囁きストームって素敵やん
ジェニファー・スプレーンに会ったらどんなお仕置きをしてやろうかと考えていると、通信機から声がしてくる。
「クルース君、何か手はあるのかい?敵の本拠地に行くのにノープランってわけじゃあないんだろ?教えてくれよ?」
「別にプランなんかないよ。むしろあったら教えて貰いたいんだけど?」
「はぁ~、そんな事だと思ったよ。一応、こっちも色々と手回しはしておくけど慎重に頼むよ?」
「わかってるって」
「心配だなあ」
「ジミーさん」
ため息と共にぼやくストームの後にケイトが俺を呼ぶ。
「なんだい?」
「あなたが怪我をすればディアナさんやお店のみんなが悲しむという事をお忘れなく」
「あいたたた、痛いとこついて来るじゃないかケイトも。わかったよ、無茶はしない。なるべく話し合いで解決するよ。元々、俺はそっちの方が得意なんだから」
「ふう、とにかくこちらからは以上です。何かあったらすぐに知らせて下さいよ?」
「了解した」
そうして無線は途切れる。
ヘルマセール伯爵か、どんな人間かわからんから対策も立てようがないしやはり出たとこ勝負って事になるだろうが、まあ、仮にも伯爵、地元の名士なわけだしいきなりそんなに無茶はすまいよ。
俺はバルザルの街に入り、通りがかりの人にヘルマセール伯爵宅を尋ねると、伯爵の名が冠された通りがありその突き当りにあるデカい屋敷がそうだからすぐにわかると言う。
このまま進むと街の中心地に出る。そこで今は知っている通りとクロスするのがヘルマセール通りで伯爵邸はそこを右折との事だった。
俺は感謝を述べそのまま通りを進む。
なかなか活気のある街のようで人通りは少なくない。
ただ、時折見える路地裏がどうにも薄汚れた感じがする。
表面は立派だがその内実は薄汚れた事をしている伯爵のお膝元だというので、特にそう感じるのかもしれない。
「これが街の中央か」
通りの真ん中に大きな門が建っており、その周りを道が囲むように出来ている。
俺はその門を見ながらゆっくりと右折する。
門にはヘルマセール門と刻まれていた。
「こりゃあかなりの名家だな。そんな名家がなぜ?」
通りや街の中心にこしらえた門にその名が刻まれるような名家がなぜハンドラーなんぞに加わってるんだ?つーか、あの組織には大金持ちや貴族が多く所属しているが、彼らを惹きつけるのはなんなんだ?
そんなに世界を征服したいのか?
機会があったら伯爵に聞いてみるか。
魔導二輪を走らせ続けると正面にお屋敷が見えてくる。
なんと屋敷の門の前がロータリーになっているよ。屋敷の入り口前がってのは見た事あるけど、門の前とはね。
「すんませーん」
俺は魔導二輪に乗ったまま門番に声をかける。
「はい、なんでしょう?」
門番は丁寧な応対をしてくれる。さすがは地元の名士、門番にヤカラみたいなのは配置していないと見える。
「伯爵にお会いしたくて来たのですが」
「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「ジョン・バウミー博士の助手のトモ・クルースと申します」
「少々お待ちください」
門番はそう言うと門に備え付けられた通信装置に向かって俺の事を伝えた。
通信装置の向こうからはご主人様に取り次ぐので少し待てとの声が聞える。
さて、どうでるかな?
