洞穴とホラバカって素敵やん
「パヒュッ」
空気を切り裂く音がしてイルルヤンカシュが俺に向かってアタックをかけてくる。
俺は考える暇もなくゲイルで逃げる。
助けたイルルヤンカシュが俺を狙うイルルヤンカシュの胴にアタックをかける。
それに気づいたイルルヤンカシュは身体をひねり攻撃を避け攻撃目標を変える。
「させねっちゅーの」
俺は水魔法で細かい氷が混じったシャーベット水を発生させ敵イルルヤンカシュの頭にぶっかける。
「シャァァァァァァァ」
敵イルルヤンカシュが頭を上に向け吠えるように鳴く。
「これで頭を冷やせよ」
微細な氷が入ったシャーベット状の水はアイススラリーと呼ばれ、冷却効果が高く熱中症対策に良いと前世で話題になっていたのだ。
以前にイルルヤンカシュと戦った時、スリングさんは液体窒素的な冷却ガスを放出していた。俺にはそんな芸当は出来ないのでアイススラリーで行ってみた訳だが、それなりに効果はあったようだ。
「ドシュッ」
重い音を立てて俺に攻撃を仕掛ける敵イルルヤンカシュ。だが、以前ほどの速度は出ておらず俺は動きをよく見てその攻撃を避けた。同時に助けたイルルヤンカシュが尻尾で敵イルルヤンカシュの胴を叩く。
俺はアイススラリーを敵ヤンカシュにぶっかけ続ける。
敵ヤンカシュに巻き付いた味方ヤンカシュの身体にアイススラリーが触れる。
味方ヤンカシュは身を縮めゆっくりとねじれて離れていく。
「すまねえ、あっためてやっからな」
俺は温かい空気を味方ヤンカシュに送風する。
敵ヤンカシュはぐったりして日向に出たミミズみたいに身をよじっている。馬鹿みたいにぶっとい胴体が地面を削る。
「うひゃー、なんかたまんねーなこれ」
ゆっくり身をよじるイルルヤンカシュの姿は何とも言えずゾクゾクするものがある。
と、思わず見とれてしまったがふと湖を見るとにさらにゾッとする光景がそこに待ち受けていた。
なんと複数のイルルヤンカシュが湖から頭を出し、こちらに向かってゆっくりと這い出ていたのだ。
「くうぅ、たまんねえなあ」
俺は思わずそうこぼしてしまう。
「来るなら来いってんだ!」
俺は近寄るイルルヤンカシュの頭にアイススラリーをぶっかける。
ぶっかけられたイルルヤンカシュはビクっと硬直し湖に戻る。その隙に近付いて来る他のイルルヤンカシュの頭にアイススラリーをぶっかけ、湖に浸かり復活し戻って来る奴にもぶっかけてと俺は忙しく働いた。
イルルヤンカシュ共は耐性ができたのか地底湖の水に何かしらのパワーがあるのかわからないが、復活のタイミングが早くなってくる。
これじゃイルイルパニックだ、俺は目が回りそうになる。
つーか、これなんとか商品化できねーかな?
なんて考えてる暇もなくなるほどイルルヤンカシュの速度は上がって来る。
くぅ~、き、厳しい!
なんだか、湖から上がって来るイルルヤンカシュの数も増えてるような気がする。
「ズズッ」
嫌な音がしてふと見ると、最初に襲い掛かって来たでかいイルルヤンカシュがモゾモゾと動き始めている。
「くそっ!こっちもかよ!」
もう両手でアイススラリーを発射しててもてんてこ舞いだっつーのに。この上そこに居る奴が息を吹き返したらどうすりゃいいんだ?
