必要とされるって素敵やん
トーリの持っていた風の術式具で残っていたヤスデを道からどかした俺達は、先を急ぐことにした。
俺の魔導二輪の後ろにはトーリが乗っている。
「おい、聞えるか?」
「はい」
俺が声をかけるとトーリが小さな声で答える。
「お前の気持ち、俺もわからんではないんだ。ラザインのような団体で虐待を受けていた子供たちを幾人か保護した事があるんだ。お前さんも、何か自分の心を救ってくれるものに出会えていればこんな事はしなかったのかもしれないなあ」
俺はトーリに語りかけた。実際、俺も前世で親兄弟がそんな感じのカルト団体の信者で幼少期より悩まされ続けたもんだった。
「保護って、どう保護したってんだよ?」
後ろのトーリが強い声で言う。俺の肩をつかむトーリの手に力がこもった。
「収入を得る手段と住む場所を提供したのさ。一旦、親から距離を取って貰いたくてね」
「それで、親の所に戻った子は?」
「今の所いないね」
俺は答えた。彼らの事はディアナ経由で耳に入って来るし、実際に働いている所に顔を出す事もあるが仕事が嫌で辞めたいと言う子や、家に帰りたいと言う子は見た事がなかったし、聞いた事もなかった。
労働強度には気を使うように言ってあるし、悪質なクレーマーへの対策も行い従業員を守る体制は作っている。一緒に働く者も同じ目に遭ったカルトサバイバーか事情を心得る大人に限っているので彼らに嫌がらせをするような職場の仲間はいないはずだ。仕事を辞める理由で最も多いのは人間関係だと前世に聞いた事があった。実際に俺も仕事を辞めるきっかけのほとんどがパワハラやモラハラ、他従業員からの嫌がらせだった。
だから、ケイトモでは従業員が前世での俺みたいな目に遭わないようには気を使っているのだ。カルトサバイバーの子供達となれば尚更だ。
「ちぇっ、俺もガキの頃にアンタみたいな奇特な人に出会ってたらなあ。いや、でもやっぱ無理か。俺じゃあ無理だったな、どっちにしても犯罪者になる未来しかなかったんだよ俺は」
「なんで、そんな事、言うんだ?」
俺はトーリに聞いた。
「いやね、俺がガキの頃は親父はラザインの信者じゃなかったんだよ。だから子供の俺の目にはオフクロが可哀想に見えちまってたんだよなあ。今にして思えば、親父の方が可哀想だよ。一生懸命働いて家に帰って来れば嫁と子供がわけのわかんねーもんに心酔しておかしな事ばかり言うし妙なもんを家に置いたりで、家族が変わっちまったように感じるもんな。そのせいか俺がガキの頃の親父はあまり家に寄りつかなくなっちまってさ…」
「それで、余計にお袋さんが可哀想に思えて、理不尽な団体からも抜け出せずに居たんだな」
「まあ、そういうことだな。何を言っても言い訳だけどな、さっきの奴が言ってたみたいにもっと酷い環境にあっても逞しく生きてる奴は幾らでもいるんだもんな」
トーリはかすれるような声で言う。
「まあ、そうだな。自分が世界で一番不幸だなんて思うのは間違ってるし自分を貶めるだけだな。でもな、お前の人生についてはお前だけの責任とは言いきれないとこあると俺は思う。さっきも言ったが同情の余地はある。その事は衛兵にも良く言っとくから」
「へへへっ、すまないな。今よ、なんだか悪くない気分なんだよ。俺さ、今更だけど、こんな事やってりゃ無事に済まないって思ってたんだよ。いつか衛兵に追われてさ、死ぬんだって思ってたんだ。だから、さ、なんか、力が抜けちまったってのか、心が軽くなったような気がするんだよな。やっぱ、俺、おかしいのかな?」
「いや、おかしくねーさ」
俺は言ってやる。その気持ちは良くわかるよ。ああした終末思想と選民思想の強いカルト団体の思想を叩きこまれると、純粋な子供なら歪んで当然なんだよな。こいつの場合、自分は組織のいう終末で神から滅ぼされるとガキの頃に確信しちまった訳だ。そうなると、将来への夢も希望もなにもかもが失われてしまう。夢や希望は人生を前向きに生きるために努力するエネルギーを産むガソリンみたいなもんだ。子供にとって、とてもとても大事なものだ。一般的な親は子供には色々な事に挑戦し本当に好きになれる事を見つけて貰いたいと熱望するもんだ。