通信装置の向こうから小さな声がして門番は幾度か頷く。
「ご主人様がお会いになられるそうです。お入りください」
「こいつに乗ったままでいいんですか?」
「ええ、そのままで良いとの事です」
門番はそう言って門を開けてくれるので、俺は一礼して魔導二輪のアクセルをひねった。
「クルース君、聞える?」
魔導二輪の通信装置からストームの声。
「ああ、どうした?」
「話せるって事はまだ屋敷についてないって事だよね?」
「いや、もう敷地内だぞ?」
「マジで!停めて停めて!」
「なんだよ?どうしたってんだ?」
俺はアクセルを緩め停車する。
「よかったよ、ギリギリで間に合ったみたい。魔導二輪のシートが開くようになってるの知ってる?」
「いや、知らんかった」
俺は魔導二輪から降りてシートを見ながら返事をする。
「じゃあ、シートの下に赤いスイッチがあるからそれを押して」
言われた通りにするとシートが真横に開く。
「開いたぞ」
「そこに緑のボックスがあるからそれを開いて」
俺は言われた通りにする。
「開いたぞ」
「中にニット帽が入ってるでしょ?それを被って」
「おう」
「声が聞える?」
ニット帽を被ると耳の傍から声が聞えて来た。
「おうおう!聞える聞える!これ、この間のヘアバンド型通信機の改良版か。いいじゃないの」
俺は魔導二輪のバックミラーで自分の顔を映しながら答える。黄色と灰色の迷彩柄のような模様はなかなかカッコがよろしいですぞ?
「さっき学園に連絡したらフーカさんがいてさ、教えてくれたんだよ。これを被ると魔導二輪側の通信装置からは声が出なくなるんだって」
「上手い事できてるな」
「後、この帽子はイエロースパイダーの糸とグレーワームの糸をより合わせたもので、とにかく丈夫で熱にも強いんだって。今度から魔導二輪に乗る時はこれを被ってくれってさ」
「なるほど、そりゃあいいや」
俺は特殊ニット帽の入っていたボックスを閉めシートを元の状態に戻すと再び魔導二輪に乗り込む。
「それじゃあ、これから屋敷に入るから注意してくれよ」
「わかった。君こそ気を付けて」
ストームの小さな声が聞えてくる。このくらいの声ならば音漏れはしないだろう。
俺はアクセルを少しひねりゆっくりと屋敷の入り口に近付く。
「こちらに御停めください」
屋敷の前にいる男に促され俺は隅の方に魔導二輪を停める。
「では、どうぞご案内致します」
男に続いて俺は屋敷のトビラをくぐる。豪華なトビラを抜けるとその先は王宮もかくやというような大広間だった。巨大なシャンデリア、煌びやかな装飾品、正面に見える大きな階段、毛足の長い絨毯。夜な夜な舞踏会でも開かれていそうな空間だ。
「邸内は広うございます、おはぐれにならぬようご注意ください。この間も勝手に出歩かれた方が遭難し行方不明になりました」
「へ、へえ。気を付けます」
案内の男が冗談だか何だか良くわからない事を言うので、俺も返事に困った。
男は廊下を一直線に進み突き当りのトビラを開いた。
「ご主人様、クルース様をお連れしました」
「ご苦労」
部屋に入るとこれまたただっぴろい部屋に縦長のテーブルが備え付けられており、その一番奥の席にひとりの男性が座っておりこちらを見て短く返事をした。
彼がヘルマセール伯爵なのか?
