やる気伯爵って素敵やん
「そもそも私がハンドラーに出資するようになったのは彼らが環境の事を考えている団体だったからなのだよ…」
俺はヘルマセール伯爵が用意してくれた食事をしながら話しあいをしている所だった。
「私は常々考えていたんだ、確かに我々の生活は便利になり豊かになった。しかし、それは何か大きな物の犠牲の上に成り立っているのではないか?我々は何か大きな物、自然の理のようなものを踏みにじっているのではないか、とね。君もそのように考えた事はないかね?」
伯爵はワインを飲み俺に言った。
「それは、少しはありますよ。失われた自然は元に戻すまでとんでもない時間がかかりますからね」
俺は伯爵に答える。環境破壊についちゃあ前世はこの世界の比じゃあないからねえ。気候変動、地球温暖化、森林破壊、海洋プラスチックごみ等々、枚挙にいとまがなかったもんね。今、前世は大丈夫なのかちょっと心配になるよ。
「だったら君もハンドラーの考えに賛同できるはずだ。彼らは世界を正常な状態に戻そうとしているんだよ。現在の世界は歪んでいる。一部の大きな力を持つ人間達が人間に余る欲を持ち際限なく欲し消費し集めている。大きな商会は水を汚し、木々を伐採し空気を汚している。それにより、多くの生き物が急速に数を減らしている。例えば大商会による大規模農業は農作物の被害防止と称してバッグゼッドピジョンを乱獲し、昔は空を覆い尽くすほどいたのが今ではほぼ見かける事は無くなってしまった。こんな事を続けていてはいずれこの世界は人間が住める場所ではなくなってしまうだろう」
「確かにそれは由々しき問題ですが、ハンドラーはいったいどうやってそれを解決しようと言うのですか?」
「これを解決するのは並大抵の事では無理だ、根本的な解決が求められる」
「根本的な解決ですって?」
ワイングラスを置いて真剣な表情で言う伯爵に俺は尋ねる。何か嫌な予感がするよ。
「ああ、そうだ。人々は現在の享楽的な生き方を改め、世界のため、そこに暮らす人々のために生きなければならない。そのためには現在ある秩序を完全に解体し新しい秩序を用意する必要がある。ハンドラーは着々とその準備を進めているのだ」
「各国の中枢に食い込み影響力を強め、陰から国をあやつる。それがハンドラーの目的でしたよね?」
「ああ、そうだ。それもこれもこの世界で生きるすべての生き物のためなのだよ。わかって貰えるかね?」
伯爵は再びワイングラスを手に持ち俺にそう言って微笑んだ。
「伯爵がこの世界の事を真剣に考えられておられる事は良くわかりました。しかし、ハンドラーのやり方には賛同できそうもありませんね。特に彼らの集金方法については、納得できかねますねえ」
「集金方法だって?彼らの活動は賛同者からの寄付により賄われていると聞いているが?」
「いや、実際の所はそうでもないんですよ…」
俺は現在までに判明しているハンドラー絡みのトラブルを説明した。投資詐欺からカルト集団を使った搾取まで、このところ街で見聞きするおかしな現象の影にハンドラーがちらついている事、またザクフォードと名乗る幹部の口から聞いたハンドラーのやっている事、カルト団体を用いる意味、いざという時、武装蜂起や抗議活動を行うための人員集めと国の労働力を削るため。そして、それは国の中枢を担う者達からの依頼でもある事などなど。
「それは、本当の事なのかね?」
「ええ、実際に見聞きした事ですからちょっとお調べになればすぐにわかる事と思いますよ」
「ううむ…そう言われると、確かに彼らの言動には妙な引っ掛かりを覚えた事もあるのだが…そう言えば君は私と会うのはスプレーン君の考えによるものだと言っていたね?それは、どういう事なのだね?」
ヘルマセール伯爵の言葉に通信機の向こうでストームがまたささやきを開始する。
俺はストームのささやきをそのまま言葉にする。
「はい、ジェニファー・スプレーンが私に害をなそうとしているのは先ほどご説明した通りです。つまり、私が伯爵と会う事で何かしらのしくじりをし、伯爵の怒りを買うものと目論んでいたでしょう」
