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無重力格闘少女伝説オメガスクリームⅡ世  作者: 川場託
VS.クラーケン
57/71

第五十七撃

「おい、大丈夫か」


 エマから声をかけられるまでベスは呼吸を忘れるほどに思考に没頭していた。


 実のところ思考というほどのものでもない単純な言葉の繰り返しで、


(勇気、自信、努力。勇気、自信、努力!)


 とばかり念じるように続けている。


 スパーリングをおこなうと告げられてからずっとこの調子で、自分でもおかしいのではないかとさえ思うのだが、そうする理由は自分でも気づいていた。


 すがっているのである。そうでもしなければ緊張感から解放されないという思いでいたというのがほんとうのところだった。


 とはいえあのエルシーから教えてもらった言葉である、空虚な慰めで終わるだけの言葉であるはずがない。そうしていなければ自分などまったく使い物にならない状態だっただろう。


「おい!」


 少し強い調子で言われ、ハッとし、周囲を見回した。


 ローズ・コロニーからやや離れた宇宙空間にある大岩をくりぬいて作られた〈ZGA〉の練習に主に使われる施設で、中は練習試合などで使われるバルーンといくつかのシートと保守設備があるだけの観客席もない場所である。その施設の端でエマとともにゲルグローブ/ゲルブーツの装着器具を前にしていた。


 ここにはシャトルで来たはずなのだが、その記憶がないということはよほど思考に拘束されてしまっていたらしい。


「ベスくん」


 今回のスパーリングの相手である先輩がこちらの傍に寄ってきた。


「どんどん自分の練習成果を試すつもりでかかってくると良いよ。

 わかっていると思うけど、どうやって練習した内容を本番で出せるか、それを試す機会だからね、これは」


(勇気、自信、努力……。

 勇気、自信、努力……)


「聞いてる?」


「あえっ?

 あ、す、すみません!」


 がくがくとうなずいてみせる。


 先輩は軽く息を吐いた。


 先輩を前にして、これからスパーリングをおこなうということを強烈に意識してしまい、エルシーの言葉にすがらずにはいられなかったのである。未だにエマの作戦を信頼しきれていないのがここで現れているといえるが、それにしても我ながら緊張しすぎだとは思う。


 先輩は自分より上の階級のサミュエラ・ランカーの選手である。練習相手として不足はないどころか充分過ぎるほどである。


「さ。

 時間は無駄にできない。

 さっそくやるよ」


 エマが手を叩いた。


 ベスはゲルグローブ/ゲルブーツ装着器具に両手・両脚を一つずつはめていき、ゲルをまとわりつかせた。


 ゲルが固まるまでの間も、


(勇気、自信、努力。

 勇気、自信、努力……)


 と繰り返す。


 スパーリング用の防具を身につける間も同様にしている。


 先輩の準備も終わり、両者それぞれバルーンの端につく。


 傍にいるエマが、


「最初のラウンドから積極的に攻撃していくんだ。

 相手側にはオメガスクリームⅡ世の闘いかたをあるていど似せるように言ってある。もともとそういうタイプでもあるしな。

 その闘いかたを打ち砕くことを意識するんだ」


(勇気、自信、努力……)


「おい、聞いてるのか?

 あとは怪我のないように!

 さ、行って来い!」


(勇気、自信、努力……、勇気自信努力!)


 ゴングが鳴り、バルーンの中に突入する。


 先輩も同様に突入し、構えを見せる。そして振りかざされた拳がベスに命中した。


 ぐらついてしまう。慌てて反撃を試みるも、体勢の崩れた攻撃など当たるはずもない。


 先輩は自分のはめているゲルグローブ/ゲルブーツよりも大きなものをはめているのだが、それでも強力な威力だった。


 さすがにいきなりうまくはいかないものだと気を取り直し、バルーンの壁を蹴って回転蹴りを浴びせる。


 先輩は拳でそれを弾き、勢いを利用した蹴りをもらってしまった。


(勇気、自信、努力!)


 すがれるものなら何でもすがるつもりで、それはつまり利用できるものである以上は最大限にしゃぶりつくしてやるつもりでその言葉を繰り返し続ける。


 それでもしばらくの間、攻撃を繰り出してはあしらわれて反撃をもらう展開になってしまった。


(勇気で自信が努力なのに!)


 自分の中でもわけがわからなくなりつつある言葉を意識し、弱気になりつつあることを気づきつつも反撃とばかりに突っ込んでいく。


「馬鹿っ」


 バルーンの端からエマの叱声が飛んできた。


 先輩はこちらの攻撃を身をよじってかわし、すれ違いざまにパンチを出してきた。


 カウンターのタイミングである。


 しかし先輩は軽くこちらの腹をつついただけで終わらせる。


「練習だから、ね」


 先輩の呟きが聞こえてきた。


 そうしてくれなければベスは敗北してしまうことは間違いない瞬間だった。


 それに気づき、恥ずかしさと悔しさで頭がぐちゃぐちゃになってしまう。


(ゆうきじしんどりょくゆうきじしんどりょくユウキジシンドリョク!)


 むやみに暴れようとしてしまう、が、ゴングが鳴ってしまう。


「ハ……、ぁっ!」


 大きく息を吐いた。


 しぶしぶエマの待つ側に引き返す。


「自分の考えばかりに気が向いていないか?」


 汗を拭いてくれながらそう言ってくる。


「相手あっての競技なんだ。

 ちゃんと相手をよく見ろ」


 そこまで口にして、こちらの気がいまいちそちらに向いていないのを感じ取ったのか、エマはベスの両肩を掴んで顔を向け合う形にし、


「相手をちゃんと見てさえいれば、オメガスクリームⅡ世に勝てる。

 そういうように鍛えたんだ。

 だから、信じろ!」






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