ところがああした団体に心を取られてしまった親は自分の子供に真逆の事を強要するのだ。
そこで、反発してスッキリやめて自分の道に進めればまだ良い。
心の優しい子供は親への同情からなかなか外に出られず、やっと抜け出せてもトーリのように心はカルトの教義から逃れられず只々絶望の淵で生きる事になってしまうのだ。
そうなった子供はあまりにも哀れだ。
「そうかな。でも、俺の人生なんかひとつも良い事のない人生だったし、牢獄暮らしがお似合いだよなあ」
「これまで悪い事ばかりだったんだ、きっとこの後は良い事が待ってるはずだ。人生ってのはバランスが取れるように出来てるもんなのさ」
「ホントかよ?そんな事言われるとなんか信じたくなるなあ?あんたもその手の団体作った方が良いんじゃないか?」
俺の肩をつかんでるトーリの手から力が抜ける。
「信じていいさ、俺自身、そうだったしな」
前世の分をこの世界で取り返してるって意味でだけどな。
「そうなのかよ?そうか、経験者が言うんじゃ信じた方が良いなあ」
「そうそう、良い事は信じとけ」
俺が言うと後ろでトーリが何回も頷く気配を感じた。
泣いているようだったが、それは悲しみの涙じゃあないだろう。
「おう!もう着くぞ!」
「おう!わかった!」
ベッカ弟の声に返事をすると皆の速度が落ちシッチャ詰め所と書かれた建物の前で止まった。
「なんのようだ?」
建物の前で立ち番をしていた強面の衛兵さんが俺達に言う。
「連続転落事件の犯人をしょっ引いて来たんだよ」
「はあ?なんだって?」
ベッカ弟の言葉に強面衛兵さんは慌てて聞き直す。ベッカ弟は馬を降り、峠であった事を説明した。
「ち、ちょっと待ってくれ、今、伍長殿を呼んで来るから!待ってろよ?どこへも行くなよ?」
強面衛兵さんはアワアワしながら建屋の中に去って行く。
「わざわざ来たのにどこにも行くもんかよ」
ベッカ弟が言う。
「随分慌ててたなあ」
「あれじゃあ一生立ち番だな」
スベン君の言葉にベッカ兄が言い、皆が笑った。
「こちらであります!」
「おお、彼らか」
先ほどの強面さんに続いて口髭と顎髭を蓄えたまだ若い衛兵さんがやって来て俺達を見てそう言った。
「転落事故に犯人がいたという事だが、どういう事なのか中で話を伺ってもいいかな?」
「あんまりのんびりともしてられないんだけどな。こっちも用事があるからさ」
「あまり時間はとらせないさ」
ベッカ弟の言葉に伍長さんは答える。
「では馬車はそこに置いてついて来てくれたまえ。ケーイ君、馬車を見張っていてくれよ?」
「はっ!」
伍長殿に言われて直立不動で返事をする強面さんだった。
俺達は馬を繋ぎ伍長殿について建屋の中に入る。
「まあ、座ってくれたまえ」
俺達は伍長殿に促されて広い部屋のソファーに座り、これまでのいきさつを話した。
伍長殿は難しい顔をしてトーリの顔をずっと見ていた。
俺はベッカ達がいきさつを話し終えた後、伍長殿に断ってトーリの事情について説明すると伍長殿はラザインの告知者という名前を聞いて苦い表情をした。
「…私の関わっている商会でラザイン信者を親に持った子供達の保護をしておりまして、彼らのような存在については少しばかり知識があります。彼のやった事は明らかに罪です、それについてはしっかりと償って欲しいと考えております。しかし、彼らもまた被害者なのです。もし、よければ私が彼の後見人になりたいと思っているのですが如何でしょうか?」
俺は伍長殿に頭を下げる。
「…後見人になってどうされるんです?あなたの関わっている商会で働いてもらうのですか?」
伍長殿が俺を見る。
「それも考えていますが、彼には別の仕事をして貰おうかと考えております」