「なぜ、そうなるのかね?」
「私はジェニファー・スプレーンに対して、また彼女がいたハンドラーの襲撃時においてかなり強引な手段でその危機を脱しています」
「強引な手段と言うと?」
「つまり、力づくです。彼女は私を力でごり押しする人間だと思っているのでしょう。ここに来るまでのいきさつはお話ししましたよね?」
「ああ、街の愚連隊相手に大立ち回りをしながらやってきたのだったね」
「実際には皆が被害者でもあったため、行く先々で力を貸して貰えたのですが、彼女はこう考えるでしょう。行く先々で戦う羽目になり怒りを募らせて伯爵の元に辿り着く。そして、彼女の目の前でそうであったように伯爵相手に力で押す事になるだろうと」
「それは、見当違いだった訳だ」
「その通りです。実際の私は争いを好まない出来る事ならば平和的な解決を望む人間なのですが、人は鏡と申しますようにスプレーン自身が好戦的で策を弄する性格のため、私の事もそれに近い人間に映ったのでしょうね」
通信機の向こうでストームの含み笑いとバトンタッチの言葉が聞えた。
「なるほど、確かにそう言われると幾つかの事が合点がいく。幾つかの街の衛兵隊で私の名前を使いたいと申し出たのはスプレーン君だ。彼女の話では最近街道の交通を妨げる輩が多く出没しており、彼らのうち一部は兵に袖の下を渡す事で罪を逃れているので私の名前を出して関係各所の引き締めを行いたいとの事だった。私はそれを信用し、当家の印付きの書面を彼女に持たせた。その結果、まったく逆の事になってしまったのか…」
伯爵は苦い顔をして押し黙った。
「信じて頂けるのですか?」
「君の話は整合性が取れている。今まで薄っすらと感じていた違和感が、君の話ではっきりとしてきたよ。しかし、思い返すと腹が立ってくるな。スプレーンの笑みに隠された意味が今ならわかる、良いように利用されている私への嘲笑だったのだろう。返す返すも腹立たしい!私はな、クルース君!嘘をつかれるのが何よりも嫌いなのだよ。特に悪意のある嘘がその中でも一番許しがたい!…」
ヘルマセール伯爵はワインを煽り怒りのボルテージを上げる。
「…この世界を駄目にした物は自分さえ良ければよいという考え方だ!それは周囲のみならず自己をも騙す欺瞞に満ちた行為であり、心の弱さを露呈する行為であると私は断ずる!スプレーンのような人間こそが、まさにそうした人間なのだよ!」
ヘルマセール伯爵はそう言ってテーブルをドン!と叩いた。伯爵の後ろについている執事が驚いたのか室内にいる別の執事に目線を送った。
俺は目線を送られた執事を思わず目で追う。すると、その執事は伯爵付きの執事に向かって強く頷き何かの合図を出した。
俺は両手をテーブルの上に出し、伯爵付き執事の動向を見守る。伯爵付き執事は懐から刃物を抜きそれを振りかざした。
「伯爵危ない!」
俺は叫ぶと同時にゲイルダッシュし伯爵に近付き、伯爵付き執事に向かって帯電させた空気弾を連射する。
空雷弾を受け仰け反る伯爵付き執事、そして振り返ってその姿を確認する伯爵。
後方で大きな音がし、振り返ると俺が座っていたイスが炎上しているのが目に入る。
俺はそのまま伯爵に飛びつき地面に伏せさせる。
「何があったのかね?」
伯爵が驚き俺に問う。テーブルで食器が弾け飛び料理と共に俺達の頭上に降りかかる。
「どうやら執事の中にスプレーンの息がかかった者がいたようですね」
俺はテーブルの下から見える敵の足に向かって空雷弾を連射する。
ひとりにあたってそいつは気絶するが、他の奴らはテーブルの上に乗ってしまう。
ジャリ、ジャリ、とテーブルの上で砕け散った食器を踏む音が聞える。
「まさか…」
伯爵が口を開くので俺は鼻の上に指を充てて静かにとジェスチャーする。伯爵はコクコクと頷く。
俺はテーブルの上に手の平だけ出してジャリジャリと音のする方を目がけ空雷弾を撃ちまくる。
「ぐっ!」
