大物小物って素敵やん
「…ちょっと自分語りになっちゃうけど、聞いてくれる?」
「ええ」
やさぐれた空気を出し始めたメイに俺は短く答える。
「ありがと、そもそもなんで私があんなところで賭けボールやってたかって話なんだけどね。私、前は夜のお店で働いてたのね。そう、君の見立て通りって訳。うちは父親が女作って消えちゃってね、母親ひとりで育ててくれたんだけど無理がたたって身体を壊しちゃってね。私が代わりに働きに出たんだけど若い娘ひとりの稼ぎじゃ病気の母の薬代に妹ふたりの食費に学校にやるお金までなんてとても稼げないでしょ?それで夜の店で働きだしたんだけどさ、そこのお客さんでベリンボール好きの人がいてさ。私、昔ベリンボールの投手でそこそこいいとこまで行ってたんだって話をしたら、いい仕事があるんだけどって紹介してくれたのが賭けボールだったって訳」
「なるほど、事情はわかったけどそれとこれから行く所になんの関係が?」
早足で歩くメイに俺は尋ねる。
「今から行くのはそのお客さんのトコなのよ」
「そのお客さんに会ってどうする気なの?」
俺は嫌な予感がして聞いた。
「賭けボール止めるって言うのよ。だって君達につき合うんなら、そうした方が良いでしょ?名門校なんだし」
先を歩くメイの顔はすっかり酔いが覚めているようで張り詰めた表情をしている。
「もしかしてだけど、そのお客さんって堅気じゃなかったりする?」
「うん、きっと揉めると思う」
「やっぱりなぁ~、最近こんなのばっかりなんだよなあ。だったら、もうちょっと酒入れて来れば良かったよ」
「何言ってんの。全然ビビってないくせに」
メイの表情が少し柔らかくなる。
「そんな事ないよ。ビビってるよ。気つけに一杯ひっかけていかない?」
「今から行く店でも飲めるわよ」
メイは笑いながらそう言った。ちょっとは気持ちがほぐれたか。ほんじゃ、もうワンステップ突っ込んだ質問をしちゃおうか。
「無事に足抜けできたとして、家の事はどうするんだい?お金が必要なんだよね?」
「蓄えがあるからしばらくは大丈夫、その間に割りの良い仕事探すわ。いつまでもあんな事やってられないし、ちょうど良かったのよね。あ!そうだ、君、お店やってるんだって?それも給金良いみたいじゃない?雇って貰っちゃおうかな~」
メイはそう言って突然立ち止まり俺に腕を絡めて来た。
「それは全然構わないよ。うちも人が足りてないからさ」
俺はそう言いながらゆっくりとメイの腕を解く。まったく妙な色気があるからなメイは。売り子になればお客は確実に増えるだろうけども。
「君、変わってるね」
メイは少し笑ってからちょっと拗ねたような顔になり、また早足で歩きだした。
「なんでよ?人足りてないのはホントなんだよ?そりゃメイみたいな美人が店に立てば客も増えるかなとは思ったけども」
「うふふ、そ?なら許す」
メイは笑ったが前をどんな顔なのかは見えなかった。まったく女子ってなこの歳になってもわからんよ。
「ほら、ここよ」
けばけばしい看板の店を顎で指して言うメイ。看板には金の洞窟と書いてあり店からは大音量の音楽が漏れ聞こえてくる。
「ここ、踊れるお店なのよ。ほら、近くにいて」
メイはそう言って俺の腕をぐっと引き寄せる。そう言えばパートナー同伴じゃないと入れないっていってたな。
俺はメイの近くに立ち店入り口に立つ髭の大男に二人分の入場料を払って中に入った。
店の中では奥の舞台で生バンドが景気の良いビッグバンドジャズを演奏しており、大きなホールでは男女が忙しく踊っているのが目に入った。
「この手の店って出会いを求めて男女が集まるんじゃないのかね?同伴じゃないと入れないってな変わってるな」
「別に付き合ってるカップルじゃなくてもいいのよ。だから外で相手見つけて一緒に入るパターンが多いわね。声かけのきっかけにもなるし、お互い気が合わなきゃ中で別れて別の相手を見つければいいって訳。別れた相手と一緒に来てる子もいるよ」
「ふへぇ~、そりゃ、なかなかな場所だな~。最近の若い人は凄いねどうも」
「ふふっ、なにそれ。やっぱ、君、変わってるよ」
メイは笑ってズンズンと奥に向かって行く。奥には別の部屋があるようで、トビラの前には屈強な男がふたり無表情で立っている。メイはその男に声をかけた。
「ブルーさんにメイタムが来たって伝えてくれるかしら?」
メイに言われた男は表情の無い顔でメイを一瞥しトビラの向こうへ歩いて行った。
「ついて来い」
再び出て来た男は短くそう言った。俺とメイは男の後に続きトビラを潜る。
男は無言で廊下を進み、奥の部屋のトビラをノックし中に入る。
「どうしたメイ?事前に言ってくれれば同伴なしで入れるように計らったものを。男の方は帰っていいぞ」
男に続いて部屋の中に入ると豪勢なソファーに座り両隣にゴージャスな女性を侍らせた紳士が俺達を見てそう言った。
「ブルーさん、今日は話があって来たのよ」
「なんだい?金の話しかい?今はこれしか持ち合わせがないが、それでよければ持って行くと良い。それとも、例の仕事やる気になってくれたのかい?」
ブルーはそう言って懐から長財布を出し机の上に乗せ、値踏みをするような目でメイを見た。口調は丁寧だが蛇のような目をした男だな。よく見るとうっすらと目の上に傷がある。刀傷のようだ。やっぱりこの男、堅気じゃないな?
