温泉と言えばって素敵やん
「トモ・クルースですよろしくお願いいたします」
良く事情が呑み込めないまま突然部屋にやって来たこの施設のオーナーさんにお辞儀をする俺。
列車の中でのケイトの言葉が頭によぎる。
今回ばかりはゆっくりできると言う俺に、ケイトは、そう上手く行きますかねえとそう言ったのだ。
何か嫌な予感がするよ。
「ここではなんですから、私の部屋でお話しできればと思うのですがよろしいでしょうか?」
「え、ええ」
良くわからないまま俺はオーナーさんの部屋で話をする事となった。いったいなんの話をするってんだ?
不安な気持ちを抱えたまま俺は応接室へと案内される。
ギャルさんに促されるままフカフカのソファーに腰を掛けると、飲み物と薄い焼き菓子がスッと出される。
「ウェッパー先生はお元気でいらっしゃいますか?」
ギャルさんは飲み物を一口飲み喉を湿らせるとそう切り出した。
「ええ、お元気ですよ」
「それは良かったです。私もファルブリングの卒業生なんですよ、先生には大変お世話になりましてね。こんな時ばかり頼ってしまって申し訳ないんですけど」
ギャルさんは少し俯いてそう言った。頼る?頼られたんじゃないの?こんなサービスしてもらっちゃって。
「あの、頼るって何をですか?」
「実はですね…」
ギャルさんは申し訳なさそうに説明をした。
温泉保養地として有名なビーバルビーバルでも高級スパホテルとして名を馳せているリミデホテルだったが、近年、同じようなコンセプトのホテルが増え他店との差別化が図り辛くなった。
色々と企業努力はしているがなかなか結果は振るわない。
今、出している薄い焼き菓子も看板商品になればと開発したものだが、お客さんの反応は悪くないものの爆発的なヒットとまでは行かなかった。
「…考えられる限りの手は打ち思いつく限りの事はしたのですが、残念ながらどれもこれも状況を変えるほどの結果を見る事はありませんでした。そんな折にウェッパー学長よりベリンボールチームのメンバーを保養に行かせたいとの連絡を受けました。それでこの件を相談した所、ベリンボールチームのマネージャーをしている人物がそうした事を得意としておりカティスの波乗りやヤグーカルチャーの火付け役もしていると言うではありませんか。そこで、是非お力をお借りできればとこうしてお忙しい中、足を運んでいただいたわけなんです」
なるほどねえ、やっぱりここでもお仕事が待っていたって訳か。
まあ、仕方ないものは仕方ない。
どうせやるなら前のめりにやった方が楽しめるってもんだ。
「わかりました、自分でどれほどお力になれるかわかりませんがやれるだけやってみましょう」
「ありがとうございます」
ギャルさんは静かに頭を下げた。
「では、早速なんですけど館内を見学させて頂いてよろしいですか?」
「ええ、ではご案内差し上げますのでどうぞ」
俺はギャルさんの案内でリミデホテル内のあちこちを見せて貰える事となった。
お客さんが立ち入れる場所はもとより、厨房や温泉設備室など普段なら関係者以外は入る事ができないような場所まで色々と見せて貰う事ができた。
ひとつひとつのサービスもそうだが、ウェルカムドリンクをはじめとした歓迎ムードの演出、気配りも行き届いたスタッフ、アミューズメント施設の演出するワクワク感、そして目にも楽しいお土産物の数々、まさに最高のホテルであると改めて俺は感心したのだった。
感心はしたものの、温泉と言えばあれがないのが俺としては非常に寂しい。
前世で俺が生きていた場所では温泉と言えばこれだったからだ。
それは何かと言えば。
「どうでしたかクルースさん。何か至らないと感じた事はございますでしょうか?」
「いえ、素晴らしい施設ですよ」
「そうでしたか」
ギャルさんは残念そうに俯く。至らない所がないと言われて俯いてしまうってのもどうかと思うがこの場合ではそれも仕方あるまい。
「だが、ご安心あれ。こちらも何も策がないわけではないんですよ。今一度、厨房を見せて頂いても?」
「ええ、勿論です」
俺の言葉に一縷の望みを見たのかギャルさんは弾むような調子でそう言い速足で厨房へ案内してくれる。
「食材保存庫を見せて貰いたいのですが」
「ええ、どうぞ」
案内して貰ったのは厨房の食材保存庫。
俺はそこで確かめたい事があったのだ。
「あったあった。これはデトックスメニューのビーンスープ以外に何か使用していますか?」
