か。
こういう時、怖い気持ちになってしまうとどんどんその気持ちに拍車がかかりとめどなくなってしまう。
怖くなんてない、怖くなんてない。
俺は心の中でそう呪文のように唱え続ける。
「ひたひたひたひた」
まだ後ろから音がするよ。
「誰だ!」
俺は急に振り返る。そしてそこには誰もいない。
「なんだよ~勘弁してくれよ~。誰か俺の事を脅かすつもりならもう十分だよ~、だから、もう勘弁してくれよ~。シーボーズか?もうシーボーズなんて呼ばないから~ちゃんとシンプソンさんって呼ぶから~」
俺は後ろを向いて拝むように言う。我ながら情けないと思うがホントにあいつらのからかいなら良し、そうじゃなくてもこうやって情けない自分を噛み締める事で恐怖は緩和される……はず。
後方からは何の音もしない。
「これじゃただの間抜けだよ、たはははは、あーおかしい。笑っちゃうね」
ひとり、から笑いをしてみるが情けないやら怖いやら。情けない自分を噛み締めつつ怖さは変化なしとは之如何に!
「あーおかし。おかしいなあ」
俺の独り言が通路にこだまする。
どーしよう?警備班と合流しようか?でも合流してなんて言うんだ?なんだか良くわからないけど、後ろからつけてくるような足音がしておっかないんですけど、夜警をご一緒させて頂いてもよろしいですか?
さすがにそれは情けない。情けない上に変なナンパと思われたら恥ずかしすぎる。
でも、おっかねえもんはおっかねえ。
こうなりゃ、恥も外聞もない合流するか。
「ひたひたひたひた」
俺は早歩きで警備班の夜警ルートを頭に思い浮かべ、一番近くのルートを探す。
「ひたひたひたひた」
俺の歩調が速くなったのにあわせ後ろから聞こえる足音も速くなったような気がする。
冗談じゃないよ。
俺は更にペースアップする。
後方の音が近付いて来る。
なんでこの闘技場はこんなに広いんだよ!
「!」
突然後方の音が止んだ。
俺は恐る恐る足を止めて振り返る。
「何もいないよね」
『ドサッ』
嫌な音がして頭上から何かが俺に覆いかぶさった。
「うおっ!うわっぷ!」
何だかわからないがヌメヌメしたものが俺にかぶさり包み込もうとしている。視界が曇り粘液が身体中にまとわりつき頭がズンっと重くなり呼吸が苦しくなる。
ヤバッ!なんだかわかんねーけどヤベー!
俺は腰付近に手を降ろし、西部劇に出てくるガンファイターの抜き打ちのような姿勢で空雷弾を連射する。
身体中を包む何かが空雷弾に反応しビカビカと発光する。
空雷弾が壁に着弾する様子がない事から見て、空雷弾は俺を包んだ何かに当たり電撃を発しているようだ。
俺の身体にも電撃が伝わり髪が焦げたような臭いが鼻を突く。
こうなりゃ根競べだ。
俺は空雷弾の連射を続ける。
「バッチ!」
空雷弾が突き抜けたか俺を包んでいた何かが避けたのか、壁に着弾し弾ける音がする。
「ぶはっ!!」
包んでいた何かがズルリと地面に流れ、俺は文字通り一呼吸付く。
「なんなんだテメーはっ!」
俺は地面に向かって空雷弾を連射する。
地面に流れた水色の流体は空雷弾を浴びると一気に盛り上がり円筒形になった。
「なんだなんだお前!気持ちワルッ!」
俺は目の前にそそり立った泥水色の円柱に空雷弾を連射する。
泥水色だった円柱は空雷弾のスパークで鈍い光を放ち透明になった。
透明になった円柱の中に真っ赤な石のような物が見える。
こういう場合、まず確実に核だろ。
俺は真っ赤な石に向かって鉄鋼弾を連射する。
「ゴボゴボゴボ!」
鈍い音がして鉄鋼弾がなんだかわからない奴の内部に食い込む。
鉄鋼弾は内部で勢いを殺され真っ赤な石まで届かない。
「だったら届くまでやったるわい!」
俺は鉄鋼弾を更に連射する。周囲に飛び散る奴の体液。特に煙を上げる事もないので強い酸とかではなさそうだ。
撃ち込んだ鉄鋼弾が奴の内部で当たり火花を上げる。
ヤツの身体?がプルプルと震える。
「どうだ!」
鉄鋼弾が奴の核に届く。
真っ赤な石は鉄鋼弾の直撃を受け砕ける。
「バッシャァァァァァン」
円筒形は激しく揺れた後、液体になり地面にぶちまけられた。
「ふひぃー、なんだよこいつ」
俺は身体にまとわりついた粘液みたいなもんを手で弾き落としながら独り言ちる。
こいつがひたひた音の正体なのか?
「気を付けて!離れて下さい!」
突然声がして後方から白い煙が放たれる。
まるで消火器みたいな白い煙が俺を包む。
「うっぷっ!」
「風魔法使わないで下さい!」
思わず煙を吹き飛ばそうとしたが、警備の子の言葉に思いとどまる。
「いいですよ」
「ういっす」
警備の子のオッケーが出たので俺は風魔法で周囲に漂う白い煙を吹き払う。
「大丈夫でしたか?服に異常はありませんか?」
警備の子が目を逸らしながら言う。
「服?別に異常はないと思うけど……あっ!」
言われて自分の服を目で見て手で触って確かめるとケツの下、太股辺りにデカイ穴が開いていた。
「大丈夫ですか?毛布を持ってこさせましょうか?」
「いや、そこまでじゃないから大丈夫だけど」
「皮膚は大丈夫ですか?どこです?見せて下さい」
警備の子がしっかりこちらを見て迫って来るので俺は勢いに押されて後ろを向き太股を見せる。
「とりあえず火傷は負っていないみたいですが、痛みやかゆみがあるのなら救護班へ行ってください」
「ありがとうございます。ところで今更なんですけど、こいつはなんなんですか?」
俺は地面に飛散しているぬめりを見て問う。
「新種のスライムです」
「新種?」
「ええ」
警備の子が難しい顔をして言う。なんだなんだ?何が起こってるんだ?




