お互い気苦労絶えませんって素敵やん
「実際のところ私にはあまり理解できないんですよね、ああした団体の考える事って。信者の方がなぜ疑問を抱かないのか不思議でならないんですよ。クルースさんはそうした団体の専門家だと聞きましたが、それはなぜなんですか?」
ヤスミーナさんが真剣な顔で言う。
「別に専門家ってわけじゃあないんですけどね。確かに自分はこれまでそうした団体を多く見てきましたし悩まされもしましたから、多少は心得ていますのでそこからお答えさせて貰いますけどね。まず、彼らのような団体は信者に自分の頭で考えるなと再三教え込むんですよ。自分で判断するな、団体の指示に従え、もし団体の指示が納得できなくてもとにかく従えってね。そんな教育を長期間に渡って施されてしまうとねえ」
俺は肩をすくめる。
「それで無批判に従うようになるものなんですか?」
「実際、なってますからねえ。勿論、他にも色々な手段はありますよ。外部からの情報を遮断させたり」
「あっ!それ風紀委員もやってますよ」
「まあ、常套手段ですからねえ。外部を敵視しまともな忠告をしてくれる存在を真実を追求する時に必ず現れる迫害だなんて教えたりもしますね。それで信者を孤立させてしまうんですよ。そうするともう頼れる存在はその団体しかなくなっちゃう」
「それはえげつないですね」
「まったくねえ。後はですね、人の心ってものもありますね」
「人の心ですか?」
「そう。例えばですけどね。人がギャンブルで抜き差しならぬところまで行ってしまうのはなぜかわかります?」
俺は歩きながらヤスミーナさんに尋ねた。
「それはギャンブルにはそれだけの魅力があるから、ですよね?」
「勿論、それもあります。ギャンブルには麻薬と同じように強烈な依存性がありますからね。でも、それだけじゃあないんですよ。人ってのは過去に自分が使った労力や時間、資産などを考えて引くに引けなくなってしまう性質があるんですよね。自分の人生をこれだけ注ぎ込んだのだから間違っているはずはない。そうやって過去に行った投資や努力に縛られてしまうんですよね」
俺はヤスミーナさんに説明する。これは前世でサンクコスト効果とかコンコルド効果と呼ばれていた人の心理状態の事だ。厳密に言うとそのふたつは微妙には違うのだけど。ちなみにコンコルドってのは前世で開発された超音速旅客機の事だ。この超音速旅客機は開発途中からさまざまな問題点が明らかになり収益が見込めない事もわかっていたのだが、それまでにつぎ込んだ労力と多額の資金を考えそれを無駄にしたくないばかりに開発を続け運行を開始し最終的には重大事故を起こしやっとプロジェクトを終了したというのだ。
つまり人ってのは過去の積み重ねに大きな意味を見出す事で冷静な判断ができなくなってしまいがちという事なのだ。
「ああした団体に居続ける人にも似たような心持ちを抱くと、そう言うのですか?」
「ああした団体に限った話ではないんですけどね。人ってのはそんなに強くないんですよ」
「なんともやり切れぬ話ですね」
「だからこそ人ってのは良いものだとも言えますけどね」
俺は何とも言えぬ表情で首を振るヤスミーナさんにそう言った。
「クルースさんは何と言うか……歳誤魔化していませんか?」
ヤスミーナさんは少し考えこむような顔をしてから俺を見てそんな事を言う。
「よくオッサンっぽいって言われますよ」
俺は笑いながら答える。
「そういう意味じゃあないんですけどねえ。ああ、でも近いのかな?うん、似たような感じかも知れませんね」
ヤスミーナさんはひとりで何かに納得したような顔をして頷いた。何に納得したんだ?