くぐもった声とともに人の倒れこむ音がひとつ。ひとりには当たったようだが、大きくジャンプし後方に落下した音がふたつする。
「身を低くしてここを動かないでください」
俺は伯爵に言いテーブルの上に飛び乗った。
テーブルの向こうに執事姿の男がふたりおり、手に持った筒状の物をこちらに向けるのが目に入る。術式具か。
筒の先が光り、俺に向かって何かが発射される。
俺はゲイルダッシュで横に飛びながらふたりめがけて空雷弾を連射。
空雷弾はひとりの男の腹ともう一人の男の右手に被弾。男がひとり昏倒し俺のさっき立っていたテーブルが燃え上がる。
「おいおい、屋敷を燃やそうってのか?」
俺は燃え上がったイスやテーブルの炎に向かって、風魔法で圧縮した空気の勢いを利用した水の塊を発射する。
こうした火事の時に俺が用いるオリジナル魔法、前世のインパルス消火システムを真似たものだ。
一瞬にして炎が消える。
片手を押えた執事の男が燃えるような目で俺を睨みつける。
「そんな怖い目で見てもダメよん、スプレーンの事、キチンと聞かせて貰わないとね」
俺がにっこりと笑って言うと男もニヤリと笑った。
「果たしてその余裕がどこまで続くかな?」
男は笑って言うと両手を下に向けて振るう。すると男の両手に長い鉤爪が現れた。男はその場で両手を素早く振るうとギィィと音を立ててテーブルの表面をひっかいた。
「ふふふっ、お前の顔もこうしてくれるわ」
俺はうんざりして空雷弾を男に放つ。
「きえーーっ!!」
男は奇声を放つと放たれた空雷弾を鉤爪で引き裂き四散させた。
「ふふふっ、貴様の術は見切った。大人しく切り刻まれよ」
男は不敵な笑みを浮かべる。
「こういう時、俺がどうするか知ってるか?」
鉤爪の先を舐めて笑う男に俺は質問してやる。
「知るかっ!」
男は短く言うと両手を広げこちらに向かってジャンプしてきた。
「こうするのよん」
俺は男に向かって先ほど使ったインパルス消火魔法を放つ。
「ぶべっ!!」
猛烈な勢いで放たれた水の塊を受け男は部屋の端までぶっ飛んだ。
「ひ、卑怯な」
壁にぶち当たった男は一言、そうつぶやき気絶した。
「汚い卑怯は敗者のたわごとってね」
「大丈夫ですか!ご主人様!」
トビラがドンドンドンと派手な音を立て叩かれる。
騒ぎを聞きつけた本物の執事が駆けつけたんだろう。
「どうやら、鍵がかけられたようだ。トビラを壊される前に開けて貰って良いかね?」
「はい」
伯爵に言われ俺はトビラの鍵を開けた。
「貴様!ご主人様に何をした!」
なだれ込んで来た男が俺に詰め寄る。
「やめよ!彼は私を助けてくれたのだ!それよりも早く、転がっている者らを縛り上げよ!」
「はっ!」
入って来た男達は短く答えると伯爵の指示に従った。
「すまんねクルース君」
「いえいえ構いませんよ。それよりも、こいつらの尋問をやらせては貰えませんか?」
俺は縛り上げられてる偽執事を見ながら伯爵にお願いした。
「尋問を?ならば、うちにもそうした事に適した者がおるが?」
伯爵が言う。ううむ、拷問が得意な人材もいるとはさすがは権力者、おっかねーなあ。
だが。
「恐らく、こいつらはその筋の専門家でしょう。肉体的にも精神的にも苦痛に耐える訓練は積んでいると思われますので、まともなやり方では時間がかかってしまうでしょう」
拷問をまともなやり方と言うのもどうかと思うけども。
「ふうむ、確かに君の言う通りだ。君は随分と特殊な術式を使えるようだな、よし、わかった。君に任せよう。ただし、ひとつだけ条件がある」
伯爵が目を細めて言う。
「なんでしょう?」
「私もその場に立ち会わせて欲しい」
「ええ、それくらいなら構いませんよ」
「よし、では早速、用意をしよう。対象は最後まで立ち向かった鉤爪の男でいいかね?」
俺が頷くと伯爵は偽執事を縛り上げている男達にテキパキと指示を与えた。
「ふふふ、君が何を見せてくれるのか楽しみだよ」
「そんなに大したものじゃあござんせんよ」
俺は軽く言って伯爵について行った。
鉤爪の男は鉤爪を没収された上に縛り上げられ、小さな部屋へと連れて行かれる。
