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無重力格闘少女伝説オメガスクリームⅡ世  作者: 川場託
VS.クラーケン
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第五十九撃

 次のラウンドになり、先輩が苛烈な攻めを見せてきた。


 それに対してクラーケンは攻撃の意図を考えつつ、しかしながらときには勘に頼りながらも反撃を与えた。


 先輩の防御の技術はさすがというべきか、なかなか崩せない。ラウンド間にきっちりと回復をしきってきているのだろう。


 だが、


(崩せないガードじゃない)


 すれ違いざまに放ったアッパーカットが先輩の交差した腕をかち上げ、がら空きになった身体にキックを放り込む。


 完全には決まりきっていない上に防具もあることから先輩がその攻撃で沈むということはなかったものの、少なからずダメージを与えたことは間違いなさそうである。


 再びバルーンの壁を蹴って回転蹴りをぶち込んでやる。こんどは防御されたが、弾き飛ばすことには成功した。追撃して更に攻撃を叩き込む。


 かわされ、先輩の回転蹴りによる反撃が襲ってきた。


 拳で弾き、距離をとり、体勢を整える。バルーン内を跳ねまわりはじめると、先輩もそれを追うように跳ね始めた。


 単に跳ねるだけの行動に見せて、クラーケンはすれ違いざまに攻撃を試みた。


 さすがに先輩ははるかに格上なだけあって防ぎきられてしまうが、それでもかすかに体勢を崩してやることはできた。


 できた僅かな隙を見逃すわけにはいかない。貴重なスパーリングの機会であり、喰らいついていく感覚を身につけなければならない。


 しかし、簡単に食いついて良いのか、一瞬の戸惑いを覚える。


 その戸惑いの間に自分がカウンターを喰らって沈む想像が頭の中にありありと浮かんできた。


(危ない危ない。

 下手に飛び込んでいたらそうなってたかも……)


 自分の冷静さに感謝する。


 再び跳ねまわると、先輩からの攻撃をいくつかもらってしまった。


 先ほどの想像はあくまで想像でしかなく、そのタイミングで試合を決めてしまわなければならなかったかとも思ってしまう。


(焦るな!

 見るんだ、相手を……!)


 身体は温まるが、頭の中を冷やすように努め、攻撃のタイミングと防御のタイミングを見極めつつ試合運びをおこなう。


 そして、クラーケンが振り上げるようにして放った蹴りが先輩のガードを大きく崩した。そこに一発でも差し込めば試合は決する。


 しかしながらその瞬間、ゴングが鳴ってしまう。


 今日のスパーリングはこれで終わりである。


 バルーンを出てエマのもとに近寄ると、


「不満そうだな?」


 言われ、うなだれる。見透かされていた。


 あと少しの秒数で先輩をノックアウトできたかもしれず、それがなくとも次のラウンドがありさえすれば勝利は確実だったと思っていたのである。


「残念だが、長くやっていれば負けたのは君のほうだよ」


 残念そうには見えない笑顔を見せ、むしろクラーケン=ベスをたたえるような声音でエマはこちらの肩を掴んできた。


「わたし、その……」


 エマのほうを見、しかしながら直視できず、再び相手の胸よりやや下を見る。そしてまた視線を持ち上げ、やはりできず目を逸らしてしまう。


「その、あの……」


「あとで聞くよ」


「いま言います!」


 叫ぶと、エマはこちらの肩から手を離し、腰に手を当てた。


「あの、その、わたし、エマさんに対してずっと不信感を持ってました!」


 周囲のスタッフたちや練習に付き合ってくれた人たち、スパーリング相手の先輩などがぎょっとしてこちらに視線を向けてくるのを感じた。尻込みしてしまうが、まだゲルグローブがついたままの拳を強く握り締め、


「パワーばっかりの練習でほんとうに自分はオメガスクリームⅡ世と闘えるのか、不安で不安でしかたなかったんです」


「それで?」


 とがめるような声ではなく、どちらかというと無表情な感じだった。それが何を意味しているのかわからなかったが、ともあれ続きを口にする。


「いちおうこっちのほうがランキングは上ですけど、伸び盛りにいるオメガスクリームⅡ世が実力的に上回っていたらどうしよう、テクニックでこちらのパワーを上回られたらどうしよう、そればっかり考えてて」


 息苦しくなるが、それでも言わなければならないという謎の使命感に突き動かされて言葉を吐き出す。


「このまえ、スターストームとたまたま会って、そこで言われた言葉にすがってたんです。言われたときはその言葉はその通りだという感じがしてたんですけど。

 でも、合わない服を着ているような嫌な感じが抜けなくて」


 エマの表情は動かないが、どちらかというとそれに安心しつつある自分がいた。更に続けて、


「それで今日、エマさんからちゃんと相手を見ろって言われて、それでやってみたら、思いのほか手ごたえがあって……!

 なんでエマさんのこといままで疑ってたんだろうって……、それで!」


 目が熱くなり、視界が歪んだ。泣いていることにはすぐに気づいた。自分は泣き虫なのかもしれない。


「君が疑いの気持ちを持っていたことは気づいてた」


 言われ、顔を上げる。エマは微笑みを見せた。


「はっきり言ってどうすれば良いのかわからなかったというわけでもないが、それでもそこまで不安がられて、こちらとしてもうまくサポートできなかった。

 そこは謝りたい。

 すまなかった」


「いえ、その……」


「君の身体の使いかたからして、パワーをあげれば自然と攻撃や防御の技術につながっていくことは見えていたんだ。

 そのことをまず最初に伝えるべきだったと思う」


「そんな……。わたしが信じ切っていなかったから……」


「いや、メンタル面のサポートもこちらの仕事だ。

 それがうまくできていなかったことはこっちの落ち度だ」


「良いんです、わたし、強くなっていること、気づきましたから。

 エマさんのおかげで、強くなっていること、気づけましたから」


「そうか」


 いつの間にか空中を漂っていたタオルを掴み、顔を覆う。ベスは、


「恥ずかしいことを言います」


「なんだ、改まって」


「ありがとうございましゅっ」


 肝心なときに舌を噛んでしまった。周りから失笑が漏れる。方向からしてエマがその主の一人ではないことは気づけたが、この場合は笑っていて欲しかった。


 タオルで顔を覆っていたからうまくあごが動かなかったなどは言い訳に過ぎず、熱を帯びた頬を相手から見えないようにより大きく顔を覆うようにする。


「そうか。がんばれよ」


 エマの声に、気持ちがたかぶり、くちびるが震えた。




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