恐怖の部室って素敵やん
翌日からジンジャーによる猛特訓が始まった。
ケイトは練習試合のブッキングのためあちこちに連絡をし、俺はドギューズの練習につき合う事となった。
「ふひぃ~なんで俺まで」
「文句言わずに球拾いしろジミー!腰が入ってないぞ!」
どういう訳だか球拾いをさせられている俺を楽しそうにヤジるディアナ。こいつは面白半分だな、間違いない。
球拾いしながら見るジンジャーの特訓は根性論ではない理論的な指導に俺には見えた。
この分なら次の練習試合は良い試合ができるんじゃないだろうか。
「ジミーさん、少し相談が」
「お?次の相手が決まったのかケイト?」
「その事で相談が…」
何だか歯切れが悪いな。こりゃ、面倒ごとか?
「いいよ、行って来なジミー。こっちはあたしがやっとくよ」
すぐ近くにやって来たディアナが俺に言う。
「ワリーな。んじゃ頼むよ」
「ケッケッケ、ジミーにゃ借りがあるからね。安心して行って来な」
怪しい笑顔で言うディアナ。昨日の強制労働させられていたおばちゃん達を解放し、うちでスカウトした件で優秀な人材が大量にやってきたため自由時間が増えたとディアナは言ってたが、それは俺に負担を感じさせないためだろうよ。なんせあいつは新人の教育システムから何から自分できっちり構築して、非常に合理的な職場にしているからな。
俺の生きていた前世に居てもひとかどの人物になっていたに違いないよ。俺が前世で務めたような職場じゃ新人教育マニュアルなんてないか、あってもとても使い物になるレベルじゃないようなものだったり、酷い所など入ったばかりの俺が作らされた事もあったもんだ。それはまあ、俺が入る事ができるようなレベルの場所だからそんなものだろうってな事なんだけどもな。
とにかく俺はディアナに感謝してケイトの話を聞く事にした。
ケイトは通用門に向かって歩きながら重い口を開いた。
「実は次の対戦相手が決まったのですが、条件があると言われまして。詳しい条件は通信機では言えないので直接来て欲しい、来る際にはひとりではなくふたり以上で来て欲しいとの事でジミーさんに声をかけさせて貰ったのです」
ケイトはなんとも心細い声でそう言った。こいつ、普段はクールで時には豪胆な所も見せる武人のような奴なのに、監督に就任されて以来随分と委縮しちまったと言うのか気が小さくなっちまったと言うのか。
「そうなのか。じゃあ、今からそこに向かう訳だな?相手はどこなんだ?」
「ノシロ学園のランブルーズというチームです」
「そこ強いの?」
「領大会で三位の成績だとの事です」
「へえ」
領で三位ってのがどの位の強さなのか良くわからない俺は気の抜けた返事をしてしまう。
「とにかく、早く行きましょう。今から列車で行けばすぐ着きますから」
通用門を出てセコセコと早歩きで駅へ向かうケイト。焦っとるなあ。他にも聞きたい事は色々あったが、余計な事を聞けば更にテンパっちまいそうなので、俺は質問を控えケイトについて行った。
目的地のノシロ学園駅は魔導列車特別急行で三十分強で到着した。ケイトの言ってた通りすぐ着いたな。
駅を出るとロータリーからまっすぐに大きな道が伸びており、その道の先に大きな建物が見える。
「あれがノシロ学園です。直通の馬車が出ているのでそれで行きましょう」
ケイトに促されて俺は乗合馬車に乗る。
乗合馬車は他の街で見るものより小柄でその代わりに運航している数が多い。前世で言ったらバスよりタクシー寄りと言った所か?
