一日の終わりにって素敵やん
各勢力からの物理的妨害のみならず相手チームとの確執まで発生した初日であったが、怪我人等が出なかった事は僥倖であった。
「ふぅ、無事是名馬よのう」
夕飯を済ませた俺は温かいヤグー茶を飲みながら一息ついた。
「まだまだわからないよ~」
「そうそう、夜はこれからですからね~」
「コラスはまたおっかねー事、言うなっつーの。それからフーカさんは帰らんでいいの?暇なの?」
俺は怪談を話すような口調で言うふたりにツッコミを入れる。
「支部長には報告済みですよ。なにせ今回は初の実戦配備ですからね、これも仕事の一部ですよ」
「お仕事ご苦労様です~」
フフンと胸を張るフーカさんに声をかけながら隣りに座ったのはヤスミーナさんだった。
「お疲れっすー」
俺は軽い調子でヤスミーナさんに声掛けをする。
コラス達も続いてヤスミーナさんを労った。
「いやいやいやいや、皆さんのご協力あっての事でございます」
ヤスミーナさんは軽い調子でそう答えると手に持ったコップをクイっと一口飲んだ。
「ふぅ、今日はお茶っすけど文化祭が終了したらみんなで打ち上げやりましょうよ」
「いいですねえ~、是非やりましょう」
「それならちょっと気になるお店が」
ヤスミーナさんの意見にフーカさん、ケイトが続ける。
ケイトの奴め、しっかりこの辺の飲食店をチェックしているとはさすがとしか言いようがない。
「さっきの話だけどさ~クルポン」
「なんだよ?夜の警備についてか?」
「そうそう、わかってるじゃ~ん。夜は僕に任せてよ~、夜こそ僕のホームだからさ~」
コラスがニコニコして言う。確かにコラスはいわゆるバンパイア、夜の眷属、眠らぬ夜を統べる者なんて言われてるけど、実際のところは当然睡眠も必要としている。
夜目は効くし闇に紛れるのも得意だとは聞いているが、それでもコラスひとりに任せるわけにはいかない。
「夜が得意なのは心得ていますが、そうすると昼間の戦力が減ってしまいます。お気持ちは嬉しいですが、ここはやはり当番制にした方が良いと思いますが」
クランケルが俺の言いたい事を言ってくれた。
「そうそう、明日は試合当日だし昼間の警備にお前が居ないのは正直キツイからな」
俺も同意しコラスに言う。
「え~?別に一晩くらい寝なくても平気だよ~?」
「それでもやはり分担しましょう」
「そうそう、なるべくリスクは分散させたほうが良いからな」
「む~、そんなに僕って信用できないかな~?」
コラスがむくれる。
「いやいや、信用できないんじゃなくってお前の存在がデカイから言ってるんだよ」
「そうです、コラスさんが万全の状態であるかどうかは我々の安心感にも繋がりますからね。守備を信頼しているからこそ全力でピッチャーは投げられる、そう言う事ですよ」
「そ~お?そう言う事ならいっかな~、なんか、ノセられたみたいな気もしないでもないけどさ~」
俺とクランケルの説得でなんとか気を取り直してくれるコラス。半分は冗談なんだろうけどもう半分に冗談じゃないものも感じてしまうから厄介だ。コラスも生半可じゃない人生を送って来た男だからな、少なくても俺らといる時は楽しくやって貰いたいと思っとるんよ俺は。
「しかし、不思議ですね」
打ち上げの話題で盛り上がっている女子達をよそにクランケルが言う。
「何が~?」
コラスがクランケルの顔を覗き込んで聞く。
「モミバトス教について私も詳しくは知りませんが、その教えの大元であるモミバトスが平和を説いていた事くらいは知っています。だのになぜ、その教えを守っていると自称する人達が憎しみ合っているのでしょうか?」
「うは~、クラっちは真面目だねえ~。やっぱそれが人の本質なんじゃないの?」
コラスが呑気な口調で答えるが、その目は笑っていないのがわかる。今まで長い間に見てきた人間の黒い側面を思い出しているのだろう。
「本質かどうかはわからないが、幾つか思うことはあるね」
「聞かせて貰えますか?」
クランケルが言い、コラスも俺の目を見る。
「ひとつ考えられるのは思想を理解せず解釈に頼り過ぎている事だな」
「思想と解釈の違い?」
コラスが俺を見て言う。その目に先ほどチラついていた暗い影が薄まっている。
「なぜその結論に至ったのか、どのような背景があったのか、どのような目的があったのかとそこまで考えようとするのが思想的な事。対して解釈的な考え方とは表面的なものを切り取って都合よく意味づけてしまう、そうした明確な違いがあると思うね思想と解釈には」
「マルギシャスが君に言ってた事などまさにそうですね」
「ああ、シンバ書の一節を都合よく切り取って使ってたやつね~。あれ、笑っちゃうよね指導者は健全であるように日々祈れって話しなのに指導者は健全なのだって解釈しちゃうんだもん」