「お初にお目にかかります。トモ・クルースです、よろしく」
俺は挨拶をする。
「噂はかねがね聞いている。そう気負わなくて良い、気楽にしたまえ」
男が言うと案内の男がスッとイスを引いたので俺はそこに座る。
「私がここの主、ビンセント・ヘルマセールだ」
男、ヘルマセール伯爵はそう言うと案内してくれた男に向かって軽く手を振った。案内の男は一礼をすると入って来たトビラから退出していった。
「お会い頂きありがとうございます」
「挨拶は良い、要件を聞こうか」
ヘルマセール伯爵は俺を睨んでそう言った。毛量の多い白髪、太い眉、らんらんと輝く目、まるでライオンのような人だった。
「では、遠慮なく。ファルブリングの通行を妨げるのは止めにして頂きたい。そして取り上げた荷物は全てお返し願いたい」
「ふむ、それだけで良いのかね?もっと他にあるのではないか?私とハンドラーの関係を教えろとか、ハンドラーの本拠地を教えろとか」
ヘルマセール伯爵の目から少しだけ険しいものが取れる。
「いえ、今回与えられた任務はそれだけですので、これ以上は特に望みません」
俺は伯爵にそう言う。現在行われている不良たちによる街道封鎖はファルブリングを狙ったものだった。そして、その背後にヘルマセール伯爵がおり、彼は山賊の出現にも絡んでいる事がわかっている。どういう理由でかはわからないが、これはどう考えてもファルブリングの通行の妨害を目的にしたものだとしか思えない。
「ふうむ、どうも君は聞いていたのとは少し違うな」
伯爵は面白そうに首をひねった。
「ひとつ、聞きたいのだがいいかね?」
「はい、どうぞ」
「愚連隊は良いとして山賊の行動までがなぜファルブリングの通行妨害が目的だと?山賊はファルブリングだけを狙ったものではなかったはずだが?」
「ええ、確かにそうです。ですが、山賊の出没地域がファルブリングの通行個所とあまりにも一致しすぎです。そして指揮をしているのは愚連隊と同じ人物だと言う。そして、その人物はジェニファー・スプレーンと懇意だとも言う」
「別に懇意ではないが、だとするとどうしてその答えが出るのかな?」
「僕に任せて」
特殊ニット帽の通信機からストームの小さな声が聞えてくる。俺は心の中で頷く。そして、耳元でささやくストームの言葉を俺はそのまま伯爵に伝えるのだった。
「ファルブリングが合同祭を開く相手校であるフルールドポアリエカレッジの理事はジェニファー・スプレーンです。彼女とは幾度か会っていますがいずれも私に対して敵対的な行動をとっています」
「だからと言って、自分が理事をしている学園の学園祭の邪魔になるような事を彼女が願うかな?」
「ええ、それ位の事はやりかねない人です。だいたい、彼女は色々と問題を起こし過ぎて理事の立場が危うくなっていると聞きます。恐らく、再びその座に戻るのは難しいでしょう。そこで彼女は一矢報いるためにファルブリングの通行妨害を思いつきます。そうする事で学園祭が失敗すれば自分が不在だったので上手く行かなかったのだと主張するつもりでしょう。そして、もうひとつの目的は私を引っ張り出す事です」
おいおい、ストームよう?何を言わせるんだ俺に?
「君をかね?」
「…はい。私は学園で何でも屋のようなものをやっていますから、こうしたトラブルがあれば駆り出されるのはわかりきっています。そして、駆り出されればあなたに辿り着く事もスプレーンはわかっていた事でしょう」
「ほう?私と君を会わせて彼女はどうしようと?」
「あなたは私が噂と違うとおっしゃった。どう違っていたのですか?」
「彼女は君が傲慢で不遜でなんでも力づくで押し通ろうとする人間だとそう言った。だから私はあのケイトモの創設者がそのような人物なのであれば我が国でこれ以上のさばらせるわけにはいかないとそう考えた。だが」
「だが?」
「ケイトモのやり方は私の耳にも良く届いている。ワットモウ王国での事や、カティスでの事、アルロット領での事もそうだが、ああしたやり方をする商会の主がただ傲慢で不遜だとも考え辛い。だから、私は君と会う事にしたんだよ」
「バウミーの名を出すまでもなかったのですね」
俺は伯爵の目を見て言う。
「ああ、そうだな。だいたい彼はスプレーン君が連れて来た人間で私は良く知らんのだよ」
「どうやら、お互いもっと知り合う必要がありそうですね」
「そのようだね」
ヘルマセール伯爵はそう言って微笑んだ。伯爵の顔からは怖いものが取れたようだ。
どうやら、今回はドンパチなしで済みそうだ。俺は心の中でストームに感謝をするのだった。




