第五十八撃
信じろと言われたところで拭い去りがたい不信感がくすぶっている以上、アドバイスをそのまま受け入れるのは難しいとは思いつつも、ひとまずその通りにしてみるしかない。
バルーンに再び潜り込みつつ、息を吐き、
(相手をよく見る……。
まずは攻撃をさせて……)
ぼんやりそのようなことを考えつつ構えを取ると、先輩の痛烈なパンチが襲いかかってきた。
すこし油断していたから完全には防ぎきれず、ややダメージをもらってしまう。防具がなければ打ち倒されていたかもしれない。
体勢を立て直すために距離を置き、バルーン内を跳ねまわる。
相手をよく見るためには当然ながら視線を先輩のほうに向けなければならない。
(見る。
見る。
見る。
見るということはつまり……)
見るということはつまり分析することではないか。
たとえばいま先輩がしかけている攻撃は勝負をかけようとしているものではなく、こちらを誘い込もうとしてわざと大きなモーションを取っているのではないか。防御の構えを取ることを期待しているのか、それともよけることを期待しているのか。勢いと距離から考えて前者の可能性が高そうではある。
であればこちらもカウンター気味に一撃を繰り出して意表を突くか。
間に合わない。
先に蹴りをもらってしまう。
(見る。
見る。
見る。
見るということはつまり……)
分析することだとしたら、それは空間的な把握をするということか。
いま先輩は背後に回っている。こちらは空中に浮いているのですぐにそちらに向けない。となれば地の利を生かした攻撃をしてくるに違いない。
角度からして左の後ろから来るはずである。
はたしてその通りに左から回り込んできた。防御は間に合う。
先輩はしかしながら攻撃をせずに通り過ぎ、真下に回り込んで拳を突き上げ、防御を突き破ってきた。
空間的な把握では足りない。時間的な把握、つまりは予測をしなければならないのではないか。別な言いかたをするならば駆け引きを見抜くということではないのか。
自分にそんな力があるのかどうかはわからないが、やみくもに拳をぶち当てるだけで勝てるステージは通り過ぎ、そのような策士のまねごとじみた行為をしなければやっていけないときに来ているのかもしれない。
とくに次のオメガスクリームⅡ世戦においてはそれくらいのことはできて当たり前であることが求められるに違いない。
読み合いを制し、力で下す。そんなことが自分にできるのかわからないが、エマが言っているのはそういうことなのだろう。
先輩の蹴りが来る。
これは勝負を決めに来ている? 距離的にも位置的にも絶好のタイミングで、ここで牽制をかけてくるとは考えられない。
(相撃ち覚悟……っ!)
賭けになることを受けいれつつ体勢の悪い蹴りを繰り出す。
脚と脚がぶつかり合う。弾かれて両者とも空中に投げ出されて構えを崩す。
クラーケンはすばやくバルーンの壁を蹴り、未だ構えを取れない先輩に一撃を叩き込む。
小さな悲鳴を上げ、先輩は構えを取り直しつつこちらから離れていった。
今日はじめて得た有効打に気持ちが盛り上がってくるのを意識しつつも、考えは冷静に見ることを強制する。
離れていった先輩を追撃するか、それとも再度こちらも構えを取り直すか。判断するのに時間はそう多く取れない中、追撃を選んだ。
パンチを叩き込むために接近し、だがこの攻撃では隙を作ってしまってかえって不利になることを悟り、代わりに回転して蹴りを叩き込んでやる。
蹴りに弾かれて先輩の身体の向きが変わり、こちらに有利になる。
ここは迷わず連撃をぶち込んでやる。防御するだけの先輩に、しかしながら微妙な反応から反撃の意思を看取して距離を置き、防御の構えをとる。
すぐに先輩は追ってくるかと思ったが、攻撃の行動を取らない。
こちらの隙を突こうとしてようすをうかがっているのだろうか。
それとも、
(さっきの攻撃がスタミナを奪っていた?)
希望的観測に飛びつくのは危険だとは思う。先輩はこちらがそう思うのを待っているのかもしれない。
だからと言ってこのまま膠着していても先輩の回復を待つだけになってしまう。
ここは大胆に攻めようと決意する。
攻撃を繰り返す中で数度目の蹴りが先輩の防御を崩し、だんだんと有効打が入るようになってきた。
手ごたえを感じつつ、相手の策略も警戒する。
心を配りながらも、一気に行動に出ることを忘れない。
自分がうまく闘えていることを感じ、しかしながらそこでゴングが鳴った。
(できている、のか……?
そういう闘いかたが……)