クランケルに続きコラスが笑う。
「真意を無視して自分に都合の良い一面的な切り取りや解釈をするのはああした団体の得意技だからね。だからあれだけ沢山の分派があるんだよな。しかも、他との差別化を図りたくて余計解釈に走り良くわからない教義を増やしちゃうんだからね。それに縛られる信者は哀れとしか言いようがないよ」
「本当の意味で理解できないから許容できない、許容できないから認めず排除する。自分も武に対してそういう所があったと反省しますよ」
「クラっちはなんでもかんでも武に結び付けるなあ~、でも、それで自分を顧みて反省するってのは凄いよね~。成長し続けるわけだよ~。これじゃ、僕なんてすぐに追い抜かれちゃうな~」
「いえ、そんな、まだまだですよ」
コラスに言われてクランケルが珍しく照れる。照れているクランケルを見るのはちょっと楽しい。
「でもさ~ホント不思議なんだよね~。なんでそんな不合理で穴だらけのものに信仰を抱く事ができるんだろう?信仰を抱くのってさ自分のすべてをそれに賭けるって事でしょ?不確かな事に全ベットなんて僕には無理だな~」
コラスが言う。
「いやコラスさあ、それこそが信仰の本質なんだよ」
「へ?どゆこと?」
「つまりな、ガラスのコップあるだろ?それを高い所から落とすと割れるだろ?それを信じる事は信仰とは言わないだろ?」
「そりゃそうでしょ、ただの事実だもん」
コラスが答える。
「そういうことさ。論理的に破綻も矛盾もなく客観的な再現性のある事を信じるのは信仰ではなくただの事実認識って事なのさ」
「つまり、不確かな事を信じるのが信仰って事?そう言うと野蛮な行為に聞こえちゃうね~」
「信仰とはそうしたものを越えた絶対的信頼である、という言い方もできるぞ」
俺はコラスに言う。
「しかしそれで無思考になってしまうのではね。ディアナさんの所にはそうした団体の信者を親に持ち避難して来た子供達が大勢いますよね?それで聞いたのですけど、彼らの親御さんは何かと言うと団体の管理職にこれはやっていいのか、これはダメなのかと尋ねていたんだそうですよ。そうした親を見て子供達は不安になったと聞いてますよ」
クランケルが言う。
「それにも幾つか理由があるんだよな。まず、そうした団体は信者に繰り返し自分の判断に頼らず団体の指示に従うよう教育するって事。いまひとつは団体以外の一般の人との接触を絶たせて孤立させ相談できる相手を団体以外に無くす事」
「子供達が言うには団体がダメと明言している事ですら管理職に正否を問うような事も少なくなかったそうですよ。これは本当に無思考になってしまったって事ではないのですか?」
「考えられる可能性としてあるのは、そうした団体はコロコロと規則を変更するって事かな。実際にスプレーンの息がかかった所なんかは、世間の評判を気にして規則の軟化政策に走っているって聞くよ。ああした団体も国や世間一般からあまりに敵視されると困るからね、信者が増えなければ資金が集まらなくなるし。とにかく、そうした団体も商会と同じで生き残りに必死だからね。とにかく団体を大きく強くする事に血道を上げているわけよ。そんな訳で過去に禁じていた事を解禁したり軟化したりするのも当然と言えば当然なのよ。でも信者はそんな風には考えない、考えないよう教育されてるからね。団体は神の代理機関であり間違ったことはしないって信じてる訳。そうなるともう、逐一管理職に尋ねないと心配で心配でいられなくなってしまう」
「それは無思考よりも哀れですね」
俺の説明にクランケルが答えた。
「まあ、無思考みたいなもんだけどね。だって思考力ってのは情報を鵜呑みにしないで物事の本質を見極める力でしょ?今まで得た情報、知識、経験を基にそれこそ論理的に考えないとダメでしょ」
「コラスさんのいう事はもっともだと思います。いわば、そうした団体にとって思考力は邪魔なもの、信者に身に着けて貰っては困る力である、とそう言う事なのかも知れませんね」
「にゃるほどね~クラっちの言う通りなのかも知れないね~。んじゃさ、逆に思考力を鍛えるにはどうしたらいいと思う?」
「私の師はなぜを基点に思考を巡らせよといつも言ってましたね。思考を遮断せず連続性をもたせろと。なぜ、自分の技が通じないのか、なぜ一歩遅れるのか、なぜ躱されるのか、考えて答えが出ても更になぜの気持ちを持つ事。そうすれば武の感性が磨かれると言っていました」
クランケルの言う師とはサーヴィングのおとっつぁんの事だな。あの人なら言いそうな事だよ。
「へえ~、面白いねえ。クラっちの師匠か~一度会ってみたいな~。そのなぜってやつだけどさ…」
コラスとクランケルが会話に没頭し始める。
面白い話題で俺もつい耳を傾けるのだった。