俺は幾つか並べてある豆袋の内のひとつを指差しギャルさんに尋ねた。
「小豆ですか?いえ、スープの具材以外使い道はないですね。そもそもあまり味の良い物ではありませんからねえ、身体に良いので使っているだけですから」
「これって、もっと仕入れる事は出来ますか?」
「勿論できますよ。仕入れ値も安価ですしあまり人気のない豆ですからね」
「それはラッキーですよ。こいつを使って新しい名物を作ることができますよ」
「本当ですか!是非!教えてください!」
「ええ。では小豆の他に幾つかの材料と、後、蒸し器をお借りできますか」
「ええ」
俺はギャルさんに言って小豆以外に、ベーキングパウダー、砂糖、薄力粉を用意して貰った。
「こんなもので何を作るんですか?」
「いや、自分の故郷では温泉と言えばこれという奴をですね今からお作りしますよ」
まず俺はベーキングパウダーと薄力粉、砂糖をよく混ぜてから水を入れ練る。
粉っぽさがなくなったら魔導冷蔵庫に入れておく。
「今のは?」
「これから作る物を包む皮ですよ」
「これから作る物ですか?」
「まあ、見ていて下さいな」
俺は鍋に湯を沸かしまず小豆を茹でた。
豆を入れてから再び沸騰したら水を入れて冷まし湯を切る。
「あの~、今のは?」
「これは差し水と言いましてね。これを何度か繰り返す事で豆がふっくら柔らかく煮えるんですよ」
まあ、前世で見た料理漫画の知識なんだけどね。無職で時間がある時に自分で作って見た事もあるから手順は覚えてる。
差し水を五回繰り返したらザルで水を切り今度は重曹を入れた水で小豆を弱火で三十分ほど煮る。
ここからがちょっと面倒だ。
水を張ったボールの上にザルを置いて煮終わった豆をこす。これはあんまり沢山いっぺんにやっちゃあいけない。
小分けして丁寧にやるのがコツだ。
そしてこす際にはあずきの皮がざるに残るようにする。
水の中にこした餡が沈殿するのを待ちうわ水は捨てる。これを三回ほど繰り返す。
「なぜわざわざ水の中に入れて水を捨てるのですか?」
「これは水さらしと言ってですね、雑味やあくが取れて味が上品になるんですよ」
「なるほど」
ギャルさんは盛んにメモを取っている。
「さらし終えたらガーゼで包みしっかりと搾ります。鍋に砂糖と水少々を入れたら餡を入れ砂糖が溶けたら火を強めじっくりかき混ぜます。丁寧に練り混ぜていき、見た目のツヤが落ち着いてきてすくい上げた時に形が残るくらいになれば完成です」
俺は完成品を小皿に移すとギャルさんに手渡した。
「どうぞ、味見をしてみて下さい」
「これは!ほろりととける優しい甘さに後味まで美味しい!上品なのに満足感も高い、素晴らしい甘味です!」
ギャルさんが目を大きくして言う。
「さて、これだけじゃあまだ半分です。こいつを包む皮がなきゃ話になりません」
俺は寝かしておいた生地を魔導冷蔵庫から取り出し小さく丸めて粉を振り広げる。
そして餡を包んで蒸し器に入れ蒸す事十五分。
「はい、温泉饅頭の出来上がり!」
俺は蒸したての物をギャルさんに渡す。
「熱いから気を付けてくださいよ」
「ハフハフハフ………ンマーーイ!!」
ギャルさんが目を丸くして言う。
「こ、これは一体なんなんですか?温泉と関係があるんですか?」
「ええ、自分の地元では温泉と言えば定番のお菓子でしてね。温泉の蒸気で作ったからだとか、単に温泉で売られたからだとか名前には諸説あるんですけどね、とにかく、温泉と言えば饅頭というくらい地元じゃ一般的なものだったんですよ」
「そう言えばクルースさんは留学生だという話でしたね。ではこれは異国の味とそういう訳ですか。なるほど~、道理でエキゾチックな雰囲気がするわけですねえ」
温泉饅頭を手に持ちしみじみと言うギャルさん。
「今日は皮作りに普通の砂糖を使いましたけどね、黒砂糖を使ってもいいですしね。皮も色々と工夫の使用があります。餡の方も今日は小豆の皮の食感を感じさせないこしあんタイプでいきましたけど、皮つきタイプの粒あんもまた美味しいですし、小豆の代わりに別の豆を使ったものや、肉を入れた肉まんなんかも美味しいですよ。この皮にの中身も色々と工夫できますね」
「これは素晴らしい!絶対ヒットしますよ!間違いないです!」
ギャルさんは温泉饅頭をパクつきながら興奮して言った。
喜んでもらえたのならなによりだ。
これからビーバルビーバルのあちこちで温泉饅頭が売られるようになったら楽しいだろうな。