「いいえ、今日はお断りしたくて来たの」
「何をだい?」
ブルーは目をキュっと細めて言う。良くない顔をしてるなこいつ。
「全てをよ、あなたの愛人になる話も賭けボールの仕事も、全てキレイにに終わりにしたいの」
メイはきっぱりそう言ったが、ギュッと握りしめた手が少し震えていた。
「ふ~ん、ほ~う?全てを?それは面白い。久しぶりに面白いジョークを聞いたよ、大いに笑わせて貰った。ありがとう、他に用事がないのなら帰り給え」
ブルーは口角を上げてそう言ったが目は一切笑っていなかった。
「冗談なんかじゃないの。本当に、もう、解放して欲しいのよ、もう十分稼がせてあげたでしょ?もう、いいじゃない!」
「解放?十分?何を言ってるんだ?誰がそんな事を決めたんだ?君が決める事じゃあないだろ?全ては私が決める事だ、君の仕事も、君の家族の安全も、ここに君が来る事もなっ!!」
ブルーはそう言ってテーブルの上に置いてあったガラスの灰皿を手に取り俺に向かって投げつけてくる。
「おっと、危ない」
俺は飛んできた灰皿をキャッチしてそう言った。
「ふん、どうしようと言うのだね?私に投げ返すのかな?」
ブルーが言い、部屋の中にいた男達が懐に手をやった。
「いえいえ、普通にお返ししますよ」
俺はそう言って自然にブルーに歩み寄り灰皿をテーブルに置いた。
「従順なのは良い事だ。なんのつもりでこいつに付き合ったのか知らないが、お前には関係がない事だ今帰るなら許してやるからそこのトビラからとっとと出て行くがいい」
ブルーはそう言って犬でも追い払うように片手を振った。
ったく、この男、本当に品性下劣なやつだな。ここでひと暴れしてやってもいいが、この手の奴は後で何をしてくるかわかったもんじゃない。卑劣な事をされてメイの家族に迷惑がかかるような事は避けたい、なんせ彼女はうちの稼ぎ頭になる予定なのだから。
「ちょっと通信機お借りできます?連絡入れたい所があるもんで?」
「は?何を言ってるんだ君は?」
「ブルーさんにとっても損になる話じゃあないですよ?それに、ここでお借りできなくても外で連絡を入れれば、いずれにしてもあなたの所に連絡が行きますよからね。だったらここで済ませた方が時間の節約になりますよ?」
「この野郎!調子にのりやがって!」
この部屋に案内して来た男がいきり立ち、俺の頭に懐から抜いた術式具を向けた。案内した責任があるからそうして見せたんだろうが、俺の話を聞いてその連絡先の事が気になっているんだろう、俺に向けた術式具からは殺気が感じられずむしろ男からは慄きに近いものが感じられる。
「よせ、面白いじゃないか。今日は色々と笑わせて貰って感謝にたえないよ。さあ、今度はどうやって笑わせてくれるのか楽しみだ」
男を制止したブルーはそう言って後ろの小さな机から魔導通信機を手に取りテーブルに乗せた。
「ありがとうございます」
俺は通信機を受け取りとある人物に連絡する。
「ああ、どうも、ご無沙汰していますクルースです。トモ・クルースですー…いやー、すいません、また顔出しますよ。……ええ、ええ、そうですか、そりゃ良かったです……私は元気でやってます…ええ、ディアナもうちの学園にいますよ……ふふっ、そうですね是非いらして下さいよディアナも喜びますよ…ああ、スイマセン、そうでした、ちょっと今日はお願いしたい事がありましてね…いやいや、そんな、ざっくりと事情を話しますけど知人がちょっとトラブルに巻き込まれてましてね…ええ、すいません、そんな感じです……話が早くて助かります…はい、じゃあ、変わりますね。ブルーさん、直接話したいそうです」
俺は通信機をブルーに渡す。
「ブルーだが……はい…」
怪訝そうな顔をしていたブルーの顔が青くなっていく。