俺と伯爵もそれに続いて部屋に入った。
「こうした環境で構わないかね?」
部屋には小さな机、鉤爪男は後ろ手に縛られたままイスに座らされ机を挟んだ差し向かいのイスに俺が座る感じになる。まんま尋問室だなこりゃ。
「ええ、大丈夫です。では始めてよろしいですか?」
「俺は男の正面に腰を掛けて伯爵に尋ねる。
「ああ、始めてくれたまえ」
伯爵は俺の後ろ壁際のイスに座りそう言った。鉤爪男を連行した執事は入って来たトビラの近くに立ち待機している。
「では、始めようか。君、名前は?」
俺はテーブルをコツコツと叩きながら男に質問をする。
「なぜ机を叩くんだ?」
「机を叩いてなんかいないよ」
俺は机を一定のリズムで叩きながら言う。男の目に何かに抗うような力が宿る。俺の答えにストレスを感じているようだ。よしよし、それで良い。
「叩いているだろう、現に今」
「いや、今、この部屋に響いているのはお前と俺のやりとりだけ。それ以外は呼吸の音すら聞こえない、言葉が途切れると無音になる」
俺は机を叩きながら言う。
「う、嘘だ。なんでそんな嘘を言うんだ?わけがわからない」
「そう、わけがわからない。無音になるとその無音が耳に刺さる。わけがわからないよ。無音になると耳が痛い、そうだろう?」
「痛い、耳が、痛い。喋っていないと耳が…」
男は俺にすがるような目を向け言う。自分の目と耳が感じている事と明らかに反対な事を言われ、かすかな苦痛と違和感を感じた男は無意識のうちにそれから逃れようとする。そして、受け入れても支障が無さそうな別の違和感に食いつく。それが釣り針だとも気付かずに。
「言葉を切らせてはいけない。何かを喋り続けないといけない」
俺は机を叩き続ける。
「何を、何を喋れば良いのか、わからない」
男は顔を歪ませて言う。
「君の名は?」
「アワード、ベン・アワード」
「誰の指示でここにいる?」
「ジェニファー・スプレーン」
「やはりか」
アワードの答えにヘルマセール伯爵が思わずこぼす。
「ううっ、何を喋ればいいんだ?教えてくれ、耳が、耳が刺すように痛い…」
「どういう指示を受けてここにいるんだ?」
「伯爵の動向を見張る事、こちらの意図に著しく外れる場合は報告を、意図に気付き怒りを向けるのなら早急の対応を」
「早急の対応とは?」
「口封じ、皆殺しにし屋敷は焼き払えと」
「なんだと?おのれスプレーンめ」
伯爵が怒りをにじませた声でそうつぶやく。
「聞いてくれ、もっと、もっと聞いてくれ、頼む、耳が、もうすぐ耳の奥に届いちまう…」
「スプレーンとの伝達手段は?」
「ウォルカイのマスターに合言葉を言えばいい。そうすれば、スプレーンの部下に会わせてくれる」
「合言葉とは?」
「ミルクに焼きビール、つまみはなしで」
「そう言えばスプレーンの部下に会えるんだな?」
「そう、そうだ、もっと聞いてくれ頼む、速くしないと耳の奥に届いちまう、このままじゃあヤバい事になっちまう、頼む、頼むから…」
「ウォルカイとは何かわかるか?」
「はい、街にある食器屋です」
「あああ、俺に、俺に答えさせてくれ、頼む、頼むから…」
伯爵が聞くとトビラの前に立っていた執事が素早く答え、アワードが哀れな声を出す。
「こんなもんでよろしいですかね?」
「ああ、十分だ」
「じゃあ術を解きますね」
「頼む」
伯爵が短く答える。
「今から指を鳴らす。その音を聞いたら君は目が覚める。深い眠りから覚めるんだ。いいね?」
机を叩いたまま言うとアワードはコクリと頷く。
俺は机を叩くのをやめパチンと指を鳴らした。
「はっ!なんだなんだ!何も話さんぞ!」
「もう十分だアワード。連れて行って閉じ込めておけ」
「なんだ!なぜ俺の名を!」
驚愕の表情を浮かべるアワードを執事は引っ張り上げて部屋の外に連行して行く。
「彼らをどうするんです?」
「衛兵に渡すさ、用事が済んだらね」
「用事ですか?」
「ああ、君と私のね」
伯爵は楽しそうな笑みを浮かべ俺にそう言った。
なんだか嫌な予感がしますよ?