失敗したらまた百円ってわけにゃいかんぞ。
傍に転がるイルルヤンカシュの胴体がゆっくりうねる。
うぐぅ、こうなりゃゲイルで飛んで天井に逃げるか?でもそれじゃあ味方してくれてるイルルヤンカシュがやられちゃうかもしれん。
こうなりゃ行けるとこまで行くっきゃねーか。
俺は呼吸を整え意識を目に集中する。
くそう、いったい何匹いるんだこいつら。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~!!!あ゛あ゛あ゛~あ゛あ゛あ゛~!う゛~~だっ!!ダッダッダッ!あ゛あ゛あ゛~!」
聞き覚えのある奇妙なシャウトが洞窟内に響き渡りイルルヤンカシュたちの動きが一斉に止まる。
「あの、お待たせしました」
フーカさんが微妙な顔をして俺の方を見る。
救いの女神の歌を生で聞き衝撃を受けたのだろう。
「ふぅ~、助かったよ」
「え、ええ」
「で、どうよ?女神の微笑みは?」
俺はフーカさんに問いアバンギャルドなシャウトを続けるケイトをチラリと見る。
「え、ええ。なんと申しましょうか、一言で言えば斬新と申しましょうか……」
石でも噛んだような表情をして言うフーカさん。まあ、そうなるよな。
「……こういうのは何と表現したら良いのでしょうか?」
フーカさんが俺を見る。
「そうですねえ、原初的な遠吠えのようだとでも言いましょうか」
とてもじゃないが俺の語彙じゃこいつは切り取れないっす。俺はなんとなく適当な事を言って煙に巻いたのだったが、フーカさんはまたもや感心したように俺の戯言を繰り返した。
「なるほど、つまり魔獣の本能に呼びかけるプリミティブサウンドだと、そう言う事ですね?言うならばモスマン族の織りなすトライバルミュージックですか。そう考えるとケイトさんの姿はやはり神々しいですね」
なんだか知らんが納得したのならそれでいいか。
「お゛っ!お゛っ!おげっ!おげっ!げっ!げっ!げっ!げお゛う゛っ!」
なんだかプリミティブサウンドから急に暴走族ロックの名盤みたいな感じになったと思うとケイトはサラッとシャウトを止めた。
見るとイルルヤンカシュたちは皆、マタタビを食べた猫みたいに弛緩していた。喉を鳴らす習性があれば確実にそうしていただろうな。
「むっ!これは凄いですな」
「うはっ!こないだのよりでっけえ!」
ケイトのシャウトが終わったのと同時にバタバタと人がやって来たかと思ったら、モルツ中尉とスリングさんであった。
「ああ、お疲れ様です」
「これはまた凄い事になってますねえ。スリングどうだ?」
俺の挨拶に答えながらそういうモルツ中尉。スリングさんは地底湖湖畔にしゃがみ込み、地面を指で触り盛んに何かを探っているようだった。
「ええ、こりゃあ間違いないですね。ここは人工的に作られた飼育場ですぜ」
「やはりか」
スリングさんの言葉に何かを納得するモルツ中尉。
「なるほど、ならばこの状況も説明がつきますね」
モルツ中尉の言葉にこれまた何かを納得するフーカさん。
なんだよもう、俺だけ置いてけ堀ですか?
「何を寂しそうな顔してるんです?」
「いやさ、ここが人工的に作られた飼育場だって言うのにみんな納得してるみたいだからさ」
「それはそうでしょうね。これだけの数のイルルヤンカシュが生息するにはここは食料が少なすぎますよ」
「ですよね」
ケイトの言葉にフーカさんが頷く。
「モルツ中尉もそれに納得したのですか?」
「ええ、それもありますが実はもうひとつありましてね……」
モルツ中尉は話し出す。
アエシュマを扱っていた組織が大量備蓄を放り出してまでスピード撤収したのは既に知っていたが、そうした組織が放り出した物はアエシュマだけではなかったのだった。
今、問題になっているのは彼らが色々な理由のために飼育していた魔獣が放棄されている事であった。
「……彼らは趣味で飼育していた場合もあれば兵器のひとつとして飼育していた場合もあります。いずれにしても問題なのは彼らがそれをそのまま放置していったという事です。我々はそれをアエシュマ魔獣と呼んでいますが、逃走し近隣住民にとっての深刻な脅威となっている場合もありますし、野生化し在来の動植物に深刻なダメージを与えている例も報告されています。今回はかなり脅威度の高い魔獣でしたから、見つけてくれて助かりましたよ。こんなものが坑道から出たら学園の生徒達に危険が及んだ事でしょう」
モルツ中尉は深刻な表情でそう言った。ううむ、似たような話しを前世でも聞いた事があったな。まあ、ここの学園の生徒ならおめおめとやられっぱなしって事はなさそうだけどな。
その後、スリングさんは洞窟内部を探索し保管されていた大量のアエシュマと別の出入口を発見した。
モルツ中尉はフーカさんと共に関係各所に連絡を入れに行ったので、俺とケイトはスリングさんと共にこの場所に残ってイルルヤンカシュを見張る事となった。
「いやあ、しかし、こいつらはもう大丈夫なんですか?」
「ええ、以前に捕獲した子とまったく同じですがなるべく早く単独飼育にした方が良いですね」
「単独飼いと生餌はダメでしたっけ?」
「そうですね。それだけお守りいただければ後は普通のテイマー作業で問題ありません」
「そうですか、いやーわかっちゃいてもこれだけいるとやっぱりねえ。ねえ?旦那?」
ケイトの話を聞いて俺に話を振るスリングさん。
「気持ちはわかりますよ。やっぱりこれだけいるとゾクゾクしますもんねえ、でもあれですよ?こいつなんて始めからこっちに味方してくれましたよ」
