第五撃
無明の闇に包まれている。
それは決して救われることのない絶対的な絶望を連想させた。
友麻の身体にぴったりとフィットするように緩衝装置に包まれており、視界がクッション材で覆われているので何も見えない。
脱出ポッドの外は果てしなく宇宙空間が広がっているはずなのだが、窓も何もないのでその実感はわかない。ただ、暗いのだろうと想像するばかりである。
外の世界を想像しただけで恐怖に震えそうになる。
宇宙船の事故から何日たっているのかは体内時計ではわからない。据え付けられている時計はあるにはあったが、表示機能が壊れてしまったらしく時間を確認できない。一時間ごとにビープ音が鳴りはする。最初のうちはその回数を数えていた。だが、今は既に数えるのは止めてしまった。
今もまた一つビープ音が鳴った。
強制仮死モードに突入するのはいつからだっただろうか。その機能があることだけは聞かされている。
こんなことなら救難時の手引きをよく読んでおくべきだった。もっとも、いつからそうなるのか知っていたならかえって恐怖が増すばかりだったかもしれないのだが。
知っているのと知らないのと、どちらが恐ろしいのだろう。覚悟ができる分、知っていた方がましのように思えるが、刻々とその時間が迫ってくる事態に自分の精神が耐えられるかどうかは怪しいものだった。
強制仮死モードに突入すると、インジェクションから薬が身体に注入されて仮死状態になってしまう。ポッド自体も信号と最低限の生命維持機能だけを残して、後はどこかの星に住む人類が拾ってくれるのを待つしかなくなる。
いや、待つしかないのは今も同じだった。意識がある今の方が良いのか、それとも仮死状態で待つのが良いのかは友麻には判断がつかなかった。
暗い。
どこまでも暗い。
結局自分は色々なものを見捨ててしまった。
仲の良かった友達も、両親も、合流することなく自分一人で手近な脱出ポッドに飛び込んでしまった。
彼ら彼女らも脱出ポッドに乗って逃げていることを祈るばかりだが、仮にそうなったところで、この果てしなく広がる宇宙空間を漂って運良く救助される確率は限りなくゼロに等しい。
そうであるならば、ひょっとして宇宙船の爆発に巻き込まれてしまったほうがはるかに楽ではあったかもしれない。
暗い意識がじわりと友麻を満たしていく。
こうして独りになってからどれくらいの時間がたったのかはわからないが、何もかもが懐かしいような感覚に襲われる。全てはもう昔のこと、今の自分はたった一人、どうしようもないほどの孤独、そして、緩慢な死を迎えるための心の準備が次第にできつつあることが、自分自身を驚かせた。
そして再びビープ音が鳴る。
(もう一時間がたったんだ!)
どきりとする。最早時間の感覚さえ狂っている。
次第に仮死状態モードへの時間が近づいていることだけは確かである。
それまでに救出されるか、それとも、仮死状態のまま緩慢な死を迎えるのか。
覚悟ができつつあったはずなのに、このたった一つの小さな音がそれを打ち砕き、再び恐怖を呼び覚ました。
(時間たつな、時間たつな、時間たつな……!)
そう願ったところで、時間は止まらない。友麻の都合など無視して進み続ける。
死にたくないと、当然の願いを繰り返す。
(嫌だ、助かるんだ!
きっとパパもママも助かっていて、あたしも助かって、全てがうまくいくはずなんだ……!)
自分が脱出ポッドに飛び乗ったくらいの時間に、両親は宇宙船のどのあたりにいただろうか。
共用スペースだっただろうか、居住スペースだっただろうか、それともレクリエーションスペースだっただろうか。
あのとき父はどこにいると言った?
映画館だったか?
あのとき母はどこに行くと言った?
ショッピングセンターだったか?
わからない、思い出せない。
両親のいた場所の近くに脱出ポッドはあっただろうか。
あって欲しい、と願わずにはいられない。
思考がだんだんと滅入ってくる自覚はあった。
当たり前である。このような状況で正常な感覚でいられるはずがない。
助かる確率は限りなくゼロに等しいこの状況で、一時間ごとに鳴るビープ音が緩慢な死を迎える覚悟を迫ってくる。
「嫌だ……っ!」
知らずのうちに呟いていた。
「死にたくない、死にたくないよお……っ!」
目が熱くなるのを感じた。涙が溢れてきている。
しかしながら身体にフィットしている緩衝材のために身動きが取れず涙を拭うこともできない。
「あああああ、あああああ……っ」
嗚咽を洩らす。まるで幼児のようだと理性が嘲笑う。
高まる感情に、
「うぁっ?」
インジェクションが反応し、鎮静剤を打ち込まれた。
強制的に感情が鎮められていくのを感じる。
恐怖は依然としてある。
しかし、気持ちだけが強制的に鎮静化させられていく。
友麻はこうしたことを既に三回は繰りかえしていた。
そして再びビープ音が鳴る。
(もう……? 少し早くないか?)
そう思うが、幻聴だろうか。薬の影響か、それとも自分の精神が壊れつつあるのか。どちらもありそうである。
(嫌だ、怖い、怖い、怖い……!)
両親に助けて欲しい。
友達に助けて欲しい。
誰でもいいから、助けて欲しい。
自分に都合の良い考えばかりが頭を満たしていく。
それの何が悪いのだろうか。
自分が助かりたいのが、悪いことだろうか。
またもビープ音が鳴り響く。
(また? いくらなんでも早過ぎる……!)
果たしてこれは現実なのだろうか。
これはほんとうに起きていることなのだろうか。
嘘めいた現象に友麻は戸惑うばかりである。
更にまたビープ音が鳴った。
そして、また今度は連続してビープ音が点滅するように鳴った。
「嘘、嘘嘘嘘……っ!」
混乱する。
一体何が起きているのだろう。
(現実じゃない……、これは、夢だっ)
友麻は目を見開いた。
そこには電灯が部屋をあかあかと照らす天井があった。脱出ポッドの嫌な思い出があるから真っ暗な部屋では眠れず、こうして夜時間(このコロニー群では、夜にあたる時間帯をそう呼ぶ)の真っ最中でも電灯を点けっぱなしにしているのである。
はあはあと荒い息をつく。掛布団を跳ね除け、上半身を起こす。
身体中がべっとりと汗で濡れている。
着替えのパジャマを収納から取り出し、バスルームに向かう。
この時間から風呂の用意はできないから、シャワーを浴びる。
「う……っ、うっうっ」
嗚咽を洩らす。流れる湯に涙が混じる。震える肩を湯が流れる。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。




