第五十一撃
エマが組んでくれた練習メニューを見るに、あからさまにパワーに偏重した構成になっていて、あらかじめそうとは聞いていても驚きを隠せないでいた。
スクワットの回数でも数千単位をこなすことが求められた。それに応じた必要なだけの休みは与えられるものの、だからといって疲労を覚えないわけではない。初日からそうだったわけではないが、グラフに描けば急角度になるほどにハイペースで回数は増えていったのである。
五千回のスクワットをこなしたところで、
「すげ……」
賞賛よりもむしろ心配の色合いが濃い声が周囲から聞こえてきたが、一休みしたあと、
「まだまだ!」
エマの命で腕立て伏せを千回おこなったときにはもはや言葉もなく息をのむ音が聞こえてくるのみである。
(このていどでつぶれるわけがない……!)
なにしろ、自分はいま好きなことを仕事にして、また、成長を実感してもいるのだから、つらいはずもない。
たしかにメニューを見たときには驚きはしたものの、これまでの倍の量をこなすだけなので肉体的にもまだまだバテるにはいたらない。
「よし、やってみろ」
あるていど鍛えに手ごたえが得られた段階で、エマがマットとバネの入った踏み台と空中に高く吊るされたサンドバッグを用意した。
数度ほど踏み台の上でギシギシと音を鳴らしながら軽く跳ねてみせ、自分なりのタイミングで高く飛んでサンドバッグに蹴りを入れた。
マット上に着地し、鼻息を荒くしてエマのほうを見た。
「うっそお!」
と言ったのは周囲で見ていた者である。サンドバッグの揺れた角度がそう言わせたのだろう。
エマのほうはと言えば、
「着地のしかたが甘い!」
と叱声を投げつけてきて、近寄ってきてモバイルの録画を見せてくれて、
「ほらちょっとここ関節がふらついている。
ここ注意ね?」
自分でも内心のところそのように感じていたところだったので、興奮をくじかれた悔しさはあったものの、納得はした。
そのあと一通りのメニューをこなしたあと、シャワーを浴び、ロッカールームへ向かった。
「ベスくん」
と声をかけられ振り向くと、先輩の〈ZGA〉選手が声をかけてきた。
タオルで髪を拭うのをとめて、
「なんでしょうか」
「最近すごいんじゃないの。
練習みてたよ」
先輩は上の階級の選手で、去年までいたローズ・チャンピオンの位を返上して上のサミュエラ・ランカーの中位あたりに位置するほどの実力者である。ありていにいえば尊敬する相手となる。だからというわけでもないが、そのように言われ、
「あ、ああ、ありがとうございます」
ややつっかえた感じの返事のしかたになってしまった。
「あれなら確かに、ちょっとした防御でもやすやすと砕けるんじゃないの?」
「そう……、だと良いんですけど」
どういう顔をして良いのかわからずとりあえず笑みを浮かべてみたが、自分でもわかるくらいひきつった顔になってしまった。馬鹿にしたように見えなかったか心配となった。
「でも」
先輩はこちらの表情を気にしたようすもなく腕を組んで困ったような顔で言葉を続けた。
「あまりにパワー偏重すぎやしないか?
まるで攻撃しか考えていないし、それしかないみたいな。
そんなんで大丈夫なの? ベスくんは」
「あの……? えっと。
エマさんを信じてますから」
戸惑うばかりでそれしか返せなかった。たとえば、エマは一流のトレーナーで、今回のやりかたにもそれなりの理論の裏付けがあるはずだとか、敵選手との相性も考えてのことだろうとか、いろいろ言うべきことがあるような気がしたのだが、とっさには言葉が出てこなかったのである。
(おかしい……、〈ZGA〉をはじめてからどんどん不器用になっている気がする……)
自覚はあったが、なぜなのかはわからない。そこそこに順調で調子にのってもよさそうな感じではあるのだが、それを戒めすぎるからか、不器用さが目立つようになっていった。
「呼んだか?」
二人の間に声が割り込んだ。
その主である美貌の持ち主のエマがいつの間にかすぐ近くにいたのである。
まずいことを言ってしまった、というふうさえなく先輩はエマのほうを向き、
「口出しするようで悪いんですが、ベスくんのトレーニングメニューなんですが、あまりにパワーに傾きすぎじゃありませんか」
「ふん?」
エマは微かにあごを上げ、鼻をならした。いちおう話だけはきいてやろうという態度だった。
「わたしは、攻撃をかけようとしてかわされ、カウンターをきめられて倒されるベスくんの姿をイメージしてしまいます。
ほんとうにこのままの鍛えかたをして良いんでしょうか?」
するとエマは腰に手を当てて不敵に笑い、
「小手先の技術を叩き潰すほどのパワーがあれば、技術的に劣っていても乗り越えられるだろう。
なにより、攻撃が効かないと勝てやしないんだ。オメガスクリームⅡ世戦はパワー同士のぶつかり合いになるだろう。そうなればパワーで押し負けるわけにはいかない」
技術的には劣っているとエマはそう見ているのだろうかと横で聞いていて不安になりはしたが、口は挟まなかった。
「しかし……」
先輩は食い下がったが、エマは手を振ってそれをさえぎって、
「わたしを信じてもらうしかないな、作戦に関しては」




