第六十撃
ロッカールームに入るなり友麻はモバイルを手に取った。急いていたから取り落としそうになりながらも操作をはじめる。
「まあたそれか」
ため息のようなそうでないような声が後ろから聞こえてきた。
サンドラがこちらを呆れたような笑みで見ているのをちらりと視界の端にとらえつつもモバイルの操作を続ける。
「ゲームもほどほどにな」
そう言うサンドラこそたまにゲームに夢中になっていることがあり、むしろ友麻はゲームの類をしない。が、それは口にせず、ゲームではなくチャットツールを立ち上げて目を走らせる。
試合が近くなったせいか先日以来まったくスージーは顔を見せなくなった。
いや、試合が近いせいだけではないかもしれない。いじめられている自分の立場を恥じているような雰囲気があった。その件について触れられるのをおそれあやぶんで連絡しかねているというのも考えられることではあった。
そうだとするならば、
(考えすぎだろ。
嫌な奴がいて、あたしがそれを追い払った。
それだけのこと)
そう思っていた。
だが、それだけのことであるならばなぜ自分はこう何度もスージーからの連絡のなさを気にしているのか。
このような気持ちは以前までにはなかったことである。スージーの存在をうとましく感じていたし、げんにそのようにふるまってきた。
それなのにいまとなっては安否を案じて、というより向こうからの話しかけを心待ちにしているようなところさえある。
友麻にとってはそのようなことは自分自身に対して許せないことだった。この三崎友麻がスージーのような取るに足らない人物を気にして落ち着かなくなるなどあってはならないことだった。
そう思うと急に苛立ってきて操作をやめようとしたのだが、ツールを閉じてもまた開いて再びメッセージなりを探しはじめてしまう。
だいいち、気になるなら自分から話しかければ良いし、それができない理由を考えようとしてなぜかそれを拒んでしまう。
それを拒むのならスージーからの連絡がないのに苛立つのは筋違いという気もしないでもないが、それを深く考えるのも拒んでしまう。
「毎度毎度メンタルが整っていないのは困りますよ」
キムが嘆く声を上げ、サンドラの横に立っていた。
前回の試合の前には怒りに身を任せてしまいメンタルは不調だった。その怒りを利用しようとはしたものの、不調でなければもっと有利な闘いができたのではという反省は残っている。
今回もまたスージーのことばかり気にしてメンタルの不調にいたっていたのではキムが心配するのもうなずけることではあった。
メッセージはたくさん届いていた。
まず、業務関係のメールである。試合に関しての連絡事項などが関連業者などから来ていた。
それから、よく利用するスポーツ用品の業者からの宣伝メッセージも来ていた。
「これじゃねえよ」
舌打ちしてメッセージを次から次へと整理していく。
しかしながら結局、すべてのメッセージを読み終わってもスージーのそれは見当たらなかった。
落胆し、そのような感情を抱いてしまっていることに気づき、また苛立ってしまう。
(なんであいつなんかに……!)
眉間にしわが寄ってしまう。意識せずため息をついてしまい、それに対しても再び苛立ちを覚え、乱雑にモバイルをロッカーに放り込んだ。
練習再開しよう、そう思ったとき、モバイルから通知音が鳴った。
慌ててロッカーに中に手を突っ込んだ。その慌てのためか手をロッカーの壁にぶつけてしまう。
「ってえな」
言いつつも試合に響くような怪我をしたわけでもない。
モバイルを手に取ってチャットツールを立ち上げる。
スージーのものであることがアイコンから知れた。
無事なのだろうか。なにかあれば今すぐにでも加害者の頭をかち割ってやるのに。まだ読んでもいないのに一瞬の間にそこまで考え、早合点の怒りをたぎらせてメッセージに目を走らせる。
『ぜったいに応援するから、がんばって。
わたしには応援するくらいしかできないけど、でも、応援はぜったいにするから』
とあった。
「馬鹿だな」
友麻は呟いた。
「何か良いことでもあったか?」
サンドラからの問いかけは意外だった。どうして友麻を見て良いことがあったと推定したのだろうか。
「なんで?」
「笑っているし」
言われ、頬が熱を帯びるのを感じた。顔をそむけ、モバイルをしまう。
その笑いが自分でも何を意味しているのかわからなかった。
いまはただ、落ち着かなさと胸がむずむずするのを感じていた。
(あいつのせいだ。
あいつ……!
余計なことを書いてきやがって!)
結局、友麻はスージーに返事をしないままに試合の日がやって来たのである。




