第五十四撃
ドアが閉じる音がしてからややあって、互いの呼吸音が聞こえるほどに静かになった応接室で、エマからの探るような視線が浴びせられた。
まるで心のうちまで見抜くような無遠慮な視線にただでさえ落ち着きをなくしている状態から更に危険を感じるような気持ちさえあった。
(おびえている……。
あのオメガスクリームⅡ世に?)
わからない。オメガスクリームⅡ世との対戦を恐れているのは確かだが、それはオメガスクリームⅡ世本人に対してなのか、それとも別の原因があるのかが自分自身でもはかりきれなかった。
「どうした。
まるで落ち着きがないじゃないか」
エマの言葉にもじもじしてしまう。視線とは打って変わって責める口調でないところに気を遣わせているという感じを覚えてしまい、申し訳なく思ってしまう。
なぜ気遣いをさせてしまっているのか。
それはやはりこちらの挙動が怪しげなところがあるからだろうか。
更にいえば、そのことについてまさかエマ自身がなにか申し訳なく思うことがあるからだろうか。オメガスクリームⅡ世本人を目の前にして自身の作戦の失敗を予見してしまい、それであるならばおかしな態度を取ってしまっても仕方がないと思ってしまったのだろうか。
だがそれにしては若干のトゲがないでもない言いかたをしているところに矛盾を感じてしまう。はっきりと、エマが完全に悪いと思っているわけでもないようなのは視線から察せられた。
挨拶やら取材やらを終えてオメガスクリームⅡ世や記者たちが去ってからがらんとした応接室で二人きりになり、反省会に突入しそうな雰囲気さえ感じていた。それはいやなことである。
反省……、誰が何を反省するのだろうか。
自分に反省すべきところはある。まずあの場でとるべき態度ではなかった。とはいえ試合に向けての緊張感の範囲内ではなかっただろうかと願いたい。願いたいのだが、それを逸脱してはいなかったかと責める自分もある。
落ち着きがない。確かにそうだった。それは認めざるをえない。認めるべきところは認めないと進歩できないことはこれまでの経験からわかっていることだった。忘れがちなことであり、忘れていたいことでもあるが。
あのオメガスクリームⅡ世の顔を思い出しただけで今でも次の対戦相手だと意識しすぎてしまう。
今までと何が違うのだろう。
戦歴を思い返してみるに、初戦は緊張していたがそれ以上にわけもわからないままでやったという感じが強かった。
緊張がより酷かったのは第二戦だった。緊張ということを試合中で意識した初めての経験だったと言える。
第七戦の試合は体調の管理をミスしたせいで準備が不足し、それが余計な緊張の原因となった。
そういったことを思い出してみても今回の異様な感覚とはまた違う感じがしてしまう。
違うことといえば、エマの今回の作戦である。
エマの作戦を信じ切れていないところに今回の緊張の原因はある。それははっきりしていた。エマという人物を信じていないわけではないのに、どうして今回に限ってそう思ってしまうのか疑問が深い。
「人並み以上に努力するくせに、ちっとも自信が身につかないんだな……。それにしても今回は異常だが。
ま、自信などというものはほんとうの意味では身につくことはありえないんだがな。
だから、焦る必要はない」
「身につくことはないって……」
エマが何を言っているのかまるでわからない。戸惑いのせいか小声になってしまい、相手に届いたかどうかわからない。
「大事なのは、ひたすらの努力と、あとは勇気だ。
それしかない」
握りしめた拳をエマはこちらに突き出してきた。
ベスはその拳をじっと見つめ、少ししてから自身の拳をちょんとぶつけた。
「な、何をしている?」
エマが慌てて拳を引いて、その手を抱き締めるような仕草を見せた。
そんな姿さえ美しいと脈絡のないことを考えてしまう。
「いや、何となくそうしなきゃならないかなって……」
あごを引き、上目遣いでエマを見る。
エマには選手だった経験がないから努力だの勇気だのといった薄っぺらな言葉を吐くしかないのではないかと疑ってしまう。そんな簡単なワードで片づけられるほど浅い話ではないはずである。
エマを信じて、というより信じようとしてやってきて、ここにきてずたぼろの精神状態に陥ってしまっている。
そうしたメンタル面でのケアがうまくできていないところがキム・ベイカーに劣る一因となっているのではないだろうかと考えてしまう。
キムが指導していたならばどのようなケアが行なわれていただろうかと想像する。
やさしい言葉、厳しい言葉、いずれかはわからないが、明確で具体的な力強い導きがあるに違いない。
その指導が、今回の対戦相手であるオメガスクリームⅡ世に注がれているのである。
(そうか……!)
ようやく気づいた。
自分はエマがキムより劣っていると考え、キムに育てられているオメガスクリームⅡ世と、それより劣っているエマに指導されている自分を比較し、勝てるわけがないと考えてしまっていたのである。
そもそも自分はキムの指導を受けたかったのである。
その指導を受けているオメガスクリームⅡ世が対戦相手ということで、自分は我を見うしなってしまっていた。
だが、そんなことをエマに直接言えるわけがない。