「…そんな、とんでもないです、あなたにケジメなんて……勘弁して下さい、そんな気は一切ありませんから……はい…はい、わかっております、一切関係ないという事で…いや、迷惑料を払わせて頂きます…はい、反省しております、ご迷惑おかけしました……はい、わかりました、代わります」
ブルーは脂汗を流しながら立ち上がり俺に通話機を両手で渡してくる。ボスの豹変に部屋にいる男達のみならず、はべらせていた女性達の俺を見る目もおかしな感じになる。こいつ何者で誰に連絡したんだ?とその目が言っている。
「はい、代わりました…いやいや、ホントに助かりましたよ……いや、こっちが何かお礼をしないといけない立場なのにそんな事言わないで下さいよ…ああ、それじゃあ今度ディアナ達と美味しいものでも食べに行きましょうか、ご馳走しますよ…ええ、わかりました。また近いうちに連絡しますね、今日はありがとうございました…はいはい、ではまた、どーもでしたー」
俺は通話を止める。
「はい、ありがとさんでした。で?もう帰っていい?」
「あ、あんた、なんで、あんな大物と…」
喉が渇いてしまったのかかすれた声で言うブルー。
「何もないならこれで帰るね。さ、メイ帰ろ」
俺は呆然としているメイの肩をたたいた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!そのまま帰したんじゃエレー事になっちまう!頼む!頼むからちょっとだけ待ってくれ!」
ブルーはそう言うと部屋にかかっていた大きな絵をずらす。するとその向こうに隠し金庫が姿を現した。
「現金はこれで全部だ、これで勘弁してくれ。きちんとあの方に伝えてくれ頼む!この通りだ」
急いで金庫を開けたブルーは中から畳まれたフクロを取り出し広げると、その中に札束をジャンジャン入れてメイに手渡し頭を下げた。
「え?え?何?これ?」
「頼む!何も言わずに受け取ってくれ!迷惑料と考えてくれていい」
困惑するメイに拝むように言うブルー。
「いや、そんな事よりうちの家族に」
「絶対手を出さない!約束する!それどころか、君の家族に不名誉となるような事をする者には罰を与える!今後、君の家族には一切の災厄は降りかからないと約束する!もらい火すらないと約束する!頼む!この通り!」
ブルーは頭を下げて袋をメイに押し付けた。
「どーしよ?」
「いいんじゃない?受け取っておけば。この人もここまでしてるんだし」
困惑するメイに俺は言ってやる。
「そう?いいのかな?」
「いいですいいです!どうぞお受け取り下さい!ありがとうございます!ありがとうございます!」
おずおずと袋を受け取ったメイに心底肩の荷が下りた様子で言うブルー。
訳も分からずにボスに倣って頭を下げる部屋の男達。
「そんじゃ、お邪魔様」
俺は軽く手を上げメイを連れて部屋を出る。ブルーはずっとあのお方によろしくお伝え下さいと言い続けていた。
どんだけ脅かしたんだよあのお方は。
廊下を抜けホールに出るとわっと音楽が身に降りかかる。
「あなた、何をしたの?」
シャワーのように降りかかる音に気がほぐれたのかメイが俺に尋ねてきた。
「知り合いのおじさんに連絡を取っただけだよ」
俺の答えにメイは石でも噛んだような表情になった。まあ、そうなるわなあ。俺が連絡した相手、それは万象会のアドミラル・モンコック氏だった。万象会と言えばバッグゼッド帝国のみならず、多国にも勢力を伸ばすアンダーグラウンドの帝王のような組織だ。そしてモンコック氏はその中でも豊富な資金力と強大な武力を持つ事で知られる大物である。
ブルーってのがどの程度の奴なのか知らないが、こんな所で若い女の子を捕まえてつまらないやり方で追い詰めているようなのはそこまでの大物じゃああるまいよ。
今回は名刺じゃんけんみたいな手を使っちまったが、平和的に解決できたんだから良しとしないとな。