俺はそう言って傍に転がり弛緩している最初に助けたイルルヤンカシュの背中を撫でた。
「穴にハマっている所を助けたんでしたよね?フーカさんからお聞きしましたよ。イルルヤンカシュは賢い生き物なんですよ。それだけに飼いならして兵器利用するなどと言う事は断じて許せません」
ケイトは強い口調でそう言った。
「え、ええ、そうでやすな。うん、あっしもそう思いやすですよ、ねえ旦那?」
「そ、そうね、ケイトの言う通りだね。うん、こんなカワイイ生き物をね、うん、武器にしちまうなんて許しちゃいけないな、うん」
俺とスリングさんはケイトの真剣な雰囲気に押されてただただ同意するしかできなかった。
まあ、俺としても巨大アナコンダであるイルルヤンカシュはロマンを感じる生き物なので、生物兵器なんかにして欲しくはないのだけれど。
そんなこんなで大人しくなったイルルヤンカシュの群れに囲まれながら洞窟内で待つことしばし。
モルツ中尉が大勢の兵を連れてやって来て、ケイトと相談をしながらイルルヤンカシュの移動にとりかかる。
スリングさんは衛兵に保管されていたアエシュマの場所を教え回収をお願いした。
「あの~モルツ中尉?ちょっといいですか?」
「なんでしょう?」
俺はモルツ中尉に耳打ちするように小さな声で話をする。
その内容はアエシュマについてだ。
イルルヤンカシュだけなら問題はなかったのだけど、アエシュマが発見されたとなると話は別だ。横行する押収品横流しにメスを入れる衛兵隊の自浄機関ムーモン隊のアフレー隊長さんへ連絡を入れる約束を果たさねばならないのだ。
俺はその事をこっそりモルツ中尉に言った。
「それでしたら大丈夫ですよ。すでに連絡は入れてありますからね」
「じゃあ、ここに来てるんですか?」
「彼の部下がね。さっきスリングと一緒に奥へ向かったから大丈夫だよ」
「なら良かったです。約束していたんで気にかかっていたんですよ」
「ふふっ、そう言えばアフレー君から伝言がありましたよ。今後もご協力お願いします、さすがクルース君、持ってますね、との事です」
「いやー、持ってるって言うほどの事じゃあないんですが…」
俺は返答に困って頭を掻いた。
「テイマーの方への引継ぎも完了しました。試合に戻っても構わないでしょうか?」
「ああ、ありがとうございます、どうぞお戻りください。ケイトさん、ご協力に感謝いたします」
サッとモルツ中尉が敬礼をするとケイトはキレイな敬礼を返し坑道出口へと去って行った。
「それじゃあ、我々もここらでお暇しますか」
「ええ、ご協力に感謝します」
俺の言葉にモルツ中尉が柔和に答えた。
「じゃあ、試合に戻ろうか」
俺はフーカさんに声をかける。
「その前に管理技能員さんに報告しなければダメでしょう」
メモをとりながらフーカさんが言う。
「そっか、じゃあ早いとこ行こうよ」
「何を言ってるんですか、私は試合を見に行きますよ」
「え?なんで?」」
素っ頓狂な事を言い出したフーカさん。なんでそうなるんだよ?この仕事はふたりでやった仕事だろ?
「私の仕事は新開発した道具のテストですからね。こちらでのテストが終わったら次は当然ドギューズに貸し出した方のテスト結果を確認しなければならないでしょう?では、お願いしますね」
メモを取り終えたフーカさんはそう言うとさっさと洞窟を出て行くのだった。
「なんだかなあ、結局面倒な仕事だけ押し付けられた感じだなあ」
俺はぼやきながら洞窟を出て坑道出口へと向かった。
坑道を出ると衛兵さんが群がる野次馬たちの対応で忙しそうにしていた。
「あ、君!中から出て来たのかね?」
「ああ、はい……」
驚いた顔で声をかけて来た衛兵さんに俺は事情を説明する。
「ああ、先ほど出て来た生徒さんの仲間ですね。失礼しました!ご苦労様でした!」
どうやらケイト達が俺の事も説明してくれたようだ。
俺はビシッと敬礼する衛兵さんに敬礼を返し野次馬の中をかき分け外へ向かう。
「あ!あんたがこれ通報したのか?やっぱり前のもあんたが通報したんだろ?」
人ゴミをかき分けて出て来た俺に声をかけて来たのはライアー君だった。また面倒くさい奴に捕まっちゃったよ。
「そうなんだろ?だったら頼むよ、馬貸してくれよ。借り賃は勿論払うしさ、こっちも体面悪いじゃんか。なあ?そう思うだろ?俺もさあ、前科二十犯だからさ。これ見てよ胸に傷がついてんだろ?これはさ、そこ歩いてたら急にしらない奴が掴みかかって来たんだよ。そんで、そいつが手に持ってたダガーで傷つけられたんだよ。衛兵に言ってやっても良かったんだけどさ、ジジイ相手にムキになるのもダセーだろ?だからよう、馬がなきゃ困るわけよ」
何言ってんだこいつは?前科は前に言った時より倍になっとるし、ダガーを持った爺さんが急に掴みかかって来た?わけわかんねーよ。ほんとこいつ、とんだホラ吹き野郎だな。
「こら、なにやってんの?掃除に戻りなさい」
ほら吹き野郎に一喝してくれたのは管理技能員のベルリッツさんであった。
いやー助かった。この手の奴らって話を聞いてるだけでしんどいところがあるからな。
「あ!ちぃーっす!あざーっす」
良くわからない返事をして勢いよく走って行くほらっちょライアー君。
「いやー助かりましたよ」
「まともに対応しちゃダメですよ。聞く耳持たないのが一番なんですよ。ところで何の騒ぎです?」
柔和な顔をして尋ねるベルリッツさん。
俺はここであった事を一から説明するのであった。




