携挙もうどう?って素敵やん
俺はヘダシェスに声をかけ続ける。
「ヘダシェスさん、あなた仮にもひとつの大きな組織で重用されるような人物だ。そりゃあやっぱり優秀だって事だよ」
俺は声のトーンを落として言う。
「はぁーふぅー、そんな事はない。すべては神の思し召しによるもので、ふぅー、私個人の力で成し遂げた事などひとつもない、はぁはぁ」
ヘダシェスは呼吸を整えようと肩で息をしながら答えた。
「いや、あんたの力だよ。だって考えて見なよ、そんなになんでもかんでも神の御意向で成されたってんならさ、世の中とっくに良くなってるんじゃない?子供や弱い立場の人が酷い目に遭うような事もなくなるんじゃない?」
つーか、カルト団体がその原因になってるけどな!と言いたいとこだが、聞く耳を持ち始め自分の頭で考え始めているヘダシェスにはそんな事は言わない。
「それは、しかし……」
勿論、ヘダシェスが所属している組織もそこいら辺の答えは提供しているはずだ。しかしヘダシェスはその理屈を持ち出すことは無かった。自分の頭で考え始めたヘダシェスにとって、組織が提供する理屈は既に胸を張って言えるレベルではなくなりつつある、という事だろう。
良い傾向だ。
俺はヘダシェスから目を逸らさない。
ヘダシェスの目から最初にあった嫌な険しさがなくなりつつある。あの、拗ねているような何かを憎んでいるようなそれでいてどこかに卑屈さが残る目、俺にとって非常に見覚えのある嫌な目に徐々に理知的な色がさしてきているように俺には思えた。
「あんたの身体は今を生きたいと痛烈に叫んでいるんだ。その証拠にあんたはさっきの衰弱から立ち直りつつある。あんたなら立ち直れるよ。今を懸命に生きようとするものにこそ、神の祝福は注がれるんじゃないか?」
俺はヘダシェスにゆっくりと語りかける。
終末思想と選民思想の組み合わせはある種の人を強烈に惹きつけるる麻薬のような魅力がある。自分達だけが特別な存在でその他の者はすべて滅びるという極端な考えは、他者への激しい排斥を産む。
それは激しい暴力に発展したり、そうでなくても信じている者を社会的に孤立させる。そしてそうした人々はやがて終わるとされるこの世界に希望を見出せなくなり現実に対して無関心になる。
団体によっては政治に関心を持つ事は良くない事だと圧をかける所もある。そんな事をされると信者は世界について調べる事も知ろうとする事もなくなり、世界観が非常に薄っぺらい稚拙なものになってしまう。
更に言えば、人間に対しての見方も選民思想から来る善悪二元論に染められやはり非常に薄っぺらく稚拙なものとなってしまう。
俺は前世でそうした人を多く見てきたし、もっと大きなステージでそうした思想を持つ団体が国を動かすのを見てきた。
それで酷い目に遭うのはいつだって弱者なのだ。
本当にうんざりする。
「神は愛と説いてるんだろ?水源に毒を入れろなんて愛ある存在が命じる事じゃないだろ?世界は憎悪と悪に支配されている、世界を否定しろ、世界を排斥しろ、自分のやりたい事はするな、楽しい事はするな、夢は持つな、そんな事を子供に教えるのって愛がある事かな?愛ある存在は子供にそんな事を望むかな?」
ヘダシェスの呼吸は安定しつつあったが小刻みに肩が震えているのが見える。まるで、なにかが身体の内から溢れそうになっている前兆のように俺には見えた。
それは、人間にとってとても自然なものであるように俺には思えた。
良くない団体と言うのは人の中の自然な欲求を否定しがちだ。それが自分自身のみに向く求道的なものであるならばまだ良いが、他者を否定する方向に強く向くのが良くない団体の良くない所なのだ。
何度も言うが思想を理解せず表面的な解釈で憎しみ合うのは非常に愚かな事である。まったく不毛で悲しい事だ。
前世でもこの世界でも歴史を見ればそうした事が原因で多くの紛争や権力闘争が行われてきたのがわかるだろう。
だから俺は言い続けるんだ。
「人ってのはさ、自分が望む自分になれるんだ。人は誰しも幸せになる権利があるんだよ」
「………こんな………こんなんじゃなかった。待ち人教会も昔は良かった、いつからこうなってしまったんだろう。いつから私は……」
ヘダシェスは力なく言う。
「本来は生きる苦しみを取り除こう、人の救いとなろうというのが出発点だったのかもしれない。それを多くの人に知らせるために組織を大きくしたんだろう。でも、組織が大きくなれば組織を守り勢力を拡大する事が目的になってしまう。そのためにはきっちりとした組織づくりも必要だ。そして権力は腐りやすいものだ。人ってのはそんなに強くないからな」
「………」
ヘダシェスは地面を見つめる。色々と思い当たるフシもあるんだろう、時にそうした腐敗に振り回され時には自分自身がそれにどっぷりつかる事もあっただろう。大きな組織の中で成り上がるって事は一筋縄ではいかぬ事だ。
それこそ清濁併せ呑まないといけない事が多々あったろう。いや、ヘダシェスは泥水をすする事の方が多かったのかもしれない。彼の持病やその事への思いを上手く利用され汚れ仕事専門要員にされたような所も多分にあったのかも知れない。
ある人はこう言った、人を幸せにするはずの宗教が人を不幸にするのは制服欲が原因である、と。そして征服欲が強くないと組織は発展しないのだ、とも言っていた。手段がいつの間にか目的になってしまうのも良くある話しだ。
「クルースさん、そろそろ」
ヤスミーナさんが俺の肩に手を置く。
「とにかくヘダシェスさんよ、まだまだやり直しはきくんだ。塀の中でお勤めすれば規則正しい生活を送る事になるだろうから症状の軽減にもなるだろう。ピンチの後にチャンスありだ、こんな事でめげるなよ」
俺はヘダシェスの肩に手を置いた。
ヘダシェスは静かにゆっくりと頭を下げた。
俺に出来る事はこのくらいだ。後はヘダシェス、お前次第なんだ。