「別の仕事とは?」
「彼のような人達を助ける仕事です」
「助ける?具体的には?」
「被害の実態を多くの人に知って貰ったり、被害者の心の回復や社会復帰の手助けをする、そうした事に力を貸して頂こうかと考えているんです」
「そんな事をして金になるんですか?あなた、トモ・クルースさんと言いましたよね?あのケイトモの創設者のクルースさんですよね?商会主なら金にならない事はしないのではないのですか?」
「え?お前?ケイトモの?」
「しっ!今は黙っとけ!」
ベッカ弟が思わず声を上げ兄がそれを制した。ありがとさんベッカ兄、後で説明するから今は勘弁してくれ。
「これはまったく金にならない事ではないんですよ。ああした団体によって優秀な人材が多く失われているんですよ。質が悪いのは団体に所属している人のみならず、脱出できても心に傷を負って社会復帰できずにいる人が多くいるって事なんですよ。我々はそうした人に是非とも我らの力になって貰いたいんですよ。ですからこれは、私のエゴでもあるんですよ」
俺は伍長殿の目を見て言った。
「…なるほどなるほど、いいでしょう。そう言う事にしておきましょう」
伍長殿はにっこりと笑った。
「なぜ私があなたにそこまでお訪ねしたのか、理由をお聞かせしましょう。まず、ラザインの事ですが現在我々にとって彼らのような存在は非常に問題視されているんですよ…」
伍長殿は話し出す。
ラザインの告知者のような新興宗教団体は、現在バッグゼッドで雨後の筍の如くどんどん発生しているのだそうだ。そして、そのような団体絡みでのトラブルも急激に増えているとの事。
「…辞める辞めないでの家族間での刃傷沙汰や監禁誘拐沙汰、そうした団体の集まり場所ができると近隣住民とのトラブルが絶えず、下手すると放火騒ぎにまで発展する事もある。我らとしてはそうした案件に対応するためのスペシャリストを急募しておりましてね。話を聞いているとトーリ君はそれにぴったりだと思いましてね。勿論、刑には服して貰いますが、彼らのような団体絡みの事件に対するアドバイザーとして優遇はさせて貰うし、協力の度合いによっては刑期の短縮もありえる。そして、刑期を終えた後が問題なんですけどね、我々としてはそのままアドバイザーとして残って貰いたいと思っているんですよ。勿論、ケイトモさんとこみたいな給金は出せませんけどね」
伍長殿は笑ってそう言った。
「いや、うちとしてもそれはとてもありがたい話しです。刑期を終えた後の話しはまたその時に自分自身で決めて貰えば良い事ですし、守秘義務さえ守れればうちの仕事と掛け持ちでもいいかもしれませんしね」
「ふふふ、さすがはやり手の商会主さんだ。人使いが荒い」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
伍長殿が笑っているとトーリが手を前に出して俺達の会話を遮った。
「ああ、スマンスマン。君の意思を無視していたね」
「そうでしたそうでした、勝手に話を進めてしまって申し訳ない。何をするにしても決定権は君にあるんだ」
伍長殿に続いて俺もトーリに言う。
「いや、違うんだ、そんな事を言ってるんじゃないんだ。俺みたいなもんを、なにも積み上げてこなかった何もない無みたいな俺を、そんなに必要としてくれる人がいるなんて思いもしなかったから…だから…」
トーリは下を向いて涙を流し始めた。
「まあ、時間はあるんだ。ゆっくり決めればいいさ」
伍長殿が言ってくれる。ありがたいよ、ほんとに。そして返す返すも思うのはああした団体の罪深さだ。ああした団体は信者に自分の頭で考えるなと何度も何度も教え込み思考力を奪い、組織の指示に従えない人間には価値がないと教え込み尊厳を奪う。破壊的カルトと言われる所以だ。
この世界では俺にも出来る事がある。少しでもそうした団体の被害にあった人達の手助けができれば俺としては嬉しいのだ。