「あそこが風紀委員の詰め所です」
ヤスミーナさんが指さす先に見えたのはふたりの女生徒がトビラの前で立ち番をしているところだった。
「バスティン委員長はいますか?」
「何がですか?」
ヤスミーナさんに声をかけられた立ち番の女子生徒はなんだかトンチンカンな返答をした。
何がですかって何がですか?と問いたい。
「委員長は不在ですか?」
ヤスミーナさんは少しだけうんざりしたような表情を見せそう尋ねた。
「委員長でしたらおられますが」
女子生徒は表情を変えずにそう答えた。
………ってそれで終わりかいっ!女生徒はその後に言葉を繋げず正面に向きなおった。
「委員長にヤスミーナが来たとお伝え願えますか?」
ヤスミーナさんは辛抱強くそう伝えた。大丈夫なのか風紀委員?かなり話にならない雰囲気が漂っているんだが。
「そう言う事でしたら最初にそう言ってくださいますか?」
女子生徒はそう言ってトビラの中に入って行った。キィィィィィ!なんなのこの子っ!ヤスミーナさんを見るとドーモスイマセンと口でパクパクして俺に伝え頭を下げた。
ヤスミーナさんが我慢しているのに俺がキレる訳にもいかないよな。
「お入りください」
先ほどの女生徒が戻って来てつっけんどんにそう言った。
「失礼します」
ヤスミーナさんは会釈をして部屋に入ったので俺もそれに続く。
部屋の奥には重厚な机があり、そこでは以前パーティの時にスプレーンの元にいざなったあの女生徒が忙し気に書類仕事をしていた。
「なんの御用ですか?こちらも忙しいので手短にお願い致します」
「カンクワンさんの件で来たと言えばわかりますか?」
書類から目を離さずに言い放ったバスティン風紀委員長にヤスミーナさんは静かにそう告げた。
バスティン風紀委員長はゆっくりと顔を上げ俺たちを見ると、これまたゆっくりと大仰に手を振った。
部屋の中に居た他の女生徒達はそれを見ると一礼して退出した。
「話を聞きましょうか」
バスティン風紀委員長は重ねた書類を机の上でトントンと揃えてそう言った。俺とも目が合っているのになんの表情の変化も見せないとは寂しいじゃないのよ。
俺はヤスミーナさんをチラと見る。
ヤスミーナさんは少し笑って頷いた。
よし。
「どーも、その節はお世話になりましたー」
俺は真面目な顔をしてバスティンに言う。
「さあ、私はあなたを存じ上げませんが?で?工務部がどうかしましたか?」
バスティンはチラとも俺を見ずにそう言った。あらら、つれないのねえ。ちゅーか、あれか?逆に俺の件にはあまり触れられたくない感じ?まあ、良いけど。
「ええ。執行部の管轄になぜ風紀委員が首を突っ込むのかお伺いしたいのですよ。いや、風紀委員ではなくあなた個人ですか?」
「何を仰っているのか良くわからないんですけど」
「でしたらいちからご説明差し上げますよ…」
ヤスミーナさんは休憩ルームのマッサージ機に危険な仕掛けが施してあった事。なぜか執行部ではなく工務部が正規の商会ではなく別の商会にメンテナンスを任せた事。それは工務部のいち部員の個人プレーであった事を説明する。
「…そしてその部員さんはあなたからの指示でそれを行ったと証言しています。これについて何か弁明はありますか?」
「正式なコメントは差し控えさせて頂きます」
バスティンはそう答えた。やや声が固くなったような気がする。
「それで風紀委員の長としての責任を果たしている事になるのですか?」
「果たしていると自負しております」
「風紀委員長として説明責任はないとおっしゃるのですか?」
「はい。その事について私には説明責任はないと考えています。そうする必要性がないと言わざるを得ません」
バスティンは表情を変えずにそう答えた。先ほど少し固くなった声の調子も今は元に戻っているように感じられる。のらりくらりと何も言っていないに等しい返答でかわしながら精神状態を立て直したか。
という事はだよ?やっぱり心の中でやましく感じているって事だよな。
俺の事も目もあわせず表情一つ変えずでクールに装っていたが、良く考えてみればまったくその事に触れないってのは触れて欲しくないって事だろう。
「これ以上の事は学園裁判でお願いします」
「ああ、ちょっといいですか?」
取り付く島もない様子で言い放つバスティンに俺は軽い調子で声をかける。
「なんですか?」
「いやあ、お久しぶりですねえ。合同学園祭初顔合わせの時は体調悪そうでしたが大丈夫でしたか?その後、体調は如何ですか?」
「大丈夫です。風邪ひとつひいてはいません」
俺の目をチラリと見ながら言うバスティン。やっと俺の事を見てくれたな。
ようやく俺の存在を認識してくれたねえ。
じゃあ、ここからは俺との話し合いを始めましょうか。




