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無重力格闘少女伝説オメガスクリームⅡ世  作者: 川場託
VS.クラーケン
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第五十六撃

 川の流れる音にまじってその周辺で運動する者たちの足音、吐息、声などが聞こえてくる。


 自らを恥じ入りながらもエルシーのほうを見る。自分のようにおどおどとしておらず、おそらくほんとうの自信や勇気というべきものを持っているのではないかとさえ感じられる。


 エルシー=スターストームはここ数年のあいだローズ・チャンピオンの座を支配し続けている選手である。


 それは並大抵のことではない。年齢的にも若く、ピークはまだこれからというくらいに強くなっていっている。


 ローズ・チャンピオンの位を返上してサミュエラ・ランカー入りをする日も近いとの評判ではあるが、スターストーム自身がそのことについて触れないため、また、訊ねてもはぐらかされるので、単なるうわさどまりになっている。ただ、いくら若いとはいえそろそろ上位を目指さないと先がきつくなるということもあるので、根拠のないうわさというわけでもない。


 ここ十年ほどで見ても、最も強いローズ・チャンピオンなのではないか、というのがベスの分析ではあった。


 分析の目を己にも向けてみると、スターストームを相手に現在のベス=クラーケンではきっと試合と呼べる展開にさえならないだろうと見ている。頭の中で勝負をシミュレーションしてみるだけでさえまったく勝てるイメージができないのである。もっとも、今の精神の状態では格下の相手でさえ勝利はおぼつかなさそうではあった。


「どうしたの。

 よほどぼうっとしていたみたいだけど」


 気づかいのこもったエルシーの言葉が向けられて、つい、


「あの……。

 努力が足りなくって、勇気もなくって……、どうしたら良いのか……」


 と言ってしまい、その途端そのようなことを口走ってしまったことを恥じ、さらに顔を熱くしてしまう。エルシーから見ればまるで塗ったかのように赤くなっていることだろう。


「あなた、クラーケンよね」


 こちらの顔色を心配したか、より気づかいの感じられる声だった。小さく微笑みを浮かべている。包み込むようなやさしささえ感じてしまう。反射的に、聖母、という単語を思い浮かべてしまいさえした。


 こちらのリングネームを知っているということは不思議ではない。本名のやり取りをしたことから察しはついた。だが、自分のような者のことさえ知っていることにわずかに落ち着かなさを覚える。


 だから、


「自分でもどうしたら良いのかわからなくなって、そればっかり考えてしまって……」


 我ながら余計なことを言い出し始めたと思えるような言葉が口から出てきてしまう。


「自分のトレーナーが対戦相手のトレーナーより格下だと考えちゃったり、だからってわけじゃないんですけど、自分のトレーナーの今回の作戦が信じられなかったりして……。いえ、だからってわけですね、きっと。

 わかっているんです。

 トレーナーを信じられないのは自分の弱さだってことくらいは」


 どうしてエルシーを相手にこのような話をしてしまっているのか不思議ではあったが、言葉はとまらず、だんだんと興奮して涙が出てきて、


「トレーナーは、努力と勇気が大事って言うんですけど、ほんとうの自信などというものはない、とも言っているんです。

 だったら、一体どうしたらいいのか、わたし、わかんなくなって……」


「君は強いよ。

 わたしが見たところではね」


 エルシーがこちらの肩に手を置いた。


 さすがにベスは自虐的な笑みを浮かべた。


「それってただの慰めですよね」


「ちょっとした動作からそれくらいは感じられるよ」


「自信ないんですよ、だって」


 エルシーは真面目な顔を見せて、


「自信なんてわたしだって持ってない。

 多分わたしたちよりずっと強い選手もそうだと思う」


 エルシーの真剣味のある表情のためか、その言葉から真実らしさをわずかに感じてしまう。その、いかにも大事なことを伝えんとしている顔つきがベスの笑みを消した。教えることで優越感に浸ろうとするような感じはなく、まごころや思いやりというものが伝わってきて、


(人格者って、こんな感じなのかな……)


 人間性からして勝てない思いを抱き、だからといってふさぎ込んでしまうような劣等感を覚えるわけではなかった。


 だが、意味がわかったわけではない。


「どういうことですか」


 真実らしいことと真実であることの間には大きな隔たりがある。それくらいのことは承知していた。


 エルシーは、大きくはないが力強い声で、


「自信って言うのは、持つものじゃない。

 演じるものだよ」


「演じる、もの?」


「そう。

 自分が目標とするものに立ち向かっていくための精神的なテクニックだとわたしは思ってる。

 ほんとうの意味で自分を信じられなくても、勇気を出して信じてみる。その信頼を支えるために努力を続ける。

 そういう思い込みをしながら、すごい人たちも闘っているんだ、ってね」


「勇気……、自分を信じる……、努力……」


 ベスは呟きを繰り返した。


「あの……!

 ありがとうございます!

 なんだかわかったような気がします!

 気がするだけかもしれないですけど、それでも、勇気が出てきた感じがしました」


「良かった」


「はい!

 失礼します!」


 ベスはその場から去り、ジムのある方向へ走った。


「勇気、自信、努力……、勇気、自信、努力!」


 何度も繰り返す。


 そうしてジムに戻ると、


「帰ったか」


 練習部屋でエマが声をかけてきた。さすがにスターストームと会って話をしたとは言えず、少し間が悪い感じでうなずいてしまったが、エマは気にするようすもなく、


「近いうちにスパーリングやるぞ!

 相手は……」


 相手は、先日にベスに声をかけて心配してくれたあの先輩だという。









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