馬車は当然魔導アシスト付きで引っ張っている馬も小柄な馬だった。
小さいながらもきびきびと走る魔導アシスト馬車で駅前から続く直線道路を進む俺達。
馬車はノシロ学園の通用門の中まで侵入し、御者さんはどちらに着けますか?と俺達に尋ねた。
ケイトはベリンボールチームの部室まで行けますか?と尋ねると御者さんはあいよと短く答える。
俺達はキレイに手入れされた庭園の中を通り立派な校舎の前で停めた御者さんに料金を払い馬車を降りる。
「ファルブリングカレッジの皆さんですか?チームの皆さんは後から来られるのですかな?」
馬車の音を聞きつけたのか校舎のトビラからひとりの紳士が出てきて俺達に声をかける。
紳士が出て来たトビラの上にはランブルーズとカッコイイ字体で書かれていた。
「あ、いや、あの、ドギューズの監督をしていますケイトです、こちらはチームの世話人ジ、あ、えーと…」
「クルースですよろしくお願いします。あの、責任者ふたりで来て欲しいとの事でしたが?チームのメンバーを連れて来てもよろしかったのですか?」
ジミ―と言おうとしてそれはあだ名である事に気付きあたふたするケイトの言葉を切るようにして俺は自己紹介をする。
「ああ、どうも上手く話が伝わらなかったようですね。すいません、私も口下手でして」
「いえいえ、こちらも慌てていたものですから」
紳士とケイトがお互いに謝罪をしあうが、恐らく聞き間違ったのはケイトの方だろう。
「ああ、申し遅れました私、ランブルーズの監督をしておりますノーマン・パーキンズですよろしくお願いします。どうぞ、中にお入りください」
改めて自己紹介をしてくれるパーキンズさんに促された俺とケイトは一礼をしてトビラをくぐる。
「どうぞ、こちらにお座りになって下さい。今、お茶をお持ちしますから」
「いえいえ、お構いなく」
柔和な笑みを浮かべ奥の部屋に引っ込むパーキンズさんに俺は返事をする。
「おい、そんなに固くなるなよ。こっちまで緊張してきちまう」
「え、あ、はい。申し訳ないです」
軽い調子で言う俺にケイトはおどおどしながらそう答えた。キョドってるのはソロだけで十分だ、早く普段のお前を取り戻してくれ。
「さてと、では改めて条件のお話しをさせて頂きましょうか…」
お茶を持って来たパーキンズさんは俺達の対面に座って口を開いた。
まず、練習試合は喜んで応じたいと思っているとの事だった。だが、ひとつ問題があってすぐには受けられない。
その問題を解決して頂けたらすぐにでも試合をしましょう。チームのメンバーを連れて来て貰えれば問題解決後すぐでも構いません。詳細はこちらに来てからお伝えします。というのが、通信機にてケイトに伝えた話の内容であった。
改めて説明して貰ったケイトは申し訳なさそうに頭を掻いた。なるほどね、そう言う事か。ケイトさんよう?もう少し落ち着いてくれって。今のケイトも愛嬌があっていいけども、色々と二度手間になっちまう。
「…では、問題について詳しくお伝えいたしましょうか…」
パーキンズさんは更に話を続ける。
その問題とは部室の事なのだと言う。今、話をしているこの場所は本来の部室が使えなくなったために急遽用意した仮の部室なのだそうだ。
では本来の部室は?と言うと害虫が湧いて中に入れなくなってしまったのだそうだ。
「…おかげで道具を取りに入る事もできませんでねえ。専門の業者に頼むにしても今の時期は忙しくてすぐには対応できないと言うのですよ。それでうちも困ってましてね。待てば対処できる物を新しく道具を買いそろえてくれとも言えませんし。ファルブリングさんでは確か便利屋さんみたいなクラブがあるとか。その活動内容には害虫の駆除もあると聞きましたので、便利屋クラブの方同伴でお願いしたいとお伝えしたのですが、クルース君がそうなのですかな?」
パーキンズさんは俺を見て言う。
「確かに自分もそうなのですが…」
害虫駆除は専門外なんだよなあ、そっちはハルハの得意分野なんだよ。ケイトよう?しっかりしてくれよなあ、と一瞬思ったが事前にわかっていても結局暇のは俺しかいないんだもんなあ。
「おお良かったではひとつよろしくお願いします!部室にご案内します!」
パーキンズさんは喜んで席を立ち俺達を案内する。
「私も協力しますからお願いします」
ケイトが俺に言う。
「おう、見てみないとわからないがまあ、なんとかなんだろ」
俺はケイトにそう返す。得意じゃないが俺の使える術を駆使すればなんとかなるだろ。
「ここがそうなんですけど、気を付けて下さいね?危ないですから。そっと窓から中を見て下さい」
平屋の建築物の前でパーキンズさんが俺達にそう言った。
ん?危険?害虫ってゴキブリとかダニとかネズミとかじゃないの?
俺とケイトはパーキンズさんに言われた通りにそっと窓から部室の中を覗いた。
「うおっ!!」
「きゃっ!!」
窓の中に見えたのはトゲトゲしたでかいナナフシみたいな虫や鎧みたいな外観のゴキブリ、ベルトみたいな大きさのムカデ、やたらと手足の長いカミキリムシのような甲虫などなど、禍々しい虫たちがまるで蟲毒の壺の中のように渦を巻いていた。
「いやーお恥ずかしい。普段から部室の中はキレイにしておけと言っておるのですが、どうにも部員たちはだらしがなくて」
照れ臭そうに言うパーキンズさんだったが、だらしがないくらいでこんなになるものなのか?これじゃあ、前世で観た冒険アドベンチャー映画に出て来た宮殿の隠し部屋じゃねーか!確かにあの時出ていた女優さんもケイトって名前だったけど!
「私、マーさんに連絡して来ますね。すぐにこっちに来て貰います」
ケイトはカクカクした動きでここから立ち去ろうとしている。
「ああ、それが良いですね。それじゃあ、ここはお願いしますね。それから、くれぐれも外に出さないようにお願いしますね。よそで繁殖したら大変ですので」
パーキンズさんもニコニコしながら立ち去って行く。
おいおい、こんなもんどうしろってんだ?つーか、害虫駆除の専門業者ってどんなやり方してるんだ?
ハルハは精霊術でやってたけど、俺はそんなのできないしなあ。
俺はおっかなびっくり窓の向こうを見る。
「ふひぃ~、たまんねぇ~」
顔をしかめてしまうような光景なのになぜか何度も見てしまう。
俺ができる事でこいつらを一気に退治できるような術って何があるんだ?
いっそ全部をキレイに燃やし尽くしたい所だが、そういう訳にはいかないだろう。
虫って何が弱点なんだ?
前世で安アパートに暮らしてた時にムカデが出るんで参った事があった。
その時に色々と調べたがそこで見たのは、まずムカデとその餌となる虫の侵入を防ぐためにトビラを開けっぱなしにしない事、人が出入りする時も気を付ける事、餌となる虫が寄り付かないように生ごみはキッチリと口を閉めた袋に捨てる事、こまめに掃除をする事、虫が隠れるような場所を減らす事、などが対処法としてあげられていた。
が、今はそんな段階じゃあない。害虫駆除と言えば前世でポピュラーだったのはやっぱり殺虫剤だが、俺は毒を生成するような術は使えない。
他に何かあったか?
俺は考える。
そういや、ムカデ退治の殺虫剤で凍らしてやっつけるのがあったな。
俺は改めて部室の中を見る。
う~む、こいつらを全部退治するレベルの凍結魔法なんか使ったら中にある物にも被害が及びそうだ。特にグローブなんかは革製品だからダメージ大きそうだ。それに前世で使った事があるが結構長い間スプレーしないととどめ刺せなかったりするんだよな~。一旦、動きを止めてもしばらくするとまた動き出してびっくりさせられた事も少なくなかった。
冷却魔法はちょっと使いづらいか。
となると、後はなんだ?
前世で虫退治に使われてたものと言えば何がある?そして俺が使える術は?
と考えているとひとつ浮かぶ物があった。
それは電気殺虫機だ。
良く夏のコンビニで見られたあれだ。
霧を発生させて部室に充満させ帯電させるあの技なら俺も使える。
「よし、これっきゃないな」
そうと決まれば準備準備。
まずは窓を少し開けて霧の侵入経路を作る事が必要だが、開けた隙間から虫が外に出てきたら敵わない。
これは注意が必要だ。
俺はひとまず風魔法で送風しながら少しだけ窓を開け、隙間を氷で塞いでいった。
窓の下部少しだけ残して氷漬けにして隙間を塞ぐと、残した隙間から霧を内部に流し込む。
室内に十分霧が満ちた事を確認すると俺は霧に帯電させた。
『バチ!バチバチバチバチッ!バチッ!バチッ!バチバチバチバチッ!バチバチ!』
室内に満ちた霧のあちこちで弾けるような音と共に光が発するのが目に入る。
発光が弱まると今一度帯電させる。
それを三回ほど繰り返した後、霧が晴れるのを待つ。
「お?おおお?イケてるっぽいか?」
窓の向こうに見えるのは降り積もった虫の死骸。パッと見る限り動いている生物は見当たらない。念のため、生物の気配を探るが俺のセンサーに触れるものはなかった。
とは言え相手は虫だ、俺のセンサー精度じゃつかみきれない奴もいるかも知れない。
俺は窓を封鎖していた氷を解かすとしっかりと窓を閉め、そっと部室のトビラを開けた。
足の踏み場もないほどに床に積もっている虫の死骸。
こうしてみていても背筋がゾワゾワする。
「生きてる奴いないか?」
俺は入り口近くに立てかけてあったホウキを手に取り、虫の死骸を外に向かってそっと掃き出した。
たまに生きている虫もいたが半死半生で少し動くだけでこちらに攻撃をするほど力が残っている虫はいなかった。
完全に死んでいない虫には威力調整した空雷弾を喰らわしてとどめを刺し、俺は機械のようにホウキを動かし虫の死骸を外に出した。
部室の外には虫の死骸が山のようになっている。
俺は風魔法で埃と死骸を飛ばしながら部室の中を掃除する。
棚やテーブルの隙間や下も丁寧に見て掃除をする。
虫ってのは死んでいても卵を持ってる可能性があるからな。残してしまって子供が生まれたら敵わないからな。
そうして部室内の掃除をしているとパーキンズさんが戻って来て歓喜の声を上げた。
「おお!さすがですなあ!助かりましたよー!早速部員に声をかけてきますよ!」
「あ、あの、これどうしたらいいですか?まとめてゴミ捨て場にでも捨てますか?」
喜ぶパーキンズさんに俺は尋ねる。
「ああ、ここで燃やして構いませんよ。部室まで燃やさないように気を付けて貰えれば。じゃあ、呼んできますね」
「マジ?いいのかよこんな所で」
なんか虫ってスゲー燃えそうな気がするんですけど?それだけ言って小走りで去って行くパーキンズさん。
俺はとりあえず箒で虫の死骸を部室から離してから火魔法で燃やしていった。
パチパチと景気の良い音がして燃え上がる虫の死骸。
「うう、なんか若干食欲をそそる匂いがして気分が悪いなあ」
香ばしい匂いが漂い俺は顔をしかめた。
ふぅ、とりあえずミッションは成功と考えていいのかな。
俺は燃える虫の死骸を眺めながらしかめっ面でそう思うのだった。




